第142話 亡霊の残滓
ロヴァンテル神聖国の王、ピジェンは目の前で起こっている現実が理解できず呆然と立ち尽くしていた。
ドッドッと鈍い音が上空から響くたびに魔導車や兵士達がうち捨てられたゴミのようにスクラップになっていき、現代地球の戦車や装甲車を思わせる最新の魔導車すら何一つ役に立つことなく破壊されていく。
外殻を伸ばした鉄板で覆い射程の長い魔導兵器を搭載した、ロヴァンテルの技術の粋を集めた魔導車。
わずかに先に同じように破壊された魔導船もそうだが、もしそれらが無傷な状態で他国に侵攻していたら相当な脅威となったことだろう。
地球の物とは装甲の厚さが比較にならないとはいえ、厚さ数mmもの鉄板に覆われたトラックほどの大きさに射程が数百mもある強力な魔法を射出する魔導砲を装備した、まさしく戦車と呼べるような最新鋭の魔導車が数十台もあるのだ。
対抗できるとすればドゲルゼイの騎竜兵部隊が総出でなんとかというレベルだろう。
そんなロヴァンテルが誇る装備が苦も無く撃破されていく。
AC-130Jゴーストライダーが左旋回で通過するたびに30mm機関砲から放たれる砲弾が魔導車の装甲を紙のように撃ち抜き、105mm榴弾砲が火を噴くたびに数十人の兵士や魔導師が物言わぬ骸と化す。
果敢に魔導砲を空に向かって撃つも、空中を自在に飛び回る航空機を捉えきれずそのほとんどが外れ、かろうじて命中するわずかな魔法も数百m上空を旋回する軍用機の機体を傷つけるほどの威力はなかった。
つまり、相手はまったく損害がないのにロヴァンテル側だけが数秒ごとに甚大な損害を被っていく。
「ば、馬鹿な、こんなこと、あってたまるか」
言葉こそ威勢が良いものの、口にしたピジェンの表情は茫然自失と言った様相だ。
なにしろ海上で整然と隊列を組んでいた船団はもはや影も形もなく、見回せば魔導車の残骸ばかりが転がっている。
ロヴァンテルの軍勢はおよそ数万にも及ぶため、一連の攻撃での人的損害自体は微々たるものだろう。
だが魔導船団はほぼ全滅、移動の要である魔導車も今や無事な物の方が少ない。
兵士達はただただ恐慌に陥るばかりで、魔導師達すら混乱のあまり同士討ちを繰り返している。
もはや軍としての体を成していない、武器を持っただけの烏合の衆だ。ほんの数十分前までの勇壮さなど微塵も残っていない。
「た、大変です! ケシャから多数の兵が南の国境を超えてきました!」
「な、なんだと?!」
「先行していた偵察部隊からの緊急連絡です! ナセラの魔導師部隊を中心にケシャとタルパティルが魔導車で北上していると。推定1万の規模!」
ピジェンが悲鳴のような声を上げる。
ケシャとタルパティルが連合を組んで抵抗することは想定の範囲内だ。その程度の抵抗など意に介さないほどの準備を進めてきたし、兵士の質や練度、魔術師の数、装備は他国と比較にならない。
どれほど防御を固めようと容易に突き崩して蹂躙できるはずだった。だがそこにナセラ輝光聖国が加わるとそう簡単にはいかなくなる。魔法技術ではロヴァンテルに匹敵する国だからだ。。
それでも自分達であれば問題ない。そう考えていたのだが、今ではその前提が根本から崩れている。
自慢の魔導車はことごとく破壊され、魔導船もない。
兵士は混乱を極めて指揮系統どころではない。
ピジェンは自分だけで判断することができず、筆頭魔術師であるジグルを目で探すがつい先ほどまで近くに居たはずなのにその姿が見えない。
「あ、アゼ・ガリルをここに連れてこい! 今すぐにだ!」
ピジェンの言葉に、兵士が戸惑った顔をする。だがそれも一瞬のこと、すぐに踵を返して走っていった。
ほどなく後ろ手に拘束されたままの姿で兵士に両脇を抱えられたアゼが連れてこられた。
「拘束を解け」
その命令にも兵士はすぐに反応し、アゼの両手を拘束していた縄を解く。
「……どういうことですか?」
一方のアゼはというと、どういう状況なのかを把握しきれず困惑気味でピジェンを見返している。
やや警戒気味なのは、これまでの仕打ちを考えれば当然と言えるだろう。
「今の状況はわかっているだろう」
「私が予想したとおり、ナセラの異国人が攻撃してきたということは。さすがにアレは想定をはるかに超えていますが」
周囲の惨状を見回しながら口にした、たっぷりと皮肉がこもった言葉にも反応するだけの余裕がピジェンにはない。
「それだけではない! ナセラがケシャとタルパティルと組んで我が国に侵攻してきたのだ!」
「?! ……そう、ですか。やはり」
驚いたもののアゼとしてはそれも予想していたのだろう。神妙な顔でひとつ頷いた。
「それで、陛下は私に何をお望みでなのでしょう」
「貴様の知恵と能力は儂も評価している。最善の策を考えるのが貴様の仕事だろう!」
勝手な言い分である。
意に沿わない進言をして更迭どころか罪人のように扱い、困れば再び頼る。為政者としては最低の部類に入る態度だろう。だが他に方法がない。
「承知いたしました。それでは軍の指揮官を集めさせていただきたい。それから陛下の名でケシャとの講和を」
「講和だと?!」
「今の状況で戦っても勝てません。我が国が再び同じだけの軍備を整えるには少なくとも数年はかかるでしょう。今考えるべきなのは国力を維持したまま時間を稼ぐことです」
「ぐっ、しかしそれでは悲願が」
「今回は運が悪かったとしか言えません。あるいはもっと大いなる存在の意思か……もしかすると、栄華を極めた古代王国が終焉を迎えたのもそうだったのかも知れませんが」
淡々としたアゼの言葉は、どこか諦めすら感じさせるものだった。
何百年も掛けて国を発展させ、資金も人員も惜しみなく注ぎ込んだ上で古代の繁栄を取り戻そうとした矢先、理不尽なまでの力を持つ者が根底から全てを覆した。
偶然や運などという言葉だけで納得できるものではないだろう。
だが、それでも、このままでは向かう先は古代魔法王国と同じく滅びの道しかない。
愚かな王も、さすがに今の状況では悲願どころではないということは分かるのだろう。悔しげに顔を歪めながらもアゼの進言を拒絶しなかった。
「各部隊長を集めよ! 兵達は小部隊に分散して標的となる魔導車や魔導兵器から距離を取り街の外周で待機。街の住人達は地区ごとに集めて勝手に移動しないように監視を行え!」
「はっ!」
伊達に宰相の地位にあったわけではない。矢継ぎ早に適切な命令を下し、それを受けた兵士達がこの場を離れていく。
それと同時に拘束されていた間の出来事を他の兵士や書記官から報告を受け、次の指示を出していった。
「陛下、魔導師達の協力も必要です。筆頭魔術師のジグル殿は?」
「それが、いつの間にか居なくなったのだ。他の魔導師も見当たらんおそらくは逃げ出したのだろうが」
「?! まさか……」
王の側に侍っているはずのジグルの姿がどこにもないことに気づいたアゼが王の言葉を聞くと愕然とする。
「陛下! すぐに兵士をグルワ砦に向かわせてください。ジグル殿を止めなければ!」
「馬鹿な! まさかヤツはアレを使うというのか?!」
「分かりません。まだ完成していないはずですし、起動させるにもまともに動かないとは思いますが」
いつの間にか止んでいた空からの砲撃にさえ気づかず、ピジェンとアゼが北の方角を見つめながら焦燥ともとれる顔で言葉を失っていたのだった。
伊織達の攻撃を受けた街の北側の水路から一隻の商船に偽装した中型船が北上していく。
「よろしかったのですか? 陛下の許可を取らないで」
艦橋で舵を握りながら訊ねる男に、ジグルがあっさりと頷いて見せた。
「構わないよ。どうせあの王では決断することはできないだろうからね」
襲撃を受けての逃走、そう言うにはジグルの顔に悲壮感は浮かんでいない。
「それにしても、異国人達が空から妨害してくることは予想していたけれど、さすがにあれだけの攻撃力を持っているとは思っていなかったよ」
平然としていても、やはりAC-130Jの攻撃には驚いたらしい。
当然といえば当然なのだが、その言葉にはそれでも問題ないかのような余裕がある。
「ですが大丈夫でしょうか。あれほどの力を持っているのならまた我々を妨害するのでは?」
なおも不安を口にする部下に、ジグルは苦笑を浮かべながら首を振る。
「これまでの行動から見るに、あの連中はかなり甘いんですよ。兵士であっても逃げだした者には攻撃しません。連中から見ればこの船は逃げ出した商船にしか見えませんし、もし向かっている先が分かったとしても何をしようとしているのかまでは知りようがありませんよ。それに」
「気づいたときには終わっていますね」
「そういうことです。それより、準備は整っていますか?」
納得した言葉に満足して訊ねる。
「指示されたところまでは。ですがやはり起動するには出力が足りないと」
「それは私に考えがありますから大丈夫です。このまま河を遡上して砦に向かってください」
操船している男は頷き、船の速度を上げる。
街からは充分に離れたため、もはや商船のように振る舞う必要はなく、最新鋭の魔導船に相応しい速度で水面を切って進んでいく。
これまでの会話から分かるように、ジグルは伊織達がロヴァンテルの他国への侵攻を妨害してくることは予想していた。
そして自軍がそれに対抗できないこともだ。
なにしろ数万の人形兵や虎の子の巨大ゴーレムがまるで役立たずのゴミのように粉砕され、最強であったはずの魔法部隊すらあっさりと撃退された。
そして空を自在に飛び回り、あり得ないほどの破壊力でもって攻撃してくる相手に対し有効な迎撃手段を持っていない。
まともに戦ったところで勝ち目は薄いのは少しでも考えれば分かることだ。
その意味では宰相であったアゼの主張は真っ当であったし、ジグルも内心では賛同せざるを得なかった。
だがそれをそのまま認めることはロヴァンテルの魔導師として許されない。
それに、魔法というのは弓矢のように視認できる距離から撃ち合うだけの、少しばかり便利な攻撃手段ばかりではない。その考えがジグルに余裕を与えていた。
ジグルはピジェンにすら報告することなく準備を進め、なんとか今回の侵攻作戦に間に合ったのだ。
魔導船で海岸沿いを北上し、河口からさらに遡上して内陸部にあるグルワ砦に向かう。
ここは今では属国になっている内陸の国とかつて戦争状態にあったときに使われていた砦であり、今は大規模魔法の研究と実験を行う施設となっている場所だ。
周辺にはいくつか小さな集落が存在するだけで、施設の物資は全て軍によって運搬されている。
河は砦のすぐ脇を流れており、中型船が通れるほどの幅の水路が中にまで繋がっていた。 魔導船はその水路を通って砦の中に入っていく。
「ベンデ様、お待ちしておりました」
城壁に囲まれた砦の中に作られた桟橋に接岸すると、中から数人の魔導師が出迎えに出てきて頭を下げた。
「ええ、お待たせしました。異国人達がどのような行動に出るか分かりませんからすぐに始めます。魔法陣は問題ありませんか?」
問われた魔導師は、ジグルに続いて船を下りてきた5人の魔導師と20人ほどの兵士達をチラリと見てから小さく頷く。
「では、行きましょうか。兵士達は彼についていってください」
二手に分かれて、といっても目的地は同じようで、砦の中央部分の広場のような空間に入る。
広場は、通常の砦ならば単に土が踏み固められたものだが、ここはまるで一枚の岩のように隙間なく石が敷き詰められ、滑らかで平坦に磨かれている。
そして広場の中央に直径20m近い巨大な魔法陣が描かれており、その両脇に半分ほどの大きさでふたつ。そのさらに外側にも別の魔法陣があった。
「兵士の方々はこちらの魔法陣へ、魔導師の方はこちらの小さな魔法陣の内側に立ってください」
そう言われた兵士達は一様に戸惑った顔をして躊躇いを見せる。
「これから行う大規模魔法はロヴァンテルに攻め込もうとしている者達に大きな損害を与えるものです。ですが、まだ完成したばかりの魔法ですので万が一にも我々に被害が及ばないようにするために防御魔法陣に入っていて欲しいのですよ。ひとつの魔法陣に全員で入るには少々狭いですのでいくつか用意してあります。それと、魔導師達には少々手伝ってもらう必要もありますので。
そう言われて不承不承魔法陣の中に入る兵士達。
それに続いて船に乗ってきた魔導師もジグルが指定した魔法陣の内側に立った。
「では始めましょう」
「はい」
砦に居た魔導師達とジグルが別の魔法陣に入る。
そして詠唱を始めた。
どれほど時間が経過しただろうか、数分かそれとも数十分か。
朗々と詠唱を続けるジグルの額には玉の汗が滲み、耳まで紅潮して苦しげに歪む。
「な、なんだ? ち、力が……」
まず兵士達の入った魔法陣が光り出し、戸惑った兵士達が外に踏み出そうとするも膝を付いてしまう。
「な?!」
わずかな間をおいてジグルについてきた魔導師達も同様に力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
「べ、ベンデ様、何故?」
心底衝撃を受けたような顔でジグルを見る魔導師達に、彼は詠唱を続けながら一切邪気のない笑顔を見せる。
「う、裏切ったのか! 我々が貴様にどれほど協力してきたと」
その表情で悟ったのだろう、石畳に倒れそうになる身体を両手でなんとか支えながら叫ぶ魔導師達。
その直後、中央の魔法陣が微かな光を放ち始めると、ジグルの詠唱が終わる。
「はぁ、はぁ、ふぅ……やれやれ、未熟な魔導師はこれだから困りますね。あなた方はロヴァンテルの貴重な礎になるのですよ。それも、古代魔法王国の偉大なる魔法を復活させた、その贄として選ばれたのです。残念なことにあなた方の存在全てを魔力に変換しても大陸全てを滅ぼすほどの出力にはなりませんが、少なくともロヴァンテルをの外側、大陸東部と南部、北東部に住む人間だけは魔力を全て奪われて死ぬでしょう。そうなれば何の障害もなく我々がそれらを手に入れることができるのです」
言葉の内容は狂気の産物でしかないが、ジグル自身はただ古代魔法を復活させたという満足感だけがある。
そのためには他人を犠牲にすることなど些細な事でしかないのだろう。
とはいえ、大規模魔法を発動して周辺国を滅ぼすという目的自体は魔導師達も知っていたのだ。それが自分達に返ってきただけなのだから同情には値しない。
悔しげに顔を歪めながら崩れ落ちる魔導師達。
兵士達の方はすでに絶命し、それだけでなく肉体までが粒子となって魔法陣に吸収されて行っている。
それに比例するように中央の魔法陣から放たれる光が強くなっていく。
「もうすぐです! 間もなく大いなる魔法が……」
感慨深く魔法陣の光を浴びながら恍惚とした表情でこぼした言葉は、だが最後まで口にすることはできなかった。
ズドォォォン! ドォォン!!
いよいよ目を開けていられないほどの光が周囲を照らし始めたその瞬間、凄まじい速度で巨大な杭のような物が魔法陣のど真ん中に突き刺さり、大爆発を起こした。
刹那の間を置いてもう一度。
「ぐわぁぁぁっ?!」
「ぎゃぁぁ!」
ジグルも、すぐ側に居た他の魔導師達も何が起こったのか理解する間もなく吹き飛ばされ、数十m離れた建物の壁に叩き付けられる。
「な、なにが」
どうやら魔法陣が魔法から身を守るものであるという説明はある意味本当だったらしい。
一緒に居た魔導師達の半数ほどは重傷ながらも生きているようで、ジグルも他の魔導師がクッションになったのだろう、頭を振りながら身体を起こした。
「ま、魔法が、古代の英知の結晶が」
霞む視線の先に、発動寸前だった魔法陣は跡形もなく消し飛び、魔法陣のあった場所にはそれよりも大きなクレーターがぽっかりと穴を開けていた。
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