第4章
(1)不審な点
シンジョウグループがカシマ町から去っていから一か月ほどが経ったある日。
伸広は、アリシアからとある報告を受けていた。
「――というわけで、彼らの処分はそんな感じになったわ。他に聞きたいことはある?」
「いや、特にはないかな」
「そう」
伸広に短い返事に、アリシアはさらに短く返した。
アリシアは、そもそも伸広から感謝されるためにシンジョウグループのことを調査していたわけではないので、短い返答にガッカリすることはなかった。
むしろ伝えたいことはここから言おうとしていることにある。
そんなアリシアの雰囲気を感じ取ったのか、伸広が首を傾げながら聞いてきた。
「他に何かあった?」
「何か……そうね。少し気になるところはあるわね」
「気になる?」
「そう。彼らは正式な騎士ではなく軍属の冒険者という立場だからというのが理由になっているけれど、処分が軽すぎる気がするのよね」
「……そうなのか?」
腕を組みながらそう聞いてきた伸広に、アリシアは「ええ」と返した。
長い間国家という組織にはあまり関わってこなかった伸広は、当然のようにリンドワーグ王国の騎士の規約など知らない。
そのためシンジョウグループに与えられた罰をアリシアから聞いても、そんなものかと思うだけだった。
だが、伸広よりは騎士たちにより近い位置にいるアリシアからみれば、彼らに与えられた罰が軽く感じられるという。
「今回はたまたま同じ国内にいたからいいとして、彼らのやったことは亡命に近い行為とされてもおかしくないことよ。それは少し大げさだと考えられたとしても、普通の市民よりは国家の中枢に近い位置にいたと考えれば……」
「軍人としてではなく、文官としてだったら?」
「同じことよ。武ではなく知によっている分、むしろ処分は重くなってもおかしくはないわね」
「あ~。情報流出を考えればそうなるか。でも、彼らは国外には出ていないんだよね?」
「そう。たまたま、ね」
「うーん」
アリシアの言いたいことも分からなくはない伸広は、腕を組みながら短くうなった。
確かにそういう側面があることはわかるのだが、それでもアリシアが疑念を抱くのには理由としては少し弱い気がしたのだ。
そこまで考えた伸広は、はたと気付いたような顔になった。
「――君がそこまで言うってことは、何か別の情報もつかんでいるってこと?」
「……いきなりそっちに推測するのはずるくない?」
予想とは違った方向から攻めてきた伸広に、アリシアはジト目になった。
「ハハハ。いやだって、ほら僕らの感覚がこちらの住人とは違うって、アリシアはよくわかっているじゃやないか」
「……もう。まあ、いいけれどね。それに、あなたの予想は間違っていないし」
アリシアとしては自分と同じような道筋で伸広に答えにたどり着いてほしかったのだが、まったく違った方向から予想されて少しだけ不満そうになっていた。
そんな表情を隠すこともなくアリシアは、私服についていたポケットから小さく折りたたまれたメモ紙のようなものを伸広に差し出す。
その意味を理解した伸広は、無言のままその二枚のメモ紙を受け取ってからそれぞれに目を通した。
「これは……新庄君たちの行動記録……? それも、彼らがダンジョン攻略を目指す前後のものか」
「そうよ。……ね、不思議でしょう? そろいもそろって『とある場所』に出頭ってあるのよ?」
「あ~。念のために聞いておくけれど、この国では軍の記録にそんな曖昧な文言を残していいのかな?」
「いいわけないじゃない。簡単に言えば、私では触れられない場所に彼らがいっていたということになるわね」
「……それはそれは」
アリシアから帰ってきた答えに、伸広は苦笑しながらそう返した。
王族という立場にあるアリシアだが、そこまで高い情報に簡単に触れられる位置にいたわけではない。
神の転生体だと認められた現在も、伸広という国から見れば不確定要素満載の伴侶を目指している時点で、過去の立場と大した違いはない。
無理を押し通せばそれらの情報に触れることも可能だろうが、そんなことをすればアリシアが何やら嗅ぎまわっているということを相手にも知らせることになりかねないだろう。
もっとも、国家の軍の情報にそんな曖昧な情報を残せる時点で、既にアリシアの行動はバレバレになっているとも可能性もあるのだが。
別にアリシア自身はそのことを隠しているわけではないので、ばれたところで構わないと考えていたりする。
相も変わらず不機嫌そうな顔になっているアリシアに、伸広は少し笑いながら言った。
「本当に気になるなら僕が動くよ?」
「止めて。そんなことをしたら折角の楽しみが一つなくなるじゃない」
伸広が本気で動いてしまえば、どんな国家機密も機密ではなってしまう。
ありとあらゆる召喚ができる魔法を習得している伸広ならではだからこそできることなのだが、逆にいえばそんなこともできると色んな方面に知らしめてしまうことにもなる。
今現在伸広はリンドワーグ王国(および国王)と敵対していないが、将来もそうであるとは限らない。
アリシアが「楽しみ」といったのは、自分自身の暇つぶしのようなことも含まれているが、そのほとんどは伸広のためであるといってもいい。
そもそもアリシアがシンジョウグループについて調べ続けているのは、伸広の弟子である灯たちのためなのだ。
伸広もアリシアの答えが分かっていたのか、深く考えることはなく小さく笑い返すだけだった。
「そう。それならいいけれど。それにしても、アリシアでも簡単には触れられない情報か……少しは気にかけておいたほうがいいかな?」
「そうね。あまり気にしすぎる必要はなさそうだけれど、記憶の片隅にでも置いておけばいいのじゃないかしら」
「そうしておくよ」
アリシアが軽く提案した内容を伸広が同意したところで、ちょうど話題が途切れた。
シンジョウグループの情報を持ってきたアリシアも、そのくらいが妥当だろうと考えての言葉だったのだ。
彼らの行動によって直接害を受けたのならともかく、今のところはそんなことが起こる気配もないので無理に追いかける必要もないという判断もある。
シンジョウグループの行動についての話がひと段落したところで、しばらくの間無言の時間が続いた。
なんだかんだ時間を見つけて拠点にくるアリシアだが、ずっと話をしっぱなしというわけではない。
むしろ何の話をするわけでもなく、ただ一緒にいるだけの時間が長い場合も多かったりする。
そんな時間が十分ほど経過してから、ふとアリシアが思い出したような表情になった。
「――――そういえば、灯たちは?」
「ああ。今のところ順調に攻略を進めているみたいだよ」
「そう。それは何よりね」
伸広の答えにアリシアも少しだけ微笑みながら満足そうにうなずいた。
灯たちはグロスターダンジョンの第二十層まで攻略を終えて、現在新たなダンジョンの攻略を進めていた。
グロスターダンジョンの攻略を終えた後、次にどこに向かうかを話し合った結果そのダンジョンに向かうと決めた。
そのダンジョンにはとある特徴があるのだが、それを聞いた灯たちがほぼ同時に即決していた。
そのダンジョンの名前は『試練の塔』。
同じ名前のダンジョンはリンドワーグ王国だけではなく、世界各地に点在している。
地下迷宮ではなくその名の通り塔型のダンジョンだが、似たような塔型のダンジョンはほかにも存在している。
ではなぜそれらの塔が『試練の塔』と呼ばれているのかといえば、とある同じ特徴がそのダンジョンに備わっているためだ。
その特徴があるからこそ、灯たちだけではなく世界中にいる冒険者のほとんどが真っ先に攻略を目指すダンジョンにもなっている。
そして灯たちは、その名の通りに試練を乗り越えるためにそのダンジョンの攻略を進めているのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます