(14)龍の精霊

 アリシアと灯の会話に真っ先に反応したのは、これまで神教組の陰に隠れていたジスランだった。

「――――青龍と同等だと? そんな、バカな!?」

 彼の――というよりも一般的な常識でいえば、古代龍である青龍と戦って同等な存在など戦闘系の神々くらいしかいない。

 先ほどの青龍とのやり取りは確かに見事だったが、それでも同等だというのは信じがたいと考えるのは当然の反応だろう。

 実は神教組も同じように驚いているのだが、ジスランが先に反応できたのはこれまでの付き合いの深さからだ。

 神教組のほうが卑弥呼を通して青龍のことを知る機会が多くあり、その強さについでの伝承もより多く残っている。

 そのため最初の挨拶(物理)から謝罪まであり得ないことが続いているので、ジスランよりも反応が遅れてしまったというわけだ。

 

 ジスランの驚愕に反応したのは、アリシアだ。

「同等以上の力を持っていなければ、わざわざ青龍様から呼び出すなんてことはないと思いませんか?」

「それは、そうだが……」

 そもそも伸広たちがここへ来ることになったのは、青龍がここに来るようにと卑弥呼を通して伝えてきたからである。

 その事実があっても伸広に古代龍を抑えられる能力があると信じられないのか、ジスランは信じがたいと言いたげな表情で首をひねっていた。

 

 アリシアはジスランのその表情に気付いてはいたが、それ以上何かを言うことはなかった。

 伸広がブラックカード持ちであることを説明すれば納得するかもしれないが、敢えてここで情報開示をするつもりはない。

 そもそもアリシア(というか伸広)は、ジスランを納得させる必要もない。

 

 未だ納得しがたいという顔をしているジスランを見て、アリシアはさっさと思考を切り替えて伸広を見た。

「ごめんなさい。余計な時間を使ってしまったわね」

「いいや。どう謝罪するのかまだ悩んでいるみたいだから、ちょうどよかったんじゃないかな?」

 暇つぶしとしてはという言葉を飲み込んで、伸広はアリシアから青龍へと視線を移した。

 その青龍は、どうしたものかと伸広が言ったとおりに未だに首をひねっている。

 

 そんな青龍がようやく晴れ晴れとした雰囲気になって伸広に話しかけたのは、悩み始めてから五分ほどが経ってからだった。

「おお、そうだ! こんなのはどうだ?」

 青龍がそう言葉に発してからすぐに、彼(彼女?)の周囲で四つの青に光の塊がくるくると周り始めた。

 それをみた伸広は、一瞬驚いた表情になってから真顔になって青龍に聞いた。

「本当にそれでいいんだね?」

「いいも何も、これくらいしか思いつかないが……?」

「いや僕としては、珍しい魔道具くらいもらえるかなと考えていたんだが……?」

 伸広の言葉に、青龍はそんな手があったかという雰囲気を醸し出してきた。

 伸広と青龍以外にはその青い光が何かはわかっていないのだが、二人の会話を聞くだけで『珍しい魔道具』よりもそちらのほうが価値があるということはわかる。

 

 言葉を失っている様子に青龍に、伸広は少しだけ申し訳なさそうな雰囲気になった。

「こちらで煽っておいてなんだけれど、魔道具のほうに変更する?」

「……い、いや! こちらも自分から言い出したことだ! 龍に二言はない!」

「あー、うん。わかった。とりあえずお礼を言っておくよ。……あと、さすがにもらい過ぎだと思うから、そのうち欲しがっていたあの魔道具でも持ってくるよ」

「ほ、本当か……!?」

 微妙に頭を下げて項垂れる青龍だったが、伸広の言葉を聞いてシュバッと頭を持ち上げて元気を取り戻した。

 

 それを見た伸広は、現金な奴だなと思いつつニコリと笑った。

「ああ。構わないよ。確かに作るのは手間がかかるが、二つ以上作れないようなものでもないからね」

「そうか……! そういうことならこちらも喜んで渡そう。い、いや、もとはと言えばこちらが悪いのだが……」

 そう言いながら再びシオシオと萎れた感じになった青龍に、伸広は笑いながら返した。

「きちんと悪いことをしたと認識したんだったら、それでいいさ。それにこれできちんと謝罪も終わったことになるからね」

「……うむ」

 青龍がそう言葉を返すのと同時に、青龍の周囲にあった青い光がそれぞれアリシア、灯、詩織、忍の傍へと近づいてきた。

 

 四人に近づいた青い光は、意思があるかのように周囲で思い思いの動きをしている。

 ある光は上下に動いたり、別の光はくるくると周囲を回ったりとその時々で動きも違っている。

 自分の近くにいる光をしばらく見ていた灯は、不思議そうな視線を伸広へと向けた。

「師匠、これは…………?」

「うーん。なんて言えばいいんだろうか……? 一言でいえば『龍の精霊』、かな?」

「龍の精霊?」

 声に出して疑問を口にしたのは灯だったが、他の三人も聞いたことのない言葉に首を傾げていた。

 その言葉を聞いたことがないのは灯たちだけでなく、神教組(プラス一名)も同じようだった。

 

「まあ、一般的には聞かない言葉だからそうなるよね――」

 そう前置きをした伸広は、龍の精霊についての説明を分かりやすく始めた。

 龍の精霊は、通常の属性で知られている精霊(例:火の精霊など)とは違って、龍の魔力によって生まれた意思を持ったである。

 ただ意思を持ったといっても、生物のようにはっきりとした思考があるわけではない。

 

 古代龍のような強大な魔力があると、時に物質界に影響を与えることがある。

 その代表例として魔石などの魔力が固まった結晶などがある。

 それと同じように龍の存在により自身の魔力と周囲の魔力などが反応した結果生まれたものが龍の精霊と呼ばれるものだ。

 龍の精霊は基本が龍の魔力でできているので、龍の影響を多分に受けている。

 その龍の精霊を手に入れることができたものは、多くの恩恵を受けることができる――と言われている。

 

「――それじゃあ、その多くの恩恵ってなんぞやってなると思うんだけれど、これは正直人によって違っているから一概に言えないとなるんだけれどね」

 最後に締めくくるように伸広がそう言うと、話を聞いていた一同の視線がそれぞれの龍の精霊へと集まった。

「何か、話を聞いていると相当なもののように思えるけれど、本当にそんなものをいただいても……?」

「いいんじゃないかな? 青龍も納得しているみたいだし」

 アリシアの疑問に伸広が軽い調子で返し、それに同調するように青龍が何度が頷いて言った。

「構わん。我にとってはいつの間にか勝手にできているものという認識しかないからな。与えた者に対する影響が大きすぎるので、むやみやたらと渡せないだけだ」

「そんなことを聞いてしまうと、逆に不安になってくるのですが……?」

「であろうな。我もそなたたちだけであれば絶対に渡さなかった。こやつがおるから上手く調整するだろうと考えて渡したのだ」

 青龍がこやつと言ったところで視線を伸広に向けたのは、ある意味で当然のことであり灯たちは納得した様子で頷くのであった。

 

 

 こうして青龍の(人にとっては)盛大ないたずらから始まった騒動は、一同に龍からの恩恵が与えられるということで落ち着いた。

 その後は伸広と青龍の個人的な話が続いたのだが、そのほかの者たちがその会話を聞くことはなかった。

 他の古代龍に関する話もするだろうということで、最初から青龍が会話が聞こえないように遮断した場所で話をしだしたからだ。

 その処置がとられたことに灯たちは勿論のこと、神教組もごく当たり前の対応だという顔をしていた。

 ジスランだけが若干残念そうな顔をしていたが、これは上に報告することを考えてのことだと思われる。

 そんなこんなで、灯たちにとっては初めての古代龍との対面は、無事に終わりとなるのであった。

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