(2)勝手な言い分
国の重鎮たちと神殿関係者の話し合いが平行線のままずっと続くと思われる中、それまで事の経緯を見守るだけだったこの場の一番の上位者がいきなり口を開いた。
その者は言うまでもなく、リンドワーグ国王でありアリシアの実父であるカルロス・アフデル・リンドワーグその人である。
「――さて。そろそろ皆の意見も出尽くしたのではないか? ここらで当事者の意見も聞いてみないか?」
カルロスがそう言うと皆の視線がアリシアへと集まる。
「あら。私の意見を言わせていただく機会もあったのですね」
「そう言うな。――それで? お前から言いたいことは?」
「そうですね。はじめに言いたいのは、何故私がこちらにいらっしゃる方々の言うとおりにすることを前提に話が進んでいるのでしょうか?」
「というと?」
「いえ。私には私のやりたいことがございます。それを聞きもせず、随分と勝手なご意見が交わされていましたから」
アリシアがきっぱりとそう言い切ると隣に座っていた父王はクツクツと笑いだして、残りの者たちは父娘の会話を聞いて唖然としていた。
そもそもアリシアは、対外的には周りが盛り上がっているときにも黙って意見を聞くだけの物静かな姫だと思われていた。
その姫が、ここにいる者たちをきっぱりと否定するようなはっきりと主張したのだ。
普段の城にいる姫を知る重鎮たちは勿論、対外的に流れる噂でアリシアを評価していた神殿関係者が驚きを見せるのも無理はない。
ただしアリシアは、特に親しい身内にはこういった姿も見せていた。
それは別に猫をかぶっていたというわけではなく、姫という立場上うかつなことを表に出せないということを知っているが故の対応だった。
アリシアのこの性格を知っている近しい者たちは皆が皆そのことをよく理解できる立場にいるために、そのことをあえて他の者たちに広めようとはしてこなかったのである。
珍しく憤りを表に出しているアリシアに、カルロスは短く苦笑をしてから返した。
「そう言ってくれるな。この者たちにとってはやらなければならない仕事だ」
「いえ。そういうことではございません。私からすれば彼らの言い分は納得できませんが、立場を考えれば理解はできます」
「ほう? それで?」
「そもそも、何故神殿の方々が仰っている『神の力が宿っている』という言葉を真に受けていらっしゃるのでしょうか?」
「……なんだと? まさか、神職の方々の言っていることが嘘だと?」
カルロスは、娘を利用するために嘘をついたのかと鋭い視線をそちらへ向けた。
そのまま聖職者たちを追求しそうな父王に、アリシアは緩く首を左右に振って見せた。
「お父様、落ち着いてください。私は事実と違っていることがあると指摘しただけで、彼らが嘘をついているとまでは言っておりません」
「どういうことだ?」
「私に『神の力が宿っている』というのは間違いではないのですが、正確には『とある女神の一部がそのまま人として生まれてきた』のです。全てではありませんが、女神としての記憶もきちんと受けておりますよ」
「…………なに!? まことか?」
アリシアの言葉にカルロスは一瞬不思議そうな顔になったが、すぐに言っていることを理解したのか驚きの視線を向けた。
神々が現世に様々な形で生まれてくる――それは滅多にあることではないが、この世界では過去に何度か事例があることだ。
ただし今のところ神々が何故生まれ変わるのかは、詳しく分かっていない。
それは、人として生まれて世界に名を遺す場合もあれば、死ぬ間際になって実は神の生まれ変わりだったと告白することもあるためだ。
そのためこの世界で神々の生まれ変わりは、神々の気まぐれとして扱われている。
ちなみに、過去には神の生まれ変わりと判明した時点で、国や様々な組織が利用しようと動き回ることも多々あるが、大抵の場合は失敗に終わっていた。
成功した事例はなくはないが、それは生まれ変わった神の目的がその国や組織の目的と一致した場合のみとされている。
とはいえ、いくら過去の例があるからと言って当人の告白だけで、アリシアが神の生まれ変わりだと決定づける者はここにはいない。
むしろ疑わし気な視線を向ける者のほうが多いのは、ある意味で当然のことと言える。
その空気を敏感に察知したカルロスは、困ったような視線を我が娘に向けた。
「そなたの言いたいことはわかったが、いきなりそれを信じろと言われても無理があるぞ?」
「そうでしょうね。とはいえ、私にもそれを証明する手段は無い……わけではありませんが、無理に証明をするつもりもありません」
「ふむ……? ではどうする?」
「どうもこうもありません。こうなってしまったからには、逃げさせていただきます」
ニコリと笑いながらきっぱりとそう言い放ったアリシアに、カルロスを含めたほとんどの者がポカンとした表情を彼女へと向けた。
彼らの反応は、当然のものだと言えるだろう。
何しろアリシアが逃げる相手は、リンドワーグ国や大陸中に信者がいる神殿そのものだ。
いくら女神の生まれ変わりといっても、アリシア自身に特別な力があるというわけではない(と本人が言っている)。
そんなアリシアが、たった一人で逃げ切れるはずがないと彼らが考えるのも当然のことだろう。
カルロスとしても立場上、アリシアを全面的に手助けできるような状況ではない。
そのため王として表情を隠すことに長けているはずのカルロスも、思わずそんな表情になってしまったのだ。
「あー、アリシア。いくら私でも娘を一人でそんな危険な目に合わせる気はないのだが?」
「分かっております。女神の生まれ変わりではありますが、私自身に何の力もないことはこの身を持って知っております。――ですので、ちょっとした伝手を使って逃げさせていただきます」
少しばかり間を開けてそう付け加えたアリシアは、さらにもう一拍空けてからこう言った。
「――そういうわけだから、助けに来てちょうだい。ヒロ」
アリシアがそう言葉を発するのとほぼ同時に、会議の場になっていた室内の一角でちょうど人ひとりが入れるくらいの大きさの魔法陣が光と共に現れた。
そしてその光が収まると、その場に黒いローブを纏った男性が出現していた。
勿論その男性は、
いつも見ている女神らしさは薄れているが姿そのものは全く変わっていないアリシアを認めた伸広は、周囲の視線を感じて戸惑った視線を向けた。
「えぇーっと。これってどういう状況?」
「ごめんなさいね、ヒロ。詳しい話はあちらでするから、とりあえず連れて行ってもらえるかしら?」
「それはまあ、構わないんだけれど……。少しばかりあちらのダンディな男性の視線が気になるよ?」
少しばかり棘のある視線を向けていたカルロスを発見して、伸広は若干引きつった表情になる。
「気にしないでいいわ。いきなり現れた男が気になっている父親の図だから。――とにかくお願いね」
片目を瞑ってそういってきたアリシアに、伸広はため息をつきつつ頷いた。
こういう時は断れないということを、長い付き合いの間に理解させられているのだ。
結果として、それがいい結果になるということが分かっているので猶更だ。
少し離れた場所に現れた伸広が一瞬で目の前に来たのを確認したアリシアは、満足げに頷いてからカルロスへと視線を向けた。
「――というわけで、私は彼と逃げます。ただ逃げるといっても隠れるわけではありません。私たちは『グロスター神域』にいますので、探す場合はそちらにいらしてください」
そう言って今にも消えそうなアリシアに、カルロスが慌てて問いかけた。
「ま、待て。一応確認するが、女神であるあなたが生まれ変わった理由は?」
「それは勿論、彼と恋愛するためです。――それでは」
少し笑みを浮かべながら父親へ意味ありげな視線を向けてそう答えたアリシアは、すぐに伸広に視線を移した。
そして、次の瞬間には現れた男――伸広とアリシア王女の姿はその場から消えてしまったのである。
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