(8)ダンジョン攻略

「忍、詩織、三時方向、イノシシ三」

「はいはい」

 灯からの指示で忍が右手方面を向くと、イノシシの足でもあともう少しといった位置に情報通りの数がいることが見えた。

 それを確認した忍は、指示によってあげていた警戒レベルをさらに上げて実戦モードに突入する。

 その忍の隣では、既に詩織が愛用の弓(和弓に近い形)を構えて、イノシシの突進に備えていた。

 

 現在灯たちは予定通りグロスターダンジョンに潜っており、その階層はちょうど十層目になる。

 この世界にあるダンジョンは様々なタイプがあり中には一層だけという場所もあるのだが、グロスターダンジョンはオーソドックスなタイプのダンジョンになっている。

 この場合のオーソドックスというのは、一層ごとに大小さまざまな部屋がありそれらが通路で繋がっているタイプのダンジョンということだ。

 ちなみに、ダンジョンに入って魔物と戦うことを『潜る』と表現するが、階層は上下のどちらにも行く可能性がある。

 途中の階層までは階段で下に行き一つだけ上に向かって、また下に行き続けるなんてダンジョンも存在していたりする。

 さらに、分かりやすいダンジョンだと階段で区切られていたりするが、中にはなだらかな坂道を降りたり登ったりしているうちに階層が変わっているなんてこともある。

 そのためダンジョンでいう『〇階層』というのは、出てくる魔物の性質や強さが変わったりすることで区別がされるようになっている。

 

 グロスターダンジョンの十層目は大部屋が多く配置されている階層になっていて、その部屋にランダムで魔物が徘徊している。

 分かりやすく『部屋』といっているが、部屋は単に壁で区切られているだけではなく、木や土の地面などの自然物が配置されていることも多い。

 そうした自然物の中に紛れ込んだ魔物をできるだけ早く見つけて対処するのも大切な技術の一つだ。

 灯たちは、既に伸広から周辺にいる魔物をサーチする魔法を教えられており、今もそれを利用して灯がいち早く発見したというわけである。

 

「あー、やっぱりイノシシは固いな。……よっ。これで終わりっと」

 イノシシへの攻撃で、自分の攻撃が当たり所が悪くてカチンとはじかれたのを見て忍がぼやいた。

「毛並みはいいのにね。皮と皮下脂肪が硬いのかな?」

「その刀もどき、魔力も何も通ってないただの鉄製の剣だから仕方ないんじゃない?」

 詩織、灯の順でそれぞれの感想が返ってくると、忍もそれに対して頷き返した。

 

「それはわかっているけれどな。――師匠。そろそろ《部分硬化》くらいは解禁してもいいのでは?」

 視線を灯の胸元に移して言った忍に、緩やかに揺れているサポート君から声が聞こえてきた。

『いいたいことはわかるけれど、今はまだ早いかな。というか、十一層から解禁する予定だったんだけれど?』

「あら。そうなのですか?」

『他人事みたいに言っている詩織だって、次の階層からは矢が今以上に通りにくくなるからね。とはいえ、十層はまだ駄目。今だって、きちんと対処していればまだまだ早く倒せたと思うよ?』

「うへ。藪蛇」

 サポート君を通して告げられた伸広の忠告に、忍が参ったと言わんばかりに肩をすくめた。

 伸広に言われるまでもなく、忍自身も戦闘が多少雑になってきている自覚があったのだ。

 

 忍の反応を見て何となくそのことに気付いた灯。

「――十層もそろそろ終盤に近いみたいだから、少し休憩する?」

「いや、私は……あー、いや。やっぱり休もうか」

「賛成ー」

 最初は拒否しようとしたが結局同意した忍に乗っかるように、詩織も右手を上げながら軽く返してきた。

 ダンジョンでは少しの油断と慢心が最悪の結果を招くという誰かさんの教えが、見事に働いた結果である。

 

 忍と詩織の答えを聞いた灯は、笑顔になって頷きながらその場で懐からとある魔道具を取り出した。

 そしてその魔道具に自身の魔力を通すと、灯を中心にして半径五メートルほどの透明な半円の壁がその場にできた。

 今灯が使った魔道具は、ダンジョンでも魔物を寄せ付けることがない結界具である。

 色々種類がある結界具だが、ゲームのようにセーフティエリアがあるわけではないので、途中で休憩をしたいときには重宝する代物である。

 ただし、当然のように質が良い結界具はそれなりの値段がして駆け出しの冒険者が手に入れられるようなものではないのだが、灯たちは恵まれた師匠からあっさりと渡されていた。

 灯たちも自分たちが恵まれ過ぎた環境にあると理解しつつ、その状況に甘んじている。

 勿論、ただ単に甘えるだけではなく、今後しっかりと返せるものは返していくつもりではいるのだが。

 

 休憩に入った灯たちは、慣れた様子で火を起こしてお茶を用意する準備に取り掛かっていた。

 お茶セットは、マジックバック的なものが存在しているのでしっかりとその中に用意してきている。

 最初は伸広に言われて首を傾げていた三人だったが、今となってはお茶の飲める環境というか効果を十分に感じていた。

 魔物とはいえ生きているものを倒し続ける殺伐とした状況に、お茶休憩――お茶に限った話ではないが――は一種の清涼剤のような役目も果たしているのだ。

 

「――――ふー。自分の中ではさほどつかれていないと思っていたのだが、やはりこまめな休憩は必要だな」

「実際、戦闘していなくてもずっと動き続けているわけだし、気付かないうちに疲れはたまっているでしょうね」

「それもそうだが、やはり制限を受けての戦闘はストレスがたまるというか……」

 灯たちは今回のダンジョンへの攻略で、伸広からとある指令というか宿題を受けながら戦っていた。

 その指令というのが、先ほどから口にしているそれぞれの力に制限をかけてダンジョンを攻略するというものだった。

 

 サポート君にジトっとした目を向けて言った忍だったが、その視線を感じたわけではないだろうがしっかりと答えが返ってきた。

『そういうことも含めての勉強なんだけれどね』

「言いたいことはわかりますが、やはり解禁するというわけには行きませんか?」

 はっきりとは口にはしていないが忍がかなりのストレスを感じていると考えての灯の問いかけだったが、伸広はサポート君をプルプルと微動させた。

『ダメ。さっきも言った通り、第十一層からは一部解禁してもいいけれどね』

「そうですか」


 予想通りの答えだっただけにショックはないが、それでも気になることはある。

 伸広が自分たちに使える力に制限を設けることで色々なことを学ばせようとしていることは理解している灯だが、それ以外にも何か理由があるのではないかと考えているのだ。

 それが何かはわからないのだが、ここまで伸広が強情に言い張り続けていることにも違和感がある。

 これまでの身近な付き合いで、灯はそれくらいのことを伸広から感じ取ることができるようになっていた。

 

 結局、この日の探索は第十層の一部を残して終了となった。

 そしていよいよ第十一層に――といったところで手持ちの食材等が減ってきたこともあり、今回のダンジョン攻略はここまでということになった。

 第十層の七割がたを探索し終えていた灯たちは、既に地表へと戻れる転移陣を見つけている。

 ちなみに転移陣は、すべての階層に存在しているわけではない。

 さらに、ダンジョンにある転移陣はそれぞれの場所で仕様が変わっているが、灯たちが今いるグロスターダンジョンは双方向型の転移陣になっている。

 灯たちのように第十層に来て一度でも転移陣に魔力登録をすれば、地表(正確には第一層にある転移陣)からの行き来がいくらでもできるようになる。 

 その転移陣を使って、一気に地表へと戻る灯たちなのであった。

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