閑話 神託
青龍との話し合いの後、伸広たちを見送ったジスランはすぐに卑弥呼たちとの面会を求めた。
いくらギルドマスターとはいえ普段であれば中々都合がつかない卑弥呼だが、今回ばかりはすぐに了承をとることができた。
それは、神教の面々にとっても伸広という存在が、彼らにとっても重要な存在であることを示している。
ジスランが伸広について聞きたがっていることを分かっているからこそ、卑弥呼たちは唐突な面会予約を了承したのだ。
ただジスランもあまりよくはわかっていないが、彼らは彼らでそれぞれの立場があり、それに付随して伸広に対して思うところもあるらしい。
それは、伸広と青龍のやり取りの最中に見せていた彼らの態度を見ても分かることだ。
そうした諸々の状況を確認する意味でも、ジスランにとっては彼らとの話し合いの場は是非とも持っておきたいところだ。
そしてまた、神教側にとってもギルドマスターであるジスランの意見は聞いておきたいのだろう。
そうでなければ、これほど早く卑弥呼を含めた三者が揃った状態での面会の了承などとれるはずがない。
いずれにしても、それぞれの思惑があっての面会は祭湖の神社内で行われることになった。
蓬莱国では、基本的に建物内を土足で上がることはない。
身分が高い者が靴を脱ぐ習慣に慣れない国外の者を迎え入れるときには、土足で上がれる建物自体を用意して会談をしたりする。
逆にいえば、国内で生まれ育ったものは、建物の中にいるときには靴を脱いでいるのが普通である。
そして祭湖の神社は古来より伝わる神に関わる建物であるだけに、土足厳禁が当たり前であった。
卑弥呼たちに迎え入れられたジスランは、靴を脱いで部屋に上がり、用意された座布団の上に胡坐をかいて座った。
「さて。お話があるということですが、まずはジスラン様から話を伺いましょう」
この場で一番の上位者である卑弥呼がそう口火を開いた。
上位者が最初に話しを始めるというのは、この世界に共通する常識である。
もっとも、その常識は正式な『会談』が開かれる場合に適応されるくらいで、ほとんどの場合はそんなものを気にせずに話が始まる場合も多い。
今回はあくまでも神教と冒険者ギルドの代表という立場のある者としての話し合いになっているので、まずは卑弥呼の言葉を待ったということになる。
「では、単刀直入にお伺いしますが、あの者は一体何者でしょうか?」
この場でジスランが口にする『あの者』が誰のことを指しているのかは、他の三人がわざわざ確認しなくてもすぐにわかった。
この世界の強者の一角であるはずの青龍と同等に渡り合っていた伸広のことを、冒険者ギルドのギルドマスターが気にしないはずがない。
ジスランのその問いに、壮年の宮司と巫女――宮司頭と巫女頭は同時に顔を見合わせてから首を左右に振った。
「残念ながらわしらも何も知らなくてな」
「むしろ、冒険者ギルドからの情報を期待していたのですが?」
逆にそう水を向けられたジスランは、少しの間ジッと二人を見ていたが、やがてため息を吐いた。
「本当に知らないようですね。だが、こちらもあの男に関する情報はない。――ギルドに来た時にはあの四人の登録だけで受け付けたようだからな」
宮司頭と巫女頭からの情報が本当だと判断したジスランは、自身が持っている情報を正確に開示した。
三人の意見が出そろったところで、彼らの視線がこの中で最も身分が高い卑弥呼へと集まる。
とはいえ神教における卑弥呼は実権を握るような立場ではないので、内部から情報が上がってきている可能性は少ない。
それでも三人が卑弥呼からの情報に期待しているのは、まさしくアオカが卑弥呼として存在できている理由によるものだ。
数多くいる巫女の頂点ともいうべき卑弥呼は、神託を直接受け取る者として存在しているのである。
もっとも『神託は神の気まぐれ』と言われているように、神託は都合のいい時に都合のいい情報が得られるというわけではない。
そのことをよく理解している三人は、期待半分で卑弥呼のことを見ていた。
その一方で見られたアオカも三人がきちんと卑弥呼の力を理解できていると分かった上で口を開いた。
「――残念ながら今のところ私もなにも…………おや?」
何も知らない――そう告げようとしたアオカだったが、いつものように突然来た慣れない感覚に首をひねり静かに目を閉じた。
そして、卑弥呼のその動作の意味を理解していた宮司頭と巫女頭は、突然目を閉じて黙り込んでしまった相手を見て驚いているジスランに、静かにするように目配せをした。
それだけで卑弥呼の今の状態を理解したジスランは、確かに優秀な人物だといえるだろう。
そうしてアオカを除いた三人は、彼女が神託を受け終わるまで待つことになるのであった。
卑弥呼が神託を受け取っている瞑想状態の間、他の三人は物音を立てないように静かに別の部屋へと移動していた。
卑弥呼をはじめとした神託を受け取ることができる巫女がいる神教においては、こうした(他者から見れば)突発的な事態も慣れた様子で対応していた。
結果として初めて巫女が神託を受け取る場面に遭遇したジスランは、特に不自由することなく他の部屋で待機していた。
いまジスランが最も欲しいのは情報なので、多少の時間待たされることくらいは大したことではない。
場合によっては数時間かかることもあると言われているが、ジスランは少なくとも小一時間程度は待つつもりでいる。
幸いにして、今回の信託はそこまで複雑なものではなかったのか、ジスランにはいまいちよくわからないがさほど待たされることはなかった。
ジスランが別の部屋に案内されてから二十分程度で、元の部屋に戻るように案内の者が来たのだ。
ジスランが部屋に戻ると、そこにはすでに宮司頭と巫女頭が揃っていた。
そして、二人の間には何事もなかったかのように、微笑みを浮かべた卑弥呼が座っていた。
「大変失礼いたしました。神々からのお言葉は、時を選ばずしてくるものですから」
「いいえ。お気になさらずに。神託とはそういうものだと理解していおりますから」
よほどのことでなければ神託を受け取る巫女の邪魔をするような真似をする者は、この蓬莱国には存在しないはずである。
そんなことよりも、このタイミングで卑弥呼がどういう神託を受けたのかのほうが気になる。
勿論内容によっては聞けないこともあるだろうが、卑弥呼の顔を見る限りでは全く関係ない話ではないはずだとジスランは考えていた。
ジスランの思考を読んでいるわけではないだろうが、ここで卑弥呼が待っていたことを口にした。
「そう言っていただけると助かります。そして、今回の託宣はかの方に関することでした」
「それは、私が聞いても……?」
神からの神託には、時に関係者以外は触れることすらできないものも存在している。
それを懸念してのジスランの問いだったが、アオカはあっさりと頷いた。
「むしろ変に手出ししないように、きちんとお伝えするようにということでした」
「――というと……?」
「あの方は……ギルドマスターであるあなたに分かりやすくいえば、ブラックカードの持ち主だそうです。ギルド総長も彼の動向は把握しているようですね。今のところは」
卑弥呼から告げられた特大の託宣に、ジスランは立ち眩みをしたかのように思わず頭を大きく揺らした。
それほどの衝撃だったのだが、それでもジスランにはどうしても確認しなければならないことが一つだけあった。
「あの……手出し無用というのは……?」
「言葉通りだと思われます。彼の方の行動を制限するようなことは、厳に慎むべし――ということではないでしょうか?」
この国の宗教の頂点である卑弥呼から告げられたその内容に、冒険者ギルドのギルドマスターであるジスランは、今後のことを考えて頭の中が真っ白になるのであった。
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