(2)隠者の弟子
『試練の塔』は、その名の通り攻略に訪れる冒険者たちに試練を授ける塔型のダンジョンである。
その試練は人によって様々で、まさしく神から与えられる試練と呼ばれている。
それが大げさではなく事実として世間に広く広まっているのは、実際にこの試練を乗り越えて神々から様々な恩恵を与えられることが分かっているためである。
中には神の加護を貰ったという者もいて、その名に違わない報酬が与えられるダンジョンなのだ。
貰える恩恵の大きさから貴族が護衛で周辺をがちがちに固めて攻略に向かうこともあるのだが、そのこと自体は否定されていることではなく、実際に直接神々から恩恵をもらえたという例もある。
どういう基準で神々が出てくるかは分かっておらず、神々の気まぐれともいわれている。
ちなみに、恩恵をもらえるのは一度に限ったことではなく、複数回もらえる例も確認されている。
中には、複数の神から加護をもらえたという例も存在している。
世界に複数の試練の塔が存在しているとはいえ、数が限れているということには違いない。
それゆえに過去には貴族で独占しようという動きもあったのだが、その結果が全く恩恵を与えられなくなったという事態に陥り、今では変に規制がかけられることはなくなっている。
そもそも試練の塔自体は、冒険者レベルでAランクになるための条件の一つとされているように、かなり高レベルのダンジョンになっている。
そのレベルの高さがある程度の制限となっていて、攻略者たちでごった返すということにはなっていないのである。
もっともそれぞれの試練の塔を管轄している冒険者ギルドも、別に入場する冒険者を物理的に制限しているわけではない。
過去にはCランクになったばかりのグループが見事に試練を乗り越えて恩恵を授かったという例もあるので、余計なことをしない方が無難だと判断されているのだ。
とはいえ、さすがに冒険者になりたてのF,Eランク辺りだとダンジョンに入っていきなり返り討ちに会うなんてこともあり得るので、ある程度の戦闘経験での入場制限はしているのだが。
非戦闘職が試練を受けたい場合は、それこそ護衛でがちがちに固めて入る場合にのみ許可されることになる。
リンドワーグ王国にある試練の塔の攻略に向かった灯たちは、その時点でグロスターダンジョンの第二十層までの攻略を終えて冒険者ランクもCランクと認められていたので、問題なくダンジョンへの入場することができた。
問題が出てきたのは、灯たちが試練の塔の攻略を進め始めてからだ。
今回はあくまでも試練を受けるということが目的になっているので、グロスターダンジョンの時のようにのんびり攻略ではなく、そこそこの速さで攻略を進めていた。
そのおかげで二週間ほどで二十階にある転移門までたどり着くことができたのだが、そのことによって今現在灯たちが頭を突き合わせて考える必要性が出てきたのである。
その問題というのが何かというと――。
「…………うーん。まさか、パーティ名を決めるまで先に進むのを禁止されるとは思わなかったな」
――ということだった。
灯や詩織よりも先に忍が言った言葉だったが、二人とも忍と同じ気持ちなのはその表情を見ればわかる。
そもそも灯たちは、グロスターダンジョンの攻略を進めているときもパーティ名をはっきりとは決めていなかった。
グロスターダンジョンの攻略はあくまでも伸広からの試験という思いが強かったというのもあるが、色々あって名前を決めるのが後回しになってしまったというのがある。
そのつけが、今になって回ってきたというわけだ。
試練の塔で試練を受けるうえでパーティ名が必要になるのは、冒険者ギルドから言われたからというだけではなく、実際に試練を受けるうえで必要になるからだとギルド職員から説明を受けた。
何でも二十一層にある『試練の間』といわれる場所で、パーティ名と名前の登録が必要になるらしい。
登録といっても音声認証らしいのだが、それを済ませると初めて試練を受けられるといった仕組みなっているようだ。
このことは広く知られているのだが、中には灯たちのように全く知らないままで試練を受けようとする者もいるので、あらかじめ冒険者ギルドから知らせるようになっている。
ちなみに、
パーティ名が早急に必要だと理解した灯たちは、宿の部屋に集まって改めてそれぞれの候補を出し合いながらパーティ名を決めているというわけだ。
とはいえ、忍の愚痴(?)が出たのは散々候補を出し合って、ようやく五つほどの候補に絞った時点でのことだ。
そろそろ先が見えてきて、つい安心感からそんな言葉が出てきてしまったというわけである。
「――そうねえ。まあ、でもそろそろいい感じにまとまってきたんじゃない?」
詩織が確認するようにそう問いかけると、灯と忍は同時に頷いた。
「それで、ここから先をどうやって決めるかということだけれど……」
「もうここまで来たら『一斉の、せ』で指差しすればよくないか? そうすれば、多くても三つには絞れるだろうし」
「そうね。そうしましょう」
忍の提案に、詩織も同意する。
灯としても忍の提案に特に不満があるわけではなかったので、結局一斉に指差しすることになった。
「それじゃあ、いくわよ……? ……いっせーのー……せっ!」
「………………あら?」
「……なんだ。結局こうなるのか」
灯の掛け声で三人が同時に候補のパーティ名が書かれた紙に向かって指差しをしたのだが、その一回目で見事にとある名前に三人の人差し指が集まっていた。
三人が同時に指さしたその名前は『隠者の弟子』。
隠者というのは勿論伸広のことであり、三人はその弟子にあたるのだからちょうどいい名だろうと考えられた名である。
最初に言い出したのは灯だったのだが、なんだかんだで詩織と忍もちょうどいいと思っていたからこそ最初の選択で同時に揃ったということになる。
「――考えていることは一緒ということね」
「そういうことだろうな。まあ、いいんじゃないか? 最初で揃うということは、不満はないということだろう?」
再度確認するように忍がそう問いかけると、灯と忍が揃って頷くのであった。
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宿の部屋で話し合っていた時間は何だったのかというくらいに最後はあっさり決まったパーティ名だが、結果的にはわだかまりが生まれることもなく翌日には揃ってギルドに報告ということになった。
その報告の際に、灯たちは受付嬢からこんなことを言われることになる。
「――とにかく、皆様方のパーティ名が決まった良かったです。……なにしろ、他の皆さまに好き勝手に呼ばれて混乱される事態になりかけていましたから」
「なんだ。そんなことになっていたのか。迷惑をかけたな」
「いえいえ。そもそも、あっさりと二十層まで行ける実力があるパーティの名前を決めるように促さずに、放置していたこちら側の責任でもありますから」
慌てた様子で首を振りながらそう言ってきた受付嬢だったが、それに対して灯たちも苦笑を返すことしかできなかった。
ギルドからはゆっくりでいいと言われていたものの、それを放置していたのは紛れもなく灯たちに原因がある。
いずれにしても、ギルドへ報告したことによって灯たちのパーティ名は『隠者の弟子』で正式に決定した。
この時のやり取りは、たまたまギルド内にいた他の冒険者に聞かれており、その名前が急速に冒険者の間に広まっていくことになるのだが、灯たちがその事実を知るのはもう少し先のことなのであった。
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