第147話 オルスト再訪

 大陸中西部の南岸に位置するオルスト王国。

 以前、伊織が好き勝手動いたせいで国王が代替わりしたこの国の王都。オルゲミアの商業区画にある建物の一室でうずたかく積まれた書類を前に厳つい男が絶叫する。

「だぁ~! やってもやっても終わらねぇ!!」

 頭をガシガシと掻き毟りながら手に持っていたペンを乱暴に叩き付けた。

「文句言ったって仕事が減るわけじゃねぇぞ。頑張ってくれよ、ギルド長さん」

 そう窘める男もまた頬に傷のある、どう見ても堅気とは思えない人相の悪さだった。


「ギルド長なんざなりたくてなったわけじゃねぇ! ってか、なんでこんなに決裁書類が多いんだよ!」

「しょうがねぇだろ、資格試験の結果がまとまったんだから、あとはギルド長の承認が必要なんだよ」

 正論で返されて苦虫をかみつぶしたような顔をするギルド長と呼ばれた男。

 やらなきゃいけないことはわかっているものの、いつまで経っても慣れない書類仕事にうんざりしているのがアリアリと表れている。

 さらに愚痴をこぼそうとするのを遮るように扉がノックされて口を閉ざす。


「チッ、誰だよ」

 不機嫌そうに応じる男だったが、続いてドアが開かれるとその表情を驚きに変える。

「元気そうね。調子はどう?」

「先生! 帰ってきたんですかい?!」

「お、お久しぶりです! いつオルストに?」

 部屋に入ってきたリゼロッドに、男ふたりは心から嬉しそうな笑顔を見せる。が、顔が厳ついので逆に怖い。


 リゼロッドがここを訪れたのは、この施設の設立に彼女が深く関わっているからだ。

「盗掘グループのリーダーだったボラージが書類に埋もれてるのは変な感じね」

「そりゃ俺が一番思ってますよ。せっかく先生と旦那のおかげで公認発掘師になれたってのに全然外に出てないんすから」

「そりゃフィールドワークしたくて発掘師の資格喜んでたのに、ギルド長押しつけられたらストレスも溜まるよな」

「でも、他に適任者が居なかったからしょうがないわよ」

 続いて入ってきた英太が同情するも、香澄がバッサリと現実を突きつける。


 彼等の言葉通り、かつて盗掘グループを率いていたボラージは、リゼロッドの発掘助手を務めた後、伊織発案の古代遺跡発掘師ギルドを立ち上げた。

 新設された公認発掘師を取り纏め、遺跡の探査や調査状況を把握し適切に報酬を分配するための組織だ。

 遺跡の発掘と調査は王立考古学研究所と共同で行うことになっているが、研究所にギルドに対する命令権や人事権はなく相互に監視する役割も担っている。

 これは研究所の前所長による不正が発覚したことで、莫大な価値を持つ古代遺跡の調査と管理をひとつの組織だけで行うのは問題があると判断されたためだ。

 そうして発足した発掘師ギルドだが、当然完全な新組織であり、前述した問題もあって研究所の人員を入れるわけにもいかず、慢性的な人手不足に悩んでいる。

 最初の公認発掘師であるボラージ達が暫定的にギルドの運営を行うことになったのだが、暫定といいながらいまだにギルドの運営に掛かりきりで現場に復帰できずにいるのだ。


「まぁ、最近ようやく人も雇ったんでもう少ししたら楽になる、とは思うんですがね。今は公認発掘師の認定試験が終わったばっかなんで忙しいですが」

「へぇ~、伊織さんの思いつきだったけど、上手くいってんだ」

「俺達も驚いたんですが、かなりの応募がありましたよ。先生が作ってくれた資料を使った講習会も何回かしてるんですが、そっちも毎回希望者多くて」

「最低でも食うには困らないし、上手くいけば一攫千金も夢じゃないとなれば当然ね」

 助手として雇われればギルドから一定の報酬が支払われる。

 公認発掘師になるとそれに加えて遺跡の発見や発掘などの貢献度に応じて報奨があり、さらに埋蔵品の1割に相当する額が国から支給されるのだ。

 リゼロッドと共に発掘にあたっていたボラージ達が一生遊んで暮らせるほどの報酬を得ていたこともあり、今やオルストで一番人気のある職業となっているほどだ。


「俺としちゃあ、さっさとギルド長なんて役は誰かに押しつけて、遺跡を探しに行きてぇんですよ。こうしてる間にも誰かに先を越されるんじゃないかと思って落ち着かねぇ」

 ボラージがむっつりと不機嫌そうに顔を歪めるが、リゼロッドも気持ちがわかるだけに苦笑いを返すしかない。

「でも、ボラージさんがそう言うってことは、どこかアテがあるの?」

 香澄がそう訊ねると得たりとばかりにボラージともう一人の男、同じ盗掘グループ出身で副ギルド長を押しつけられたセンジが頷く。


「この国の西側に広がってる樹海の先、山脈の麓に近い場所に臭ぇ場所があるんですよ。しばらく前に西側の国との交易路を作ろうって事で調査団が探索したんですが、その時に不自然な石組みを見たって奴が居て。地形を調べると街があってもおかしくねぇんです」

「ああ、カタラ王国やアガルタ帝国との交易路ね。海路だけじゃなく陸路も整備するつもりなんだ」

「複数のルートを持った方が確実ってことかな? でも、その話が伝わってるならもう誰かが探索に向かってるんじゃ」

「研究所の連中が大急ぎで行きましたよ。パンタロとかいう奴が追放されてから研究所はまともな実績挙げられてないんで焦ってたんでしょうが」

発掘師ギルドうちが6カ所も新しい遺跡を発見してるのに連中はゼロですからね。ここで大規模な都市遺跡が発見できれば巻き返せると思ったらしいんですが、ボロボロになって這々の体で逃げ帰ってきたらしい」


 なんでも、樹海の奥には狩猟を生業とする少数民族の集落が点在していて、オルストとはほとんど交流がないらしい。

 かなり攻撃的な民族らしく、調査に向かった研究所の発掘グループは彼等のテリトリーに入った途端に追い返されたそうだ。

「どうせいつものように偉そうな態度で強引に入ろうとしたんだろうさ」

 ボラージが吐き捨てるように言うが、センジも擁護することなく同意する。

 おそらくはこれまでにいろいろとあったのだろう。


「でもそうなるとアンタ達が行っても警戒されるんじゃない?」

「連中のテリトリーを侵さなきゃそう無茶なこともしてこないでしょう。それに、研究所の腰抜けと俺達ゃ違いますぜ」

 そう言いつつ厳つい顔を凶暴に歪める。

 今は堅気の仕事となったものの元無法者だ。無駄に血の気が多い。

「イオリはしばらくオルストでやることがあるって言ってたわよね。私もついて行こうかしら。しばらくフィールドワークもしてないから久しぶりに遺跡の発掘したいし」

 そんなことを言い出したリゼロッドに、英太と香澄が顔を見合わせて苦笑いを交わした。




 一方その頃の王宮では、国王であるアレクシードが執務室で伊織と向かい合っていた。

「久しいな。元気そうで何よりだ。初めて見る顔もあるようだが、いつの間に子供を作ったのか気になるところだ」

 アレクシードは伊織の膝に抱かれたルアを見て楽しげに笑う。

「まぁいろいろとあってな。可愛いだろ?」

「うむ、貴殿に似ていないのが喜ばしいな。後ろの御仁もなかなかに腕が立ちそうだ。それに行く先々で活躍しているそうだな。商人を通じて噂がこの国まで聞こえてきているぞ」

「ほとんどが荒唐無稽な与太話のようなものだが、貴公が絡んでいるとなるとむしろ噂話すら控え目なものなのかも知れないが」

 アレクシードの後ろに控えていた護衛騎士クルォフが皮肉気に言うも、伊織はひとつ肩をすくめただけだ。


「して、この度の訪問はどのような用向きだ?」

「なに、ようやく元の世界に変える目処が立ったんでな。挨拶がてら少し頼みたいことがあって顔を出したんだよ」

「……頼み」

 クルォフが引きつったような笑みを見せる。

 この何でもできるとすら思える伊織の頼みがどんなものか想像したくないのだろう。

「聞くのが怖いが、できる限りは善処しよう。だが、代わり、と言ってはなんだが、こちらの頼みも聞いてくれるか?」

 少し考えを巡らせたアレクシードがそう言うと、伊織はニヤリと口元を歪める。


「いいぞ。といってもあまり時間は掛けられないけどな」

「貴公ならそれほど掛からんだろう。それに少なからず貴公も関わりのあることだ」

 そう前置きしてアレクシードが要請したのは、奇しくも大陸西部との交易路についてだった。

「海路での交易はオルストにとって大きな利益を生み出している。それだけ大陸西部の産物は魅力があるのだが、途中でいくつかの国を経由しなければならないしとにかく半島を大きく迂回しなければならん。無論それでも利益の方が大きいので問題はないのだが、万が一に備えて陸の交易路も整備しておきたい」

 

 今のオルストは空前の好景気に沸いているらしい。

 長年争っていた北の国境を接するグローバニエ王国とは講和が成立し、それどころか両国の新王の下で関係改善が進んでいる。

 そうなれば財政を圧迫させていた戦費は不要となり、徴兵された民兵は報償を手にして故郷へと帰ることができた。とはいえ、騎士や正規兵の規模はそのまま維持されて辺境に至るまで治安を安定させるための任務に就いている。

 人手が増えて生産量が増大した食料は交易品として大陸西部に送られ、代わりに希少な鉱物や工芸品が入ってくる。

 こうなると交易商人として船を持とうとする商人も増え、造船やその他の産業も活性化し、今やどこも人手が不足するほどとなり、各街で問題となっていた貧民は職を経て、その収入がさらに経済を回していく。


 アレクシードの戴冠に合わせて税を引き下げたが、それ以上に税収が増えたために国家事業としてさらなる交易拡大のために大陸東部や街道整備での陸路開発を行うことになっているそうだ。

「大いに結構なことじゃないか。それでどんな問題が発生してるんだ?」

「樹海に住む現地住民との軋轢だ。街道整備のための調査団やその後に向かった考古学研究所の者達が、彼等を未開の劣等民として蔑んで怒らせたらしい。それ以来何度交渉のために人を送っても聞く耳を持ってもらえなくてな」


「まぁ、ご苦労さん。自業自得過ぎて同情もできんが。その現地住民を排除してくれって頼みなら断るぞ。どう考えても悪いのはこの国の方だからな」

「わかっている。それに、樹海に住む彼等が狩猟によって危険な獣や作物を荒らす獣を間引いてくれているから居なくなられると困る。この国の商人の中にも彼等に作物や織物、鉄器などを売って、毛皮や獣の骨、鉱物を買っている者もいる。彼等の生活に必要以上に干渉するつもりはない」

 ただ、彼等の集落近くに街道を整備することと、商人や代官を通じての交流を認めてもらいたいというのがアレクシードの依頼だった。


「彼等は古くから粗末な武器で凶暴な獣を狩るほど勇猛な民族だったという話だ。なればひ弱な文官の言うことなど聞かないだろうし、軍を派遣しても生半可な戦力では地の利がある彼等に勝てぬだろう。そもそも戦いになってしまえば目的が果たせん。かといってあまり下手に出るのも後々問題になりかねん」

 クルォフがそう補足すると、アレクシードも頷いてみせた。

「勇猛な民族、ねぇ」

 無精髭を撫でながら呟く伊織の姿に、アレクシードがホッと息を吐く。

 その目は興味を引かれているのが傍目でわかるほど楽しげだったからだ。


「はぁ~、結局こうなるのかよ。ったく、せっかくのんびりできると思ったのによ」

 その後ろで肩を落とすジーヴェトに、彼がここまでどんな目に遭ってきたのかアレクシード達にも理解できた気がした。

「よし、まずは条件を訊こうか。それからこっちの頼みも、だな」

 人の悪い笑みを浮かべた伊織に、そこはかとなく不安感を呷られながらアレクシードは侍女を呼んで追加の飲み物を頼むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る