第3話 プロローグ(異)

 すぐにでも魔法を覚え始めたい伸広にとっては残念なことに、異世界転移を決めてすぐに移動とはならなかった。

 アルスリアとの話し合いで幾つか細かいことを決めたので、それに合わせて転移先の環境を整えるためである。

 ただ、その時間は伸広の体感で一時間程度だったのだが、思ったよりも感じた時間は短かった。

 伸広はまさか自分が異世界転移をすることになるなんて考えてもいなかったので、これからのことについて色々と落ち着いて考える時間にもなっていた。

 それに加えて、異世界転移の話の中でついでのように出た話題のことを考える必要もあった。

 

 それが何かといえば、今現在の伸広の精神のありようである。

 つい数時間前まで伸広は、自分が五十歳という年齢で人生を終えたということを目の前で確認していたし、実際の記憶もその通りで間違っていない。

 だが、例の案内人やアルスリアと話をしていた時には、五十歳の時の自分ではなく、二十歳くらいの考え方や行動パターンで動いていた感じだった。

 幽体になって自分の葬儀を見ているという経験から異世界転移を勧められることになるという普通では考えられない事態が続いたため、ようやくこの時になって落ち着いて考える時間が取れたのである。

 もっとも、精神のありようについては伸広だけで考えても答えが得られるものではなく、アルスリアから聞いた話が基準になっている。

 

 アルスリア曰く、幽体になっているときには、当人にとって一番都合がいい姿と精神になるそうだ。

 伸広が二十前後の時のありようになっているのは、伸広本人がそれが一番いいと考えているということである。

 もっとも、伸広本人としては、なぜ二十歳前後の姿を選択したのかは全く分からない。

 とはいえ、それで不都合があるわけではない……どころか、今のままでいいと思っている。

 

『こういうのがご都合主義というものかな……?』

 なんてことを伸広が椅子に座ったまま考えていると、準備をすると言って別室に行っていたアルスリアが戻ってきた。

「――お待たせしましたか?」

「いいえ。色々と考えることがありましたので、思った以上に早く時間が過ぎました」

「そうですか。それでは、あちらの部屋へお願いします」

「わかりました」


 伸広がアルスリアに言われるままに隣の部屋に向かうと、十五畳ほどの広さの部屋の中央に大きな魔法陣と思われるものが淡く光っていた。

 それを見ただけで、魔法が使いたいと願い続けていた伸広は、単純だと思いつつも期待に胸が高鳴ってきた。

「これは、魔法陣ですか?」

「そうです。いずれ伸広さんも使えるようになるかも知れませんね」

「それは楽しみです」

 

 伸広がアルスリアに提示した条件は、『魔法を覚えることができる』ことであって『チート級の魔法がいきなり使えるようになる』ことではない。

 伸広にとっては、チート魔法を使って暴れまわることではなく、魔法を使えるようになっていく過程が重要なのだ。

 そして、これまでの話の流れから目の前にある魔法陣は、伸広を異世界に転移させるものだということが分かる。

 そんな大規模(?)なものが使えるようになるには、どれほどの技術を習得しなければならないのか、見当もつかない。

 それでも、女神であるアルスリアが肯定的な意見を言ってくれたということは、これから先のことを考えれば色々な意味で励みになる。

 

 そんな伸広の心の動きが分かっているのかいないのか、アルスリアは微笑んだまま右手で魔法陣の中央へ行くように示した。

 その動きだけで、言葉にしなくてもそれが異世界へ転移するために必要なことだということがわかる。

 既に異世界転移する覚悟を決めていた伸広は、ためらいなくその魔法陣の中央へと歩みを進めた。

 

 そして、伸広が魔法陣の中央で止まったことを確認したアルスリアは、確認するように聞いてきた。

「それでは、これから転移をしますが、これが最終確認です。本当に異世界転移をするということでよろしいですか?」

「はい。構いません。――向かう先での神様とまた会えるかはわかりませんが、色々とよろしくお願いいたします」

 そう言って頭を下げた伸広に、アルスリアは一瞬驚いたような表情を浮かべてからニコリと笑った。

「そうですね。私もまた会えることを願っております。――――それでは」

 これが最後だと言わんばかりにアルスリアが視線を向けて、それに伸広が無言のまま頷きを返した。

 

 その伸広の頷きを確認たアルスリアは、魔法陣を起動するための最後の操作を行った。

 すると、アルスリアがその操作を行うとほぼ同時に、伸広はその部屋から完全に姿を消した。

 その姿を最後まで見送っていたアルスリアは、誰もいない部屋でこう呟くのであった。

「さようなら伸広さん。そして、ようこそいらっしゃいました」

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 アルスリアに見送られて異世界へと転移した伸広は、広々とした部屋の中にいた。

 転移してきたときに足元で光っていた魔法陣は既に消えている。

「さて、これで異世界に着いた……はずなんだけれど、まずはどうすれば……あれかな?」

 独り言を言いながら周囲を見回した伸広の視線に、なじみ深い物が飛び込んできた。

 

「魔法がある世界にパソコン、いやコンピューターかな? まあ、どっちでもいいか。それよりも、異世界にあるのはおかしくない……のかな?」

 伸広の中では、異世界といえば中世ヨーロッパというイメージが強いために、パソコンもどき(?)が置かれていることに違和感がある。

 ちなみに、なぜパソコンのようなものだとわかったかと言えば、本体とモニターらしきものが机の傍と上にそれぞれセットされているからだ。

 ついでにあるのかどうかわからない電源は既に入っていて、モニターには次のように日本語の文字が映し出されていた。

 

《ようこそグロスター(異世界名)へ》


 画面の中央にそう文面が書かれており、右下には次を促すようなアイコンが点滅している。

 アルスリアと話した内容は、あくまでもこちらの世界に来るための条件を話し合っただけだった。

 これから先異世界――グロスターで生きていくためには、まずはこのパソコン(?)で情報収集する必要があると判断した伸広は、さっそく椅子に座って操作を始めた。

 

 

 ――――伸広がパソコン(動きはまんまパソコンだったのでそう思うことにした)を操作し始めてから数十分が経った。

 その結果わかったのは、やはりこのパソコンは伸広が異世界で生きていくためのガイド的な役目を果たしているということだ。

 何故それが分かったのかといえば、ゲームでいうところのチュートリアル的な内容になっていたためである。

 ついでに、伸広の最大の目的である魔法を覚えるということも、このパソコンを使って学べるということもわかった。

 こうなってくると俄然やる気が出てくる。

 とはいえ、いきなりパソコンに釘付けになって今後の生活に支障が出てしまっては意味がない。

 そこで、ガイドの中でも出てきた現在伸広がいる拠点の確認をして、当分生きていくのには問題ないことを確認してから伸広はもう一度パソコンの画面へ向かうのであった。

 

 

 ――そして、伸広が新しい世界、新しい拠点に来てから五百年という年月が経った。

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