(2)食い違う話
周囲の人間に比べていかにも高そうな服装を着ている皇帝を名乗った男のご高説を聞いた○✕市条成高校三年△組の生徒三十五名プラス教師一人の反応は実に様々だった。
とはいえ、いきなり『何を言っているんだおっさん』だの『頭弱い』などの煽り文句は存在せず、どちらかと言えば戸惑いのほうが多く見られた。
皇帝を名乗った男の言葉をいきなり信じることはできないが、その周囲にいるただのコスプレとは思えない重厚な造りの装備をしている騎士らしき者たちを見れば、あながち男の言葉が嘘八百ではないのではと考えさせられる。
さらに、彼ら彼女らを混乱させている原因がもう一つあった。
それが何かといえば、生徒と教師が高校の制服を着たまま現れたのはいいが、だとすれば直前に学校に関わる何かをしていたはずである。
例えば、登下校中だったり校舎内で従業を受けていたりなどである。
ところが、誰一人としてそれらの行動をしていたという記憶が残っていなかったのだ。
そしてその事実は、わずかな騒めきと共にその事実は生徒プラス教師の間で広まっていった。
召喚した側の帝国の者たちは、召喚されてきた者たちの様子を注意深く見守っていた。
普通であれば皇帝陛下の御前であると厳しく叱咤したりするところだが、召喚された側が混乱して騒ぎ出すということは過去の例から既に理解されている。
そのため事前にいきなり言葉で頭を押さえつけるようなことはせずに、幾分かは見守るという方針をとることにしていた。
その甲斐あってか、召喚された者たちは徐々に静かになっていき、やがて帝国側の言葉を待つような態度になって言ったのである。
その様子を見ていた帝国側の一人が進み出てきて、学生たちに向かって召喚の経緯を詳しく説明し始める。
曰く、この世界では魔物が闊歩しており、人類はその脅威と戦わなければならない。
曰く、それらの脅威と戦うためにはこちらの世界の者たちだけでは到底手が足りず、強大な力を持って現れる召喚者が必要である。
曰く、生活の保障は当然するので、それらの魔物と戦って倒してくれないか。
等々――。
それは、どこかで聞いたことのあるような話のオンパレードだった。
幸いにして召喚された側の生徒の中には、そうした話をある程度知っている者(オタクに片足を突っ込んでいるともいう)が幾人かいた。
そうした者たちや教師をはじめとした者たちが常識的な問いかけをすることにより、話はお互いに予想以上に穏やかに進んでいく。
召喚された側の者たちにとって想定外だったのは、それらの質問が帝国側にとっては最初から想定されたものだったということだ。
つまりは、矛盾がないように帝国にとって都合の良い情報だけを彼ら彼女らに与えるように誘導していたのだ。
何故こんなことが帝国側にできたのかといえば、簡単な話である。
こちらの世界では、頻繁というほどではないが別世界からの召喚というものがそれなりの数行われてきた。
それは帝国に限らず他の国も同じである。
ここ五十年ほどは行われたという報告はないが、それでもそれなりの数の文献を引っ張り出せるくらいの数はある。
そうした過去の例をもとに、帝国は準備を行っていたというわけだ。
そして、帝国の思惑通りに話が進んでいよいよ召喚された者たちの同意を得ようとしたちょうどその時。
帝国側にとっては予想外すぎる事態が起こった。
他の国と同じように転移魔法では来られないようになっているはずのその場所に、まさしくその魔法を使ってその場に現れた者がいたのだ。
それは転移を行ったと思われるいかにもな魔法使いのローブを纏った男と、その傍にピタリとくっついていたどう見てもどこかの貴族だと思われる服を身にまとった美しい女性だった。
帝国側にとってさらに不運だったのは、その女性に見覚えのある者がいたことである。
そしてその事実が、この突然現れた二人を無視できない事態へと進むことになる。
突然この場に現れたというのは、伸広とアリシアの二人である。
帝国で召喚が行われた事実を知った二人は、ちょっとした準備を行ってから急いでこの場に駆けつけてきたのだ。
そして、転移魔法で現れた二人の反応は、それぞれ違っていたものだった。
まずアリシアは、すぐに以前自分と直接会話したことがある帝国側の者を見つけた。
側室の娘でしかないアリシアは皇帝とは会ったことはないが、そのすぐ傍にいた宰相とは対面したことがあったのだ。
「――――お久しぶりです、宰相。できればこんな形で再会はしたくなかったのですが、そうもいっていられないことはあなた自身がよくご存じでしょうか」
「……アリシア姫」
帝国の宰相は、二重の意味でアリシアに驚いていた。
一つは勿論アリシアがいきなり言葉に現れたことについてで、もう一つは以前会ったアリシアとは明らかに様子が違っていたことだ。
以前会ったアリシアは、それこそ深窓の令嬢といった大人しい感じの姫だったのだが、今のアリシアはとてもそういう風には見えなかったのである。
交渉に長けた者らしからぬ驚きを表に見せる宰相に、アリシアは小さく礼をしてから視線を皇帝へと向けた。
「初めましてセレコウス皇帝。本来であればまず私のご挨拶からと言いたいところですが、こちらの用事を先に済ませてしまいます」
自分への挨拶よりも召喚された者たちが先と断言したアリシアに、皇帝は思わず激昂し――ようとしてできなかった。
皇帝という立場で慣れた圧力のある物言いをしようとしたのだが、何故か声を発することができなかったのだ。
一瞬驚いて周りを見れば、先ほど声を出したはずの宰相も含めて他の者たちも声が出せなくなっているようだった。
その原因はわざわざ探す必要もなく、すぐにその者――伸広へと注目が集まる。
だが、肝心の伸広はと言えば、自分とアリシア以外の者たちに封声の魔法を使うとほぼ同時に、その場にガクリと膝をつく羽目になっていた。
「…………あ~。よりにもよって条成の生徒か」
一目見て召喚された者たちを見抜いたらしい伸広に、アリシアが興味深げな視線を向けた。
「あら。お知り合い?」
「知り合いというか、近所にあった学校の学生……と教師といったところかな」
「なるほど。同じ服を着ているというのは、そういう意味ね」
こちらの世界にも制服を採用している学校はあるので、アリシアはすぐに伸広の言いたいことを理解していた。
アリシアと会話したことが落ち着きを取り戻した伸広は、すぐに立ち上がって改めて生徒たちを見た。
「色々と突然すぎる事態が起こって頭がついていけないと思うけれど、まず言っておきたいことがある」
この場にいる者たちで自分とアリシア以外に話ができる者はいないと分かったうえで、伸広は数拍分の時間をおいてからさらに続けて言った。
「――帝国が何を言ったのかは知らないけれど、とりあえず人類全体が危機になるほどに魔物の攻勢を受けているという事実はないから。ただ、一応言っておくと、魔物との戦闘が全くないというわけではないかな」
「あなたたちの暮らしてきた世界ではありえない事態だけれど、こちらの世界にとってはいたって日常でわざわざ異世界の者をこっちの都合で呼び出す必要がある事態かと言えば微妙なところね」
「一人や二人の召喚でもそうなのに、ましてやクラス単位の召喚となると、ね」
呆れた様子で伸広がそう言うと、生徒たちの視線は先ほどまで彼らに説明をしていた帝国側の人間へ集まった。
その視線を受けて、帝国の一部の者たちがわずかに反応を示した。
その反応を見れば、どちらが嘘を言う――とまでは言わないまでも、事実誤認をしそうな言い回しで話をしていたかはその反応を見れば一目瞭然なのであった。
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