転生して500年、コツコツ覚えた魔法は世界最高峰
早秋
第1話 プロローグ(地・前)
佐竹伸広、享年五十歳。
多くの場合はまだ若すぎると言われそうな年齢だと周囲から言われそうだが、伸広当人としては十分に満足できる人生だった。
あいにく結婚どころか恋愛ともほとんど縁のない人生を送ってきたのだが、特にそれで不満を感じたことはない。
幼少のころから望み続けた夢はあったが、伸広の知る限りではまず叶うことがないということもわかっていた。
それゆえに、こうして自身の葬儀を自分の目で見守っていても、特に取り乱すことなく落ち着いた様子で上空に漂いながら眺めることができていた。
そう。上空に漂いながら、だ。
自身で見た感じでは透明であるようには見えないのだが、ごく自然に空に浮かんでいるということは、いわゆる霊体と呼ばれようなる存在になっているのだろう。
実際、葬儀が行われる前に人前に立ってみたりもしたのだが、自信を認識できる者はいなかった。
「――――おっと。もう式も終わりそうか。……そろそろお迎えが来てもよさそうなんだが……?」
自身の体は既に火葬されており、今は家に戻ってきてあとは身内の解散を待つばかりという状態だったのだが、それもほぼ終わりになっていた。
ごく自然に『お迎え』が来ると考えること自体、以前の生活からは考えづらいのだが、そもそも霊体なんて存在になっている以上、深く考えても仕方ない。
それに、独り身だったのでオタク的な趣味に金を掛けても文句を言われる存在もいなかったため、そういった方面の知識もそれなりにはある。
そして、自身が住んでいた家から視線を外して周囲を見回した伸広は、先ほどまでいなかったはずの人影(?)があることに気づいた。
黒いスーツに身を包んだその人物(?)は、伸広と同じ位置に浮かびながらにこやかな表情になりながらこう言ってきた。
「佐竹伸広様、ですね。私の姿が見えたということは、もうお送りしてもよろしいでしょうか?」
「はあ……。うん? 姿が見えたということは、今までもそちらにいらっしゃったので?」
「ええ、そうですよ。我々のような者は、時が来れば自然と見えるようになります。もっとも、いつまでも認識できない者も多いのですが、その場合は強制的にお送りすることになります」
そんなことを言いながらニコリと笑う人物を見て、伸広は強制的に送られる者の末路がどんなものか、なんとなく想像することができた。
ちなみに、伸広のまえに立つ人物――案内人は、性別がはっきりしない端正な容姿をしている。
性別の区別がつけづらい声色をしていることも、そのことに一役かっていた。
これ以上お互いにとって追及してもよくなさそうだと判断した伸広は、そのことには触れずに自身のこれからのことについて聞くことにした。
「そうですか。では、お手数ですが、案内よろしくお願いします」
「いえいえ。これが私の仕事ですからよろしいのですよ」
首を振りながらそう返してきた
「それにしても、伸広様は随分あっさりと自身の死を受け入れましたね」
「そうなんでしょうか? 自分のことなのでよくわからないのですが、他の方は違うということですか?」
「そうですね。中にはその場で喚き散らす……おっと、失礼いたしました。自身の境遇を受け入れられずに、その場にとどまり続けようとする者もいますよ」
「そんなことができるのですか?」
「できるかできないかでいえば、できます。ただ、お勧めはしません。きちんとあの世に行って魂の浄化を行わないと、『次』の機会が失われかねませんから」
「『次』ですか」
「ええ。私どもが『迎え』に来るもの、そのための準備といったところですから」
案内人がそう言ったのを聞いて、伸広はなるほどと頷いた。
そんな伸広を見ながら、案内人は続けて言った。
「さて。これ以上長話を続けても仕方ないので、移動しましょうか」
「そうでしたね。改めて、よろしくお願いいたします」
「ええ。お任せください。それでは、伸広様が向かわれる場所は……おやおや」
伸広に向かって頷いてから手帳のようなものを胸ポケットから取り出してパラパラとめくっていた案内人は、面白そうな表情になった。
「……何かあったのでしょうか?」
「いえいえ。案内先が少々珍しいところでしたから。伸広様にとっては、悪いことではないはずですよ」
「はず、って……」
案内人の言い方に若干の不安を感じた伸広だったが、それ以上は答えてくれなさそうな雰囲気を察してこの場で追及するのは止めた。
どうせこれから案内される場所に答えが待っているので、それまで待てばいいと判断したのである。
そして、案内人の方もそんな伸広の考えを見抜いたのか、それについて触れることはなかったのである。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
「ここがその目的地、ですか?」
目の前に立つ高層ビルを多少驚いた様子で眺めながら、伸広は案内人にそう聞いた。
何しろ案内人が「そろそろ行きましょう」と言った次の瞬間には、このビルの前に立っていたのだから驚くなというほうが無理だろう。
それに、死者である伸広が、いかにも現代的な建築物の前に案内されて、思っていたイメージと違ったということもある。
「ええ。そうですよ。伸広様が向かう場所は、このビルの三十階になります」
「そうですか。……てっきり三途の川みたいなところを行くのかと思っていたのですが…………」
「ああ。あちらを渡るのは、死を認識しても人生の整理が終わっていない方が通るべき場所ですから。伸広様には必要ないと判断して、そのままお連れしました」
「そういうことでしたか」
「ちなみに、川自体はあちらにあります」
「……ごく普通の川ですね」
「ハハハ。それは、伸広様の心の整理が既についているからそう見えるだけです。心の整理を付ける方々にとっては、あの川は様々な見え方がされるものですよ」
「そんなものですか」
「そんなものです。おっといけませんね。本当に伸広様といると、余計な話までしてしまいます。これ以上遅れると私も怒られそうなので、そろそろ行きましょうか」
「おや。それは申し訳ないことをしてしましたね」
「いえ。謝っていただくようなことではありませんよ。では、参りましょうか」
伸広の家近辺からこの場所に来るまでは一瞬だったが、ビル前から目的地に向かうまでは徒歩だった。
そこにも何やらルールや法則があるなのかななどと余計なことを考えながら、伸広は黙って案内人の後について行く。
そして、ビルの中にあるエレベーターに乗り、先ほど言ったとおりに三十階にあるとある部屋のドアらしきところで案内人が足を止めた。
さらに、案内人がそのドアをノックすると、部屋の奥から女性らしき声が聞こえてきた。
「佐竹さんですね。どうぞ~」
案内人は、その声を確認してからドアを開けて部屋に入った。
その案内人につられるように伸広も部屋の中に入ると、一人の麗しい女性が部屋の中央に立って二人を待っていた。
これまで見たこともないような金髪碧眼のナイスボディを持った美女の登場に、伸広は唖然とした表情を隠せないでいた。
その伸広の表情に気づいたその美女は、ゆっくりと視線を向けながらこう言ったのである。
「初めまして、佐竹伸広さん。これからのあなたの行く末について話をさせていただくアルスリアと申します」
そう言いながら軽く頭を下げてきたアルスリアを見て、伸広も慌てて頭を下げ返した。
そしてこれが、これから先長い、本当に長い付き合いになる伸広とアルスリアの出会いになるのであった。
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