(14)合唱と幻想
伸広に言われた言葉をもう一度脳内で反芻したフールは、確認するような視線になった。
「合唱……とおっしゃいましたか?」
「はい、そうです。合唱です。確かリンドワーグ王国の騎士団には合唱団がありましたよね?」
「それはありますが……」
確かに伸広が言う通り、リンドワーグ王国の騎士団には合唱団が存在している。
といっても五つある騎士団にそれぞれ存在しているわけではなく、そもそも騎士団という組織の中に合唱団があるわけでもない。
リンドワーグ王国が認めている公的な合唱団が三つ存在していて、その中に騎士団の有志の者たちが参加しているのである。
伸広が知っている知識でいうならば、会社にある各部署の有志が集まってスポーツチームを作っているようなものだ。
では何故国が認める合唱団があるのかと言えば、これは完全に初代国王の存在が大きい。
基本的に音楽好きと知られていた初代だが、中でも合唱は自ら参加するほどに傾倒していたといわれている。
その初代国王が直々に結成させた三つの合唱団が、今でも脈々と受け継がれているというわけだ。
ちなみに三つあるのは、男女それぞれの合唱団と混声合唱団があるからだ。
リンドワーグ王国内でも合唱団は誇りのある存在ではあるが、それがどうして今の話に繋がるか分からずにフールは首を傾げていた。
「それでしたら、今訓練中の中にも何人かは合唱団に在籍している者がいるのでは?」
「確かにいるとは思いますが…………まさか?」
ここまで言われて、フールはようやく伸広の言いたいことを理解した。
とはいえフールの中で未だに合唱と魔法が結びついているわけではない。
それもそのはずで、歌を歌うだけで魔法が飛び出てくるのであれば、合唱するたびに魔法が使われてしまうことになる。
いくら魔法が普通に存在している世界とはいえ、そんな現象は全く起こらないのだ。
だからこそ、国内でトップクラスの魔法使いであるフールもすぐには伸広が言いたいことが理解できなかったのである。
自分の疑問に伸広が頷き返してきたのを見て、フールは自分の中の常識を振り払うように首を振ってから中隊長を見た。
「中隊長、済まないが隊員の中で合唱団に在籍している者を見繕ってもらえるか? 人数は――」
「大人数いても合わせるのが難しいでしょうから、二、三人ほどで十分です」
「――というわけだ。頼めるかの?」
「は、はい! 少々お待ちください!」
伸広の答えを確認してからもう一度『お願い』をしてきたフールに、中隊長は慌てて敬礼をしてから隊員が訓練している場所へ駆けて行った。
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フールに頼まれて中隊長が連れてきた隊員は、男一人女二人の計三人だった。
この三人は、今訓練中の隊員の中でもトップクラスに歌(合唱)が上手いとされている者たちである。
中隊長に連れられてやってきた三人は、何故自分たちが呼ばれたかわからずにそれぞれ首を傾げていた。
中隊長が合唱団に所属していると指定した以上はそれが関係していることはわかっているが、それが国の中では既に伝説に足を踏み入れかかっているフールと結びついていないのである。
ついでにいえば、フールの隣にいる見たこともないローブを付けた男と見るからに侍女という二組の組み合わせも疑問に拍車をかけている。
明らかに戸惑った様子を見せている三人を前に、伸広が一歩前に出ながら言った。
「いきなり呼ばれて戸惑っているでしょうが、これからすることに協力をお願いします」
「フール様に呼ばれている以上は勿論協力は致しますが、私たちは何をすればいいのでしょうか?」
三人を代表して男の隊員がそう聞いてきた。
「一言でいえば、皆様にはいつも通りに歌を歌っていただきたいのです。ただ、その際に私のほうで魔力の同調を行いますので、驚いたり歌を乱したりしないように注意してください」
伸広が魔力の同調と言うと、三人はますます表情を険しくして中隊長を見た。
その中隊長も、伺うような視線をフールに見せている。
彼らがそんな反応を示すのは、無理もないことである。
何故ならそもそも魔力の同調というのは、魔力の扱いに長けた一線級の魔法使いだけが行うことができる技術だ。
もしそれを行うのがフールであったならば、彼らもそこまで戸惑うことはなかっただろう。
フールは紛れもなく一線級の魔法使い――というよりも、国中の者が認める国一番の魔法使いだからだ。
だが、それを今まで見たこともない、しかも見た目ではせいぜい二十代の伸広がそれを行うという。
彼らも騎士団に所属していて魔法に対する知識と技術を持っているからこそ、今のような反応が出てしまったのだ。
そんな彼らを安心させるように、今度はフールが前に出てきながら言った。
「心配いらん。この者の魔法の腕は、私が保証する。それよりもそなたたちは、歌が失敗しないようにすることに注力せよ」
「「「――はっ!」」」」
国の魔法使いの中でも重鎮中の重鎮であるフールの言葉に、三人は緊張感を見せながら敬礼をした。
「あー、いや、うん。適度の緊張はいいけれど、あまり緊張しすぎるのもよくないですから。とにかく、いつも通りに歌ってもらえれば問題ないですよ」
緊張感みなぎらせる三人に、伸広は苦笑しながらそうフォローするのであった。
フールの言葉に軽口のような言葉をかけられる伸広のことを多少信頼できたのか、三人の隊員先ほどまであった緊張がほぐれたような表情になっていた。
そしてその表情を確認した伸広は、改めて三人に向かって言った。
「歌ってもらいたいのは……そうですね。『リンドワーグの春』なんてどうでしょう」
伸広の提案に、三人は揃って頷いた。
『リンドワーグの春』は、国内では子供でも知っているような有名な曲なのだ。
ちなみにリンドワーグは今では国名になっているが、もともとは王都が存在しているあたりの地域の名称だったりもする。
歌うのはいつでも構わないと続けた伸広に、三人は一度顔を見合わせてからタイミングを合わせるように歌いだした。
王都でも頻繁に歌われる合唱曲であるために、三人は戸惑うことなくいつも通りに歌い始めた。
三人は普段それぞれ違う団に所属しているのだが、それでも歌自体が大きく変わることはないのですんなりと歌いだすことができていた。
いつもと違う様子になったのは、三人が歌いだしてからほんの数小節が進んでからのことだった。
三人とも魔法使いであるがゆえに、他者の魔力が自分の中に入り込んでくれば違和感を覚えた。
その違和感を覚えるのとほぼ同時くらいに、歌に合わせて目の前で幻想的な光景が広がったのだ。
その光景はまさしく毎年のように王都の周りで春の時期に見られるような風景で、色とりどりの花々や木々が春を喜ぶように花咲かせていた。
これこそまさにリンドワーグの春と言わんばかりの光景に、傍で見守っていたフールや中隊長、さらにはソフィまでもが驚きの表情になっていた。
そんな驚きの光景が広がっていたが、歌っていた三人はなんとか最後まで歌いきることができていた。
光景に驚いていたという感情も勿論あったのだが、それ以上に最後まで歌えばどんな光景が見られるのかという期待が強かったのだ。
自分たちが歌うのを止めてしまえば目の前の光景がなくなるということも分かったというのもあるだろう。
そして、歌が終わって三人の声が止まると同時に、目の前にあった幻想的な光景も何事もなかったかのように消え去るのであった。
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