(10)弟子入り
弟子入りをあっさりと認められたことで灯、詩織、忍の三人は、ホッとした表情を見せるのと同時にどこか不思議そうな顔になっていた。
その思いを代表して灯が伸広に問いかけた。
「随分とあっさりとお認めになるのですね」
「まあ、そうだね。その前に、そんなに畏まらなくても構わないよ。――といっても、灯ちゃんは前からそんな感じだったか」
「そうですね。以前の時は、それこそもっと年上に見えていましたから」
「まあ、言葉遣いに関してはおいおい慣れていけばいいか。それはともかく、何故そんなにあっさり認めるのか、だったね」
そこまで一度言葉を区切った伸広は、弟子(仮)三人を一度見まわしてから続けて言った。
「僕としては、アリシアさえ嫌がらなければ特に問題はなかったから、かな。あ、一応、そういうことを言ってくる可能性も考えていたんだよ。灯ちゃんたちが、に限ったことではなくね」
伸広はこれまで一人も弟子をとったことはない。
ただしこの世界においては、一流の魔法使いが自らの魔法を世に残すという意味においても弟子をとることはごく普通のこととして行われている。
むしろ伸広のように、弟子を一人もとっていないことのほうが珍しい。
世に名を残した魔法使いで弟子をとっていない者はいるが、どちらかといえば偏屈とか変わり者などといわれる者が多かったりする。
「――あとはまあ、灯ちゃんが顔見知りで弟子にしても問題ないと思ったからかな。他の二人は、灯ちゃんの友達だからってところだね」
伸広としては別に自身の魔法の技を秘匿しているつもりはないが、ただし世に広めると下手をすれば勢力図が一変しかねない魔法も習得している。
そうした魔法をうかつに広めることもできずにいたのだが、今回の件はちょうどよかったともいえる。
灯であれば突出した力を持っても変な道に進むことにはならず、真っ当な道を歩んでくれるだろうという思いもある。そして、その彼女が選んだ友人たちもしかりだ。
勿論、自分の弟子としてそれから育てて行く以上は、責任をもってそのあたりのところも見守っていくつもりはある。
伸広の言い分が終わったと判断したのか、ここまで黙って話を聞いていた忍が視線を向けて聞いてきた。
「灯の友達は別に私たちだけではないのですが、その子たちは?」
「さすがに今の三人までかな。金銭的に余裕がないとかじゃなく、それ以上はたぶん面倒見切れなくなると思うから。やってみないと分からないところはあるけれどね」
「そう、ですか」
「それに、そもそも何故君たちが最初に三人で来たのかってこともあるよね。ああ、これは別に責めているわけじゃないよ。あまり大勢で押しかけても、と遠慮したとかだろうし」
ずばりそのものの答えを言った伸広に対して、灯たち三人はほぼ同時に顔を見合わせてから頷いた。
実際、灯たちの他にも伸広のところに押しかけるという選択肢を取ろうとしている者たちはいた。
ただ、そうした者たちは灯たちのように弟子という立場になるのではなく、はっきりと寄生しようと目論む者さえいたりした。
当人は寄生するつもりはなくても、灯たちがそれとなく話を聞けばそうとしか受け取れないような希望を口にしたりしていたのだ。
そうした話を耳にした灯が、少し予定を変更して早めに伸広に打診しようとしたところを詩織と忍に察知されて今に至っていた。
伸広は、自身についてそんな話がされていることは知らないが、これまでの経験から同じようなことをされる可能性については考えていた。
だからこそ、最初の説明の時以外にはあまり帝都に近づかないようにしていたのだ。
「――とにかく、今回弟子をとるのは君たち三人まで。これ以上は取り次がないように、代表にもお願いしておくつもり」
きっぱりとそう言い切った伸広に、灯たちは何とも複雑な表情になった。
自分たちを弟子と認めてくれたことは安心したが、残りのクラスメートたちの先のことを考えるとあまり手放しには喜べない。
だからといって、伸広に寄生しようとしている者にまで同情しているわけではない。
そんな彼女たちの複雑な心境を読み取ったのか、ここでアリシアがアドバイスするようなことを言ってきた。
「私から言わせてもらえれば、そもそも灯が言い出さなければ伸広は弟子をとろうなんて考えもしなかったと思うわ。だから、他の人のことについてはあまり深く考えても仕方ないわよ。どう考えても全員を伸広一人が面倒見ることなんてできないんだし、だとすればどこで区切るかって話になるでしょう?」
要はどこまで責任を持って面倒を見れるかということで、伸広は三人だけで手一杯と判断したということだ。
その範囲からあぶれた者たちについては、気にするなとまでは言わないが変に負い目を感じる必要はない。
そんなことをつらつらと披露して見せたアリシアに、灯たちは苦笑交じりの笑顔を見せた。
その顔を見れば、完全に割り切ることは難しいがいつまでも気にしていても仕方ないという決意のようなものが見て取れた。
そしてその顔を見た伸広は、これならこの先もきちんとこの世界でも生きていけるだろうと安心していた。
何かの理由で、たとえば彼女たちが
灯たちの気持ちが幾分上向いてきたことを感じた伸広は、ここであえて別の話をすることにした。
「ところで、今日はこれからどうする? このまま拠点に移動してしまうこともできるけれど?」
灯たちがこの世界に召喚されてから今まで暮らしてきた場所には戻らずに、そのまま弟子生活をスタートするかという伸広の問いに、三人は前もって話をしていたのかほぼ同時に首を振った。
「結果がどうなろうと、許されるなら一度は戻ろうと前もって決めていました」
「何よりも、先生にはきちんと報告しておきたいから」
灯、忍の順に答えると、伸広は戻ることについては特に否定せずに頷いた。
ただ、それとは別に伸広自身が少しだけ気になっていたことを口にした。
「東堂先生か。……あの人も大変というか、変に気負ってなければいいんだけれどな」
「どういうことでしょう?」
伸広の言葉に、詩織は思ってもみなかったことを言われたという顔になった。
「んー、なんて言うかな。話に聞いている限りだけれど、異世界なんて場所に来ても未だに教師としてあり続けようとしているみたいだからね。単に最後の一人まで見守ろうと思っているのか、それとも向こうにいたときの日常を手放したくないのか。変にこだわり続けると、この先大変になるんじゃないかな」
伸広は実際に会ったことはないが、この世界に召喚されたという現実を受け入れられずに心が壊れてしまったという召喚者の話は聞いたことがある。
今のところ東堂がそんなところまで追いつめられてはいるとは思わない――というよりも気にしすぎだとさえ思っているが、全く可能性ないというわけでもない。
伸広のそんな懸念を口にすると、灯たちは思い当る節があったのか一様に黙り込んだ。
そして代表して灯が「それとなく確認してみます」と言うと、他の二名も何も言わずに頷いていた。
伸広は、その結果として、灯の口から杞憂だったことを確認することになる。
灯が伸広から聞いた話をすると、東堂は一瞬目を丸くしてから軽く笑い飛ばしたそうだ。
東堂曰く、確かに教師という立場に未練がないわけではないが、今の自分が置かれている状況はきちんと理解していて、先のこともきちんと考えているとのことだった。
東堂はその言葉通りに、生徒全員の行き先が決まってから自身の今後についてもきちんと決めて、自分自身の道を歩み始めることになる。
そして、伸広を含めた全員がそのことを知ることになるのは、もう少し先のことであった。
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