(13)伸広の考え

 灯たちに釘を刺すことになった日から一日空けた翌々日。

 いつものように魔法の研究に一区切りをつけて今に戻った伸広は、アリシアから一枚の書面を渡された。

「さすが、注文通りだね。もう出揃ったんだ」

「もうと言うよりも、むしろ分かりやすいというべきかもしれないわよ?」

「うん? どういうこと?」

「とりあえず、その書面を見ればわかると思うわ」

 多少呆れた様子になっているアリシアに、伸広は内心で首を傾げつつ言われたとおりに書面に目を通す。

 

 アリシアが持ってきた書面には、弟子たちから頼まれたグループについての調査報告が書かれている。

 その報告を見れば、今はまだ王国預かりとなっているはずの彼ら彼女らが、護衛(兼監視)もなしに辺境の町をうろついている理由が分かるはずだ。

 勿論、彼らが王国に来てからそれなりの時間が経っているのである程度自由に行動しているとも考えられるが、それなりに貴重な異世界召喚者から目を離した隙に失わせたくはないと国は考えているはずである。

 それゆえに、監視くらいはついているだろうと伸広とアリシアは考えていたのだが、灯たちからの話ではそんな感じは受けなかった。

 

 そして伸広は、その文面を目で追っていくうちに、アリシアが言っている意味を嫌というほど理解させられた。

「――――なるほど。確かにこれはわかりやすいな……」

「そうよね」

 渋い顔をしながら言ってきた伸広に、アリシアは短く答えながら頷いた。

「――まさか、脱走するとはね。……いや、本人たちはそんなつもりはないというのもありえるかな?」

 アリシアが持ってきた書面には、志保たちが王国の監視の目を逃れているということがはっきりと書かれていた。

 勿論、そんな状態になった理由も推測と共に書かれている。

 

 その推測というのは、王国に来ることになったもう一組の召喚組グループと色々と対立していた志保の在籍しているグループ(シンジョウグループ)が、相手を出し抜くために敢えて王都から離れたダンジョンに向かったのだろうというものだった。

 とはいえ、王国側は二つのグループ間で変に対立を煽って、片方だけを優遇するようなことはしていなかった。

 多少もう一方のグループには劣っていたとしても、召喚者という優位は他の一般の者たちに比べればはるかに大きい。

 王国がそんな貴重な存在を簡単に手放すような真似はするはずもなく、国としてそういう指示を出していたわけではない。

 とはいえ、彼らの指導者たち(複数いる)には個別にそうした指示を出してはいたが、城で働く者たちすべてに命令していたわけではない。

 個人同士が噂レベルで話をしているようなことまでいちいち制限していては、そもそも彼らの育成自体がおかしな方向に行ってしまう可能性もある。

 ところが、そんな個人レベルでの両者の比較をして自分たちの実力が下であるという噂が、シンジョウグループの耳に入ってしまったというわけだ。

 

 ちなみに、アリシアが持ってきた報告書には両者を育てている指導者たちからみた実力の比較がしっかりと書かれていたが、二つのグループにそこまで大きな差は無いようだ。

 確かにもう一つのグループのほうが一歩進んで色々な技術を習得していってはいるが、ちょっとしたきっかけさえあればいつでも逆転できるようなものであるらしい。

 もっとも、そのちょっとした差がシンジョウグループを焚きつける材料の一つになっていることは紛れもない事実である。

 そうした事情があることから、王国側もシンジョウグループの行動に目をつむっていて、今は敢えてある程度自由に行動させようということに決定した――ということまでが報告書に書かれていた。

 

「――国が率先して煽るのはともかく、本人たちが自発的に行動した結果なら多少の違反には目を瞑るといったところでしょうね。あと、彼らの世界のことをある程度知ったうえで、変に縛り付けるのはよくないと判断したのかしらね」

「王国は、予想以上に丁寧に召喚者のことを扱っているんだね」

「伸広があれほど釘を刺したのに、ギルドに所属することを選択した者が予想以上に多かったことも影響していると思うわ」

「なるほどね。……王国が彼らの突き放したという可能性も考えてはいたけれど、それはなかったというわけか」

「そうなるわね。それで、どうするの?」

「どう、とは?」

「勿論、弟子三人組のことよ。脱走組を追うにせよ追わないにせよ、伸広から見ればどちらも問題がある行動になるわよ?」

 忍(たち?)がシンジョウグループを追って第二十一層以降に行けば師匠の言いつけを破ったことになり、そのままスルーを決め込めば知り合いを見殺しにした薄情者(?)ということになる。

 彼女たちにしてみれば、どちらを選択しても良くない結果がついてくることになる。

 

「それね。結論からいえば、どっちを選択してもいいかな。重要なのは、きちんとした過程で考えて結論を出すことだから。一番駄目なのは、勢いだけで決めることだしね」

「要するに、彼女たちはもうすでに最善の選択をしたと言いたいのかしら?」

「それを決めるのはまだ早い……かな? できれば、自分たちなりにダンジョンの情報を得るということまでしているといいけれど」

 この時点では、まだ伸広もアリシアも灯たちがダンジョンの情報を集めているということは聞いていない。

 自分たちで考えて行動するように、あえてこちらから連絡をすることもしていないのだ。

 結果として、灯たちがアリシアに調査を依頼してから今まで一度も話をしていない。

 

「その割には、ずいぶんと脅していたように思えるけれど?」

「それは仕方ない。実際に、彼女たちに命の危険があるのは事実だからね。一時の感情と勢いで突っ走ったところで、良い結果は出ないよ」

「灯たちが、他の冒険者とは違っているということに気付ければいいということかしら?」

「うーん。それよりも、大きく分けて二つの違った情報を得た時に彼女たちがどういう選択をするのか知れればいい、かな?」

 ここで伸広が言った『二つの違った情報』というのは、ギルドや冒険者から得られる割と緩めの情報と伸広が与えた命の危険があるという情報のことだ。

 相反するような二つの情報を得た灯たちが、どういう風に考えて行動するのかが分かればこれから先の指導にも役立てる――はずだと伸広は考えていた。

 

 伸広が与えた命に関わるという情報は、灯たちをビビらすための脅しでもなければ惑わすための嘘というわけでもない。

 伸広の忠告を無視して何も考えなしに第二十一層以降に行けば、実際に命の危険に直面することになるはずだ。

 言い出しっぺである伸広は勿論のこと、アリシアもそのことを本体アルスリアから情報を得て知っている。

 そのことを知ったうえで、灯たちにある意味究極の選択を迫っていることをアリシアが伸広を責めないのは、いつか必ず同じような選択をする場面が出てくると考えているからである。

 それであれば、まずは伸広の保護付きで先に経験させておくべきだというのがアリシアの思いだった。

 それだけアリシアは、伸広のことを信頼しているという証でもある。

 

「――それで? この情報はすぐにでも連絡して知らせる?」

「いや。とりあえず、一日待って向こうから連絡がなければ、こちらから教えようかな?」

「わかったわ。まずは連絡待ちということね。……さあ。彼女たちはどんな選択をするのかしらね?」


 そう言いながら少しだけ笑みを浮かべるアリシアを見て、伸広が『やっぱりアルスリアの転生体だな』なんて感想を思い浮かべたのだが、そのことが誰かに知られるようなことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る