(7)サポート君
「――というわけで、次はダンジョンに潜ってもらうことにしたから」
「いえ、あの、師匠。いきなり『ということで』といわれても分からないのですが?」
灯たちが拠点に戻ってきた翌日。
朝食の席でいきなりそんなことを言い出した伸広に、さすがの灯も戸惑った様子でそう聞いた。
ちなみに詩織はキョトンとした表情をしていて、忍はまた始まったという顔をしている。
「うん? いやだって、ここで魔法を勉強する以外にすることといったらそれくらいしかないよ? 他に個人でやりたいことはそれこそ自由時間にやればいいんだし」
「いや、ギルド依頼の護衛とか巡回とかは?」
「それ、やったら絶対に面倒なことになると思うけれどやるの? 主にナンパ的な意味で」
そうなるのが当然という顔をして答えた伸広に、問いかけた忍はそのまま黙り込んだ。
自分たちがそういう意味で注目を受けやすいというのは、町に冒険者登録をしに行った初日に嫌というほど理解させられていた。
その経験から伸広が言った『絶対』という言葉は否定することができなかった。
忍の様子を確認して頷いた伸広は、さらに続けていった。
「というわけで、ダンジョンに行くことが次の課題。ただ課題といっても期限があるわけじゃないから。自分たちなりのペースを見つけて潜るといいよ」
「他に目標にすべきこととかはあります?」
小さく首を傾げつつ問いかけた詩織に、伸広は少し考えてから首を左右に振った。
「とりあえずは無いかな。というよりも潜るダンジョンによっても変わってくるから、最初のうちはどこに行くか教えてもらえるとアドバイスもできると思うよ」
ダンジョンにも様々なタイプがあるので、一概にどうすればいいと決められるものではない。
伸広としてもそれぞれに合わせた指導なりアドバイスをするつもりだ。
とりあえず伸広は、最初に潜るダンジョンは前日にアリシアと話をした通りに『グロスター』にしてもらうことを告げる。
「――――あそこだったらここからも近いし、いろいろな意味でやりやすいだろうからね」
「やりやすいというのは?」
「あそこは、深層に行くならともかく浅層なら大丈夫なはずだから。勿論、ダンジョンである以上は油断はできないけれど」
伸広の答えに、灯たちが真面目な表情になって頷く。
ダンジョンではない通常のフィールド上でもそうなのだが、命がかかっている以上はどんなに安全といわれる場所でも油断はできない。
ちょっとした油断が命に直結するということは、これまで伸広が口を酸っぱくして繰り返してきたことだった。
「――あと、しばらくの間はこれを持って行ってもらうほうがいいかな」
伸広は、そう言いながら懐から何やら小さな人形のようなものを取り出した。
見た目はただの布製の人形のように見えるのだが、伸広がわざわざ出してきたことから普通の人形でないことはわかる。
「これは何のための物でしょうか? 魔道具……ですよね?」
「灯、正解。ダンジョン行くのにただの人形を持って行っても仕方ないからね。とりあえず名前は『サポート君』辺りでいいんじゃないかな?」
伸広の微妙なネーミングセンスに、三人は何とも言えない表情になった。
ただしネーミングセンスはともかくとして、それこそその名前から分かることもある。
「サポートとつくからには、何か補佐的な役目をすると考えてもいい?」
「忍、正解。といってもその人形自体が何かをするんじゃなくて、それと繋がっている僕自身が遠隔操作することになるんだけれど」
「いや、遠隔操作って……」
見た目はただの布製の人形にしか見えないのだが中身はとんでもない高度な技術が使われていることが分かって、忍の口元が小さく引きつった。
もっとも忍にそんな表情をさせた
ここで忍が若干引いていることに気付いた灯が、さらに疑問に思ったことを口にした。
「遠隔操作でできることはなんでしょう?」
「そんな大したことはできないよ。鞄とかに入れずに外に出してくれれば周囲の状況を確認したりはできるけれど。あとは話をすることもできるかな」
「……他に使える魔法は?」
「初級魔法を幾つか、といった感じかな」
考えていたよりも人形のスペックが低かったことに、灯は小さく首を傾げた。
「師匠が作った割には随分と控えめですね」
「いやだって、一から十まで使えるようにしたらそもそも君たちがダンジョンに行く必要なくなるじゃない」
「それは確かにそうですね」
伸広の言った答えに、詩織がなるほどと頷きながらそう答えた。
作ろうと思えばいくらでも高スペックな
あくまでも補佐的な役目で持たせるつもりで作ったので、そこまでの高性能は必要ないのだ。
それに、高スペックな人形を持たせるくらいなら最初から自分自身がついていけばいいだけである。
そんなことをしてしまえば、灯たちの修行にとっては全く意味がなくなってしまう。
かといって師匠として全く何もしないというのは無責任すぎるかと考えた結果、サポート君が誕生したというわけだ。
師匠として過保護になり過ぎず、かといって突き放すわけではないサポート君の登場に、三人はこれくらいなら仕方ないかという雰囲気になっている。
魔物と初めての実践の時もそうだったが、やはり初めてダンジョンに行くのであればある程度のサポートはほしいと考えるのは当たり前のことだろう。
「――サポート君を持っていくことは了解しました。ですが、一つ質問よろしいですか?」
「何?」
「わざわざこんな形で見守るのではなく、本人がついてくればいいのでは?」
灯のもっともな疑問に、詩織と忍が同時に頷いた。
確かに灯の言うとおりに、何もこんな方法で回りくどいやり方をしなくてもいいはずなのだ。
だがそんな灯の疑問に、すぐに伸広は首を左右に振った。
「残念ながらそうもいかない事情があってね……」
「事情……? あっ、別に無理に聞きたいわけでは……」
ついつい好奇心が沸いて聞いてしまった灯が申し訳なさそうにそう付け加えたが、伸広は今度は笑みを浮かべながら首を振る。
「いや、そんなややこしい理由があるわけじゃないよ。僕が一緒にダンジョンに潜ると、下手をするとダンジョンの性質自体が変わってしまう可能性があるんだ。そうなってしまうと、そもそも君たちのための訓練にはならないからね」
「性質というと?」
「ものすごくわかりやすく言えば、出てくる魔物自体が変わったり、行動パターンが通常とは違っていたりかな?」
その伸広の説明を聞いた三人は、そんなことがあるのかと不思議そうな顔になった。
ダンジョンに入る者によってそんな変化が起こるなんてことは、今までの座学でも聞いたことがなかったのだ。
続いてどういうことかという顔をする三人に、伸広は説明を続けた。
「ざっくり言うと、ある一定の魔力量を超えるとダンジョン自体が警戒してしまうってところかな」
「その説明を聞く限りでは、ダンジョンに意思があるように思えますよ……?」
「そこは微妙に違うんだけれど……まあ、それ以上を知りたければ自分自身で見つけたほうがいいんじゃない? 何でもかんでも僕から教わっても面白くないでしょう?」
敢えて含みを持たせて笑みを浮かべながらそう言った伸広に、三人はそれぞれ思い思いの表情になるのであった。
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