(7)神の理
灯の実家は、彼女が通う高校のある○×市の中でも比較的大きな神社である。
伸広がそこの氏子をやっていたのは、それこそ先祖代々の繋がりによるものだ。
伸広はあくまでも氏子の一人であって特別な役職についていたわけではないが、何故だか灯が幼いころから懐かれていた。
結果として、灯が高校生になっても『おじさま』呼ばわりし続けるほどの仲にはなっていた。
伸広としても灯ほどの美人に懐かれるのは、悪い気はしないので特に訂正するまでもなくそのままの関係を続けていたのである。
「――そういえば、自分が死んだあと佐竹の氏子の座はどうなっていたかわかる?」
伸広がそう聞いたのは、学生たちがしていた会話で灯の年齢が自分が知っている年よりも上だとわかっていたからだ。
彼女たちは受験の年、すなわち高校三年生であり伸広が自身が死んだのが灯が高校二年生の時だったことを知っていた。
そのため、今目の前にいる灯が自分の死後のことをある程度知っていると理解したうえでの質問だった。
「それでしたら確か、おじ……伸広さんの喪主を務められた妹さんが引き継がれていました。ただ、自分はあくまでも代理で息子さんが希望した場合はそのまま渡すと。希望されない場合は別の方に譲るとおっしゃっていました」
「そうか……そんなに佐竹の名に縛られる必要はなかったんだけれど……おっと。今は関係ない話だったな」
「そうでしたね」
身内にしか通じない話をしていた伸広と灯だったが、残りの者たちの視線に気づいてそこで話を区切った。
伸広としてもただの思い付きで出てきただけなので、それほど詳しく聞きたかったわけではない。
「それで、灯ちゃんが聞きたかったことはそれだけ?」
「そうですね。ほかにないわけではありませんが、急を要するわけではありませんので――」
灯はそう言いながら視線を東堂に向けた。
自分よりもまず先に東堂(先生)が質問するようにと言いたいのだ。
灯だけではなく伸広からも視線を感じた東堂は、苦笑しながら口を開いた。
「予想外すぎる展開に質問どころではなくなっていたんだが、確かにそっちのほうが優先だったね。――では、質問ですが、本当に地球への帰還は不可能なのでしょうか?」
東堂が改まった様子でそう聞くと、詩織と忍の視線も伸広に集まった。
「というと?」
「あなたの言葉を借りて言うのであれば、タイムスリップのパラドックスを発生させないような方法で戻ることができるのではないか、ということです」
この場合のタイムスリップのパラドックスというのは、過去に戻って何かの現象を変えて元の世界に戻った場合、すでにその世界は元いた世界ではないというものだ。
細かく分ければもっと違った解釈などもあるが、今は大まかにそういうものだと定義しておく。
「――そもそも私たちは、過去に戻って何かの事象を変えたというわけではない。ということは、私たちが『いなくなった』という事実があるだけなので、十分戻る余地があるのではないかと考えたのですが、間違っていますか?」
東堂がそう伸広に問いかけると、詩織と忍も期待するような視線を向けた。
もし東堂の推測が当たっているのであれば、元の世界の戻れる可能性もあるということなのだから二人の期待も当然だろう。
だが、そんな期待を裏切るかのように、伸広は首を左右に振った。
「なるほど。先生の推測は見事といえなくもない……のですが、少々的外れとも言えます」
「というと?」
「それを説明するには、異世界転移についての少々込み入った話が必要になりますがよろしいでしょうか?」
伸広がそう問いかけると、残りの者たちは揃って首肯した。
それを確認した伸広は、『では』と前置きをしてから異世界転移魔法についての説明を始める。
伸広が知るこの世界の異世界転移魔法は、先ほど軽く説明したとおりに魂を呼び込んでこの世界に存在させるという方法がとられている。
ただ、東堂の言う通りに無理やりに彼ら彼女たちが存在した時空に戻すという方法が、全くないわけではない。
だが、それをすればそれこそ『知るはずのない事実を知った』魂が彼ら彼女らの肉体に収まることになる。
その時点で、地球では知ることのない非常識な知識を持った人間ができることになるのだ。
そういう意味で伸広はタイムスリップのパラドックスという説明をしたのである。
さらに、地球という時空に存在する肉体に魂を戻すということにも、とある問題が発生する。
「――少し話は変わりますが、地球……というか日本で『あなたは神の存在を信じておりますか?』という問いをしたら普通はどうなると思いますか?」
「それはまあ……あまり愉快な状況にはならないでしょうね」
「でしょうね。私もそう思います」
東堂の答えに、伸広は同意するように頷いた。
「――ですが、こちらの世界ではその意味合いは完全に違ってきます。恐らく、何を当たり前のことを聞いているのか、という反応をされるでしょう」
「と、いうことは…………」
「ええ。こちらでは神の実在が証明されています。まあ、何度も実際に降臨して天罰なんかの現象を起こしているのだから当然でしょうね」
「それは、また……」
神が起こす天罰がどんなものかを想像した東堂は、思わず顔をひきつらせた。
こればかりは、灯を含めた女子学生たちの反応も似たり寄ったりだ。
神の罰を恐れる反応を見せた東堂たちに、伸広は安心させるように微笑んだ。
「神が直接降臨して罰を与えることなんて、それこそ神の理に触れない限りは起こらないからそんなに心配しなくてもいいですよ。ただ、問題なのはその神の理に触れること、なんですよね」
「まさか……」
「そのまさかですね。この世界で肉体ごと異世界召喚を行わないのは、それがまさしく神の理に抵触するからです。逆にいえば、神が直接干渉してきていない時点で、今回の召喚は魂の召喚であると証明しているようなものです」
敢えてアリシアのことには触れずに、伸広はそう言った。
ちなみに、アリシアがここにきているのはあくまでもリンドワーク王国の姫としての立場であって、神の生まれ変わりとしてではない。
「肉体ごとの異世界召喚なんてすれば、下手をすれば別世界の神が出張ってくる可能性もあるのだから、神々が禁止するのも当然でしょうね。さらに言うと、異世界なんて知識を持った魂の肉体への付与も同じ扱いなのです」
伸広が最後にそう付け加えると、話を聞いていたメンバーは納得の表情になっていた。
伸広の説明は理路騒然としていて、一応疑いの余地はないように感じる。
だが、やはりどこかで信じたくはない、元の世界に戻れるという希望を心のどこかで持ってしまうのは仕方ないだろう。
この時点で完全に伸広が言っていることを信じているのは、こちらの世界に来る前から伸広のことを知っていた灯だけである。
そもそも灯は伸広が亡くなってしまった――どころか、そのお葬式にさえ出席していたのだ。
その人物が目の前でこうして話をしているだけで、その話が本当だと思える。
それに、灯は伸広の生前の人となりを知っているのだからなおさらである。
伸広は、こんなことで嘘をつくような人物ではない。
いずれにしても、伸広が知っている異世界転移についての詳しい説明は以上になる。
それを信じるか信じないかは、それこそ話を聞いた者たちの判断で決めるしかない。
ただ、一部の者だけが知っていていい話ではないので、残りの生徒たちにもこの話はしていいかということは、東堂が伸広に確認をとっていた。
そして、最初からそのつもりだった伸広も、すぐに頷きを返すのであった。
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