(6)二つの問題
アリシアとアダンの会話は、何気ない言葉の中に必要な情報を織り込み、返ってくる答えである程度の確証を得る――そんなやり取りになっていた。
例えば、アダンの話をしているときには伸広の人となりを知るための情報が盛り込まれていたり、アダンへの問いかけてどの程度国が求めているのかを図ったりなどである。
そもそも会話による交渉なんてものは、相手の求める条件のすべてを事前に知っているなんてことはほとんどない。
貴族の世界はそのような情況で、自分に有利になるように会話をするのが当たり前なのだ。
もっとも、これができなかったとしても事前に用意していた最低限の利益を得ればいいという考え方の者もいるので、すべての貴族ができるわけではないのだが。
「しかし……そうか。そもそもの大前提が、二人は違っているな。一番の問題になりやすい距離が全く問題にならないとは」
「大方、私を王女としての義務や家族の情なりで連れて行こうとしたのでしょうが――当てが外れましたか?」
「そうだな。正直言って、こちらから提示できるものは何もなさそうだ」
アリシアの言葉にアダンが肩をすくめながらそう答えると、初めて他の二人の使者が「アダン様!」と反応した。
二人は、アダンがあっさりと手札がないことを白状したのをたしなめたのだ。
とはいえ、ここで必死にそのことを隠しても意味がないことをアダンは嫌というほど理解していた。
「そう責めるな。アリシア王女は、こうなることを最初から確信したうえでこの場所に逃げ込んだのだ」
「そうですね。私自身の言葉を聞いてもらうためには、これが一番手っ取り早いですから」
「全くだな。それに、二人ともそう悲観する必要はない。そもそも、王もこうなることは予想していらっしゃったからな」
アダンがそう付け加えると、使者の二人はどういうことかという視線を向けてきた。
「簡単なことだ。二人は、というかこちらのノブヒロ殿は、あの城へ簡単に出入りできる力の持ち主なんだぞ。しかも逃げ込む場所は神域ときた。普通に考えれば、まともな交渉などできるはずがないだろう。こちらに出来ることは、相手の言い分を認めることだけだ」
「あら。随分と簡単に白旗をあげるのですね?」
「仕方ないだろう。下手に条件を付ければ、それだけでこちらが不利になり兼ねないからな。……と言いたいところだが、二つほど問題があってな」
「聞きましょう」
「一つは、王がどう言ったとしても彼の無名に絡めて文句を言ってくる者が出てくるだろうということだ」
「それは、ある意味でとても分かりやすいですね。それで、お父様の見解は?」
「……やはりごまかされてはくれんか。そうだな。全てを跳ね返すと希望するなら、どうあっても護衛をつけることは免れないだろう、と」
アダンの答えを聞いたアリシアは、小さくため息をついた。
女神の生まれ変わりで王女であるという事実は、国の内外を問わず色々な意味でかなり価値がある。
この場合の価値というのは勿論、結婚の対象としてという意味だ。
アリシアの夫、あるいはその親族であるというだけで、王家や貴族にとってはかなりの権力を握れることになる。
それは、たとえ実際にアリシアが女神の力を使えなかったとしても変わらない。
この世界では、女神(神)の生まれ変わりの血を引いているということだけで、多くの人が集まってきやすくなるのだ。
それらを前提にしたうえで、伸広というほとんどの者には知られていない魔法使いとアリシアが結婚すると、当然のようにそれに対して文句を言ってくる者が出てくる。
女神自身がそれを望んでいると告げたとしても、そこを出し抜いてでも自分の利益になるように動くのが貴族(あるいは王家)という生き物である。
その結果として伸広に対して直接迷惑がかかることになるだろうというのが、アダンの言った一つ目の懸念点だ。
付け加えるとアダンの言葉の裏には、伸広自身が腕のある魔法使いだったとしても実際にそれを証明して見せろという意味も含まれている。
逆に言えば、それがなければいくら女神の言葉だからといっても、王の力で貴族たちの意見や行動を抑えきれないということでもある。
勿論アリシアもそうした諸々の事情を分かったうえで、自分たちには干渉してくるなということを主張していた。
「そうですか。となると、戻るとしてもやはり私だけに――」
「ちょっと待って、アリシア」
「伸広?」
「要は、僕が自分自身の価値を王かその周囲に示すことができればいいんだよね?」
「それはそうだけれど……えっ!? いいの?」
突然口を挟んできた伸広が何を言いたいのかすぐに理解したアリシアは、驚いた表情で問い返した・
「いいも何もそれが一番面倒がない対応だと思うんだけれど?」
「それは確かにそうね。でも、それをすると伸広自身が注目されることになると思うけれど?」
「それはもう、今更じゃないか? それに、折角アリシアがきっかけを作ってくれたんだからそれに乗っかるのもいいかなって思ってね」
「……そう。それなら私は止めない……ううん。むしろ助かるから是非やってほしいわ」
伸広に向かってそう言ったアリシアは、先ほどまでとは違った表情になってアダンを見る。
「――そういうわけで、そちらの問題の大半は解決しましたからこちらに任せていただいてもよろしいでしょうか?」
「そうか? まあ、そちらでどうにかできるのであれば、特に構わない……と思うが、あとは王自身の判断だろうな」
「そうでしょうね。それで、もう一つの問題は?」
「ああ、それはあれだ。神殿だな。さすがにあれらには国として抗議することしかできないからな」
国が宗教組織に対して変な横やりを入れると国民から反感を食らいかねないというのは、こちらの世界でも同じである。
そのことを十二分に理解しているアリシアは納得した顔で頷いた。
「確かにそれはそうでしょうね。でも、そっちは大丈夫よ。そもそも最初からここに逃げ込むことにしたのは、彼らに対しての時間稼ぎだったから」
「おや、そうなのか? だが、まあそうか。神殿に対してそちらがどうにかできるのであれば、特に問題はないか。……一応、どういう対処するのかは聞いておいたほうがいい気はするが」
「あら。どう対処するも何も、女神の伝手を使ってちょちょっと動いただけですよ」
「やはり、そうなるか。というか、この場合は神殿の者たちのほうが可哀そうになってくるな」
「失礼な。私は、そんな無茶なことを言っているつもりはありませんよ? ただ、黙って見ているようにと伝えるだけですから」
「それが彼らにとっては無茶なことだと思うのだがな」
「無茶でしょうか。ただ単に、他人を利用して利を得るのを止めてもらうだけなんですが?」
「まあ、君の言いたいことはわかる。わかるのだが、実際に利用する側にいる身としては耳が痛い言葉ではあるな」
「多少なりとも相手に利があればいいのでしょうが、今回の私にとっては全く利はありませんから。――と、こんな話をここでしていても仕方ありませんね。それに、そろそろ彼らの視線が痛くなってきそうです」
アリシアは、他の二人を見ながら最後にそう付け加えた。
アリシアとしては別にそんなつもりはないのだが、最後のほうの話は神殿だけではなく貴族全体を批判しているようにも聞こえる。
王女という身分に生まれてきてそんなことを言うのはどうかと思わなくもないが、あえてこの場で釘を刺したこともきちんと理由はある。
それは、この場で種を蒔いておくことで後々芽吹くことを期待してのことだが、実際にそれがきれいに花咲くのかはアリシアにも分からない。
むしろ花咲く確率のほうが低いかもしれないと、アリシアはそんなことを考えつつ内心でため息をつくのであった。
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