(8)王国の友
神域の拠点での話し合いから約三週間後、伸広とアリシアは王城に向かった。
移動方法は、当然のように伸広の転移魔法だ。
今回はきちんと転移場所を指定していたので、驚かれることはなくむしろきちんとした出迎えも用意されていた。
ちなみにその出迎えに来ていたのは、アリシアが王城で過ごしてきたときの侍女たちである。
彼女たちは、アリシアが突然いなくなってしまったことに驚き、中には悲しむ者たちさえいたそうだ。
その話を後から聞いた伸広は、アリシアが愛されている王女だったのだと改めて安心することになる。
もっとも、転移をして彼女たちの姿を見たアリシアが破顔したのを見ていたので、そこまで心配していたわけではないのだが。
それはともかくとして、彼女たちの案内で伸広とアリシアは今回の話し合いの場となる部屋へと案内されていた。
伸広とアリシアが部屋に入って数分も経たずに、部屋の中に続々と王国側の人物が集まってきた。
集まった五人を見て、アリシアは苦笑しながら父王に向かって言った。
「随分と物々しいですね」
何しろ集まった五人というのは、王であるカルロスを筆頭に、元帥、宰相、王の知恵袋であるフールと国の主要人物が勢ぞろいしているのだ。
ちなみに、最後の一人は使者代表として神域に来ていたアダンだ。
「仕方あるまい。神の生まれ変わりを迎えるとなれば、相応の態度を示さねばならないだろう?」
「それがすでにこちらにとっては負担になっているのですが……それを言ってしまっては身も蓋もありませんか」
「そういうことだ。どちらかといえば、対外的に見せるためのものなので我慢するように」
「それを言われると確かに仕方ないですね」
とても一国の王と神の生まれ変わりの会話とは思えない二人のやり取りに、周囲の者たちは特にこれといった反応を示していない。
本来であればいかにカルロスが一国の王といえども、神の生まれ変わりであるアリシアには一定の敬意を払わなければならない。
だが、ここに集まっている者たちはアリシアが堅苦しい態度を望んでいないことをきちんと理解しているのだ。
だからこそ王であるカルロスを咎めることはしないし、王に対して家族のように接しているアリシアを責めることもない。
さらに付け加えれば、彼らにとって大事なのは話の中身であってそれぞれの態度ではない。
「私としては、そんなことよりも他の貴族たちを退けられるという彼のことのほうが気になるのだが?」
「あら。私は問題をどうにかすることができるとは言いましたが、貴族たちを直接どうこうするとまでは言っておりませんよ?」
「……何だと?」
言葉遊びのようなアリシアの言い方に、カルロスは眉をひそめた。
今のアリシアの言い方だと、伸広のことを問題にしてやり玉をあげてくる貴族たちの処理は、国が行うことになりそうだと感じたからだ。
事前に国で対処することは無理だと告げているのに、どういうことだとカルロスが疑問に思うのは当然のことだろう。
さらに言葉を続けようとする父王を止めたアリシアは、そのまま視線を伸広へと向けた。
「どういうことかは……そうですね。言葉で説明するよりもヒロに動いてもらったほうが早いでしょう」
そのアリシアの言葉が終わるのとほぼ同時くらいに、こういう流れになるだろうと予想していた伸広がスッと右手の人差し指を天井へ向けた。
それはただのパフォーマンスではなく、次の伸広の言葉で全員が意味のある動作だったと理解した。
「
伸広がそう言うと、それまでごく普通に見えていた石壁の一部が光りだした。
見る者が見ればその光はただの飾りではなく、意味のある記号や文様だということはわかる。
王の知恵袋であるフールもそれらの記号の中に見慣れたものがあることは見て取れていた。
王国側の出席者である残りの三人もそれらの文様が、魔法で使われるものであるということは理解できる。
意味が分からないのは、何故王城の一部であるはずの壁が伸広の言葉で光りだしたのかということだ。
さらに付け加えれば、そもそも伸広が何をしようとしているのかということも気になるところである。
そんな周囲の様子に頓着せずに、伸広は集中したまま次の言葉――呪文を続けて唱えた。
「
伸広が三つ目の呪文を唱えると、黄色か黄金色っぽく光ってきた壁の文様が波のようにある地点から順番に青く光った。
ただし、青く光るのは一秒にも満たない時間で、その後は元の黄金色に戻っていく。
その青い光が壁を一周するのを満足げな顔で見守っていた伸広は、一度だけ安心した様子でため息をついてから最後の呪文を唱えた。
「
その呪文が部屋の中に響き渡ると同時に、それまで壁一面にあった光の文様が何事もなかったかのように消え去り、後は通常通りの壁に戻った。
「終わったよ」
「はい、ご苦労様」
この不可思議な現象を当たり前のような顔をして起こした伸広に対して、アリシアのごく普通にねぎらいの言葉をかける。
そんな二人のやり取りを見ながら王国側の面々は、それぞれ驚きを表情に表していた。
王城に魔法的な仕掛けがされていることは、国内の貴族であればだれでも知る事実である。
その仕掛けは、主に王族を守るためのものであるとされている。
ただ、国内で知られている事実はあくまでも仕掛けがあるということだけで、詳しい内容までは伝わっていない。
ましてや、これまで国内では全く知られていなかった伸広が、その仕掛けに干渉して何かの現象を起こすなんてことは、彼らにとってはあってはならないことなのだ。
何故ならその事実は、たった一人の魔法使いによって王族の安全が脅かされることにつながるからである。
それらのことから王族側の出席者たちはそれぞれ驚いているのだが、特にカルロスの驚きはその中でも一番だった。
ただし、カルロスの驚きは他のメンバーとは違ったものだった。
そのことは、次にカルロスが起こした行動によって全員に知られることとなる。
なんと王族であるはずのカルロスが、突然椅子から立ち上がって続けざまに臣下の礼をするかのように、伸広に向かって跪いたのだ。
「「「お、王……!?」」」
王のその姿を見た元帥、宰相、アダンが声をあげて驚きを示した。
だが、そんな中で王の知恵袋であるであるフールだけは、カルロスと同じように跪いて言った。
「『王国の友』であるノーブ様にお会いできたこと、大変嬉しく存じ上げます」
「「「なっ……!?」」」
フールが『王国の友』と言った瞬間、他の三人はさらなる驚き顔に出して、慌ててカルロスやフールと同じように跪いた。
そんな王国の面々を見て伸広は居心地の悪そうな顔になり、それに気づいたアリシアはクスクスと笑いだした。
「お父様も皆様も、それくらいにしてください。肝心の伸広が困っていますよ」
「――――何かあるとは分かっていたが、さすがにこれは予想できなかったぞ?」
「本来であれば皆様方に告げるつもりはなかったのですが、伸広本人が良いと言ってくれましたから。――ところで、皆さま元のように戻ってください。そろそろ伸広が居心地の悪さで逃げ出しそうです」
そう言ったアリシアの言葉に何とも言えない表情を浮かべる伸広を見て、王国側の面々がそれが事実であると気が付いて、それぞれの先ほどまで座っていた椅子に座りなおした。
彼らのその動きを見て、硬い表情になっていた伸広はようやく顔の表情を緩ませるのであった。
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