第1章
(1)波乱の幕開け
アルスリアが異世界に用意してくれた環境は、伸広にとっては最高のものだった。
何しろ憧れだった魔法が学びたい放題、しかも某通信教育のように間違った方向に進んでしまった時にはしっかりと赤字の添削までされることもある。
伸広が身につけようとしている技術や知識は、ゲームのように数値化してみることさえできる。
その数値は、ゲームのようにクリックしたら勝手にただただ上がっていくようなものではなく、本当の意味で身に着いたときに表されるものだ。
そのため拠点での魔法の修練は、一定回数の作業や勉強をすれば必ず身に着けられるというものではない。
それでも『魔法を学ぶ』ことを目的にしていた伸広にとっては、最高の環境であることには間違いない。
そのお陰で、気が付けば五百年という期間が過ぎていたのである。
その間、拠点の外に全く出なかったというわけではないのだが、外野から見れば引きこもりのように見られても仕方のない状態だった。
ちなみに異世界に転移をしてきたばかりの頃、伸広はアルスリアが拠点に来た時に何故こんな環境を用意してくれたのかと聞いたことがある。
その答えは、『伸広が要求してきた条件が用意するのが簡単だったので、余ったエネルギー(のようなもの)を拠点作成に使った』というものだった。
さらにより詳しく話を聞けば、チート能力一つを人の身体に定着させるためには、この拠点一つを世界に用意するよりもエネルギーを使うらしい。
余ったエネルギーは簡単にほかの用途として使えるわけではないため、苦肉の策として拠点を用意したというわけだ。
一つのチートを用意するよりも一つの拠点を用意するほうが簡単という事実に、話を聞いた伸広としては苦笑することしかできなかった。
もっとも、魔法というものを学べば学ぶほどアルスリアの言っていた意味も分かってきていた。
無機物のものを用意するよりも、生きているものに対して干渉を行うほうがより多くのエネルギー(条件なども含む)が必要となるのだ。
さらにいえば、今の伸広でもアルスリアが用意してくれた条件を満たすのは難しいということもしっかりと理解している。
とにかく異世界へと転移してきた伸広は、アルスリアが用意してくれた環境の下でのびのびと魔法の習得を行っていた。
これまで順調に魔法の習得ができていたわけではなく、様々な失敗や苦労を積み重ねてここまで来たのである。
それでも魔法を学べているという現実に、前の人生ではできなかった思いをぶつけて一つ一つ課題をクリアしてきた。
それはこれから先もずっと続くのだろうと現在の伸広は考えている。
そして今、伸広はこれまでのように新たな課題に挑んでは失敗するということを繰り返していた。
こういう地道な努力をしていること自体が、伸広にとってはありがたくもあり嬉しさを感じられる瞬間なのである。
この日も以前から繰り返してきた魔法を試しては失敗を続けて、結局成功することはなかった。
それでもこれまでと同じように少しずつは前進していると言い聞かせつつ、伸広はいつも魔法を試している訓練室から書斎へと戻ってきた。
この書斎は伸広が異世界に転移してきたときに最初にいた部屋であり、今では魔法の書物などを置いて読んだり思考に耽る場所になっている。
勿論今でも例のパソコンは健在で。所狭しと置かれた書棚の間で動いている。
そのパソコンに向かって今日の所感などをまとめようとした伸広は、先ほどまではなかった物があることに気が付いた。
それはたった一枚の紙で、そこには短いメッセージがご丁寧にひらがなでこう書かれていた。
『へるぷみー』
「……うん。わざわざ誰からかなんて考える必要もないか」
異世界に来てからは、自分に対してこんなことをする存在など伸広は一人しか知らない。
最初に会った時とは違ってこんな茶目っ気(?)さえ見せるようになった
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リンドワーグ王国の王城にある割と広めの会議室。
この日、その会議室では喧々諤々とした議論が行われていた。
その主な内容は、第三王女であるアリシアの扱いをどうするか、というものだった。
これまでは、第三王女とはいえ側室の子であるアリシアはほとんど注目されることはなかった。
美しさで王の目に留まって手付きとなった母親の美貌はしっかりと引き継いではいたが、もともと美形ぞろいである王家の中にあってはさほど注目されるポイントにはならない。
これで継承順位がもっと高ければその美貌で他国の王子(または王)へと嫁ぐなど様々な可能性も見えてはいたのだろうが、それも無いに等しい状態だったのだ。
そんなアリシア王女が何故いまさらこんな大勢の大人たちを巻き込んでの騒ぎになっているかといえば、それは先日行われた王女の十六歳の誕生日パーティーに原因があった。
リンドワーグ王国では十五歳が成人となるタイミングなのだが、王族においてはその一年後である十六歳の誕生日パーティーが重要視されていた。
何故十六歳の誕生日パーティを重要視しているのかは、長い歴史の中に埋もれてしまって明確な理由はわからなくなってしまっている。
特に継承権が低くなりがちな王女は、十六にもなれば婚姻で王族の籍を外れたりするので、最後の門出の縁切りパーティと揶揄する者さえいたりするくらいだ。
つい先日までその枠の中にいると思われていたアリシア王女だったのだが、そのパーティで神殿関係者がとある発言をしたことにより国を巻き込んでの議論になったのである。
この場での議論での主な対立は、アリシアの今後の所属先についてだ。
神殿関係者がそのパーティで暴露したのは、アリシアには神の力が宿っているというものだった。
本来であればこのような重大事は、王国側と神殿側の間で秘密裏に話し合いがもたれてもおかしくはない。
だが、これまで一切その気配を見せていなかったはずのアリシアに神の力が宿っていることあからさまに見て取れたため、神職にあるものがごく当たり前の者としてその場にいる者たちに話をしてしまったのである。
その結果として、アリシアに神の力が宿っていることを隠しておくことはできなくなり、国と神殿の上層部を巻き込んでの議論になったというわけだ。
その会議に出席しているのは国の関係者と神殿関係者で、どちらもアリシアの所属について議論している。
神の力を宿しているアリシアは重要な発言権を持っていることになり、国からしても神殿からしても重要な役目を果たすとみなされている。
それゆえに、国と神殿のどちらが主導権を持ってアリシアを所属させるかということが重要になってくる。
どちらにも譲れない主張があるだけに、巨大組織同士らしく迂遠な表現を使って互いにけん制しあっているのである。
過去には神々そのものが人族として生まれ変わってきたという話もあり、アリシアに神の力が宿っているということ自体に疑念を挟む者はいない。
また、そうであるからこそ譲ってはいけないという考えが、それぞれの代表者たちの白熱した議論へと結びついている。
そして、それぞれのその熱い思いは、当事者であるアリシアを置き去りにしたままぶつかりあうことになっていた。
その結果として、アリシアには話し合いをしている者たちに対して隔意を抱くようになっているのだが、どちらもそのことに気付く様子はないのであった。
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