(13)集団魔法
気になっていることを確認するために、伸広はフールに案内されながらとある場所へと向かっていた。
王との話し合いで益々伸広のことが気になったのか、ソフィもしっかりと後ろを付いて着ている。
王城とアリシアのいるはずの離宮は近い位置にあるのでそちらに向かおうと思えば迎えるはずなのだが、ソフィは伸広のすることを見守ることに決めたようだ。
そして伸広たちが向かっている場所は、いわゆる練兵場と呼ばれる場所である。
練兵場とはその名の通り兵が訓練を行う場所で、今回目指しているのはその中でも魔法に特化した造りになっている施設だ。
何故練兵場を目指してきたのかというと、そこで行われているはずの訓練を見たかったからである。
この日その訓練場で行われていたのは、リンドワーグ王国の第一魔法師団に所属している魔法使いたちだった。
リンドワーグ王国では、隊長を含む六人で一部隊(または小隊)としており、さらに六部隊をひとまとまりとして中隊と呼んでいる。
現在は、その中隊規模での訓練が行われていた。
わざわざそんな場所に来たのは、魔法の訓練が行われている様子を見てみたいと言った伸広の要望に応えて、フールが連れてきた場所がここだったというわけだ。
中隊で三十六人もの魔法使いがまとまって魔法を使っていると、見慣れていないものから見ればかなり凄まじい光景ともなるが、伸広はごく普通の光景として受け止めていた。
伸広たちがいる大陸が今よりももっと不安定で戦乱の世だった時代、それこそリンドワーグ王国の初代が活躍していた時には、目の前で使われているよりも派手な集団魔法が使われていた。
それらの魔法の数々を実際に目にしたことがある伸広としては、今使われている魔法は特に驚くようなものではないのだ。
そして、そのことこそが伸広が気になっていたことであり、わざわざこんな場所まで連れてきてもらった理由だった。
「――――一応確認しますが、魔法部隊の魔法訓練はいつもこれだけですか?」
「ええ、そうですな。あとは連携を含めた動きに確認なども行いますが、基本的にはこれらの反復になります」
部隊の訓練方法など基本的には国単位で秘密にすることが普通ではあるが、フールはあっさりと伸広の問いに答えた。
そもそも隠さなければならないような魔法は、部隊運用するのに不向きなものばかりなのだ。
まただからこそ、今はまだ部外者の伸広をこの訓練場に連れてきたのだ。
そのことは伸広も十分に分かっているし、それ以上に突っ込んで聞く気もない。
それに伸広が確認したかった答えは、既にフールが答えていた。
「……そうですか。となると、集団魔法は|やはり≪・・・≫訓練していないということですね」
「いえいえ、ですからこれが集団魔法の…………やはり?」
途中まで伸広の言葉を否定しかかったフールだったが、そこは国内における魔法使いの座のトップにまで上り詰めただけあって、すぐに言いたいことを理解できたようだ。
ほんの頭の中で伸広の言葉を反芻したフールは、確認するような視線を向けてきた。
「ノブヒロ殿にとっては、これは集団魔法ではないと?」
「やはり、そうなりますか。そうですね。今使われているのはあくまでも個別の魔法を同時に使っているだけで、集団魔法とは違うかなと……。いえ、集団になって使っている魔法という意味では正しいのですが」
それは微妙なニュアンスの違いなのだが、少なくとも伸広にとっては大きな違いだ。
「となると、ノブヒロ殿にとっての集団魔法とは……?」
「……まさか、その言葉をリンドワーグの魔法使いから聞くことになるとは思いませんでした。いえ、これも時代の流れなのでしょうか」
自分の問いの答えになっていない言葉を聞かされたフールは、わずかに眉をひそめた。
リンドワーグ王国は、初代国王が集団魔法を駆使して数々の戦争を戦い、国を興したとされている。
その史実に基づいて、今でもリンドワーグ王国の魔法使いたちはそれを誇りと行動しているのだ。
そんなリンドワーグ王国の魔法使いの誇りを誰よりも持っていると自負しているフールが、伸広の言葉をわずかでも不快に思うのは当然だ。
それでも落ち着いた様子で対応しているのは、年の功ということもあるが伸広が初代と共に同じ時代を活躍した魔法使いであると知っているからでもある。
そんな時代を生きた魔法使いの言葉を、余計な感情で聞き逃すことがあってはならないという思いもある。
そして伸広は、ある理由からフールの問いに素直に答えることにした。
「そうですね。私が知っている集団魔法は、複数の人間の魔力で一つの魔法を作るものなのですが……やはり、言葉だけで説明するのは難しいですね」
「複数の人間の魔力を…………」
聞いたことのないその概念に、フールは首をひねりながら必死にどういう魔法科を考えていた。
伸広の口ぶりからもその集団魔法は過去に存在していて、何よりもリンドワーグ王国で使われていたはずなのだ。
だが、今を生きているフールはそんな魔法は見たことも聞いたこともない。
そこから考えられるのは、国の歴史の中でそれらの魔法はどこかで失伝してしまったということだ。
できることなら過去に王国で使われていた魔法を復活させたいと考えるのは、リンドワーグ王国に属する魔法使いとして当然の感情だろう。
期待するような視線を向けてくるフールに、伸広は困ったような表情になった。
「できれば実践して見せたいところですが……それこそ使える人間が複数いないと意味がないのですよ……」
「そうですか……いや、確かに先ほどの言葉から察するに、確かにそうでしょうな」
伸広が二人いれば集団魔法を目の前で使って見せるということもできるのだが、残念ながらそんな都合のいいことはない。
付け加えれば、フールが知らなかった知識や技術をここにいる者が知っているとも思えない。
というよりも、そんな知識を知っていれば、必ず上(ここではフール)まで伝わっているはずだ。
さてどうしようかと悩む二人の下に、先ほどから訓練を行っていた中隊長が近寄ってきた。
「これはフール様。このような場所にいかがなさいましたか?」
「中隊長殿。少し邪魔してしまったようだの。それから一応言っておくが、こちらは陛下のお客人であるからの」
フールが伸広を示して『陛下のお客人』と言ったところで、その中隊長は慌てた様子で敬礼をした。
魔法使いの標準装備(?)であるローブをつけていたのでそれはすぐに分かったのだが、見たことがない相手だったので内心疑問に思っていたのだ。
しかも何故かばっちりメイド服を着こんだ侍女らしき者まで連れてきているのだから不思議に思うのも当然である。
「これは失礼をいたしました。無作法をお許しください」
「私たちが突然来たのだから知らなかったのも無理はなかろう。それよりも、訓練はいいのか?」
「それこそ心配ご無用です。多少私が離れたところで弛むような者たちではありません」
「そうかそうか。それは良いとだの。……ノブヒロ殿?」
中隊長に向かって笑顔になりながら何度か頷いたフールだったが、ふと伸広の様子がおかしいことに気が付いた。
勿論おかしいといっても挙動不審になっているとかではなく、何かを思いついたような表情になっていたのだ。
そしてフールのその予想が当たっていたことを証明するかのように、伸広がいきなりこんなことを言い出した。
「もしかしたらこちらの隊員の中に、合唱団に所属している人っていないですか?」
そんな伸広の言葉に、フールと中隊長は思わず同時に顔を見合わせるのであった。
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