(4)ごく平凡な日常

 伸広が普段過ごしている拠点がある『グロスター神域』は、アフメナ大陸の南側に存在している。

 その広さは大陸の十分の一ほどに及んでいて、下手な小国よりもはるかに広大な地域が神域認定されている。

 それほどの広大な土地から生み出される豊富な資源や産物は、当然のように歴代各国の王の目に留まってきた。

 だが、国がどんな強大な力を及ぼそうとしてもそれらを返り討ちに――というよりも、侵入すら阻まれる結果となっている。

 その過去の教訓から現在ある国家の中で直接グロスター神域に手を出そうとする国はほとんど出てこない。

 さらに付け加えると、アフメナ大陸の歴史上で初めて『神域』認定されたのもこのグロスター神域である。

 

 そんなグロスター神域に何故伸広の拠点があるかといえば、最初の転移先がこの場所だったからというだけのことである。

 伸広にとってみれば、衣食住に困ることもなく好きなだけ魔法を学べるこの拠点は、最高の環境だった。

 その結果、これまでの異世界転移人生の中のほとんどをこの拠点で過ごすことになっていた。

 グロスター神域から一歩も外に出なかったわけではないが、外に出ていた期間はトータルしても十分の一にも満たない。

 そんな半引きこもりのような状態になっている伸広を見て、当初のアルスリアが心配することになるのは無理もないだろう。

 もっとも、その心配も初めの百年ほどで無くなっていたのだが。

 

 そして今、伸広にとっての最高の環境の拠点にあるダイニングテーブルの上には、アルスリアの転生体であるアリシアの手料理と思しき料理の数々が並べられていた。

「……ええと、これは?」

「見ての通り、私の作った料理よ?」

「やっぱりアリシアが作ったのか、これ」

「何よ、その顔は。心配しなくても変なものは作ってないわよ」

「そう、なんだ。いや、王女として生まれてから料理なんて作る機会なんてなかったと思うんだけど?」

「あら。確かにこっちの身体ではないけれど、他の身体では結構作っていたわよ」

「……他の身体?」

「そうよ。転生という形をとったのは今回が初めてだけれど、用意した身体でこの世界を楽しむことは結構あるからね」

「へー。そうなんだ」

 アリシアの説明を聞いて、伸広は何となくゲームのアバターのようなものを想像した。

 

 そんな会話をしつつ、伸広はパクリとアリシアが用意したハンバーグを口にした。

「……美味しいな」

「そう。そう言ってくれると嬉しいわ」

 ニコリと笑いながらそんなことを言ってきたアリシアを見て、伸広は思わず視線を逸らした。

 アリシアのような美人に直接微笑みかけられる経験など数えるほどしかないので、照れくさくなったのだ。

 しかも拠点に移ってきてからのアリシアは、伸広に対する好意を隠そうともせずむしろ積極的にアピールしてくる。

 そちら方面の経験値が少ない伸広にとっては、いろんな意味で刺激的なのだ。

 

「……コホン。それで? いつまでここでこうしているんだ?」

「それは勿論、いつまでも……と言いたいところだけれど、あと半月もしないうちに使者が来るんじゃないかしら?」

「ふむ。その心は?」

「あんなに露骨にいる場所を教えておいて、何もしないお父様じゃないもの。あれからすぐに使者なりなんなりを立てたと思うわ」

「それに、それだけあれば神殿が他の神様にお伺いを立てることもできるかな?」

「そうね。そもそも隠していなかったのだから、最初から問い合わせておけば答えるようにしていたのに」

「何だ。結局、神殿は先走って失敗しただけか」

「そういうことね」

 やれやれという顔でため息をつく伸広に対して、アリシアはただ単純に頷いていた。

 

 そもそも神殿関係者は、アリシアから神威を感じ取ればすぐにあのような対応をしてくるというのも予想の範囲内だった。

 だからこそアリシアは、伸広にあんな余裕のあるメッセージを送ることができたのだ。

 アリシアが今こうして伸広の拠点でのんびりしているのは、彼女が神の転生体であることを神殿側で確信を得るための期間でもある。

 もっともアリシアにそれを問えば、そんなことよりも伸広と一緒にいるほうが大事と答えるだろうが。

 

 伸広がそんなことを考えていると、自身で作った食事を食べていたアリシアが不意を突くように言ってきた。

「――というわけだから、明日はデートに行きましょう」

「っ……ゲホツ、ゴホッ。……な、なんだって?」

「だからデートよ、デート。あっちの世界みたいに娯楽施設があるわけじゃないけれど、町ブラするだけでも楽しいでしょう?」

「あ、あー。まあ、それは否定しないけれど……」

「でしょう?」

 ニコリと最高の笑顔を見せてそんなことを言ってくるアリシアを見て、伸広は照れを隠そうともせずに同意するのであった。

 

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 結論からいえば、伸広にとってもアリシアとのデートは非常に楽しんだ。

 引きこもりのような生活をしている伸広とはいえ、これまで全く異世界の町の中を歩き回ったことがないわけではない。

 普段の伸広は魔法使いのローブを着ているとはいえ、人畜無害といった顔(平凡ともいう)をしているために、変に絡まれることもない。

 たまに魔法使いの加入を狙って冒険者が声をかけてきたりするが、それくらいだった。

 そのため、これまでは大した事件も起こることなくごく普通の旅行者的な存在として、それぞれの町で活動してきたのだ。

 

 それが、アリシアという美人と一緒に町を回るということによって、全く違った見方ができるようになっていた。

 女神の転生体として身バレしたアリシアだが、それ以前はごく普通に王女としての教育も受けていた。

 そのアリシアから得られる現在の世界の生の状況を知れたというのも、伸広が楽しめた理由の一つとして大きかった。

 ただ単に一人で町を回るだけではうかがい知ることができない情報を得られたということもある。

 勿論、伸広がアリシアに惹かれているということも、その理由の一つとなっているのだが。

 

 ちなみに、アリシアがデートをすることを提案したのは、何も伸広とイチャイチャするためだけではない。

 アリシアは王女として顔が平民にまで知られているわけではないが、見慣れない美人がローブを着た男と一緒に町を回ったという噂は残る。

 その噂もまた、国に対して自分が神域近辺にいることを知らしめるという意味もあるのだ。

 もっとも、その説明をアリシアから聞いた伸広は、彼女の顔を見て後付けの理由じゃないかと疑ったりしていたのだが。

 

 

 いずれにしても、デート効果があったのかどうかは不明だが、アリシアが予想したとおりに王国からの使者たちは『グロスター神域』に現れた。

 使者たちは、神域の入口でアリシアへの使者であることを堂々と明言してから入ってきた。

 普通であれば、神域に入った時点で気付かないうちに追い返されることになるのだが、使者たちはあっさりと伸広たちの住む拠点へと辿りつくことになる。

 勿論、神域の力を使って惑わせることなく、最初から拠点にたどり着けるように仕掛けを施した結果だ。

 

 そして、最悪神域に入ることすら叶わないのではないかと危惧していた使者たちは、安堵の表情を浮かべて拠点のドアをノックするのであった。

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