(14)結果報告と今後の予定

 伸広がアリシアから報告書を受け取った数時間後、タイミングを計ったかのように灯から連絡が来た。

『師匠。今、大丈夫ですか?』

「大丈夫」

『依然頼んだ情報、どうなっていますか?』

「ああ。あれだったらさっきアリシアから手に入れたよ」

『え。もうですか。早かったですね』

「ああ~。早かったというかなんというか……とりあえず、説明したほうが早いかな?」

 そう前置きをした伸広は、先ほどアリシアからもらった報告書をかいつまむように読み始めた。

 

 そして、伸広から情報を一通り聞き終えた三人の反応は……、

『ああ~……』

『脱走……』

『……それで命を懸けてどうするんだ。いや、本気で攻略する気か……?』

 一様に呆れた様子で言葉を発していた。

 以前は前のめりでシンジョウグループに心配する様子を見せていた忍は、一応かばう様子は見せてはいたが完全にかばい切れてはいない。

 

 サポート君を通せば三人の姿を確認することはできるが、言葉だけでも十分に三人がどんな感じになっているか理解できた。

「まあ、そういうことだね。国としては無理に追うつもりはないらしいけれど……あまり無茶するようなら強制連行される、かな?」

「そうなるでしょうね」

 首を傾けて聞いてきた伸広に、アリシアがコクリと頷き返す。

『強制連行……』

『問題は、無茶というのがどの程度かにもよると思いますが……』

「そうねえ。それこそ国所属の転移者だと周りに喧伝したりしない限りは大丈夫じゃないかしら? それ以外は、違法になるようなことをしないとか?」

『転移者の喧伝は……どうでしょうね? 今のところするつもりはないみたいです』

『一応逃げ回っている自覚があるのか、ただの冒険者で通しているようだからね~』

 灯の言葉を補足するように、詩織が続いてそう言ってきた。

 

 何となく二人の言動から以前とは違っていると感じた伸広は、あえてここで問いかけを投げかけた。

「ここ数日連絡なしだったけれど、ダンジョンの情報集めでもしていたのかな?」

『……流石、師匠ですね』

「いや、別にここは褒められるようなことじゃないかな。君たちの普段の行動を見ていれば、それくらいすることはわかるし。それで……?」

『ギルドと冒険者、両方から得た情報と師匠から得られた情報には随分と差があるな、と』

 

 灯の答えに伸広が何度か頷いてからさらに続きを促した。

「ふむふむ。それで?」

『結論からいえば、私たちは今まで通りに行動しようかということで決まりました』

『私たちの場合は師匠の言葉からも特殊な事情があるようですし、他の冒険者の場合はすぐにどうこうということにはならなさそうでしたから』

「なるほど」

 灯から詩織の順に返ってきた答えを聞いた伸広は、ニンマリと笑ってから頷いた。

 幾つか予想していた答えの中では、一番満足のできる内容だった。

 

『……師匠はそれで問題ないのですか?』

 恐る恐るという感じで聞いてきた忍に、伸広は見えていない相手に首を左右に振った。

「問題も何もないよ。君たちは君たちできちんと考えて行動している。それが間違っていることなら止めたりはするけれど、今のところは大丈夫なようだからね」

『そう……ですか』

「ん……? 何かあった?」

 何やら言いたいことを言えていない様子の忍に、伸広は敢えて突っ込んで聞いてみた。

『いえ。……てっきり止められるかと思ったのですが……』

「止めるって、何を? 『第二十一層以降には行かない』という約束を守ってくれるのであれば、特に止めるようなことはないよ」

『……ありがとうございます』

 それは、色々な感情がこもった答えだったが、あえて伸広は気付かなかったフリをした。

 以前の会話で忍が自分に突っかかってきたことを気にしていることはわかっているが、そんなことは伸広にとっては終わったことでしかない。

 

 今後の灯たちの行動指針を聞けたことで、今回の通信は終わりとなった。

 この後サポート君が活躍するのは、予定通りにダンジョンで彼女たちが攻略を進めるときになるだろう。

 よほどのことが怒らない限り、伸広は普段の行動まで彼女たちを縛るつもりは全くない。

 その『よほどのこと』が起こるかどうかなんてことは、神ではない伸広には予測できるはずもなかった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 灯からの通信を切った伸広は、サポート君と対になる板状の魔道具をポイと机の上に置いた。

 こちら側の魔道具はあくまでも補助的な道具でしかないので、見た目などには全くこだわっていない。

 機能的にはわりと貴重な魔道具をぞんざいに扱う伸広に、横でその様子を見ていたアリシアがクスリと笑った。

「今の伸広の様子を見れば、あの三人もまた違った考えを持つのでは?」

「……そう思ったから通信を切ってから見せたんだけれど?」

「あら。私だけに見せてくれるということ? それはうれしいわね」

 無駄に色っぽい仕草で口角をあげたアリシアに、伸広は肩をすくめてみせた。

 アリシアの指摘は間違っていないだけに、否定することもできない。

 

「まだ油断はできないけれど、とりあえずは一安心……かな?」

「あら。まだ駄目なの?」

「駄目というか……むしろ相手次第かな。脱走なんて選択をする人たちだからねえ……」

「なるほどね。でも、そんなことまで気にしていたら、それこそあなたが持たないわよ? あなたが忍に言ったように」

「まあ、そうなんだけれどね。ちょっとばかり、気の抜けない事情があってね」

「あら、そうなの?」

「そうなんだよ。……いっそのことダンジョンの変更でも進めようか……」

 悩ましい表情になった伸広を見て、アリシアは内心でクスリと笑っていた。

 

 本体アルスリアからの情報だが、灯たちが来る前の伸広はできる限り他人とは関わらないようにする人間だった。

 それは伸広の持つ力のせいでそうせざるを得ないという事情もあったのだが、折角この世界に生まれてきたのに他人と関わらずに生きていくのはもったいないという思いがあったのだ。

 それが灯たちが来てからは、できる限り彼女たちのことを考えて行動するようになっている。

 もっともそれは、灯たちが来る前、アリシアと関わりを持つようになってからのことなのだが、伸広にその変化を起こした当人アリシアは気付いていない。

 伸広にとってもいいことなので、あえて本体アルスリアからの助言(神託)も行われていなかったりする。

 

「二十一層までと区切っている理由は私にはわからないけれど、きちんと理由はあるのでしょう?」

「そうなんだよなー。それを考えると、やっぱりそこまでは行っておいてほしい……。ん~…………」

 悩ましい表情になった伸広を見て、アリシアはここで口を出すのを止めた。

 伸広がこういう表情になった時には、変に話しかけないほうが良いとこれまでの経験で理解しているのであった。

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