(15)結果とこれから

 伸広が騎士団員を使って合唱の集団魔法を披露したあとしばらくして、フールは|国王≪カルロス≫を相手に事の経緯を説明していた。

「――――それで、そのあとノブヒロ殿はどうされたのだ? 特に何も言わなかったということはないのであろう?」

「勿論です。といっても、あとは助言のようなものを残されて神域へと戻られましたが」

「どのような助言だ?」

「集団魔法がどんなものか、肌身で感じてわかっただろうと。今回は合唱が分かりやすいのでやったが、他にも色々とやり方はあるとも」

「……なるほど。当人が直接やるのではなく、騎士を使ってできることも証明して見せたわけか」

「おそらく。それからこうも言っておりました。集団魔法が失伝してしまったのは、個の力を伸ばすことに注力しすぎた結果ではないかと」

 伸広が残したという言葉を聞いたカルロスは、少しの間考え込むような表情になっていた。

 

 カルロスが考え込んでいたのは十秒にも満たない時間だったが、それでも頭の中で思考がまとまったのかもう一度顔をあげてフールを見た。

「今、事の経緯を考えても仕方ないだろう。それは、担当の者に任せるとしよう。それよりも集団魔法の有用性だ」

「魔法騎士の二人を使ってノブヒロ殿が行ったのはあくまでも幻想魔法でありますが、普段の二人ではできないことであることはわかっています」

「なるほど。それで、問題なのは戦場で使った場合だが……?」

 致し方ないとはいえ、魔法は常に戦争について回る。

 国の為政者としてカルロスが、そちらの方面へ関心を寄せるのは当然だろう。

 

 フールもそのことは十分に理解しているので、特に方向転換を図るでもなくそのまま話を進めた。

「それはまだこれから……と言いたいところですが、ある程度の助言はノブヒロ殿からいただいております」

「それはまた……かの御仁は、こういうことには口を出さないと思っていたのだがな」

「確かにそれは間違いないでしょう。ただ、今回は特別な思いがあるようでして……話の端々からそのことが感じられました」

「特別な思い?」

「簡潔に言いますと、集団魔法は初代様が重用した魔法ですからな。初代様が愛した国で、その集団魔法を途切れさせたくない。――といったところでしょうか」

「それはまたありがたいというべきか、私を含めて代々の王に対する批判とみるべきか……微妙なところだな」

「かの方のこれまでの言動を鑑みるに、批判するつもりはないと言いたいところですが、それは置いておきましょうか」

「それもそうだな」

 カルロスにとってもフールにとっても大切なのは、伸広が集団魔法の有用性を示してくれたことであって、それを疑う気持ちは微塵もない。

 それに大事なのは、折角示してくれた集団魔法の有用性を今後どのように扱っていくかだ。

 

「問題なのは、攻撃魔法で使用した場合にどのくらいの違いが出るかだが……」

「ノブヒロ殿の言葉と過去の文献を引っ張り出して調べたところによると、二から三人の運用で大体一・二倍ほどの差が出るようですな」

「そこまで大きな差であるとは思えないが……」

「肝心なのはここからでしてな。人数さえ集めれば、中級魔法クラスの魔法でも上級魔法並みかそれ以上の威力に出来るということです」

 

 当たり前だが、上級魔法を使うためにはそれを使えるだけの腕を持った人員を用意しなければならない。

 ところが集団魔法を用いると、中級魔法までしか使えない魔法使いを集めて運用するだけでも上級魔法並みの威力の魔法が使えるようになるのだ。

 戦場で集団で運用しなければならないという弱点はあるが、それでもその点はかなりの効果がある。

 何故なら、中級魔法までしか使えないからということで、一般兵でくすぶっている魔法使いがかなりの数存在しているからだ。

 さらに言えば、これまでそんな待遇に嫌気を感じて軍を離れてしまった魔法使いを掬い上げることも期待できるだろう。

 

「――これは、軍部からの予算の要求がさらにきそうな案件だな」

 苦笑混じりにそうつぶやいたカルロスに、フールは真面目な表情のまま頷いた。

「間違いなくそうなるでしょうな。問題があるとすれば、現在は平時で軍の予算の追加を他の部署がどう見るか、ですな」

「予算の折衝は毎度頭が痛いことになるのだが……これは飛び切りの案件になりそうだ」

「ですが、既に陛下は決められているのでしょう?」

「そうだな。まあ、私個人の考えを言うならば、できれば初代の残した思いはできる限りくみ取りたいといったところか」

「さようですか」

 カルロスの答えに、フールは少しだけ笑みを浮かべながら頷き返した。

 その表情が、直接の答えではなくとも全てを物語っているともいえる。

 

 予算がどうなるかは今後の調整次第ということで、話は再び集団魔法のことへと移った。

「それにしても集団魔法か……。まさに消えようとしていたこのタイミングで話を聞けたというのは、まさしく神の采配と考えるのは穿ちすぎかな?」

「合唱団も無駄だと声高に言う者が増えてきたところでしたからな。こちら側から見れば確かに神の采配といってもおかしくはありませんが……さすがに実際にそこまで神が考えていたかは、微妙ですな」

「神が一つの国に肩入れすることは考えられないからな。いや、あるとすればノブヒロ殿にだけか」

「確かに。ノブヒロ殿が動けばあるいは……くらいには考えられていたかもしれませんな」

「事の真偽はともかく、消えかかっていた火が再びつこうとしていることだけは確かだ。あとはこれを利用して、名実ともに初代の栄光を取り戻すことだけだ」

 自分への決意を述べるかのように言ったカルロスに、フールはただ黙って頷くのであった。

 

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 カルロスとフールが集団魔法について話をしていたまさにその頃、拠点ではアリシアが伸広にお礼を言っていた。

「――それにしても、今回の件は本当に助かったわ」

「それはどっちのこと?」

「どちらもよ。両方とも私が軽々しく口を出せないことだったから。まあ、集団魔法については私も今になって知ったんだけれど」

 女神アルスリアの生まれ変わりとはいえ、アリシアは全てのことを知っているわけではない。

 むしろ今回のように、事が起こってからや事が起こる直前に本体である女神から事実を知らされることもある。

 ――というよりも、そういうことのほうが多いくらいなのだ。

 

 侍女たちの動きについては、実は女神からの知らせを受けるまでもなく、アリシアはある程度把握はしていた。

 だが、伸広に対して真っ先に好意を示していたことから自身が直接動くと余計にこじれる可能性があった。

 そのことから迂闊に動くこともできずに、どうしたものかと悩んでいたというのがアリシア側の事情だった。

 確かに伸広が懸念したようにもう一度拠点に逃げ込むということも選択肢の一つとして考えてはいたが、それはあくまでも最後に近い手段というのがアリシアの考えである。

 伸広と同じ空間で生活できるのは嬉しいのだが、迷惑をかけているという思いもアリシアの中にはあるのだ。

 

 カルロスの侍女たちへの対応がどうなるかは、今のところアリシアも伸広も何も聞いていない。

 だが、少なくとも今より改善することになるだろうという期待は、伸広もアリシアもカルロスに対して持っている。

「とにかく、これでこちらでの生活の基盤は整ったといってもいいかしらね。あとは、伸広次第といったところでしょうね」

「あ~。まあ、お手柔らかにお願いします」

 アリシアのような美人に迫られ続ければ、いかに二の足を踏んでいる状態とは言ってもすぐに陥落する未来しか見えない。

 それはそれで伸広としても悪い気はしないのだが、折角ここまで環境を整えたのだからもう少し今の状態でいたいという思いもある。

 いずれにしても、今はまだこの状況を楽しんで生きようと決める伸広なのであった。

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