(3)試練の開始
冒険者ギルドにパーティ名を申請した翌日、灯たちは試練の塔の攻略を再開していた。
ただ攻略の再開といっても、残りの階層はあと一つだけだということはわかっている。
これはすべての試練の塔で共通していることなのだが、階層は全部で二十一層になっており五層ごとに転移陣が配置されている。
灯たちは既に二十層の転移陣の解放を終えているので、残りの階層は一つだけというわけだ。
さらにいえば残りの一層にも敵は出てこない。
試練の塔の二十一層にはとある仕掛けがあって、その仕掛けに触れるとそれぞれ別の場所で試練が受けられるようになっているのだ。
試練の塔は、冒険者の間で一流(Aランク以上)への仲間入りの証とされているのは二十層に行くまでに出てくる敵が相応のものだからだ。
逆にいえば二十層にまで到達できる実力があれば、少なくとも魔物との戦闘という意味においてはAランク相当の実力があるということになる。
もっとも二十層の転移陣を解放した個人なりパーティがその先の二十一層に行かないという選択を選ぶことはほとんどない。
そういう意味においては、試練を受けた者がAランクと認められるのは間違った認識ではないのである。
灯たちの目的は試練の塔で試練を受けることなので、当然のように二十一層へと向かった。
二十層の転移陣の隣にある部屋の階段から二十一層へと向かった三人は、そこでとあるものと目撃することになる。
「これが『試練のオーブ』?」
「見たまんまだな」
首を傾げた灯の問いに、忍が同調するように頷いた。
二十一層は二十畳ほどの部屋になっていて、その中央に優美な彫刻が施された台座とその上にオーブと呼ばれる淡い青色で輝いている球体が鎮座していた。
そのオーブこそ灯が言った『試練のオーブ』であり、それに触れることで試練が受けられるのだ。
試練が受けられるのは一人ずつで、ここに来るまでパーティで来ていても必ずそれぞれで試練を受けることになる。
たとえオーブに同時に触れたとしても複数で試練を受けるようになることはない。
そもそも世界各地にある試練の塔を用意したのは世界を管理している神々であると言われているので、変な不正をしようとしても無駄に終わるだけだと言われている。
このことは、過去に神々から直接話を聞いてきた者からの証言から認められていることだったりする。
灯たちは既に伸広やアリシアから試練の塔についての話を聞いていたので、オーブが一つ置かれているだけの部屋に入っても、特に疑問が浮かぶことはなかった。
それどころか、オーブに触れる順番まで事前に決めている。
「忍、よろしく」
「ハイハイ」
詩織に促された忍が、軽く右手をあげながらそれに答えた。
ちなみに、次にオーブに触れるのは詩織で最後が灯だ。
部屋の中央まで進んだ忍は、少しのためらいを見せることなくオーブの上に軽く手をのせた。
すると、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。
『――攻略済み確認。――パーティ名“隠者の弟子”所属、シノブ確認』
「あ、昨日登録したばかりなのに、きちんと反映されるんだ」
「神様が関わっているんだから、それくらいは簡単なんじゃない?」
登録したばかりのパーティ名がきちんと反映されて読み上げられていることに灯が気付いて反応すると、詩織も特に驚くことなくそれに答えた。
そんな二人の声が反映することなく女性の声は続く。
『――試練への参加資格確認。――了。――その他、不確定要素確認。――――――試練への参加準備完了。このまま試練の間へと転送いたしますか?』
「ああ。頼む」
見えない相手に忍が返事を返すと、それに対する言葉はなかった。
ただし答えを返した忍が、灯と詩織の目の前から音もなく姿を消した。
「……行ったみたいね」
「そうだね。話に聞いていた通り?」
「たぶん、ね」
忍が姿を消したことに慌てることなく、灯と詩織が多少のんびりしたやり取りをしていた。
試練を受ける者がオーブに触れると今のようにどこからともなく女性の声が聞こえてきて姿が見えなくなるということは、三人とも聞いていたのだ。
オーブに触れた者は女性の声が言ったように、『試練の間』と呼ばれる別の場所で試練を受けることになっている。
忍の姿が消えてからたっぷり十秒ほど経ってから、灯が詩織へと視線を向けた。
「そろそろいいんじゃないかな?」
「ハイハイ。それじゃあね」
「うん。頑張ってね」
灯に促されて詩織がオーブのところに向かって歩き出した。
詩織がオーブに触れると、先ほどの忍と同じように女性の声で何かの確認をされてから姿を消す。
その様子を最後まで見守っていた灯は、立ち上がって同じ作業を繰り返す。
そして忍がオーブに触れてから十分も経たずに、隠者の弟子の面々は全員が試練の塔の二十一層から一時的に姿を消すことになるのであった。
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灯たちが試練を開始したちょうどその頃、魔法の研究を切りの良いところで終えた伸広が拠点の今に姿を見せた。
「お疲れ様」
「ああ、アリシア。こっちに来ていたんだ」
「ええ。ちょうど切り上げる頃かと思って来たのだけれど、ちょうどよかったみたいね」
アリシアが女神の転生体というのは伊達ではなく、特に伸広に関してはほぼ百パーセントの的中率で勘の良さを発揮する。
アリシアが都合のいいタイミングで拠点に姿を現すのも、この勘の良さがいかんなく発揮されてのことだ。
一時伸広は、アリシアの勘がよくなっているのではなく実は
少しの間無言のままお菓子のクッキーを口にしていたアリシアだったが、ふと思い出したような顔になって言った。
「そういえば、そろそろ始めているのかしら?」
「そうだね。そろそろじゃないかな?」
何のことかは言うまでもなく、灯たちの試練についての話だ。
「乗り越えられるかしらね?」
「さて。どうかな? アルスリアは、僕の弟子たちが来たからって手加減するようなことはしないだろう?」
「あら。彼女たちの試練が
「そうかな? ほぼ間違いないと思っているけれどね、僕は」
意味ありげに笑いながら言ったアリシアに、伸広は確信を込めて返した。
灯たちの試練にアルスリアが実際に関わってくるかは、アリシアも伸広も直接彼女から聞いているわけではない。
それでも、間違いなく関わってくるだろうと二人とも予想していた。
こんな絶好の機会を見逃すほど、アルスリアという存在は甘くはない。
「――切り抜けられるかしらね?」
「さあ、どうかな? 大切なのは過程であって結果ではないと言いたいところだけれど……彼女たちは気にするだろうね。まあ、彼女たちが試練を失敗するとも思えないけれど」
「あら。それは灯たちへの信頼?」
「だけじゃなくて、どちらかといえばアルスリアへの期待、かな?」
そういった伸広の言葉の意味を考えるような表情になったアリシアだったが、すぐに苦笑交じりの笑顔になった。
「なるほど。そういうことね」
「まあ、どちらにしても僕らは結果を待つことしかできないからね。あとはやることをやりながら待つだけだよ」
「そうね」
伸広の言葉にアリシアが同意するように頷くと、再びのんびりとした空気が流れ始めるのであった。
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