(6)おじさま

 アリシアとの交渉を終え、召喚した者たちをとりあえずの生活場所へと送ったセレコウスは、宰相と軽い話し合いをしていた。

「――あれでよろしかったのですかな?」

「さて。そなたの言うあれというのが何かわからないが、最後の礼に関してであれば特に問題ないと考えておる」

「そうですか」

 通常一国の王である皇帝が他者に対して下げるなんてことは、ほとんどの場合であり得ない。

 だが、セレコウスという皇帝は、いざ国のためになると判断した場合は、簡単に頭を下げられる男でもある。

 

「私のあれを見て何も感じないようであれば、わが国には必要のない人材といえる。そういう意味では、良い選別の場となったのではないか? 私としては、むしろあの騎士には感謝したいくらいだな」

 学生たちに剣を向けた騎士は、あの場で処分することが皇帝より下されている。

 少なくともセレコウスにとってその処分は、あの場にいた者たちへのパフォーマンスといった意味合いが強い。

 具体的な処分の内容はまだ決まっていないが、セレコウスの心情としては褒美を上げたいくらいだった。

 勿論そんなことを具体的に行動に移すほど、セレコウスは愚かな皇帝ではないのだが。

 

 そんなセレコウスの考えを理解したうえで、宰相が釘をさすように言ってきた。

「信賞必罰は世の必然。少なくとも結果が出るまでは余計な口出しは控えてくだされ」

「わかっておる。騎士団をないがしろにするほど余は愚かではないわ」

 騎士団の最高権力者である皇帝は、騎士に対しても処分する権限を持っている。

 だが、このようなことで皇帝自らがいちいち口出ししていては、騎士団そのものが成り立たなくなってしまいかねない。

 少なくともセレコウスや宰相にとって、あの件はその程度の認識でしかない。

 

「あれがどういう結果につながるかはわからないが、多少なりとも奴らに通じるものがあればよいがな」

「あれのお陰で一人二人残るものが増えてくれれば万々歳といったところでしょうか」

「さて。そう都合よくいけばいいが、せいぜい最初の悪い印象が薄まった程度ではないか」

「確かに。それくらいの効果はあったと思いたいですな」

 そうでなければ皇帝が頭を下げた意味がなくなると言いたげな宰相に、セレコウスは小さく首肯をするのであった。

 

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 帝国が生徒たちのために用意した部屋は、しっかりとした個室だった。

 常識的に考えれば、いきなり三十人を超える人数の部屋を用意することなどあり得ない。

 すでに人が暮らせるように備品などが整っていることを考えても、帝国が大人数の召喚を行うことは事前に決まっていたことだということがわかる。

 ついでにいえば、最初から用意してあったものを交渉の材料にしてくるところもさすがと言わざるを得ない。

 もっとも、当初は全員帝国で扱う予定だったという言い分はあるだろうが。

 

 帝国の思惑はともかくとして、召喚された者たちの当面の生活の場はひとまず担保されることとなった。

 今後については、個人個人に順次当たっていくことになる。

 それに、伸広とアリシアが交渉しているあいだに、召喚者を引き取りたいと言ってきた国がさらに増えたようだった。

 あとは、それぞれの国の使者なりが来て、それぞれの話し合いをしていくなりすればいいだろう。

 一応、最後の一人までどういう道に進むかを見ていくつもりはあるが、直接的な手助けはこれくらいでいいと伸広は考えている。

 いくら同郷の者たちとはいえ、最初から最後まで養っていくつもりは全くない。

 

 生徒たちがそれぞれ決めた部屋に散っていくのを見ながら細々したことを考えていた伸広だったが、ふと自分に近寄ってくる者がいることに気が付いた。

「ようやく一息つけそうですので、改めてお礼を言いに来ました」

「お礼は、私よりもこのような機会を用意してくれた各国にしたほうがいいですよ、先生……えーと」

「そういえば、まだ自己紹介もしていませんでしたね。――東堂です。いや、こっちの世界だとはじめのほうがいいのかな?」

「そうですね。名前のほうがいいかと。――伸広といいます」

 そう名前を名乗りながら右手を差し出した伸広に、始もそれに応えるように同じ右手で握り返してきた。

 ちなみに、握手はこちらの世界のヒューマンその他の種族の間でも通用する挨拶の一つである。

 

「それで、わざわざお礼のためだけに来られたのですか?」

「ハハハ。そうです、と言いたいところですが、見抜かれているように違いますね。一つ、聞きたいことがありまして」

「伺いましょう」

「おや、随分とあっさりと。拒否されることも考えていたのですが……」

「答えられることなら答えますよ。ですので、最初から拒否する必要はないでしょう」

「それもそうですね。では、聞きたいことですが――」

 東堂がすぐに質問を投げかけようとしたその時、ふと伸広の視線が別の方向へ向いた。

 隣に立っていたアリシアも同じ方向を見ていることから、東堂は自分の後ろ側から誰かが近づいて来たのだと察して振り返る。

 

 東堂が振り返って見た先には、先ほど部屋が決まって中で落ち着いているはずの女子生徒のうちの三人がいた。

 その三人は、東堂が受け持っているクラスの中でもいろんな意味で目立っているといっていい生徒たちである。

 東堂は、その三人が自分たちの下へ近づいてくるのを待ってから話しかけた。

「――――佐藤、村中、渡会、どうしたんだ? 部屋で休んでいたんじゃないか?」

「先生。先生こそ、どうして――。いえ、今はそんな押し問答をしている場合ではありませんね。少し私に確認したいことがあって来たのです」

「村中が……?」

 東堂は、そういいながら灯が意味ありげな視線を伸広に向けたことに気が付いた。

 そして同時に、伸広もまたその視線を受けて苦笑交じりの笑みを浮かべたこともだ。

 

「ええ。といっても、確認されるご当人はすでに気づいているようですが。――そうですよね。佐竹のおじさま」

「「「おじさま…………!!!?」」」

 灯が伸広のことをいきなり『おじさま』呼ばわりしたことに、東堂は勿論、一緒についてきた詩織や忍もそれぞれが初めて見るくらいに驚いていた。

 それほどまでに、灯のその発言は意外だったのだ。

 ちなみに、伸広の隣に立っているアリシアもわずかながらに驚いていた。

 

 そして、灯から『おじさま』呼ばわりされた伸広はというと――、

「やあ。久しぶり……といってもいいのかな? この姿だから気づかれないかとも考えていたんだけれど、あっさり気づかれちゃったか」

「確かに私が知っているおじさまからすれば若いようですが、どうやら魔法もある異世界のようなのでそういうことがあっても不思議ではないですよね?」

「まあ、そうなんだけれど、聡いというべきか……さすが灯ちゃんだね」

「……もう。そろそろちゃん付けはおやめくださいと言って……ああ。ごめんなさい。みんなを置き去りにしてしまいましたね」

 伸広と灯が親し気な様子で会話をしていると、いろんな意味で予想外すぎる出来事に東堂と友人二人が口をパクパクさせていた。

 

 その彼らが何かを言うよりも先に、変な誤解だけは説いておかなければという頭が働いた灯が、付け加えるように言った。

「言っておくけれど、私とおじさまはそんな変な関係ではないから。佐竹のおじさまは、実家うちの氏子だった方です。もっとも、私が知っているのはもっと年配だったころのおじさまですが」

「うん。灯ちゃん。とりあえず、その『おじさま』から止めようか。だから変な誤解をされるんだと思うよ」

「確かに、今のおじさまは『おじさま』じゃありませんね」

 そう答えた灯は、言った自分の言葉が面白かったのか、口元を手で押さえながらクスクスと笑い出すのであった。

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