(6)今後の予定
「――――そう。ちゃんとDランクになれたんだね。お疲れ様。今日はちゃんと休むといいよ」
拠点に戻ってきた灯たちの報告を聞いた伸広は、彼女たちにそう言った。
伸広のその言葉を聞いた三人は、それぞれ思い思いの表情になりながらあてがわれている部屋へと戻った。
そして、その様子を黙って見送っていたアリシアが、完全に灯たちが自分たちのいる部屋から離れたことを確信してから口を開いた。
「――そう。もう、ランクを上げてしまったのね」
「いや、そんなに驚くことじゃないだろう?」
素の表情でそう言った伸広に、アリシアはため息を返した。
「あのね。たった一週間でランクを上げる新人が、驚くことじゃないとでも?」
「いや、そういうことじゃなくて。アリシアは、彼女たちの実力をきちんと知っているじゃないか。あの力があれば、別に驚く必要はないんじゃ?」
「そうなんだけれど……ね」
自分が言いたかったことが伝わらなかった伸広に、アリシアはもう一度ため息をつく。
ちぐはぐになっているように聞こえる二人の会話だが、どちらの言い分も間違っているわけではない。
アリシアの言っている経った一週間でギルドランクをEからDに上げたというのは、正しく注目に値する成果である。
これを否定できる関係者は、一人もいないだろう。
ただ、伸広が言っている三人の実力から考えれば驚くことではないというのも間違いではないのだ。
何故ならそれだけのことをできるように、これまでの期間でしっかりと鍛えてきたからだ。
「確かに、灯たちの本来の実力であれば驚く必要はないのだけれど、ね。……だったら何故、スキップさせなかったのかしら? あなたの推薦状があれば、いくらでも融通はきいたでしょうに」
「それは確かに……。でも、僕の名前を出して変にちやほやされることになるよりも、順序良く行ったほうがいいんじゃない?」
伸広は、実は冒険者ギルドの歴史上で一人しかいないSSSというランクについている。
その事実を知る者はごく限られた一部の者たちしかいないのだが、紛れもなく最高位の実力者だといえるだろう。
その伸広の推薦であれば、冒険者ギルドは喜んでスキップ制度を適応してくれるはずである。
ただしその効力があまりにも高すぎて、灯たちに与える影響があまりよろしくない方向に向きそうだと伸広は考えていた。
だからこそ、推薦は出さずにわざわざ低ランクから一歩一歩進むように指示を出したのだ。
アリシアも勿論その懸念はよく理解している。
「そうなんだけれど……だったらもっとのんびり進級させてもよかったんじゃないかしら?」
「あ~。それはたぶん無理じゃないかな? どう頑張っても彼女たちの実力はいずれ知れ渡るようになるだろうし、それだったら早めにダンジョンに潜って貰ったほうがいいと思うよ」
「ダンジョン……それもそうかしらね」
ここで初めて伸広の先の計画を聞いたアリシアは、納得した表情になって頷いた。
伸広たちが住んでいる
これらのダンジョンには宝箱は置かれていないが、豊富な資源や討伐した魔物から得られる各種素材などが多く取引されている。
魔物の素材はダンジョン産でなくとも売れるのだが、ものによってはそこでしか手に入らないようなものもあり、多くの冒険者がそうした素材を求めてダンジョンへと潜っているのである。
そして冒険者がダンジョンに潜って稼ぐ行為は、国からも推奨されている。
何故ならダンジョンに蔓延る魔物を討伐(間引き)することによって、放置しておけば確実に発生する魔物の氾濫を防ぐことができると言われているからだ。
魔物の氾濫は国家にとっての最重要課題ともいえる問題だからこそ、国家の縛りが少ない冒険者という存在を各国が認めえているほどなのだ。
灯たちは異世界からの召喚者で既に各国家からは注目されているはずだが、普通に過ごしている住人たちにはまだ知られていない。
ただ、既に他のクラスメイトの一部の者たちが騒がれ始めていることからも考えて、ずっと隠しておくことは不可能だというのが伸広の考えだった。
さらにいえば、灯たちは表では実力を隠し続けて裏でこそこそと活動をするという性格でもない。
別に目立ちたがり屋というわけではないのだが、裏で色々と動いて糸を引くような存在を目指すとも思えない。
「――そんな諸々を考えて、今後はダンジョンで活動してもらうのが一番かと。それに、いつまでもおんぶにだっこになるのかと気にしているみたいだから」
「それもあったわね。それこそ弟子なんだからそんなこと気にしなくてもいいでしょうに」
「その辺もやっぱり個々人の性格じゃないかな? まあ、自分たちの実力に自信がついてきたというのもあるだろうけれど」
「そんなものかしらね。――いずれにしても、伸広が納得しているんだったらそれでいいわ」
この世界における一般的な師弟関係の在り方とは違っている伸広たちの関係だが、そこを突っ込むつもりはアリシアにはない。
そもそも伸広たちは、別世界で生きていたときの価値観を持っているので、こちらの世界の常識とは違っているところがあって当たり前なのだ。
その価値観を無理やりにこちらの世界に押し付けようとしない限りは、わざわざ否定する必要もない。
――というのが、アリシアの考えだ。
「この辺りのダンジョンとなると、やっぱり『グロスター』のダンジョンかしら?」
「そうだね。他にも小さいのは幾つかあるみたいだけれど、メインはそこじゃないかな」
大小様々なダンジョンがあるこの世界では、基本的には近くにある町や地名がそのままつけられている。
グロスターダンジョンも『グロスター神域』の傍にあるのでその名がついていた。
グロスターダンジョンは、リンドワーグ王国に幾つかあるダンジョンの中でも名が知られている部類に入る。
その理由は、有用な素材がとれるというのはあるのだが、それ以上に未だに最下層まで行った者がいないと言われているためである。
大陸中を探せば未探索エリアがあるダンジョンはそこそこ存在しているのだが、リンドワーグ王国内ではこのグロスターダンジョンと王都の傍にあるもう一つしかない。
そのためダンジョンの傍にあるカシムの町は、辺境にある町としては異例の大きさとなっていたりする。
「もしかしたら、あの子たちがダンジョンを攻略したり……なんてことは?」
「それはないよ。未探索エリアに入ったりすることはあるだろうけれど、攻略はね」
「あら。随分とはっきり言うのね」
「……ん? ああ、この情報は
「あなたがそう言うってことは、何か特殊な事情があるってことかしら? いずれにしても、私は知らないわ。ダンジョン全ての情報を渡されても大変だろうし、妥当じゃない?」
「それもそうなんだけれど……まあ、いいか。知る必要があるなら知らせているだろうし、そうじゃないってことは大したことじゃないのかな」
「それはどうかしら?
「いや、それを
「事実だもの」
そうきっぱり言い返してきたアリシアに、伸広は苦笑を返すことしかできないのであった。
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