(9)懸念

 ダンジョンから地表へと戻った灯たちは、その足でカシマ町へと戻った。

 グロスターダンジョンからカシマ町までは徒歩で三十分ほどの場所にある。

 町がダンジョンから多少離れた場所にあるのはどこのダンジョンも一緒で、万が一ダンジョン内で氾濫が起きた時のことを考えてあえてそうしているのだ。

 それが長い間、ダンジョンやフィールドにいる魔物と戦い続けてきたこの世界の知恵の一つである。

 その代わりとは言ってはなんだが、大抵の場合ダンジョンと近くの町の間には乗合馬車のようなものが設けられている。

 ダンジョンの魔物を間引くことになる冒険者は、格安でそれを利用できるようになっているのが常である。

 ちなみに、『のようなもの』となっているのは、座席部分を引っ張っているのが馬とは限らないためだ。

 ときには、飼いならした魔物が使われていることもあったりする。

 

 乗合馬車で一緒になった他の冒険者と適当な会話をしつつカシマ町に入った灯たちは、すぐに冒険者ギルドの中に入る。

 そこで、出合頭にそろそろ懐かしいと思える面々と顔を合わせることになった。

「あっ……!」

「……おや」

 お互いに顔を認識するなり驚きを示して、すぐにあいさつ代わりの近況確認に移った。

 

「――久しぶり、というべきかな?」

「本当に。三人とも元気そうね?」

「ああ。おかげさまで。志保たちも変わりはないか?」

「どうかな? 元気かどうかでいえば変わらないけれど、その他は……ね」

 苦笑しながら忍の問いに答える佐々木志保。

 

 これは灯たちも同じなのだが、魔法なんてものが当たり前のように存在する世界に転移してきたので、以前と全く変わっていないということはないだろう。

 ましてや彼女たちは、冒険者ギルドの中で会話しているのだから戦闘を生業にしているということになる。

 それだけでも『以前と変わりなく』という状況からはほど遠い情況で生活しているといえるだろう。

 

 志保の返答で確かにと頷き返した忍は、他の三人――夏目久美、新庄厚、新田健司を見回してから頷いた。

「それもそうだったな。まあ、元気そうなのは見ればわかる」

「そうね。体のほうは皆元気よ。それはあなたたちも同じのようだけれど」

「おかげさまで」

 ダンジョンから戻ってきた疲れはあるが、体調という意味ではどこも悪いところはない。

 もっとも、体調不良の状態でダンジョンに潜るとそれこそ他のメンバーに迷惑をかけかねないので、悪い状態でダンジョンに潜るなんてことはしないのだが。

 灯たちの場合は、ダンジョンに潜っている途中で体調不良になったとすれば、すぐにメンバーに申告して切り上げることになっている。

 一つの判断ミスが命に関わるからこそ、無茶と無理は禁物――というのが伸広の教えであり、灯たちもきちんと守ろうと実践している。

 

「忍たちは今戻り? 依頼の終了報告?」

「ああ。依頼の報告もあるが、ちょうどダンジョンから戻ってきたところでね。その報告も兼ねて、といったところだ」

「そう。ダンジョンに行って来たのね」

「……なんだ?」

 志保が苦笑交じりに答えたことに気付いて、忍が軽く首を傾げる。

「なんでもない。『前の』私たちだったらあり得ない話題だなって、思っただけ」

「確かに、そうだな」

 志保の答えに、忍も苦笑を返した。

 日本にいた時にこんな会話をしていたら周囲から何の冗談かと不思議そうな目で見られることになるだろう。

 

「ねえ。あなたたちが行ってきたダンジョンって、グロスターダンジョン?」

「そうだが……? ああ。志保は、この町がグロスターダンジョンがあるからこそできた町ってことは知らないのか」

「えっ、そうだったの?」

「そうだぞ? それ以外のダンジョンは他に村なり町なりが近くにあるんだが」

 カシマ町に外から来る冒険者は、ほぼグロスターダンジョン攻略のために来るといっても過言ではない。

 それは、カシマ町がグロスターダンジョンがあるからこそ発展してきたといえる理由の一つともいえるだろう。

 国という視点から見れば神域からくる魔物の動向を監視するという面もあるが、そのほかの住人にとってみればダンジョンありきの町なのだ。

 

「カシマ町はグロスターダンジョンがあるからこそできた町……」

「なんだ? なにかあったのか?」

「いえ。町にとってそんな重要なダンジョンを、私たちが潰してしまったらどうなってしまうんだろうかなってね。ちょっと思っただけ」

「潰す……? いや、そうなったらそうなったで対応はするだろうが……本気か?」

 ダンジョンを潰す――正確にいえば、最終階層まで行って最奥にあるダンジョンコアを破壊するなり回収をすること――と志保が本気で言っているらしいことを感じた忍が、確認するような視線を向けた。

 

 その視線を感じた志保は、特に気負うでもなくごく当たり前という表情で頷いた。

「勿論、本気。そうでなければ、わざわざここまで来た意味がないでしょう?」

「いや、そんなことはないと思うが……」

「そう? でも、あなたたちのことは知らないけれど、私たちはそれだけのことができるように訓練してきたから」

 忍の言葉に反論するように、今まで自分たちがやってきたことに自信をのぞかせる志保。

 

 そんな志保に、忍は首を左右に振った。

「いや、そういう意味じゃない。グロスターダンジョンは、国から第二十一層から先の攻略は禁止されているんだが、知らないのか?」

「そうなの……?」

「ああ。こんなことで嘘は言わない」

「そう。まあ、どっちにしても私たちは、その国からダンジョンを攻略するように言われているんだから問題ないでしょう?」

 志保たちがリンドワーグ王国所属になっているということは、忍たちも知っている。

 もともとどこかの国に所属するかという話を聞いていたというのもあるが、正式所属になった時点でアリシアから聞いていたのだ。

 

「そうなのか……? 志保たちがグロスターダンジョンに行くと、国はちゃんと知っているんだな?」

 そうしつこく念を押して聞いてきた忍に、志保は不快と不信が混じった表情になった。

「なに……? 私たちのことがそんなに信用できないの?」

「そういうわけじゃないが……」

 そう言葉を濁した忍に、志保がさらに畳みかけようとしたところで仲間の一人である新庄厚が割って入ってきた。

「おい。いつまで話してるんだ。いい加減行くぞ」

「……そうね。それじゃあ、私たちはもう行くわ」

 志保はそう言いながら右手を軽く上げるようにして、忍から見て右側を抜けて行った。

 そして、忍は黙ったまま仲間に合流する志保の様子を少しの間見守っていた。

 

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「――何かあったの……?」

 話をしている間に受付で依頼の処理をしていた詩織が、忍に聞いてきた。

「いや……これはちょっと確認をとったほうが良いかな?」

 忍は具体的なことは何も言っていないが、その視線は詩織の隣に立つ灯の胸元に向いていた。――正確には、灯の胸元でわずかに揺れているサポート君に、だ。

 その視線だけで灯と詩織は、同時に忍が何を言いたいのか察した。

「そんなに問題……?」

「どうかな? 問題なのかどうか判断がつかないからきちんと聞いたほうが良いといったところかな」

「なるほど。そういうことならすぐに宿に戻って確認しましょう」

 忍が何を懸念しているのか具体的にはわからないが、灯はそう言って頷き返した。

 忍は、こういう時に冗談や何かで伸広師匠の存在をほのめかすようなことをしない。

 灯も詩織もそのことをよくわかっているからこそ、それ以上は何も言わずに宿への道を急ぐのであった。

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