(17)女吸血鬼

 第二十一層にいるゴーレムを無事に倒したシンジョウグループは、その場でしっかりと休憩をとってから先の階層へとむことにした。

 ここから先に関しては一切の情報が出回っていないので、完全に初見で対応することになる。

 その分の気合を入れて、ゴーレムを倒した後に出現をした階層を進むための転移陣の中に全員で入る。

 転移陣を使って階層を進むダンジョンも珍しくはないので、特に戸惑うことなく先へ進むことができた。

 ただし転移陣を使って移動するということは、これまでの階層とはガラリと雰囲気が変わったダンジョンになる可能性が高い。

 そのことを念頭に入れつつ、シンジョウグループのメンバーは転移陣が起動するのを待っていた。

 

 特に罠のような引っかけが起こるわけでもなく、転移陣は無事に起動していよいよ第二十二層が新庄たちの目の前に姿を見せた。

「――これが、第二十二層か?」

「特に変わったことはないようね」

 これまでと同じような見慣れた光景に、新庄と志保が少し拍子抜けしたようにそう言った。

 彼らの目の前に広がっていた光景は、第二十層まで続いていたフィールド系のダンジョンと変わらないものだったのだ。

 ギルドや国が攻略を禁止しているとはいえ、暗黙の了解で攻略に進んでいた冒険者たちが一様に口を閉ざしている割には、ごく当たり前の光景すぎる。

 そう考えたからこそ新庄は疑問を口にして、志保もまた同じような気持ちで答えを返したのである。

 

 とはいえ、いつまでも不思議がっていても仕方ない。

 第二十二層が慣れているフィールド系ダンジョンだと分かれば、攻略を進めるという目的も果たしやすくなる。

 それでも油断することなく、新庄たちは歩を進めることにした。

 

 ――そして、一時間ほど歩みを進めた結果。

「…………見事なまでに何もないな」

「そうね。ごく普通のダンジョンにしか見えないわ」

「魔物は多少少なくなっているような気もするが……誤差の範囲だな」

 思い返すように言った鎌田の言葉に、他の全員が同意するように頷き返した。

 通常のダンジョンであれば、階層が進めば魔物の数が多くなったり敵が強くなったりする。

 ところが、第二十二層は今のところそんな印象を全く受けないのだ。

 

 第二十二層以降は侵入が禁止されているため他の階層のように冒険者が魔物の間引きがされていないので、普通に考えれば魔物が多く生息していてもおかしくはない。

 その気配すら感じられず、むしろ逆に減っているようにさえ感じるのだからメンバーが違和感を覚えるのも当然だろう。

 とはいえ、攻略を進めるシンジョウグループにとっては魔物が少なくて歩きやすいというのは、メリットでしかない。

 このままいけば、一応予定していた時間よりも早く第二十二層を切り抜けられる可能性もある。

 そんな若干甘いことを考えていたシンジョウグループだったが、やはりそうは問屋が卸さなかった。

 そろそろ歩き出そうかと腰を上げたグループの前に、異変が起こったのだ。

 

「あらあら。久しぶりに私の庭を荒らしに来たおバカさんを見に来たのだけれど、随分と懐かしい気配がするわね」

「なっ……!? だ、誰だ……!」

 進行方向とは逆側、すなわち後方から突然聞こえてきた女の声に、先頭を歩いていた新庄が慌てて振り返った。

 その視界には当然のように他のメンバーの姿が飛び込んできたが、ほぼ同じようなタイミングで振り返っていたのが分かった。

 

 声の持ち主と思われる女性は、新庄たちから三メートルほど離れた位置に悠然と立っていた。

 その姿を見たグループのメンバーは、一様に息をのんだ。

 その強い意志を示すかのように光り輝いている紅い瞳が印象的なそのかんばせは、異性のみならず同姓までも引き付けるような美貌だった。

 さらに、流れる清水のように緩やかにウェーブがかった白銀プラチナの髪は、腰を通り越して膝裏にまで届きそうなほど長いにも関わらず乱れたところはわずかにもない。

 それだけではなく、彼女の特徴を示すものとして最たるものは、その背から生えている一対の羽だろう。

 見ようによっては蝙蝠のような形をしているその羽と赤い瞳に銀髪という組み合わせは、明らかにある特徴を示していた。

 

「吸血鬼…………」

 そう呟いたのは志保だったが、他のメンバーもほぼ同時に同じ推測にたどり着いたのだろう。

 彼女の美貌に魅了されていたのはほんのわずかで、志保の呟きをきっかけにするように各々が警戒度を高めていった。

 この世界では吸血鬼は即敵認定される種族ではないのだが、こんなダンジョンのど真ん中で悠然と歩きまわっているような存在は普通ではありえない。

 むしろ敵だと考えるのは当然のことだろう。

 

 シンジョウグループのそんな反応に気付いていないわけではないのだろうが、その吸血鬼はごく自然体のままわずかにほほ笑んだ。

「そう。その対応は正しいわ。でも、ちょっと反応が遅すぎよ。まだまだ一流には遠いといった感じかしらね」

 相手新庄たちが何かあれば攻撃を仕掛けようとしているのに、全く態度を変えずにそんなことを言ってきた。

 少し遅れてその言葉の意味を理解した新庄だったが、あえてその言葉に答えを返さずに、警戒を続けたまま言葉を投げかけた。

「……何者だ?」

「そんなに警戒しておいて、今更そんな質問をしても意味がないでしょう? 『身の程知らず』さん」

 あえて挑発するような言い方をしてきたその女吸血鬼に、新庄たちは冷静さを保ったままその動向を見守る。

 

 慎重に自分のことを観察してくる新庄たちに、女吸血鬼はわざとらしくため息をついて見せた。

「挑発に乗らないのはいいとしても、いつまでそうしているつもり? 攻撃して来るなら攻撃をする。話し合いで打開をするなら何かを言って相手の情報を聞き出す。せめて、それくらいのことはしてみたらどうかしら?」

「……それは、アドバイスのつもりか?」

「そうそう。その調子よ。でもまあ、あなた方が何をしたとしてもここから先には行かせないけれど――ね」

 そう言った女吸血鬼の口調はこれまでと変わらず、ごく普通のその辺で世間話をしている主婦同士の会話のようだった。

 ただその言葉が終わるや否や、シンジョウグループの目の前にいた女吸血鬼から与えられる威圧プレッシャーがとんでもなく跳ね上がった。

 物理的な接触は全くないにも関わらず、威圧だけで思わず膝をつきそうになるほどだ。

 

 圧倒的な実力差。

 女吸血鬼から与えられたその威圧だけで、その事実がシンジョウグループのメンバーに重くのしかかってきた。

 だが、新庄たちとて国からの保護を振り切って、好き勝手にここまでやってきたのだ。

 それなのに、ただ威圧されただけでおめおめと逃げ帰ったということだけを報告するわけにはいかない。

 

 その思いを勢いよく吐き出すように、リーダーである新庄が思いっきり声を発した。

「――くそが!!!! 舐めるんじゃねえ……!」

 その行為が功を奏したのか、それまであった威圧が嘘であったかのように身体が軽くなる。

 それを好機と考えた新庄がさらに動こうとしたその瞬間――。

「――遅いわよ。たかが威圧を振り払うくらいで、そんなに時間をかけてどうするのよ」

「なっ……ぐはっ!?」

 いつの間にか目の前にまで近づいていた女吸血鬼に、新庄は二の腕のたった一振りで吹き飛ばされていた。

 

「……弱いわねえ。よくそんな実力で、ここまで来る気になったわね。そんなんじゃ、最下層どころか中間地点に行くのもやっとよ。次来るときには、もっと実力をつけることね」

 そこで一度言葉を区切った女吸血鬼は、これまでとは全く違った笑顔になってこう言った。

「もっとも、次の機会があれば今回みたいに見逃すことはないけれど――ね」

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