第2話 プロローグ(地・後)
伸広と短い挨拶を交わした後、アルスリアと名乗った女性は、案内人と何やら会話をしていた。
伸広はその時近くにいたのだが、不思議なことにその会話は聞き取ることができなかった。
そのことを伸広が不思議に思っていると、案内人はそれに気づいているのかいないのか、伸広に向かって頭を下げてきた。
「それでは、私の案内はここまでになります」
「そうですか。ありがとうございます」
「いいえ。お礼を言われるようなことではありませんよ。それでは」
案内人は、伸広がさらに何かを返そうとするよりも早くそう締めくくった。
そして、再度アルスリアへ視線を向けて軽く頭を下げた案内人は、そのまま部屋のドアを開けて出て行った。
そのドアが閉まった音が聞こえてきたのとほぼ同時に、アルスリアが伸広へと視線を向けてきた。
「それでは、まずは落ち着いてお話しましょうか。こちらへどうぞ」
にこやかな笑みを浮かべながらアルスリアが手を差し伸べた方向には、向かい合って座れる形になっているイスとテーブルが置かれていた。
「ありがとうございます。――――それで、私はこちらで何をすればいいのでしょうか?」
「そうですね。一言でいえば、伸広さんにはある『選択』をしてほしいと思っています」
「選択?」
「はい。――伸広さん。あなたの『夢』、叶えてみませんか?」
最初の時と変わらない美しい微笑を浮かべてそう言ってきたアルスリアを見て、伸広の心臓は大きく鼓動した。
今伸広がいる場所は、いわゆる死後の世界。前世(今世)で叶えることができず、誰にも打ち明けることができなかった伸広の『夢』を知る存在が目の前にいても不思議ではない。
伸広は、アルスリアのその表情を注意深く見ながら、逸る気持ちを抑えつつこう聞いた。
「私の夢は、魔法が使えるようになりたいということです。――それが叶うと?」
「勿論、今のままでは叶いません。ですが、もし私の『お誘い』に伸広さんが頷いてくれれば……いえ。遠回しな言い方は止めましょう。伸広さん、別世界に転生してみませんか? いえ、この場合は転移になるのでしょうか」
「転移……というと、このままの状態で別世界に行くということですか?」
「いえ。さすがに今の魂の状態のままでは意味がありません。転移を認めていただければ、新しい世界用の身体はきちんとこちらで用意します」
世界を転移するということもそうだが、あっさりと身体を用意するとアルスリアが言ったことで、伸広は思い切ってこれまで思っていた疑問を聞くことにした。
「失礼ですがアルスリアさん。いえ、アルスリア様。あなたは、神様ということでよろしいですか?」
「世界を管理しているという意味では、私は確かに神と呼べる存在になります。といっても、これから伸広さんが向かう世界には、世界を管理している神は一柱ではなく複数存在していますが」
「その別世界の神様が、なぜこちらの世界に?」
まさか自分のためだけではないだろうという意味を込めて伸広が視線を向けると、アルスリアは同意するように頷いた。
「私はもともとこちらの世界――というか、あなたの生まれ育った日本で神の一柱だったのですよ。もっとも、格は下のほうだったのですが。その時の働きが認められて、今は名を変えて、一つの世界を管理しているということになります」
「そう、なのですか」
伸広は、神様の世界でも昇進とか降格とかあるのかと、割とどうでもいいことを考えながら頷いた。
そんな伸広の顔を見て、アルスリアは再度微笑を浮かべた。
「私の立場については、おいおい話すこともあるでしょう。それよりも、伸広さんはどうされますか?」
「ああ、そうでしたね。質問なのですが、ここで断るとどうなるのでしょう?」
「別に、どうもなりませんよ。世界の理に従って、こちらの世界での輪廻の輪に戻るだけです。ちなみに、通常の輪廻に戻った場合、伸広さんの来世はきちんと人として生きられるようですね」
言外に人として以外の生もあり得ると告げたアルスリアに、伸広は内心で冷や汗を流した。
どういう基準で選別がされているのかはわからないが、小さな虫などに生まれ変わることもあり得るということだろう。
もっとも、既に今の伸広にはその可能性がないと断言されているので、すぐに落ち着きを取り戻した。
「……そうですか。では、別世界の転移について、もっときちんとお話を伺っても?」
こちらの世界で通常の輪廻に戻っても、夢だった魔法を使えるようになることは叶わない。
それがこれまでの経験で嫌というほどわかっている伸広がやはり気になるのは、別世界への転移だった。
「勿論です。もし、細かいところで条件が合わなくて転移を断ったとしても、怒って虫にしたりはしませんから安心してください」
茶目っ気のつもりだったのか、そう言いながら先ほどまでとはまた違った笑顔を見せるアルスリアに、伸広は乾いた笑いを返すことしかできないのであった。
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結論からいえば、伸広はアルスリアが管理する世界へと転移して生きていくことを選択した。
それは、アルスリアから提示された条件が伸広にとっては十分すぎるほどのものだったからだ。
逆に、条件のすり合わせを行ったアルスリアは、拍子抜けしたような表情になっている。
「…………本当にこんなものでいいのですか?」
「ええ。私としては、十分すぎるほどです」
「そうですか。……私としては、もっと無茶なことを言われることも覚悟していたのですが……」
「あからさまなチートをよこせ、とかでしょうか?」
「それもありますが、絶対に死なないようにしてにしてほしいとかもありましたね……」
話をしている最中に分かったことだが、アルスリアが地球で生きた魂へ自分の世界への『勧誘』を行ったのは初めてではなかった。
その時に、相当な無茶なことを言われたのだということは、言葉の端々から伸広も感じ取ることができていた。
伸広としては、これから行く先の世界を管理しているいわば上位存在に、最初からそんな態度をとっても大丈夫なのかという呆れもあったりするが、それを口にすることはない。
アルスリアがどういう基準で転移者を選別しているのかはわからないが、あえてそういう人物を選んでいる以上は、それに意味があるのだろうと思うことにする。
いずれにしても、既に条件の折り合いをつけている伸広にとっては、関係のない話である。
これ以上は、そのことについて突いてもあまり愉快な話にならないだろうと判断した伸広は、さっさと話題を変えることにした。
「私が確認したいことは、これくらいですね。ほかに何かありますか?」
「いえ。私からも特にこれ以上は……ああ、そうだ。伸広さんは、これから別の世界で生きていくわけですが、いきなり放り込まれても困ったことになるでしょう。ですので、きちんと準備場所のようなものを設けてありますので、ご安心ください」
「準備場所……ですか」
「ええ。ですが、これ以上は秘密にさせてもらいます。そのほうが、伸広さんにとっても楽しみが増えるはずですから」
話す前の事前情報と実際に話してみてからの印象で把握したのか、アルスリアは伸広の性格を感じ取ったかのようにそう言った。
さらにいえば、確かにアルスリアの言うとおりだと自分自身も認めているので、あえて伸広が反論することはなかった。
こうして、地球の日本という世界で生きてきた男の新しい人生がスタートすることになったのである。
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