(10)感情的
サポート君を通して志保たちの話を聞いた伸広は、少しだけ間を開けてから答えを返してきた。
『――――なるほどね。それで、君たちはどうしたいんだい?』
「どう、とは?」
伸広の言葉の真意が分からずに、言い出しっぺの忍が首を傾げた。
『その子たちの行動を止めたいのか、それとも応援したいのか? 考えれば他にも色々あると思うけれど』
「そう……ですね。まず、志保たちが何をしたいのかを知りたい」
『うん? 彼女たちの目的はわかっているんじゃないの? ダンジョンの攻略だよね?』
「それはそうですが、志保と話をしていてどこか焦っているように感じたのです。だから、何をそんなに焦っているのか知りたい。そうじゃなければ、止めるものも止められない」
『なるほどね。忍の最終目的は、その子たちのダンジョン攻略を止めたい、と』
「それはまだ分からない、かな? 彼女たちの目的が分かって、それがもしきちんとした理由になっているのであれば手助けを――」
『それは駄目。前にも言った通り、二十層以上の攻略は認めない』
自分の言葉をさえぎってまで強く言ってきた伸広に、忍はすぐには答えを返さずに黙り込んだ。
灯たちは、グロスターダンジョンの攻略開始前に、伸広から二十一層から先の攻略は駄目と言われていた。
それが改めて示された形だが、今の状況であっても伸広からここまで強く否定されるとは考えていなかったのだ。
だが、忍にも志保たちが困っているのであれば助けたいという気持ちがある。
そんな忍の考えがわかったのか、ここで詩織が口を挟んできた。
「友達を助けたい。そう考えるのも駄目ってことですか」
『そんなことは言わないよ。僕は君たちとその子たちの関係がどのくらいか知らないしね。ただ師匠としては、今の君たちだと絶対に死ぬとわかっている場所に放り込むことはできない』
師匠として初めて具体的に『死ぬ』という言葉を口にした伸広に、忍や詩織は勿論、ここまで黙って聞いていた灯も息を飲んだ。
「それほど……ですか」
『そうだね。いかに君たちに転移者特典があるとは言っても、まだまだ成長途中であることには違いない。とてもじゃないけれど、攻略は無理だよ。それに、あのダンジョンが他と違って特別扱いされているのは、ただの冒険者への締め付けだけじゃない』
この場合の特別扱いというのは、グロスターダンジョンの第二十一層以降の攻略が禁止されているということだ。
「それほどまでに強い敵が出てくるということですか?」
改めて確認するように聞いた詩織に、伸広から返ってきた答えは予想外のものだった。
『いや? 単にあのあたりの階層を徘徊している魔物だけであれば、倒すのはそんなに苦労ないんじゃないかな? 制限をなくせば』
「それであれば――」
『だから駄目だって。そもそも僕は、死ぬなんて言葉をそんなに軽々しく使っているわけじゃない。どう見積もってもそういう状況になるとわかっているんだから、師匠としては止めることしかできない』
「つまり、あのダンジョンには何か特別なものがあると?」
『そうだよ? これまでもそう言ってきたつもりだったけれどね』
確かに伸広は、これまでグロスターダンジョンについて灯たちにしてきた話で、いかに特別な存在かを強調していた。
灯たちはそれが出てくる魔物が強くなっているからと思い込んでいたのだが、どうやら違っていたのだとここで察した。
ただし、ここで別の疑問がわいてくる。
ダンジョンに出てくる脅威が、魔物でなければ何なのかということだ。
ただ、それに関しては慎重といっていいほどに具体的なことを口にしていない伸広が、この件を理由に教えてくれるとは思えない。
「師匠は……志保たちを助けるつもりは、ない?」
『どうしてそう極端なことを言うかな? ただ、あえて言うとすれば、そうだね。無謀な冒険者が規約を破って危険地帯に行ったとして、それをいちいち助けていたらきりがないよ?』
「志保たちは――」
『同じ世界から来た人間だから他の冒険者たちとは違う?』
自分の言葉を奪うように先に言った伸広に、忍は再び黙り込んだ。
忍は、自分がただの感情だけで――知り合いを助けたいという思いだけで話をしていることをきちんと理解しているのだ。
それと同時に、伸広がその範囲をどこまで含めるのかと聞いていることにも気付いている。
知り合いをという意味であれば、一緒にこの世界に召喚されたクラスメイト全員が含まれることになる。
その全員を助けることなど、どうやったとしても不可能である。
『――意地悪なことを言っていることはわかっているよ。ただ、現実的にそういう問題に直面しているということも理解したほうがいいよ。今回はたまたま忍だったけれど、灯や詩織もね』
日本にいた時には、こんなに簡単に命の選択をするような状況になることはなかった。
だが、この世界ではそれがあり得る状況になりやすいということだ。
ここで再び黙り込んだ忍を見て一度だけため息をついた灯が、確認するように問いかけた。
「今この状況で顔が見えないので一つ確認ですが、師匠は今怒っていますか?」
『へ……? いや、全然』
聞きようによっては気の抜けたような答えを返してきた伸広に、詩織と忍が意外な答えを聞いたという顔をした。
これまでの話の流れから二人は、てっきり伸広が怒っていると思い込んでいたのだ。
「やはりですか。今までの言葉は、忍の……いえ、私たちのことを心配してのことですよね」
『……何か、具体的に言葉にされると少し気恥ずかしいけれど、そういうことかな。知り合いが危機に陥るたびに駆けつけるヒーローを演じたいなら、別に止めるつもりはないよ。でも、少なくとも今の君たちには絶対に限度はある。それだけは師匠として忠告しておくよ』
その言葉が普段通りの伸広の声として聞くことができた詩織と忍は、今までの話を感情的に受け止めていたのだと認識できた。
その二人の変化を確認した灯は、ここであえて別の話題を振ることにした。
「そもそも忍は、四人が何故焦っているのかを知りたかったのでは?」
「そう……だね」
「であればまずすべきことは、四人の最近の様子を確認してもらうことをお願いすることじゃない? 助けに行くかどうかはそれからでしょう?」
「いや、だがお願いするといっても……」
「忍。少し落ち着きなさい。何も師匠が直接王国に確認しなくても、適任が近くにいるでしょう?」
「あ…………」
灯の言葉ですぐに頭の中にアリシアのことを思い浮かべた忍は、少し呆然としてからすぐに首を左右に振った。
本当に色々な意味で自分が感情的になっていたと実感できたのである。
「……師匠、すみませんでした」
『いや。謝ってもらうようなことじゃないよ。それに、灯が言ったことはとりあえずの手であって、本質的な問題はまだ解決していないからね』
「それでも、です。『何も情報もないままむやみに物事に突っ込んでいっては駄目』――その教えさえ、守れないところでした」
『でも灯のおかげで、きちんとその教えを思い出すことができた。そういう仲間がいるというのは、とても大事なことだと思うよ』
「……はい。ありがとうございます」
忍のそのお礼を聞いた灯は、これでむやみやたらに突っ込むことはないだろうと判断して、改めて伸広にお願いをした。
「それでは、師匠。アリシア様にお願いをしていただけますか?」
『それは、直接本人に言ったほうがいいんじゃないかな? ――今、隣で話を聞いていたから』
最後にそう付け加えてきた伸広に、灯はやはり師匠は師匠だったと内心で苦笑をしていた。
伸広はこういう展開になるだろうと予想して、話の最初からアリシアを同席させたのだろう。
常に拠点にいるわけではないアリシアが傍にいたのはたまたまだろうが、それでも現状でできるだけの手を打っておくのはさすがだといえる。
だからこそ灯は、伸広のことをただの元の世界の知り合いではなく、師匠として尊敬しているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます