(7)続・灯への試練と報告

「答えは見つかった?」

 灯が一つの結論を導き出してからわずかに遅れて、そのタイミングを計ったかのようにアルスリアが声をかけてきた。

「ええと……はい。その答えが完全に正しいかどうかはわかりませんが……」

「それでいいのですよ。答えが完璧かどうかよりも、灯が考えて導き出そうとすることの方が大切なのだから」

「はい。ありがとうございます」

「あら? この場合、お礼を言うのは私の方ではないかしら?」

 含みを持たせて笑いながらそう言ってきたアルスリアに、灯は言葉では返さずに黙ったまま頭を下げた。

 相手は神なのだから言葉にせずとも通じているはずだと考えてのことだ。

 

 灯の音にならない思いが通じたのか、アルスリアが先ほどとは違った笑顔になりながら一度だけパンと手を合わせた。

「さあ。もう結構な時間が経っていますから、そろそろあちらに送りましょう」

「え……!? もうですか。まだ神降ろしができるようになったとは言えないと思いますが?」

「それでいいのですよ。そもそもこの時点でできるようになるとは考えていませんでしたから」

「そうですか……」

 そう答えつつ、そんな結果で試練としていいのかと疑問に思い内心で首を傾げる灯。

 

 そんな灯に、アルスリアは満足げな表情で頷いた。

「灯。言っておきますが、あなたにとっては簡単に思える試練だったかもしれませんが、これがなかなか乗り越えられ者も多いのですよ? 別にあの人の弟子だからといって手を抜いているわけではありません」

「……邪推をしてしまいました。申し訳ございません」

「フフフ。わざわざ謝ってもらうような事でもありませんよ」

 自分に向かって頭を下げた灯に、アルスリアは軽く笑ってから首を左右に振った。


「――さて。それではあちらに送りますね。……ああ、そうだ。この際ですから何か私に聞いておきたいことでもありませんか?」

 唐突に振られた質問に、思わず灯は目をぱちくりとさせた。

 神に直接問いかけるようなことなど……と一瞬考えた灯だったが、ふとある質問が思い浮かんだのだ。

 今のこのタイミングであれば怒られることはないかと考えて、灯は口を開いた。

「それでは一つだけ。――――アルスリア様は、師匠の……伸広さんのどこに惹かれたのでしょうか?」

「あらあら、そう来ましたか。そうですね。いっぱいあり過ぎてこの場では答えられないとだけ言っておきましょう。それに、最初のきっかけはアリシアから聞いて、既にあなたも知っているのでしょう?」

 灯の問いに、アルスリアは少しだけいたずらを思いついたような表情になりながらそう答えてきたのである。

 

 

 そしてアルスリアから答えがそう返ってくるのとほぼ同時に、灯の周りにあった風景が一瞬にして変わった。

 和室を思わせる室内にいたはずが、試練の塔のオーブが置かれている部屋に移動したのだ。

 さらに、急激な風景の変化に戸惑っている灯を、心配そうに忍と詩織が覗き込んできていた。

「――――――ごめんなさい。大丈夫よ。急に風景が変わったから戸惑ってしまって……」

 灯がそう答えると、忍と詩織の表情が安堵のものに変わった。

「そうか。私の時もそうだったな」

「私もー」

 

 いつもと変わらない二人の様子に、灯はきちんと試練を乗り越えてきたのだと確信しつつも敢えてそれについて聞いた。

「それで? 私は無事に何とかなったけれど、二人はどうだったの?」

 そう問いかけると、忍と詩織は一度顔を見合わせてからすぐに灯を見ながらにやりと笑って右手の甲を見せてきた。

「どうにか乗り越えられたぞ」

「同じくー」

 忍と詩織がそう答えるのと同時に、二人の右手の甲にとある文様が浮かび上がった。

 

 簡略化した鳥居を丸で囲んだような形になっているその文様こそ、試練を乗り越えた証である。

 右手の甲に魔力によって文様が浮かび上がるというのは試練を乗り越えたすべての者の共通点だが、浮かび上がってくる文様はいくつもの種類がある。

 灯も右手の甲に意識をして魔力を通してみると、忍や詩織と同じ形の文様が浮かび上がってきた。

 ちなみに三人に浮かび上がっている文様は、最高神アルスリアの試練を乗り越えたことを示すものだ。

 アルスリアをはじめとした神々の文様については、長い年月の間に情報としてかなり蓄積がされている。

 それゆえに神々の試練を乗り越えた者たちは、いい意味でも悪い意味でも注目されることになる。

 もっとも、試練を乗り越えるということは既にAランクの実力があると認められるということであり、力で強引に何かをしようとする事を起こす者はほとんどいない。

 

 いずれにしても、三人は無事に試練を乗り越えることができた。

 試練を乗り越えたことをギルドに報告するのは義務ではないが、よほどのことがない限りは伝えることになっている。

 灯たちも事前の話し合いで、伸広からの助言もあって報告すると決めていた。

 文様持ちだと厄介ごとに巻き込まれやすいが、それ以上のメリットが多々あるためである。

 そのメリットを得るためには、きちんと正式に報告しておいたほうがいいと言われてのことだ。

 そして試練の塔からギルドへ戻った灯たちは予定通りにギルドへの報告をした。

 そこで三人が最高神の文様を得たと分かったギルドでちょっとした騒ぎになるだが、それはまた別の話である。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 ギルドへの報告を終えて宿へと戻った灯たちは、一通りそれぞれにあったことを話していた。

「忍がパーティ内での立ち回り方、詩織が召喚契約を得て、私が神降ろしへのとっかかり。――纏めるとこんなところかな?」

「そうだな」

 皆の話が終わって灯がそれらを統括すると、忍が同意するように頷いた。

「――それにしても、私や灯は心の在り方のようなものを教わっただけで、目に見える形で成果を得たのは詩織だけか」

「何を言っているの。忍や灯だって、きちんと試練の文様は得たのでしょう?」

「まあ、そうだがな」

 詩織に同意しつつ頷いていた忍だったが、どことなく不満げな表情が隠せていないのは仕方ないだろう。

 灯としても忍と同じような立場にあるので、気持ちはわからなくはないのだ。

 

 とはいえ灯自身は、試練の場で得た経験は何物にも代えがたいものだという認識でいるので、表情に出るほどの不満は持っていない。

「まあまあ、今はとりあえず試練を乗り越えられたと認められただけで良しとしましょう。それよりも、師匠に連絡するのでしょう?」

 灯にとっては話題を変えるための軽い問いかけだったのだが、何故かここで忍と詩織が顔を見合わせた。

 二人は灯が試練の場でアルスリアから直接伸広との関係について問われたことを知らないが、彼女のちょっとした変化から何かあったのではないかと予想しているのだ。

 だからといってそれを直接問いかけるほど、二人ともデリカシーのないことをするつもりはない。

 

 灯の態度についてはひっかかるものがある二人だったが、伸広へ連絡すること自体に不満があるわけではない。

 結局、場の空気に流されるまま伸広への報告を済ませるのであった。

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