(8)転移者たちの進路
帝国がクラス転移を行ってから半月が経っていた。
その間に、ポツリポツリと進路を決める者が出てきている。
当初は短くて三日で全員の進路を決めるとしていたが、帝国のおかげでひと月という期間の余裕ができている。
人数的にはまだまだこれからだと思わざるを得ないが、そもそもこれから先の人生の分岐点になるであろうこのイベント(?)は生徒たちにとっては非常に重要なもので、慎重になるのも仕方ないだろう。
そう考えれば、たった半月で既に何人かの進路が決まっているのは、早いと思ってもいいだろう。
最初の一週間は各国と各ギルドが説明会的なものを開催して、学生(プラス教師)の問いに答えられるようにしたのもよかったのかもしれない。
中には最初から国には属さないと決めていた者もいたようで、そうした者はさっさと自分に合ったギルドに入ることになっていた。
とはいえ、そうした者がごく少数だったのは、ある意味で伸広とアリシアの予想通りだったといえる。
この世界では、冒険者ギルドに登録する場合には大まかに二種類の方法がある。
一つは国の所属(国籍)を明らかにして登録をする場合、もう一つは無所属で登録する場合である。
その二つに何の違いがあるかといえば、要するに国の信用があるかないかだ。
基本的に冒険者ギルドに登録した場合は、国への税の支払いはなくなる……というよりも、ギルドから稼ぎによって支払われる。
無所属での登録はそれだけでいいのだが、国の所属(国籍)を明らかにして登録した場合は、それぞれの国によって税の支払い(多くは人頭税)か、もしくはそれぞれの国に存在するダンジョンで年に何度か活動を行う、などの制約が必要になる。
それだけだと無所属のまま登録した場合のほうが良いように思えるが、国の所属を明らかにした場合にもメリットが存在する。
それが何かといえば、ギルド側から無所属の場合よりも信用を得やすいということだ。
その信用があれば、国からの依頼も受けやすくなることになるなど、ギルドにとってもメリットが存在しているのである。
帝国やリンドワーグ王国のような大国の場合は単独で多くの生徒を抱えることができるが、小国はそう簡単にはいかない。
それでは多くの生徒を大国に取られるということで、そうしたギルドのメリットを説明したうえで、自分の国への所属を勧めてきたところもあった。
今回生徒たちを引き取りたいと立候補した国は、全部で十ほどの国になる。
それらの国の中には当然のように小国も含まれていて、それらの国は一人でも所属してほしいと工夫を凝らして自国のアピールに努めている。
それが身を結ぶかはまだまだ不明なところがあるが、伸広が外から見ている限りは、何人かは好印象を抱いているように見えた。
新たに一名今後の所属を決めたという報告を聞いたアリシアは、向かい側に座っている伸広を見ながら言った。
「――まだまだ納得がいっていない者も多いようですが、そろそろ自らの進退を決める者も増えてくるかしら?」
「どうかな? 彼らにしてみれば選択肢が狭いうえに、そもそもこの世界で何ができるかもよくわかっていない状態だからギリギリまで悩む人も多いんじゃないかな」
「なるほどね。親がいないから進路を決めづらいというのもあるかしらね」
この世界では親の職をそのまま引き継ぐということが、当たり前のように行われている。
それは、長男だけに限った話ではなく、次男以降も同じことだ。
勿論自由を求めて冒険者になる者も中には存在しているが、大抵は親の伝手を頼って知り合いの職場に流れていくというのがほとんどなのだ。
アリシアの言葉に、伸広はちょっと首を傾げてから応えた。
「あー、いや。それとはちょっと違ったりするんだけれど……まあ、似たようなものか」
この世界に召喚された生徒たちは、例えばラノベとかによくあるようなスキルがあるわけではない。
正確に言えば何かしらのスキルを持っている可能性はあるが、それを調べる手段はないのだ。
そもそもこの世界におけるスキルは、何かしらの訓練や繰り返しの日常生活において使えるようになる。
そうした前段階の準備を全く行わずにいきなりこの世界に現れた者は、何に適正があるのかを地道に調べていかなければならない。
何かしらの儀式を行ったり、ステータスカードのようなものを使ってパッと見で確認するわけにはいかないのである。
余談ではあるが、伸広は以前スキルを調べるための魔道具を開発しようとしたことがある。
だが、残念ながら今のところは、手掛かりになるようなものすら全く掴めていなかったりする。
「せめてこの世界で使えるスキルとか技術とかが分かれば、今後の進路も決めやすいんだろうけれれどね」
「それこそ親の仕事でわかるのでは?」
「残念ながらあっちの世界――というか彼らがいた国は、そういうシステムにはなっていないんだよね……」
ため息交じりに返してきた伸広に、アリシアは小さく首を傾げた。
親の仕事を引き継ぐのが当たり前という世界に生まれた者には、中々説明がしづらい。
ちなみに、アリシアの場合は
アリシアが突発的に地球の情報を得たりするときは、アルスリアが必要だと判断した場合に強制的に来ていたりする。
伸広の答えに、アリシアは納得したのかしていないのか「そう」とだけ呟いた。
彼女も話の種にしていただけで、そこまで詳しく聞く気はなかったのだ。
しばらくはそこから話題は逸れて魔法やグロスターが話の中心になった。
そして、二人がそれらの話を続けていると、侍女がアリシアに近づいてきた。
「――姫様。異世界人の受け入れ担当者から連絡がきています」
「あら、何かしら?」
伸広はあくまでもどこの所属でもないと通しているので、リンドワーグ王国の受け入れ担当は別の役人が担っている。
どうやらその役人から魔法による通信(電報のようなもの)が来たようだった。
侍女から通信文を受け取ったアリシアは、一通り読んだ後、そのままそれを伸広へと渡した。
「――いいの?」
「勿論。というよりも、正確には私宛じゃなくて伸広宛だったみたいね」
アリシアの言葉に首を傾げながらも受け取った通信文を読むと、伸広は納得した表情で頷いた。
「なるほどね。確かに僕宛だ」
そこには、灯たちが会いたいと言っているということが書かれていた。
「それで、どうするの?」
「どうもこうもないよ。とりあえず、話を聞かないとどうしようもないから行ってくる。アリシアはどうする?」
「勿論、行くわよ。……何となく話の内容は想像がつくけれども」
伸広の言葉にしっかりと頷いて答えたアリシアは、最後に呟かれた言葉は小さく伸広の耳にまでは届かなかった。
とはいえ何かを言ったことを口の動きでわかっていたので伸広は顔に疑問の表情を浮かべたが、アリシアは小さい笑みを浮かべたまま首を左右に振るのであった。
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