(7)話し合いの後
伸広のおかげで、アダンが提示した問題が問題ではなくなったため、アリシアが一度は必ず城に戻るということで話は終わった。
その結果を持って、既に使者の三人は拠点を後にしている。
アダン以外の二人は最後までアリシアに対して何か言いたそうにしていたが、結局具体的に言ってくることはなかった。
アリシアが城に戻ることになったのは、使者たちが拠点を離れてから半月後ということに決まった。
それだけの期間が空いているのは、使者たちが城に戻る時間が必要であるからだ。
伸広が魔法を使えば一瞬で戻れるのだが、そこまでする義理はない。
アダンたちも期待していなかったのか、転移魔法を使ってほしいという話は出てこなかった。
アリシアが半月後に城に戻るときは当然のように魔法を使うことになるのだが、伸広もそれはごく当たり前のこととして受け止めている。
そして話し合いを終えたアリシアは、お茶を入れるために席を立った伸広を見て慌てて立ち上がった。
「あっ、私が……」
「いいからいいから。アリシアは疲れているんだろ? それに、これくらいは僕にだってできるから」
珍しく疲れを表に出していたアリシアに、伸広は笑いかけながらそう応じた。
伸広にはあまり深いところまで理解できていないが、アリシアとアダンはそれぞれに色々なことを考えつつ、駆け引きをしながら会話をしていたのだ。
それは見た目以上に気疲れのする作業であり、体力的にも楽であるわけではない。
さらに伸広は、これまでと違ってアリシアの表情に年相応のものがあると見て取っていた。
ついつい勘違いしがちなのだが、アリシアは確かに
だが、同時に十六歳を迎えたばかりの少女であることということも紛れもなく事実である。
王女に生まれて教育もしっかり受けているとはいえ、女神らしい言動をすることに疲れを感じても無理はない。
もっとも交渉中のアリシアは、そんな姿を欠片も見せてはいなかったのだが。
「ふー。やっぱり緑茶はいいわね」
「そういえば、アリシアは紅茶派じゃなくて緑茶派なんだ」
「何を言っているの。王国内で緑茶を流行らせたのは、元を辿ればあなたのせいなのよ?」
「え? 何それ? 知らない」
引きこもり気味の伸広とはいえ、気に入った相手ができた時には長期間外に出ていたこともあった。
その際に、緑茶を好んで飲んでいた伸広の影響を受けて国内に広まっていったのだ。
勿論伸広だけが原因ではないだろうが、それが一つの要因になっていることは間違いないと歴史学者にも断言されているほどだ。
ちなみに、国内で緑茶が主流になる前は、紅茶と緑茶の売り上げは半々くらいだったと言われている。
思ってもみなかった自分のやらかしを聞いた伸広は、頬をひきつらせていた。
「最初にあなたの真似をしだしたのが魔法使いたちで、当初は魔力回復の効果があると言われていたみたいよ。今は完全に否定されているけれど」
「へ、へー。そうなんだ。……狙ってやったわけじゃないから、なんとなく気恥ずかしい……」
「まあ、気にしすぎる必要もないんじゃないかな? 今ではあなたの影響で広まったなんてことを知っているのもごく一部だろうし」
「そうなの?」
「そうよ。私たち王族の場合は、特にあなたのことを勉強する機会が多いからこういった豆知識も知っているけれど、一般的には知られていないと思うわ」
「別に、そんな話わざわざ伝える必要ないと思うんだけれど……」
「それは無理ね。あなたについては、初代の頃からずっと感謝と恩義は忘れないようにと伝わっているから」
「あー……初代ね。うーん。あいつは少し大げさなところがあったからなあ。代々の王に過大評価されて伝わっていないか心配だなあ」
「その辺はお父様に会って話を聞きながら判断すればいいと思うわ」
「そうだね。そうするか」
言外に自分から話をするつもりはないと言ってきたアリシアに、伸広は素直に頷いた。
伸広とリンドワーグ王国の初代国王の関係が深いと知る者は、少なくとも現在の国内には存在しないといっても過言ではない。
伸広とアリシアは厳密には国内にはいないので除外されている。
伸広があの場でアリシアに打診したのは、その関係を現王であるカルロスに認めさせることだ。
アリシアは、伸広が初代国王の傍にいた魔法使いだとわかれば、ほぼ間違いなくカルロスは伸広のことを認めると考えている。
それほどまでに、リンドワーグ王国の王族にとっては伸広の存在は大きいのである。
あとは、良きタイミングでとある作業を行えば、伸広とアリシアの目論見通りに行くはずである。
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伸広とアリシアがのんびりとお茶を飲みながら先のことについて話をしているその頃、王へ報告するために王都に向かっていた使者一行は、旅の途中の宿で話し合いをしていた。
「――アダン殿。本当にあれでよろしかったのですかな?」
「ふむ。何が仰りたいのかな?」
「相手の要求を一方的に飲むだけでは、交渉を行ったとはいえませんぞ?」
「それに、相手が王女とはいえ、一国に対する態度とは思えませんでしたが?」
残りの二人が不満そうな表情で交互にそう言ったのを聞いて、アダンは表情には出さずに内心で苦笑していた。
早い話が一国を背負って交渉してきた自分たちに対して、あまりにも不遜な態度だったのではないかと言いたいのだ。
言いたいことはわからないでもないアダンだったが、残念ながら二人とは違った意見もある。
「忘れてはならないが、私たちのまず第一の目的はアリシアを国内に連れてくることだ。現状のまま神域に留まられてしまっては、話し合いすらままならないということは二人にもわかるだろう」
「だからといって、こちらが一方的に言うことを聞くというのは……」
「なるほど。ではそなたは、何らかの方法で神域に入りこんで姫を奪還できるというわけだな? 言っておくが、その場合はいずれかの神を敵にするということも忘れるな」
「そ、それは……」
神というパワーワードを聞いた二人は、一気に委縮したように体を縮こませた。
国家を背景にして威勢がいいことを言える二人だが、さすがに神を直接相手にする気にはならないらしい。
神が怖いのであれば最初からそういう態度をとればいいのにと考えるアダンだったが、それは口にすることはなかった。
「というわけで、まずはアリシア姫を王城にまで連れていくことが何よりも先決というわけだ。神の生まれ変わりというアリシア姫から何かの利を得ようとするのであれば、そこからであろう」
「「……畏まりました」」
「ただ、それも目論見通りにいくかどうかは微妙といったところだが……」
「それはどういう……?」
同行者の一人がそう聞くと、アダンは首を左右に振った。
今アダンが抱いている何とも言えないもやもやした気持ちは、あくまでもアダン個人の感覚的な問題で具体的に説明することなどできない。
気になることといえばアリシアと伸広が最後のほうで交わしていた会話だが、何かがあるのだろうということはわかっていても具体的にそれが何かはわからない。
これ以上はあくまでも推論になってしまうので、あとはすべてを報告したうえで王に判断してもらうしかない。
不思議そうな表情で自分を見てくる二人を見ながら、内心でそんなことを考えるアダンであった。
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