第148話 森の狩人一族

 オルストの王都、オルゲミアから西におよそ100km。

 川沿いに広がる広大な穀倉地帯を抜けた先の森林地帯を伊織達が進んでいく。

 もちろんオッサン達がのんびりと徒歩や普通の荷車で移動するなんて事があるわけもなく、今回も現代地球の車両を使っている。

 トルーカ砂漠の中央部に行った時に使ったアクティビティビーグル、ウクライナ製のSHERPの中でも牽引車両で運搬能力を増強させたSHERP Ark3400だ。

 N1200と同じく巨大なパドルタイヤは任意に空気圧を変えることができ、低圧にすることで通過する際の環境破壊を最小に抑えることができる。


 操縦席のある前部車両に乗っているのは伊織とリゼロッド、ルア、ジーヴェトの4人に、あと二人。

「うぉぉっ! スゲぇな」

「さすが、旦那の持ち物、まったく理解できねぇわ」

 運転席のシートにのしかかるように身を乗り出して歓声を上げているのは発掘師ギルドの暫定ギルド長ボラージと、副ギルド長のセンジという、むさ苦しい中年親父達である。

 この車両に乗り込んでからというもの、前進しては騒ぎ、障害物を乗り越えては歓声を上げ、崖を下れば悲鳴を上げている。

 実に騒がしくてしょうがない。


 最初の頃は危ないから大人しく座っているように言っていた伊織も、さすがに面倒になって放置している。

 ちなみに牽引ジョイントで繋がっている後部車両の方には英太と香澄、そしてボラージと古くから一緒に活動していた元盗掘グループの他のメンバーが乗っている。様々な資材や食料なども一緒だ。

 おそらくはそちらの方もボラージ達と同じく大騒ぎしていることだろう。


「だいぶ奥に入ってるからそろそろ噂の狩猟民族さんのテリトリーに入ってるとは思うんだが」

「そうね。ところどころ木が切り倒された形跡があったから、人の手が入っているのは間違いなさそうよ」

 運転席の伊織と助手席のリゼロッドが周囲を注意深く観察しながら言い合う。

 今回、伊織達がこうして森深くまでやってきたのはもちろんアレクシードの依頼を受けてのものだ。

 いくつかの条件を元に、この森に暮らす狩猟を生業とする民族と交渉して、大陸西部に続く街道を整備する。

 

 ついでに、彼等のテリトリー内にあると思われる古代遺跡の発掘と調査も認めてもらおうと言うことでボラージ達にも声を掛けたところ、事務仕事に鬱屈していた古参のメンバーが新任の事務員や手の空いている新人発掘師達に仕事を押しつけてくっついてきてしまったというわけだ。

 まだ仕事に慣れているとは言えない事務員や右も左も分からない発掘師達は悲鳴を上げていたが、どうせ滞った仕事は帰ってきた途端にボラージ達が片付けることになるのだろう。


 早朝に王都を発ち、森に入ってからすでに一刻(約2時間)。

 Ark3400の速度が他の車両と比べれば遅いとはいえ、太陽が真上に差し掛かる頃には相当森の奥に入り込んでいる。

 事前に空から観測した地図によるともう少し進めば山岳地帯の裾野に差し掛かる位置となる。

 以前にオルストから派遣された調査団が狩人一族と遭遇した地点からも近い。

「ちょ! 旦那、止めてください!」

「ん? あ、アレか」

 横の窓から外を見ていたボラージが声を上げ、車を止める。

 彼が指し示す場所を注視すると、木々の隙間からわずかに石組みのようなものが露出しているのが見えた。


「かなり古いわね。表面の劣化具合からすると千年は経っていそうだけど」

 石組みは半ば以上木の根が浸食していて、素人が見ても人工物だとは思えないほどだ。

 だが、専門家であるリゼロッドやボラージが見れば明らかに高度な文明による構造物であることがわかるらしい。

「降りて間近で見たいものだが、どうやら待ち人が来てくれたらしいからな。少しばかりお預けだ」

 今にも車内を飛び出していきそうなボラージ達を制して伊織がフロントガラス越しに森の奥を見、正面のハッチを開ける。

 ボラージ達が伊織の視線の先を見るも、人の姿を見つけることができないが、ジーヴェトだけは気配を感じ取ったらしく腰を浮かせて剣の柄に手を添えている。


「お、おい、大丈夫なのかよ! 血の気の多い蛮族だって話ですぜ?」

 ボラージが心配するように、伊織の姿はTシャツに厚手のカーゴパンツ、腰にナイフを差しただけという軽装だ。

 いつものように拳銃を携帯していないし、防刃ジャケットすら身につけていない。

「最初から戦う前提じゃ話し合いもなにもないだろ。向こうも警戒はしていてもすぐに攻撃してくる感じじゃないしな」

 気楽な感じでそう言うと、彼等を車内に残したまま一人でSHERPを降りる。


「止まれ! ここは我等ウェルゾ族の狩場だ。石の都の者は立ち去るがいい」

 伊織がSHERPから数歩先に進むと、どこからともなく声が響いてきた。

 音の出所が掴めない、奇妙な声に伊織が興味深げに目を輝かせる。

「その石の都から来たってのは間違いないが、理由は交渉だ。ってか、話しづらいんでそろそろ姿を見せてもらいたいんだが? 調査団を叩きのめして追い返した勇猛な狩人が、まさかたったひとりの男を前に臆病風に吹かれたってわけでもないだろう?」

 呷るような伊織の言葉に、ほんの一瞬、剣呑な気配が漏れるがすぐに面白そうな笑みを浮かべてひとりの男が木々の間から姿を現した。


 身の丈は190cmを超えるだろうか、肩で雑に切り揃えられた髪と幅広で力強そうな顎。肌は赤銅色と言うのだろうか、ポリネシア系に近い色合いで手足も胴体も太く、見るからに頑健だ。

 その見た目からは狩猟民族というよりは戦闘民族といったほうが近いイメージである。

 服装は生成りの簡素なズボンに袖なしの貫頭衣、首には獣の牙で作られた飾りを下げている。そして分厚い鋼の曲刀を腰にぶら下げている。


「石の都の者にしては骨がありそうな奴だ」

 姿を見せても動揺も緊張も見せない伊織に、男は賞賛とも取れる言葉を漏らす。見た目は厳ついが声の感じはかなり若そうだ。

「姿を見せてくれて助かるよ。俺は伊織。荷車の中には男が8人と女子供が3人いるが、挨拶は話し合いが済んでからにさせてもらおう」

「ふん。名乗られれば答えないわけにはいかん。我が名はガル・ジ。ジの族長、ザム・ジの一子だ。話し合いなどに応じるつもりはないから疾く立ち去れ」

 伊織の振った会話には応じたものの、その態度は頑なだ。

 どうやら石の都、オルストの者に対して良い印象は持っていないようだ。以前訪れた調査団の態度がよほど気に入らなかったのか、それとももっと以前からなのかはわからないが。


「う~ん、話し合いができないとなると、こっちは勝手に通るということになるんだが、それでも良いのか? そっちの一族がどれほど強くて、どれほど人数が居るかは知らないが、オルストが本気で森を平定しようとしたら、そっちだって少なくない犠牲を出すことになるぞ。それよりはある程度は交渉して自分達に優位な条件を呑ませた方が良いんじゃないか? どうしてもお互い譲れなければ改めて拒絶すれば良いだけだ」

「我等を相手に戦うというのか!」

 直情的というのか、それとも擦れていなくて素直だと評すべきか、伊織の言葉を挑発と受け取ったガル・ジが表情を厳しくする。


「勘違いするな。別に個人的にはあんたらの一族とオルストの連中との関係がどうだろうが関係ないからな。わざわざ争う理由はない。ただ、どこの世界でもそうだが、少数民族が大国との付き合いを間違うと不幸な結果にしかならないぞ。それはその民族がどれほど精強で勇猛であってもな」

「…………」

「確かにあんたらは森に生き、凶暴な獣を相手に日々戦っている自信と矜持があるのだろう。石の都を頼らずともこの先も自らの行く末は自ら決めていく、そう考えるのは自由だ。だが、相手次第ではそれが通用しないってことも知るべきだ。例えば、石の都の連中が後先考えずに森に火を放ったらどうする? 徐々に森を切り開き、数万の兵士で攻めてきたら? 一族を、女や子供を守り切れるのか?」


 伊織の言葉に、ガル・ジは眉間に皺を寄せて考える仕草を見せた。

「……石の都は我等に従えと言うのか?」

「というよりは、自分達に従って当然と思っているんだろうさ。オルストの認識ではこの森も国の一部だからな。だからこそこうして俺達がここに来たんだよ。まぁ、森の中でどんな生活をしているのか興味があったってのもあるが、このまま連中に任せていたらお互いに悲惨なことになりそうだったからな」

 

 中南米、中央アジア、アフリカ、地球の歴史においてその地域で暮らしていた固有の民族が、より力を持つ外部勢力によって滅ぼされたり奴隷化されたりといった例は枚挙に暇がない。

 全体としての歴史の流れは変えようもないものだが、それでも上手く交流をして独自の文化を守った民族と、戦いの末に悲惨な末路を辿ることになった民族がいる。

 そこには様々な要因があり、結果からしか正誤は判断できないが、力を持って外部勢力に対抗するのはほとんど不可能に近いのが現実だ。

 伊織はアレクシードから話を聞き、不幸な未来を予測せざるを得なかった。だからこそそれを防ぐために依頼を受けたのだ。

 ……好奇心に動かされたのは否定できないが。


 伊織の言葉に真意を感じたのだろう。

 ガル・ジは少し考えた上で口を開いた。

「長に伝える。お前の言葉が本当だというならその口で話をするが良い。そうだな、2、3人なら連れてきてもいいが、残りはこの場で動かないで居てもらおう」

「わかった。ただ、車はここから動かさないが、乗っている連中は少し外に出ても良いか? 用も足したいだろうし、そこの石組みも調べたいらしいからな」

「あまり離れないなら好きにするが良い。こちらも見張りは残す」

 ガル・ジが言葉少なに了承すると、伊織はルアとリゼロッド、ジーヴェトを呼び、英太と香澄にあとを任せる。


 そうしてガル・ジに連れられて森を歩くこと30分ほど。

 うっそうと茂っていた木々が突然拓け、狩人の集落が姿を現した。

「へぇ、遺跡を利用しているのか」

「土台部分はそのまま使われているみたいね。壁と屋根は木で作ってるのね」

 伊織の言葉通り、集落はその多くが遺跡を改修して利用されているようで、土台や壁の大部分は石造りで、屋根や残りの壁部分が木で作られている。

 集落は広場を囲むように家が建ち並び、水路のようなもので川の水が引き込まれているようだ。


「ガル・ジ、そいつらは何者だ?」

「石の都から来たらしい。長と話をさせる」

「前に来た奴らとは違うのか?」

「知らん。だが、聞くべきだと思った」

 伊織達を警戒する様子で数人の男達がガル・ジに近づきながら声を掛ける。

 全員がガル・ジと同じくらいの体型であり、鍛え上げられた腕には鞘に入ったままの曲刀が握られている。

 とはいえ、伊織の腕には幼子であるルアが抱かれたままであり、ひとりは女性だ。

 得体の知れない者達という認識はあれど、武器を向けられるほど警戒しているわけでは無さそうだ。


「狩人達に囲まれても顔色ひとつ変えないとはな。胆力か自信か、いや、その幼子の態度は貴様を信じ切っているようだが」

「別に俺達に争う理由は無いからなぁ。追い払うっていうならさっさと立ち去るだけだし。女子供まで巻き込んで戦えなんていう野蛮人でもないだろう?」

 自分達が石の都から蛮族と認識されているのを知っているのか、その言葉にムッとしたガル・ジが舌打ちをする。

 やがて集落の一番奥側にある建物まで来ると、伊織達をその場に待たせてガル・ジは中に入っていった。


「なぁ、石の都は何をしようとしているんだ? 俺達は奴らになにもしていないんだぞ」

「詳しくはこれから族長さんに話すが、集落の近くに街道を整備したいって事だ。ただ、別に俺達は石の都の味方ってわけじゃない」

「だが石の都から来たんだろう?」

「奴らは我等を侮辱した。向こうが戦うというのなら受けて立つまでだ」

 着いてきていたウェルゾ族の男達は、待っている伊織に口々に話しかけてくる。

 ガル・ジが詳しい説明をしていないので気になって仕方がないのだろう。

 警戒は残しつつも直裁に距離を詰めてくるのは純朴さの表れとも言える。


「何を騒いでいるか!」

 伊織が答える間もなく質問を浴びせてくる男達に苦笑いを浮かべていると、怒号のような声が響いて男達が伊織から距離を取った。

 声の方を向くと、ガル・ジの後ろに、さらに大柄な壮年の男が出てくるところだ。

「貴様が石の都から来たという者か。ご大層に我等のあり方に口を挟んでいたようだな」

「口を挟むつもりは無いぞ。ただ、このままだとアンタ達は遠からず滅びることになる。そう忠告しに来ただけだ」

「なんだと?!」

「やはり石の都の奴らは信用できん!」

 伊織の言葉に激高して男達が騒ぎ出すが、それを上回る怒号が響く。


「騒ぐな! まだ話の途中だ!」

「これまでは石の都、オルストの為政者はこの森に狩人の一族が暮らしていることは知っていたが、特に気にしていなかった。税を取るにも収入よりも経費の方が多く掛かるし労力に見合わないからな。だが、これは俺にも責任があるんだが、大陸の西、つまり山の向こう側と交易を始めることになって、陸側にも街道を整備することになった。だからアンタ達との関係を決めなきゃならないというわけだ」

「ほう? だが我等はこれまで森で得物を狩り、木の実や葉を採って暮らしてきた。時折訪れる行商人とやらと物を交換することはあるが、石の都の連中に世話になったことなど一度も無い。いまさら関係などと言われても知ったことじゃないとしか言えんな」

 

「別に生き方を変えろとは言わないさ。ただ、森に街道を通すのがオルストの方針である以上、対応次第では戦わざるを得ないことになる。そして一旦始まれば向こうは引くことはできなくなるからな」

「我等が負けると?」

「ああ、負ける。良くても女子供は捕らえられて奴隷にされるか、森の中をちりぢりに逃げるしか無いだろうよ」

 言い切る伊織に、いつの間にか集まってきていた集落の者達がざわめく。


「今の国王、つまり石の都の族長はできるだけ穏便な形でアンタ達と関係を結びたいと言っているが、こじれれば周囲の有力者達が騒ぎ出すだろう。できるだけ早い段階で互いの条件をすりあわせた方が良い」

「……話はわかった。だが、我等ウェルゾの狩人は力ある者だけが一族の道を意見できる。貴様の言葉にはまだ重さが足りん」

「うわっ、なにその脳筋思考」

 リゼロッドが思わず呆れたように言うが、意外なことに伊織はなにも言おうとはしない。

 どれほど不合理であろうと、力のみを頼りに生きてきた一族だ。

 それを頭から否定することはできない。


「……つまり、力を示せば提案を受け入れると?」

「強ければ正しいというわけではない。だが、正しさを証明するには力を示さなければならん。全てはそこからだ。貴様が力を示すことができるなら我等も真剣に考える」

「まぁ、わかりやすいっちゃぁわかりやすいか。それに……楽しそうだ」

 伊織がニヤリと口元を歪めると、長も似たような笑みを見せた。

 何のことは無い。

 単純に、長をはじめとした一族の狩人達に囲まれながら一切の怯えも緊張すら見せない伊織に興味を持ち、その力を測りたいだけなのだ。

 

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