(16)続・両者の攻略状況

 経験値の蓄積のためにダンジョン攻略している灯組と最速での攻略を目指しているシンジョウグループの違いは、すぐに現実的な数字として現れることになった。

 灯たちが二度目の第十二層の攻略を進めているときに、志保たちはあっという間に追いついて、さらに追い抜いてしまったのだ。

 もっとも、そのことを両者のメンバーがすぐに知ることはなかった。

 同じ第十二層で攻略を進めているときはあったのだが、お互いに姿を見つけることはなかったのである。

 フィールドダンジョンとはいっても一つの階層はかなりの広さがあって、さらには草木が生えていることもあるので、他のグループが攻略していることに気付かないことも珍しくはないのだ。

 結果として、灯たちがシンジョウグループに先を越されたと知ったのは、第十二層の大体の探索を終えて第十層にある転移陣から戻ってきたときだった。

 表層で番をしているギルド職員から教えてもらえたのだ。

 だからといって、灯たちの態度があからさまに変わったというわけではない。

 その話を聞いた時も、実際に頑張っているんだねという感想を持ったこと以外に特段の変化はなかった。

 志保たちに先を越されても特に焦ることもなく、予定通りにダンジョン攻略を進めるのであった。

 

 灯たちがマイペースに攻略を進める一方で、シンジョウグループのメンバーは先を急ぐように攻略を進めていた。

 灯たちが予想したとおりに、新庄たちにも自分たちが国の保護下から逃げ出したという自覚は持っている。

 だからこそ、グロスターダンジョンの攻略は万全の状態で進めなければならないという考えも持っているのだ。

 そのため、第十五層の転移陣から戻ってきたときに、ギルド職員から既に灯たちのグループを抜かしたと聞いても浮かれるようなことはなかった。

 志保たちもギルド職員から灯たちの攻略情報はある程度仕入れていて、彼女たちがゆっくり進んでいることも知っていたのだ。

 それらの情報を得ていたからこそ、この時には既に眼中に入っていなかったともいえる。

 彼らの目標はあくまでも第二十一層以降で、それ以前の階層でうろついている者たちに構っている時間はないという考えなのだ。

 

 そして、少なくともダンジョン攻略に関しては両者が交わることがないまま、ついに決定的なニュースが飛び込むことになる。

 灯たちが少し駆け足気味で第十五層の転移陣を解放したまさにその日に、シンジョウグループが第二十層の転移陣から戻ったのだ。

 ちなみに灯たちが駆け足になったのはシンジョウグループの攻略状況に焦ったというわけではなく、当初の予定通りである。

 第十三層、第十四層を攻略する際には、第十五層の転移陣から移動したほうがより楽に攻略を進めることができるという話を伸広から聞いていた。

 灯たちは、慣れてさえしまえばそれらの階層で出現する魔物で苦労することはないので、まずは転移陣の解放を優先したというわけだ。

 勿論、どんなに弱い相手であっても命を懸けてダンジョン攻略をしている以上油断は大敵だが、誰かが大きな怪我を負うということもなく転移陣の解放に成功していた。

 

 灯たちが予定通りに攻略を進める一方で、第二十層を攻略したシンジョウグループも順調に進んでいるといえる。

 ただし急ぎ足の攻略をしている新庄グループだが、第二十層の攻略後はしっかりと休みを取ったうえで次の攻略に向かっていた。

 破竹の勢いで攻略を進めるシンジョウグループのことは既に町の冒険者の間で噂になっていて、新庄たちがさらにその先を目指していることを公言していることもあってさらに噂が加速していた。

 灯たちはその陰に隠れるように、一部を除いてほとんど噂になることもなくごく普通の冒険者グループとして認識されている。

 変に目立つつもりがなかった灯たちとしては、むしろ良い隠れ蓑になってくれたとお互いに話しているくらいだった。

 

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 シンジョウグループは第二十層の攻略後、三日空けてから第二十一層の攻略に進んだ。

 一応ギルドからは禁止されている階層になるが、冒険者の間では第二十一層に何があるかは公然の秘密となっている。

 血気盛んな数々の冒険者が突撃した結果の話が、この階層についてだけは噂として漏れ出ているのだ。

 今攻略を進めているシンジョウグループも、城で鍛えられているときに昔冒険者として攻略したことがあるという兵から話を聞いたのだ。

 

 第二十一層にある――いや、は身長(高さ?)が五メートルを超えるゴーレム(一頭二腕二足)だった。

「――話には聞いていたが、実際に見ると本当にバカでかいな」

「そうね」

 ゴーレムと対峙した新庄の漏らした感想に、志保が同意して頷く。

 

 高さが五メートルを超える物体となると何かの建物を想像するのが早いが、それほどの大きさのものが動いているだけでもかなりの威圧感を感じる。

 さらに、このゴーレムはただ大きいだけのではない。

 新庄たちは、そのことを戦いながら実感することになる。

 このゴーレムは、見た目だけで判断すると命の危険にさらされることを教えてもらえる良い教材の一つなのだ。

 

 これだけの大きさであれば動きが遅くなるというのが定番だが、このゴーレムにはその常識は通用しない。

 基本的にゴーレムは魔力を使って動く魔法生物なので、物理的な法則に従って考えると痛い目を見る。

 そうわかっていても、高さが五メートルあり横幅も四メートル近い物体の腕が、普通の人間と変わらないスピードで動かせるとなると悪夢でしかない。

 訓練を積んだ人間でなければ、簡単に物理的な暴力に潰されてしまうことになるだろう。

 

 巨大なゴーレムがいると話に聞いていた新庄たちも、最初はその動きに戸惑っていた。

 それでも国の保護下にあった時にはきちんと訓練を受けていたので、その攻撃を躱すくらいのことはできていた。

 やがてゴーレムの動きに頭の中の戸惑いが塗り替わると、あとは前衛が躱すだけの簡単なお仕事だけになる。

 とはいえ、いくら厳しい訓練を積んだからといっても、永遠に動き続けられるわけではない。

 

「――チッ! やっぱり、硬えな! おい、まだか!?」

「……まだよ! あともう少し!」

 ゴーレムとの戦闘を開始してから五分ほど過ぎてからの新庄の問いに、志保がちらりと隣に立つ夏目久美を見ながら答えを返す。

 ゴーレムの特徴であり、攻撃する者にとっては難点である身体が硬いせいで容易に攻撃を通せないという事実を覆すために、シンジョウグループはしっかりと攻略法を用意しておいたのだ。

 

 新庄と志保のやり取りから三十秒ほどが経つと、ようやく待ち望んでいた久美が動いた。

 その動きに合わせるように、突如目の前のゴーレムが巨大な火炎に包まれる。

 ただし、その程度のことでゴーレムの動きは止まることはなかったし、新庄たちもそれは予測済みだった。

 十秒ほどゴーレムを包んでいた炎だったが、やがて何事もなかったかのように消え去り、それを待っていたかのように再び久美が軽く腕を振るった。

 そして、再びその動きに合わせるように、ゴーレムが今度は透明な膜のようなものに覆われた。

 

 その透明な膜を包んでいるのがゴーレムなのでわかりにくいが、近づけば冷気を放っていることが分かるはずだ。

 それこそが、新庄たちが用意したゴーレム攻略法の要であった。

 早い話が十分に熱した物体を急激に冷やすと脆くなるという性質を利用した攻撃方法である。

 ゴーレムへのこの攻撃方法は、この世界ではわりとメジャーな方法である。

 物理学があまり発展していないこの世界では、理屈としてはよくわかっていないが、それでも有効な方法として伝わっているのだ。

 

 これで、目の前で猛威を振るっていたゴーレムもその例から漏れることはなく、普通の物理攻撃も通るようになった。

 その結果として、新庄たちがゴーレムと戦い始めてから三十分後には、巨大なゴーレムはただの岩石の塊となり果てるのであった。

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