第2章
(1)ありえない事態
アリシアが離宮に移ってから二か月ほどが経過していた。
例の件から侍女の数は減らされたが、その分護衛が多くなっている。
侍女の数が減ったのは、いずれはアリシアが王族から離れるという意味合いも兼ねている。
もともと減らすつもりだったところに例の件が重なって、ちょうどよかったというのがアリシアの弁だった。
代わりにというわけではないが護衛が増えたのは、女神の生まれ変わりというアリシアの立場の重要性がある。
それに加えて護衛の数を増やすことで周囲に知らしめるという意味合いも含まれているのだ。
アリシアが新しい生活にも慣れてきたその日、伸広はお茶会という名の暇つぶしに呼ばれていた。
ちなみに伸広がこうした改まって(?)お茶会に呼ばれるのは初めてのことではない。
離宮でのお茶会は初めてだが、王宮でカルロス主催のごく身内だけのものに呼ばれたことがある。
そのお茶会の席で、伸広は初めてアリシアの実母であるマリエットと対面していた。
そしてそのマリエットは、今もアリシアの隣に座って優雅にお茶を口にしながら笑みを浮かべている。
アリシアによく似た美人のマリエットは、優美な金髪を軽くゆするように小さく首を振りながら言った。
「――それにしても、うちの娘がよくこんな良い殿方を見つけられましたね。まさしく神の思し召しといったところでしょうか」
「お母さま……」
「ハハハ」
マリエットの直球な言い回しに、実の娘であるアリシアは小さめに頬を膨らませて、伸広は少し困ったように笑った。
実はマリエットがこの言い回しを言ってくるのは、初めてのことではない。
話題がなく周囲を和ませるために言っているのではなく、娘を困らせるためにわざとやっているということは前回のお茶会の時に学習済みである。
親子揃って黙っていれば絶世の美女と称えられてもおかしくはないのだが、こういうところが人間臭さを感じさせる一面なのだろう。
もっとも反応に困っている伸広だが、アリシアにしてもマリエットにしてもこういう性格は嫌いではなかったりする。
このままでは前回同様マリエットのペースに巻き込まれると判断した伸広は、少しだけ方向転換を図ってみることにした。
「以前お会いした時にも不思議だったのですが、マリエット様は実の娘が神の生まれ変わりと聞いても時に変わりないのですね?」
「あらいやだ。その畏まった言葉遣いは止めてとお願いしたでしょう? ――それはともかく、そうね。そもそもこの娘は、生まれた時から少し変わった子でしたから」
「変わった子、ですか」
「そうよ。例えば、黙って座っていればそれこそ作り物のお人形さんみたいに動かなくなるのに、意外なところで動き回ったりね。行動を一つ一つを見れば他の子供と変わらないのでしょうけれどそれがいくつも重なると、ね」
「なるほど。アリシアは、昔からお転婆さんだったと」
「フフフ。そうね」
「ちょっ!? 伸広……!」
味方だと思っていた伸広に思わぬ方向から揶揄われることになったアリシアは、慌てた様子で伸広に視線を向けてきた。
そんなアリシアに、この人には敵わないという意味を込めて伸広が視線を送ると、その当人は何かを悟ったような表情になってため息をついた。
「……それくらいにしてください、お母さま。これ以上続けられると、本当の意味で破談になってしまいます」
「あら。それは残念ね」
完全なるアリシアの白旗に、マリエットはあまり残念そうに思っていなさそうな表情でそう返した。
もしこの場に伸広がいなくてアリシアだけがいる状態ならば続けていただろうが、そのマリエットも娘の本気を感じたのかそれ以上似たような話題を続けることはなかった。
その代わりにマリエットは、ごくごく日常的な興味の範囲に収まる質問をしてきた。
前回は個人的な話はできなかったので、今回でその不足分を回収するつもりのようだった。
外見はおっとりしているように見えても、身分が低い身でありながら王(当時は王子)の子を宿し、さらに女性同士の権力闘争が繰り広げられる中で生き残ってきたのは伊達ではない。
基本的に貴族としての会話が苦手の伸広だが、話が進むにつれてマリエットの話術にすっかり引き込まれていた。
そして、そんなマリエットの話術に引き込まれて数十分が経過した頃に、ふと伸広が何の脈絡もなく何かを探すように空中に視線を向けた。
はた目には不可思議な伸広の行動に一瞬アリシアが不思議そうな視線を向けたが、そのアリシアも何かを言おうとした口を閉じて何やら考え込むような表情になった。
二人のその行動を見て、残されたマリエットはそのまま何も言わずに黙っていた。
この辺りが、女神の生まれ変わりを自らの子として産んだ母親としてのマリエットの非凡さになるのだろう。
とにかく伸広とアリシアの意味不明な行動は、時間にすればほんの数十秒の間の出来事だった。
「これは………………」
「…………また、厄介なことをしてくれたわね」
「どうする? このまま放置するのも手だけれど?」
「確かにそうだけれど、さすがにこれを聞いたらそんなことを言っていられないと思うわ」
視線だけで続きを促してきた伸広に、アリシアは一度ため息をついてから続けて言った。
「伸広のわかりやすい言葉で伝えるなら『一クラス分』、らしいわよ」
アリシアのその言葉の意味を正確に理解した伸広は、無言のまま目をつぶって頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。
「――何を考えているんだ。本当に」
「それで、質問返しになるけれど、どうする?」
「いくらなんでも、これを放置はできないな」
「同感ね。今すぐに動く?」
「そうしたいのはやまやまだけれど、ここは諸国にも動いてもらおうか」
「あら。いいの?」
「まあ、主義に反するといえば反するけれど、それこそそんなこと言っていられないからね」
あっさりとそう言ってきた伸広に、アリシアは真面目な表情のまま頷き返すのであった。
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時間にすれば、伸広とアリシアがマリエットの前で謎の会話をしてから数十分後のこと。
二人が盛大にため息を漏らすことになった事を起こした現場にいた者たちは、そんなことも知らずに満面の笑みを浮かべながら彼らを出迎えていた。
実際には数秒前には一部を除いてほとんどの者が驚いていたのだが、今はそんなことをおくびにも見せずにいた。
もっともそれが余計に彼らの怪しさを醸し出すことになっていたのだが、それを指摘する者はいなかった。
怪しさ満点彼らの前には、男と女で分けられて同じ服を着ている十代後半に差し掛かろうかという者たちがいた。
もしこの場に伸広がいれば、その服がどこかの学校の制服だと言っていただろう。
そう。怪しい雰囲気を醸し出している彼らの前に現れた者たちは、召喚の儀式によって呼ばれたとある高校の一クラス分――三十五人プラス一人だったのである。
そんな彼ら彼女らに、この場でもっとも豪奢な服装を身にまとった中心人物が両手を大きく広げながらこう言い放つのであった。
「ようこそ異世界の皆。我は世界≪グロスター≫にあるゴルドノ帝国皇帝セレコウス・イル・ゴルドノである。まずは、落ち着かれてこちらの話を聞くように願う」
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