(12)ギルドからの帰り道

 灯たちは、冒険者ギルドから宿へ戻る最中に首をひねりながら会話をしていた。

「――――受付の子の話を聞く限り、ずいぶんと温度差があるようだが……?」

「やっぱり忍もそう思った? 私もそう思う」

 忍の言葉を聞いた詩織が、頷きながらそう返した。

「師匠のことだから、一般には知られていない何かを知っている可能性はあるけれど……」

「確かにそれは否定できないが、そうなってくると私たちではお手上げだな。これ以上調べようがない」

「そうねー。あとは、実際に行って確かめてみるしかない?」

 確認するように言った詩織の言葉に、灯と忍は苦い顔になった。

 

 伸広と話をしていた時には反発するような発言をしていた忍だが、実際に命を懸けて助けに行けるかといえば微妙なところだ。

 ただ、冒険者ギルドの受付嬢の話を聞く限りでは、すぐさま命の危険があるとは思えないようなニュアンスだった。

 であれば、志保たちの行動を止めるために、自分たちもダンジョンに潜るというのはありかもしれない。

 ……しれないのだが、あそこまで伸広が確信持って命の危険があるとにおわせているというのが、もっとも気になる点だった。

 少なくとも今までの伸広は、訓練のレベルに応じて危険があるときにはちゃんとした忠告とアドバイスをしてきている。

 ここにきて大げさなことを言って惑わせるようなことをしないということは、三人は身をもって知っているのだ。

 

 これまでの経験から伸広が嘘を言うはずがないということを理解しているからこそ、灯と忍は詩織の言葉に何とも言い難い表情になっていた。

「とりあえず。すぐに結論を出すのは止めて、今までの得た情報をまとめてみましょう」

「そうだな。それがいい」

 灯の提案に忍が頷くと、詩織が右手で指折り数えるようにして言い出した。

「えーと? まずは、私たちが第十層から戻ってきたら佐々木さんたちがいて、グロスターダンジョンの攻略をすると言い出した」

「そう……いや。もっと正確に言えば、攻略ではなく制圧だな」

「佐々木さんが、最下層まで行くようなことを匂わせたからこそ忍は焦ったというわけね」

「まあ……そうだな」

 言葉にこそ出していないが、それこそ命の危険があるだろうと考えてしまったので、忍はあれほどまでに伸広に食って掛かったのである。

 今は灯と詩織、伸広のおかげで落ち着いているので、当初ほどの焦りは抱いていない。

 

 渋い顔をした忍を見てクスリと笑った詩織は、灯から言葉をつなげるように言った。

「焦った忍が師匠にくぎを刺されて、さらに私たちにも第二十一層以降は命の保証はできないと言われたと」

「そうね。あとは、こういう職に就いているということは、どうしたって命を天秤にかけるときは来ると改めて言われたわね」

「……そうだな。今までは師匠の手助けがあってそこまでの実感はわいていなかったが、改めて実感したというわけだ」

「本当に。自分自身のことながら遅すぎたわね」

 嘆息するように言った灯に同意するように、詩織と忍がそれぞれ頷いた。

 

 少しの間沈黙していた三人だったが、やがて詩織が口を開いた。

「――それについては、本当に命の危険があったときに実感する羽目にならなくてよかったと思うことにしましょう」

「そうね。師匠の言葉はきちんと胸に刻んでおくとして、ともかくそこから自分たちなりに集めた情報がないと話にならないと冒険者ギルドに来たと」

「その前に、師匠を通してアリシア様に志保たちの情報を集めてもらうことを頼んだのも忘れては駄目だな」

「彼女たちが掴んでいる情報がどの程度のものなのか、比較する意味でもギルドに来た意味はあったということかしらね」

「比較するなら、そもそも志保たちからも情報を得ないといけないわよ?」

 灯が釘をさすように言うと、忍は再び嘆息した。

 あれほどまでにダンジョン攻略に前のめりになっている志保が、まともな話をしてくれるとは思えない。

 

「志保たちについては、アリシア様からの情報に期待しましょう。……師匠たちには、負担ばかりかけている気がするけれど」

「本当にね。でも、そんなことを師匠に言っても、それこそ師匠だから当然だと言いそうね」

 灯の言葉に伸広の様子を頭に思い浮かべた詩織と忍は、ほぼ同時に頷いた。

「……そんな師匠に、たてつくような真似をしてしまったわけだが。私は……」

「まあまあ。人である以上は、どこかでぶつかることもあるわよ。それに、師匠は自分にただただ従順な弟子なんか求めていないと思うわよ?」

「そうか。まあ……そうだろうな」

 灯のフォローに、忍は頭を切り替えるために小さく首を左右に振った。

 

「師匠への感謝のことは置いておくとして、ギルドから得た情報ではグロスターダンジョンが師匠が言うほど危険視しているようには思えなかったと」

「そうねー。ここでどっちが正しいと聞くのはダメなんでしょうね」

「そうだな。あえて言うなら『どっちも正しい』と言うべきだろうな」

「うん。やっぱり二人ともそう考えているのね。私もそう思うわ。……何しろ、あの師匠のことだから、ギルドが知らない情報を知っていてもおかしくはないからね」

 実感のこもった灯の物言いに、詩織と忍は頷いた。

 魔物との戦闘を教えてもらったうえで、普通は知らないはずの情報を持っている伸広の教えに助けられたことは一度や二度じゃないのだ。

 もっとも、伸広(の情報)に助けられるたびに灯たちはどうやって知ったのかと聞いたりしていたが、当人は『五百年も生きていればわかることもある』とのほほんとしているのだが。

 

「――その師匠があえて私たちにも隠している情報か。……改めて考えると、不思議といえば不思議だな」

「そうね。師匠が私たちになんでも隠さずに話しているとは思わないけれど……隠さなければいけない情報か……」

 そう言ってからうつむき気味に考え事をするような仕草をした詩織に代わって、今度は灯が言葉を引き継いだ。

「私たちだからこそ隠さなければいけないのか、それとも皆が知らないことなのか。それも重要な気がするわ」

「……うん? どういうことだ?」

「だから異世界から召喚された身だからこそ、知ってはいけない……じゃないか。自分で知らなければならない……とか」

「それは……ないとは言えないな。思えば師匠は、異世界転移とか召喚に関しては、微妙に話題を避けている節がある……気がする」

「そう言われてみれば、確かにそうだね」

 自分の思考から戻ってきた詩織が、忍の推測に同意した。

 

 忍の言葉で再び黙り込んでしまった三人だったが、今度は灯が一度だけ首を振ってから言った。

「――――止めましょう。今ここでそれを考えても仕方ないと思う。それよりも、今は目先のことを考えましょう」

「そうだな。といっても、今までの話でほとんど情報は出そろっていると思うが……今のところは」

「あとは、アリシア様からの情報を待って、志保たちのところに突撃?」

「詩織もこっちに来て、ずいぶんと過激な言い方をするようになったよね」

「全くだな」

 揶揄するような灯の言葉に忍が笑いながら同意すると、言われた当人は「ひどいー」といいながらむっとした表情になった。

 仲のいい三人だからこそ許される冗談だ。

 

 その冗談を最後に、泊っている宿に近づいてきたこともあって、三人の会話は終わった。

 あとは、アリシアが調べてくれるはずの情報でどういう展開になるかはまだまだ分からないと三人とも理解しているのであった。

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