第143話 騒乱の終結と王都陥落
香澄が照準を合わせてトリガーを引くたびに30mm機関砲が、105mm榴弾砲が、魔導車を貫き兵士達を吹き飛ばしていく。
AC-130JゴーストライダーにはAGM-176A「グリフィン」やAGM-114「ヘルファイア」、GBU-39 SDB誘導爆弾などのミサイルも装備されているのだがそれらを使うまでもなく、あまりに一方的な蹂躙が繰り広げられていた。
時折ロヴァンテル軍の魔導師や魔導車に搭載された魔導砲の攻撃が飛んでくるものの、上空を自在に飛び回るガンシップを捉えきれずほとんどが大きく外れてしまう。
ごく稀に命中するものもあるのだが、数百m離れた距離ではせいぜい塗装をほんのわずかに傷つけるのが精一杯と言った有様でダメージは皆無だ。
AC-130Jの機内で唯一悲鳴を上げているのは弾薬の補給を担当したジーヴェトだけだったりする。
30mmMk44ブッシュマスター IIの方はベルト式の自動給弾なのでまだましだが、105mm榴弾砲は半手動で給弾しなければならず、しかもイヤープロテクターをしていても腹まで響く発射音で半ば涙目の元聖騎士。通常4名の砲手によって弾薬の補給をするのだからひとりではさぞかし大変だろう。
文句を口にする間もなく扱き使われた中年男が慣れない作業でへばりそうになった頃、ようやくトリガーハッピーJKの狂乱が止む。
「伊織さん、魔導車と魔導兵器は粗方片付いたわよ」
「私とルアちゃんも確認したけど、撃ち漏らしは無さそうね。歩兵は放っておいて良いんでしょ?」
砲撃と索敵を担当していた女性陣の報告を受け、操縦席のオッサンが頷いた。
「こっちはこれくらいで問題ないだろう。予想通りさっさと逃げ出した連中が居たから今度はそっちだな」
伊織は上空を旋回しながらも一部の魔導師達が隠れるようにして軍を離脱し、商船に偽装した船に乗り込んで街を離れて行くのを把握していたのだ。
そして向かった先についてもある程度は予測できている。
主力である魔導車や魔導兵器が全滅した以上、ロヴァンテルの軍は放っておいても他国に侵攻することはないだろう。
まともな指揮官がひとりでも居れば今の状況が戦争どころでないことくらいは分かるはずで、万が一強引に侵攻を続行したところですでにナセラ輝光聖国の援軍を加えたケシャとタルパティル連合軍が逆侵攻を始めているので手遅れである。
伊織はAC-130Jの飛行高度を上げ、地上から視認できないほどの距離を取りつつ離脱していった商船を追う。
「ルア、ジーさんに手伝わせてスキャンイーグルを飛ばしてくれ。精密攻撃用に位置情報と照準を香澄ちゃんの機器とリンクさせてな」
操縦をしたまま指示を出す伊織にルアは元気よく返事をし、ジーヴェトは「人使いが荒い」と文句を言いつつも
スキャンイーグルは民生用の無人観測機を軍事転用した尾翼のない小型機で、カタパルトやスカイフックで降着する偵察機である。
全長1.55m、全幅3.11m、重量はわずか10数kgという小ささながら長時間長距離での運用ができる。
ルアが何度も使っている軍用ドローンではないが、AC-130Jの機内に格納できるので今回使われることになったのだ。
安全帯を装着したジーヴェトが後部ハッチを開いてからスキャンイーグルのエンジンを始動し、そのまま外に押し出す。
通常はカタパルトを使って飛ばすのだが、飛行中の航空機から落としても同じことだ。
自由落下した無人機はすぐにルアの操縦で姿勢を整えて飛行を始める。
そしてそのまま魔導師達の乗った船を上空から追尾していったのだった。
「パパ! あのひとたち、なにかはじめたよ!」
「魔法陣ね。形状からして大規模な破壊魔法かしら。このまま放置はまずいわね」
ルアのスキャンイーグルから送られてくる拡大映像には、砦の外壁の内側にある広場に描かれた巨大な魔法陣が映し出されている。
そこに数十名の人間達がいて、何やら作業をしている様子も見て取れた。
「伊織さんどうする? ヘルファイアを撃ち込む?」
香澄が機体に搭載されているAGM-114ヘルファイアミサイルを提案するが、伊織は難しい顔で首を振った。
「いや、ヘルファイアじゃあの規模の魔法陣だと確実に破壊できるか分からん。SLAMを使おう」
「え? SLAMって?」
当たり前のように言い切った伊織に、香澄の疑問の声。
「は? いや、
「聞いてないわよ?」
その返事を聞いて伊織の顔が引きつる。
「……マジ?」
「マジで。で? 操作はどうするの? 照準と誘導とかも」
香澄の言葉にさらに引きつる。
いつもの余裕綽々な笑みもどこへやら、マンガであれば大きな汗がタラリと流れていることだろう。
「あ~、えっと、まず火器管制のメイン画面から兵装の変更をしてだな」
「ちょ、そのやり方も聞いてないんだけど?!」
本来のAC-130Jゴーストライダーには無い兵装なので、通常とは異なる操作が必要らしい。
どうやら説明済みだとばかり勘違いしていた伊織は四苦八苦しながら説明を続ける。
だがいくら伊織でも、専門のエンジニアではないので全ての工程を記憶だけで説明できるわけもない。
「あーくそ! ジーさん操縦代わってくれ。操縦桿握って姿勢を維持するだけで良いから」
「できるわけねぇだろ! 俺はまだ死にたくねぇ!」
これまでの余裕が嘘のように混乱気味の機内。
そんな中でもルアは何も心配していない様子で慌てる伊織を楽しそうに見て、リゼロッドは呆れた目を向けていた。
「えっと、これで設定は大丈夫、かな?」
「画面に発射準備完了の表示と、機器の表示がグリーンになってたら、な」
「イオリ、カスミ、時間は無いわよ。魔法陣が起動したわ」
「あー! もう! 撃つわよ!」
「念のため2発とも発射でよろ!」
冗談じみたやりとりの直後発射されるSLAM。
全長4.45m、重量620kgのミサイルがスキャンイーグルが指定した座標を基にした誘導に従って高速ですっ飛んでいく。
そしてそれは狙い過たず魔法陣のど真ん中に着弾。その爆風によってもう一発はわずかに魔法陣を逸れ、魔術師達の居る位置とは逆側に落ちた。
軍艦をすら撃沈させるほどの威力を誇るミサイルが魔法陣の描かれていた地面を、石畳ごとえぐり取って大穴を開ける。
「あら? あれだけの爆発なのに無事な人も結構居るわね」
「魔法で防御してたみたいだな。こっちの攻撃に反応してって感じじゃないから、起動しようとしてた魔法から身を守るためだろうな」
言いながら伊織は操縦をセミオートに切り替えてから香澄と交代する。
火器管制が居なければこれ以上の攻撃はできないが、この後は一旦ナセラの王都に戻って補給を行う予定なので特に問題は無い。
とはいえ、当然のことながら普通は女子高生に航空機、それも軍用攻撃機の操縦を任せるなど正気の沙汰とは思えないのだが。
「パパ、どうするの?」
「魔法陣をぶっ壊したけど、この先連中が何をしでかすか分からんからな。きっちりのカタをつけてくる。俺は俺で自分でナセラ王都に戻るから心配いらないぞ。多分到着する時間はそんなに変わらないだろうし」
ルアに笑顔を見せながら、伊織は乗員スペースに設けられた物入れから装備品を取り出して入念に点検し、身につけていく。
小型のリュックサックのような形状で腰と肩、胸を頑丈そうなベルトで固定する。
それを終えると腰の後ろにH&K社製MP7という4.6mm短機関銃を固定した。
他にも両脇にそれぞれ拳銃を装備するなど、これから何をするのか丸わかりだ。
「伊織さん、そろそろ砦の上空よ」
伊織の準備が整った直後、代わって操縦桿を握る香澄から声が掛かる。
「うし、んじゃ後はよろしく。ルア、良い子にしてるんだぞ」
「パパ、きをつけてね。いってらっしゃい」
ルアの声援を背に受けつつ、サイドハッチを開けた伊織は、そのまま空中に身を躍らせた。
長い時間を掛けて準備してきた大規模魔法の魔法陣が跡形もなく消し飛び、砦の中央に開いたクレーターを前にして呆然と立ち尽くすジグル。
彼の魔法研究の集大成と言っても過言ではない大魔法が、発動直前に起きた大爆発によって全てが無に帰したのだから無理もない。
魔法研究を始めて20年。
ロヴァンテル神聖国が保有する古代魔法王国時代の資料を丁寧に調べ、魔法文字を解読し、かつての王国が一撃で他国を滅ぼしたという大規模魔法の復活を果たした。
規模の小さなもので実験を繰り返して精度を高め、希少な触媒を湯水のように消費した。
唯一の問題だった、大規模魔法に不可欠な膨大な魔力さえ人間をそのまま魔力に変換することで解決し、いよいよ発動させるばかりとなっていたのだ。
標的はひとまずナセラ輝光聖国を中心とした大陸東北部。
成功すればその土地に生きる全ての人間は生気を奪われ、無人の街や村が手に入った、はずだった。
現代地球のいかなる兵器でもなし得ない、魔法ならではの大規模攻撃。
化学物質や放射能による汚染もなく、インフラも無事。ただ人間だけを標的にした魔法は、もし地球の大国がその存在を知れば莫大な予算を割いてでも研究に明け暮れることだろう。
だがそれも発動前に魔法陣を破壊されてしまっては何の意味も成さない。
少なくとも、この魔法陣のために使われた希少で高価な触媒や素材は全て無駄になり、数十名の優秀な兵士や魔導師はただその存在が消えたという事実だけが残る。
ジグルの意識は茫然自失から次第に怒りへと変わっていく。
何が起こったのかは分からない。
だが魔法が暴走しようがこのような爆発など起こるはずがないし、速すぎて一瞬しか見えなかったが、杭のようなものが空から飛来し、魔法陣に突き刺さると同時に全てを吹き飛ばしたのを確かに見た気がするのだ。
こんなことができるのはあの異国人しかいない。
「おのれ、このままでは済まさんぞ!」
爆風に巻き込まれたせいで体中に痛みがあり立つのが精一杯だが、それでも自分は無事であり、周囲を見回すと怪我はしたものの生き残っている魔導師が幾人も居る。
皆、ジグルの優秀な助手であり優れた魔導師ばかりだ。
また最初から準備しなければならないとはいえ、ロヴァンテルの魔法研究施設はここだけではない。
今度は察知されないように地下の施設に魔法陣を描けば邪魔されることもない。
そう考えたジグルは、追撃される前にこの砦を放棄することを決め、重要な資料の運び出しと怪我人を船に乗せるように指示を出した。
「急ぐのだ! もし空から異様な音を出す巨大な鳥のような物が近づいてきたら身を隠せ。万が一に備えて船と魔導車に分散して離脱する。移動先は……なんだ、アレは?」
言いながらも警戒するように見上げたジグルが、晴れ渡った空にポツンと見えた黒い点に気がつく。
あのロヴァンテル軍を蹂躙した巨大な鳥のような乗り物ではない。
空気を震わせる音も無いし、何よりずっと小さな物だ。
それが徐々に近づいて、いや、空から降ってきているのが見える。
「っ! 攻撃しろ! アレを撃ち落とすんだ!」
わずかな思考停止の後、ジグルはすぐに異国人達のことを思い出す。
これまで理解不能の道具や兵器で散々ロヴァンテルを翻弄してきたのだ。アレが何であれ異国人と関わりがある可能性があるのなら早急に排除しなければならないと思い至ったのだ。
切羽詰まった様子のジグルに、他の魔導師達も動ける者は慌ててその命令に従う。
ある者は急いで魔法を構築し、別の者は万が一に備えて準備してあった攻撃用魔法道具を構えて落下してくる黒い影に向かって撃つ。
ごくごく小さな点でしかなかった影は遠見の鏡を使わなくてもはっきりと視認できるほどの距離まで自由落下してくるのが見えた。
「人間、なのか?」
魔法を撃ち込みながらひとりの魔導師が呟く。
両手両足を広げ、落ちてくるのは紛れもなく人間だ。
だが、当たり前だが見えないほどの高さから人間が落ちればただで済むはずがない。
ならば人形なのかといえば、時折腕や足を動かしながら落下位置を調整していることから生身の人間としか思えない。
そんなことを考えている内にその人影の背中から布のような物が広がり、それが伸びて急減速する。
フリーダイビングからのパラシュート着地。
通常のスカイダイビングだとおよそ高度4000mからダイビングして高度1000mくらいのところでパラシュートを開く。その時点で落下速度はおよそ時速200km。
そのくらいの高度があれば比較的安全に速度を落として着地できる。
だが人影、つまりは伊織がパラシュートを開いたのは充分に視認できるほど地上から近い位置、およそ200mほどの高さだ。落下速度は時速250km近い。
そしてパラシュートを開いても充分に速度を落とせたとは言えないにもかかわらず、
地上数mまで降下したところで伊織は身体を支えていたハーネスを切り離して着地した。
器用にもクレーターを避けて、魔導師達のすぐ目の前に、である。
自衛隊の空挺部隊が降下するときと同じく五点接地と呼ばれる着地方法で、衝撃を分散させて一度地面を転がった後にすぐに立ち上がった。
ちなみに、その間も魔導師達はひたすら魔法を撃ちまくっていたのだが、結局一度も命中することはなかった。
自由落下中はもちろん、パラシュートが開いても速度はかなり速く、それなりの訓練を積まなければ当たるものではないのだ。
突然舞い降りた、いや、落ちてきた伊織の姿に呆然と立ち尽くすジグルを初めとする魔導師達。
そんな彼等の様子を気にすることなく、腰に固定されていたサブマシンガンを外して肩に担ぎながら伊織がニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。
「さて、OHANASHIを始めようか」
ピジェンが正式に罪状の撤回と身分の回復を宣言したことで再び宰相の地位に戻ったアゼ・ガリルの命令で規律の回復を果たした軍が、街を逃げ出す民衆を統率してなんとか秩序を取り戻すことができていた。
これは上空から攻撃を繰り返していた伊織達のAC-130Jが、魔導車や魔導兵器を粗方片付けたことに満足して姿を消したことも大きい。
アゼは再び攻撃機が戻ってこないかと戦々恐々としながらも、動揺した様子を見せずに次々に指示を飛ばして体勢を立て直し、街の民衆は軍から数部隊を割いて他の街に避難させ始めた。
とはいえ、避難を希望したのは全体の3割程度で、残りは街の周辺で落ち着くまで待避し、安全が確認できたらすぐに街に戻ることを望んでいる。
なので、アゼの命令で無事だった軍の資材から天幕を街の外壁の外側に並べて張り、臨時の避難場所として整備している。
そして、文官として獅子奮迅と表現したいほどの働きを見せるアゼのすぐ後ろで不貞腐れたように不機嫌な顔で黙り込んでいるのは神聖王たるピジェンだ。
アゼの働きが不満なわけでも、活躍が面白くないわけでもない。
実際に、ピジェンでは事態の収拾ができず、一旦罰しようとさえした男を復帰させてまで指揮を委ねたのだ。
さすがにそれに不満を述べるほど恥知らずではないようだ。
だがそれでも不満がないわけではない。
その最たるものがこれからこの街に向けて進軍してくるであろう、ケシャとタルパティルにナセラ輝光聖国の部隊を加えた連合軍との講和だ。
つい先ほどまで蹂躙せんと準備を整えていた相手に、今度は許しを請わなければならない。
ピジェンにとってこれほどの屈辱はない。
それが国体の維持のためにどうしても必要なことは分かってはいても、納得できるわけではないのだ。
そんなピジェンをアゼが時折不安そうに振り返って様子を窺っている。
また梯子を外されては困るし、なんだかんだ言ってもアゼの忠義はピジョンにあり、そのために命すら捧げるだけの覚悟がある。
「陛下、連合軍がここに来るまでまだ充分に時間があります。今のうちに身体を休められては」
「む、そう、だな。ここにいると余計な事ばかり考えてしまうようだ。少し……」
「し、失礼します!」
ピジョンが休むと言いかけたその時、兵士のひとりが慌てた様子で駆け込んで来た。
「陛下、失礼します。……何があった!」
「お、王都に反乱軍が押し寄せ、王城を占拠したと連絡が!」
信じられない報告に、ピジェンが椅子から立ち上がる。
「ば、馬鹿な!」
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