(3)逃避の結果
アリシアが忽然と姿を消した後の会議室では、王国側の者も神職にある者もほとんど同じように騒然としていた。
それらの姿を見れば、この件がアリシアの独断で行ったことだということはわかる。
何よりもこの国の王でありアリシアの父親でもあるカルロスの耳にすら入っていなかったのだから相当だろう。
もし誰かの手を借りたうえでアリシアがこの事件(?)を起こしたのであれば、そちらのほうが問題ともいえる。
何しろ国を統べる王であるカルロスに背いて、暗殺の計画でさえ立てられる可能性さえあるのだ。
勿論カルロスは、アリシアが自分に対してそんな計画を立てるなんてことはひとかけらの可能性さえ抱いていない。
会議室にいる者たちが騒めき続けている中、カルロスは自分の隣に座っていた者に声をかけた。
「爺、あの者の――ヒロと言っていたか。あの男のことについて何か知っているか?」
爺はカルロスが信頼する腹心の一人で、リンドワーク王国の筆頭魔法使いだ。
あれほど見事に転移魔法を使いこなしていた者のことであれば、何かしらの情報を持っているのではないかと期待しての問いかけだった。
ちなみにこの
だが、カルロスの期待を裏切るように爺――フールは小さく首を左右に振った。
「申し訳ございません。これはという人物に心当たりはありませぬ。それから、目の前でみすみす姫を連れ去られてしまい――」
「謝罪はよい。爺でさえほとんど動くことができなかったのだ。他の者がいたとしても結果は同じであっただろう」
信頼しているからこそのカルロスの言葉に、フールはただ黙って頭を下げる。
「ですが、このまま放置されるのですか?」
「まさか。わざわざ娘が言葉の招待状を置いて行ってくれたのだ。きちんとそれに応えるさ」
アリシアは、『グロスターの神域』にいると言って去って行った。
他の者たちは別の場所も同時に探すべきだと主張するだろうが、その必要はないとカルロスは考えている。
とはいえカルロスは、探るような視線を向けてくるフールの懸念も十分に理解している。
「心配するな。探索隊には、決死の覚悟で連れ戻せなんてことを言うつもりはない」
グロスターという世界には、神域や聖域といった人の立ち入りが制限されている地域がいくつか存在している。
人が立ち入れないという意味では神域や聖域はどちらも共通しているのだが、その中で特に神域というのは神が直接関与していると言われているのだ。
そうした場所に下手に踏み込むと大抵の場合は、碌な目に合わないと言われている。
そうした言い伝えの中の一つに、とある豪胆な王が自身の野望と満たすために神域そのものを手に入れようと兵を送り、国ごと亡ぶ結果になったという話があるほどだ。
その話の審議はともかくとして、無作為にただ力だけで神域に立ち入るのは愚王の所業とされている。
カルロスもそのことを十分に理解しているので、探索隊に無茶な命令を下すつもりはない。
「探索隊――というよりも今回の場合は、どちらかといえば神の誘いに乗って確認に行く、行かせるというべきだろう?」
「……確かに、アリシア姫の言葉が真実であればそうなるでしょうな」
「ふっ。爺、そんなに心配するな。神域は、ただただ人を害する場所ではない。アリシアがどういうつもりで神域なんかに向かったのかはわからないが、少なくとも完全に隠れるつもりはない。だからこそ、わざわざああして言葉を残していったのだろう」
「それは、親としての言葉ですかな? それとも、王として?」
「どちらも、だ」
確認するような視線を向けてくるフールに、カルロスは確信をもって返答した。
そのカルロスの顔を見て、フールはフッと小さく笑ってから頷いた。
「王の仰せのままに。しかし向かう先が神域であるがゆえに、人選はなかなかに難航しそうですな」
「何。一人だけは心当たりがある。問題は残りだが……まあ、そやつに任せれば適当なのを選ぶのではないか?」
「一人……? ――なるほど。確かにあやつなら適任かもしれませぬな」
少しだけ首を傾げていたフールだったが、カルロスの言っていた人物に思い当ってすぐに頷き返した。
王とその配下の魔法使いが淡々と今後の予定を決めていくのに対して、事の発端である神殿関係者たちは身を寄せ合うようにしてひそひそと話をしていた。
何しろ自分たちが『神の力が宿っている』と結論付けたアリシア当人が、神の生まれ変わりだと宣言したのだ。
さらに、突然現れたあからさまに怪しげな男と共に「神域へ逃げる」と宣言して姿を消してしまった。
とてもではないが、この場にいる者たちだけで今後の行動を決めるわけにはいかなくなってしまった。
下手に突けば情報不足だったことを理由に、王自身が姫がいなくなってしまったことの責任を追及してくる可能性もありえる。
というわけで神殿関係者たちが出した結論は、姫の失踪についての責任の所在は有耶無耶にしつつ後のことは中央の決断を待つということに決まった。
そしてその結果は、これから探索隊を出そうとしているカルロスにとっても悪いものではなかった。
カルロスにとって厄介だったのは、アリシアが神の生まれ変わりだということを理由に神殿が首を突っ込んでくることだった。
アリシアのあの様子を見れば、神殿に所属するつもりが欠片もないことは理解できる。
であれば、最初から神域で会えなくなるような理由を排除することを考えるのは当然だ。
そんなこんなで、両者の思惑は微妙にすれ違いつつ一応の決着がついてこの場での話し合いは終わりを迎えたのであった。
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リンドワーグ王国から見事に脱出を果たして神域にある研究室兼屋敷には、微妙にきつい表情になってアリシアを問い詰める伸広がいた。
「――――それで? どういうことかな?」
「どうもこうもないわよ。あのままだと国か神殿に縛られるのが確定だから逃げてきたの」
「いや。そっちは何となくわかった――じゃなくて、わざと話を逸らしているだろう?」
ごまかされないとさらに視線を鋭くする伸広。
ちなみに、伸広は既にこの時点でアリシアがアルスリア神の転生体であることを見抜いている。
当人(神?)から呼ばれた先にいたのだからそれも当然といえば当然なのだが。
問い詰めるような伸広に、アリシアは少しばかり頬を膨らませながら答えた。
「少しぐらいいいじゃない。私は、少なくとも百年以上はじらされ続けたんだから」
「え? あれ? 百年以上!? ……てことは、本気……って、あれ?」
「ほら。これだから」
問い詰める顔から一転、焦ったような顔になった伸広に、アリシアは呆れたようにため息をついた。
アルスリアが伸広をこの世界に招いてから五百年以上経っている。
いつ頃からアルスリアかが伸広に恋愛という意味で惹かれだしたのかは分かってないが、少なくてもはっきり自覚してからは百年以上が経っていた。
その間、アルスリアなりにアプローチをしてきたのだが、魔法に一直線な伸広は全く気付く様子がなかったのだ。
その結果としての今回の強硬策というわけである。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。すぐに結果を求めたりはしないから。とりあえず、私の気持ちを自覚してもらっただけでも今は上出来。あとはこれから色々と積み重ねていけばいいでしょうし。そのために、わざわざ転生なんてしたんだから」
これからどうするべきかと悩みそうな顔になる伸広よりも先に、アリシアはそう言いながらにこりと笑ってそう言うのであった。
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