(4)忍への試練

 トップバッターでオーブに触れた忍は、灯たちと一緒にいた部屋とは別の部屋に転送されていた。

 ただし別の部屋といっても、造り自体は先ほどまでいた部屋とほとんど変わらない。

 違っているのは前の部屋には中央にオーブが設置されていたが、今いる部屋にはそのオーブはなかった。

 その代わりに、先ほどまではいなかったはずの人物が忍の目の前に立っていた。……忍と全く同じ姿形で。

 普通であれば自分とうり二つの顔をした存在がいれば驚くのだが、今回の忍はなるほどと思うだけだった。

 最初から試練を受けることになるとわかっていたので、そういうこともあり得るのだろうと一瞬だけ考えただけだ。

 忍としては、そんなことよりも自分と同じ顔をしているその人物が、普通ではない雰囲気を纏っていることのほうが気になっていた。

 

 ともすれば膝をついてしまいそうになるその雰囲気は、不思議なことにどこかで感じたことがあるものだ。

 一体どこで感じたのだろうと内心で首を傾げていた忍だったが、ふとした瞬間にそれを思い出してつい言葉に出してしまった。

「――――ああ、なるほど。アリシアの強化版か……」

「あら。もうばれてしまったのね。残念。……それとも、さすがというべきかしら?」

 笑みを浮かべながら可愛らしく首を傾げる相手の様子を見て、忍は思わず苦笑をしてしまった。

 自分ではまずしないその仕草だったのと、纏っている雰囲気のお陰かしっくりくるほどに似合っていたので思わず自分だったらどうなんだろうと考えたのだ。

 その結果が、どう考えても似合わないだろうという結論に一瞬で至ってしまっていた。

 

「あら。あなたが勝手に思い込んでいるだけで、別に似合わないなんてことはないと思うわよ?」

「……そういうことにしておきます」

 ナチュラルに心を読んで先に答えを言ってきたに、忍は無難な答えを返した。

 既に忍の中で、目の前にいる自分と同じ顔をした人物はアルスリアだと確定している。

 心を読めるのに否定してきていないことからも、その推測を裏付けているはずだ。

 

 そして、そんな忍の推測を読んだかのような言葉をアルスリアが言った。

「私が何者かなんて、この場ではどうでもいいことよ。それよりも、そろそろ始めましょう?」

 そんなことを言って自然体のまま近づいてきた相手アルスリアに、忍は警戒度を上げて真っすぐに見つめ返した。

 まだ、腰に下げている刀に手をかけるようなことはしない。

 アルスリアから戦いを始めると言われていない以上は、先に自分から武器を構えるわけにはいかないと考えているのだ。

 それでも、いつでも抜けるような態勢を取っておくことが大事なのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 結局、忍がアルスリアの動きを注視するようになってから十分後には、両者の戦いは始まっていた。

 最初に仕掛けたのはアルスリアで、律儀にも「行くわよ」と声をかけてから抜刀をして忍に対して切りかかってきたのだ。

 その攻撃を余裕をもって交わした忍が応戦をすると、それが最初から決まっていた流れだったかのように戦いが始まったのである。

 

 そして十分という時間がたった今、忍はやりにくさを感じつつ戦いを続けていた。

(――相手の顔が自分と同じだからか……動きが全く同じだからか……まるで鏡を中の自分と戦っているみたいだな……)

 そんな忍の心の機微を読んでいるのか、アルスリアは動きを全く止めないまま話しかけてきている。

「あなたがあの人から学んだことはそれだけではないでしょう? こんな場面で隠し事をしていてもいい結果は生み出さないわよ?」

「……そもそも心が読める相手に、隠し事をしているつもりはなかったのだが……?」

「そう? それじゃあ、きちんと全力を出しなさいな」

 敢えてなのか煽るようなことを言ってきたアルスリアだったが、忍はそれに乗っかることにした。

 忍としては隠しているつもりはなかったのだが、初めに普通の攻撃が来たのでついついそれに応じた対応をしていたのだ。

 

 会話によって少しだけ間が空いたことがきっかけになって、忍はこれまでの攻撃方法とは違った戦い方を始める。

 通常の刀による攻撃の合間合間に、魔法による攻撃も織り交ぜるようになったのだ。

 この場合の魔法の攻撃というのは、身体強化から始まって武器(刀)への属性付与、通常の魔法攻撃すべてを含んでいる。

 今自分が戦っているのは神の一柱であり、その試練を乗り越えるのには全力を尽くさないといけないと思っているからこその全力攻撃である。

 

 だが、そんな忍の思いをはじき返すかのように、アルスリアは先ほどまでと変わらない様子ですべての攻撃をしっかりとはじき返していた。

「――あなたの全力はこんなものかしら?」

(…………どういうことだ?)

 ともすれば息切れしそうな攻撃にもかかわらず、アルスリアは余裕の笑みを浮かべたままだ。

 

 もっとも、そのこと自体は別に問題ない。

 相手は世界を支える神の一柱なのだから今の力が及ばなくとも、忍としてはガッカリするようなことはない。

 忍が気になっているのは、先ほどから繰り返されている全力を出しているのかと問いかけられているアルスリアの言葉だ。

 まるでそれは、今の忍が全力でなはいと言っているかのようだった。

 できる限りの攻撃を出している忍としては、聞き捨てならないことである。

 

 アルスリアが言っている言葉の意味をきちんと考えるために、忍は攻撃の手を止めた。

 そんな忍に対して、アルスリアも無用に追撃をするつもりはないのか、笑みを浮かべたまま見つめ返している。

(――これはあくまでも試練のための場。であれば、勝つ必要はない? いや、違うか……今の自分を超える何かを見せる必要がある?)

「そうそう。しっかり考えなさい。今の自分に何ができるのか、そして今の自分を超えるために何が必要なのか……『隠者の弟子』のメンバーとして、自分に何ができるのか」

(……『隠者の弟子』のメンバーとして…………?)

 忍は、アルスリアの言葉の中で、ふとその部分が気になった。

 試練は一対一で行っているのに、何故いまそのことを持ち出しているのかと思ったのだ。

 

(『隠者の弟子』のメンバーの一人と想定して戦えばいい……? いや、違うはずだ。であればわざわざこんな場を用意しなくてもいいはず。とすれば…………)

 自分の思考が袋小路に入り込みそうに感じながらも、忍はそこで考えを止めることはしなかった。

 忍が考え始めてからアルスリアもそれを止めるように攻撃を仕掛けるようなことはしていない。

 それであれば、今は自分の中で思いつきそうな何かをきちんとまとめるのが先決だと考えてじっくり時間をかけて答えを求める。

 

 

 そんな状態が体感的には数分続き、ふとしたきっかけで忍の視線が真っすぐにアルスリアを見つめた。

 そんな忍を見て、アルスリアがニコリと笑った。

「答えは出たようね」

「……おかげさまで、何とか。それで、続きは……?」

「あら。必要ないわよ。これはあくまでも試練の場。戦いに決着をつけるのが目的ではないもの」

「……そうか」

 ある意味で予想通りの答えが返ってきたことに、忍は笑みを浮かべながら頷き返すのであった。

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