(9)三人のお願い
灯に呼ばれた伸広とアリシア(おまけ)は、転移魔法で帝国の首都へ向かった。
さすがに、いきなり城の中へ転移するようなことはしない。
帝都のとある場所に転移した二人は、その足でまずはリンドワーグ王国の外交施設(大使館のようなもの)へと向かった。
伸広とアリシアは、異世界からの転移者を受け入れるための臨時の組織に属していることになっているが、好き勝手に帝国の城に入れるわけではない。
そのため、一度はリンドワーグ王国の施設にいるはずのメンバーを通さないといけない。
ちなみに、リンドワーグ王国にいる二人に通信文を送ってきたのは、そのメンバーの一人だ。
伸広とアリシアが外交施設に現れると、門の前で警護していた衛兵は慌てた様子で対応していた。
いきなり国内で話題の姫が目の前に現れれば、そうなるのも当然といえば当然である。
そんなちょっとしたドタバタを見つつ、伸広とアリシアは案内されるままに施設の建物にある一室に通された。
その部屋は、今回リンドワーグ王国が転移者対応するために臨時で作られた部署が利用している部屋になる。
「――ようこそおいでくださいました。もう既に面会希望の方々はいらしております」
そう言って伸広とアリシアを出迎えたのは、転移者対応部署の代表だった。
「早いですね。それにしても、よく帝国がここでの面会を許しましたね」
「普段から素行の良い三人ですし、勝手に逃げ出すとは判断されなかったのでしょう。……我々がついていたというのもあると思いますが」
「そう。それにしても、よく伸広と会うことを帝国が許可しましたね」
はっきりいえば、伸広自身は帝国からよく思われていない。
本来であれば召喚をした学生たち全員を帝国のものにするはずだったのだが、それを直接的に阻止したのが伸広(の転移魔法)なのだ。
現在交渉を行っているのは各国と各ギルドではあるが、最初の引き金を引いたのは間違いなく伸広だ。
様々な準備をして大規模召喚を行った帝国が、召喚者たちを独り占めできなくした直接のきっかけとなった伸広のことを邪険に思うのはある意味当然のことである。
それが分かっているからこそ、伸広はなるべく帝都に顔を出さないようにしていたりする。
「帝国は反対していましたが、我々も含めて他国の者たちも非難したから諦めたという感じでしょうか。我々にしてみれば、ノブヒロ様がいらっしゃらなければ今のようなことにはなっていなかったですから」
「そういうことですか。――今回でどういう話し合いがされるかはわかりませんが、今後も注意してあげてください」
「わかっております。彼女たちだけではなく、他の者たちにも同じことが言えますから他国のメンバーやギルドの者たちもその辺はよく目を光らせております」
「そう。それならいいわ」
代表の言葉に、アリシアは納得の表情で頷き伸広に視線を向けた。
アリシアから視線を向けられた伸広もそれに応えて、安心した様子で頷いた。
学生たちの全員確保は既に諦めている帝国だが、できるだけ多く確保しておきたいというのは未だ変わっていない。
今のところ乱暴な手段に訴えてくる様子はないが、絶対にないとも言い切れないのが現状である。
帝国の思惑はともかく、灯たちは何事もなくリンドワーグ王国の施設に来ているということなので、伸広とアリシアは代表との挨拶もそこそこにさっそく彼女たちのいる部屋に案内してもらった。
伸広とアリシアが部屋に姿を見せると、灯、詩織、忍の三人は少し慌てた様子でそれまで座っていたソファから立ち上がって軽く頭を下げてきた。
伸広が彼女たちの姿を直接見るのは召喚初日以来だったが、特に変わった様子はなく元気そうに見えた。
あえて変わったところをあげるとすれば、召喚されてから半月近く経っているためか落ち着いてきているように見えるのと、着ている服が学生服から昔の西欧で着られていたコットのようなものに変わっていることだ。
帝国だけではなく、この世界では着ている服が身分や職業を示していることも多々あるが、今の彼女たちはごく一般的な平民の服装といえるだろう。
伸広が灯たちの着ている服を見てそんなことを考えているとは全く思わずに、まず灯が笑顔になって言ってきた。
「わざわざ来てもらってすみませんでした。――どうしても伸広さんにお願いしたいことがあって……」
そう切り出してきた灯に、伸広はある程度どんな話をしようとしているのか理解しつつも右手を軽く左右に振った。
「いや。来ること自体は大した手間じゃないからね。問題ないよ」
伸広は軽くそう言っていたが、アリシアと後ろからついてきていた代表は一瞬顔を見合わせて苦笑をしていた。
少なくともヒューマンの中で、伸広ほどに気軽に転移魔法――しかも帝都とリンドワーグ王国の王都を自由に行き来できる――を行使できる者は、そう多くはない。
それを『大した手間じゃない』と簡単に言い切れるのは、伸広らしい気楽さといえるだろう。
笑顔で応じてくれた伸広にホッとしたような表情になった灯は、何かを決心したような顔になった。
「――伸広さんにお願いがあります。どうか、私たちを弟子にしてください!」
「あ~、やっぱりそういう話になるか。それはともかく、私たちということは佐藤さんや渡会さんも?」
伸広は確認するように、灯と同じようにほぼ同時に頭を下げてきた詩織や忍を見た。
「はい。私たちもお願いしたいです」
「私と詩織は、何も灯と一緒にいたいからと考えただけじゃないです。色々と考えた結果、やっぱりそうするのが一番いいんじゃないかって……図々しいことをお願いしていることは百も承知です」
「とりあえず三人が言いたいことはわかったから、まずは頭を上げてきちんと話をしようか」
頭を下げながら順番に行ってきた詩織、忍に、伸広はそう言いながらソファに座るように促した。
そして、彼女たちが座るのに合わせるように、伸広たちはその向かいに座った。
「――――正直なところ、灯ちゃんが僕の情報を集めていると代表から聞いていたから何となくこうなるのは予想していたけれど、本当にいいのかな? 弟子となると相応に厳しく扱うことになると思うよ?」
伸広は今まで弟子をとったことはないが、この世界の一般的な師弟関係は地球での職場関係のような緩いものではない。
伸広自身は弟子に対して暴力をふるったり暴言を言ったりするつもりなど勿論全くないが、あちらにいた時と同じような関係だと思われるのも間違いだと釘をさしておく必要がある。
「わかっています。ですが、結局のところどこに行っても同じような関係性が出てくるとわかってきたので、それなら伸広さんのところに行ったほうがいいだろうと決心しました」
代表して灯がそう答えると、詩織や忍も同時に頷いていた。
「――魔法を習うとなると、結局のところ命に関わる場所に行く確率が高くなるけれど、そういうことも分かっている?」
「それも同じです」
「そう。それなら僕から言うことはないかな。……アリシアはどう思う?」
前半の言葉から弟子になることを認めてくれたのかと一瞬喜びかけた三人だったが、最後に付け加えられた言葉ですぐに真顔に戻った。
彼女たちは、きちんとリンドワーグ王国の担当者たちから話を聞いて、伸広とアリシアの今の関係性も確認していた。
伸広の周りに三人もの女子がうろつくのをアリシアが認めなければ、自分たちの願いはおじゃんになってしまうのだ。
だが、そんな彼女たちを安心させるためか、アリシアは特にどうと言うことはないという顔をしてあっさりとこう言った。
「いいんじゃない? 伸広、あなた今まで弟子をとったことないでしょう。折角の技術をあなた一人だけにとどめておくのはもったいないわよ」
「……なるほど。そういうことね」
何となく女神としての意見も混じっていることを感じた伸広は、アリシアの言葉に納得の表情で頷くのであった。
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