第141話 魔神の鉄槌

 ナセラ王都郊外を離陸した英太は機首をロヴァンテル神聖国西部の街に向ける。

 今回は英太単独での作戦行動なのである。

 想い人が別行動のことに淋しさとか焦りとか色々と考えてしまうのは健全かつヘタレな青少年として仕方がないことではあるが、それでも900万$、数人分のサラリーマンの生涯年収に匹敵する金額の戦闘機を与えられての単独作戦。

 そこに伊織からの期待と信頼が込められているようで悪い気はしない。

 実際、英太用に割り当てられた乗り物や装備は多種多数多岐にわたり、今ではほとんどの作業を伊織に代わってできるようになっているほどだ。

 ……ただ、銃火器に関しては車両や機体の装備品を除いてほとんど与えられていないのだが。


 ともあれ、伊織達とほぼ同時に飛び立ったA-10サンダーボルトⅡだが向かう場所は別であり、伊織達のAC-130Jゴーストライダーはロヴァンテルの軍が集結している場所に、速度が1.5倍のA-10サンダーボルトⅡはロヴァンテル神聖国のいくつかの主要都市が目的だ。

 飛び立ってから半刻(1時間)ほどで最初の目的地である都市が見えてくる。内陸部の実質的な属国である隣国にほど近い交易の要衝となっている街だ。

 ロヴァンテルで主要都市と言われるのは王都を除いて6カ所。


 ナセラ輝光聖国としてはロヴァンテルが目論む他国への侵攻を完全に諦めさせたい。だが、実際には古代魔法王国の末裔として遙か昔の栄光を取り戻したいと考えているのは王だけではない。

 一般の国民でさえ、ロヴァンテル神聖国に暮らす自分達は特別な血筋であり、選ばれた者なのだという考えが浸透しているのだ。

 このままではたとえ神聖王ピジェンが死んで今の侵攻計画が頓挫したとしても遠からず再び大陸統一の機運が高まってしまうことだろう。

 そのためには古代王国の末裔であろうと、特別な存在でも選ばれた者でもなく、ただの無力な人間でしかないのだと理解させなければならない。


「えっと、チャンネルを合わせて、っと」

 街に近づいた英太は高度を下げ、示威行為として失速ギリギリの速度&超低空飛行で街の上空を旋回する。それと並行して伊織から指示された通りに通信機の周波数を合わせた。

「あ゛~緊張する。何万人もいるところにマイクで話すなんて普通の高校生にはハードル高すぎだっての。顔は見えないけどさぁ」

 愚痴をこぼしながらも機器を操作する仕草はよどみなく、飛行中の機体の動きにも乱れはない。


 A-10の高度は約200m。

 現代の日本人が見たとしても墜落してくるのではないかと思ってしまうほど低空であり、飛行機の存在を知らないこの世界の人々からすれば恐怖でしかないだろう。

 それがジェットエンジンの轟音をまき散らしながら何度も頭上を通り過ぎていく。

 何が起こっているのか理解できず、音に驚いて外に飛び出してきた者も空を見上げて立ち尽くすばかりだ。

 そしてそれは治安を維持する衛兵達にしても同じこと。現に衛兵の中には魔術師もいるはずなのに迎撃のための魔法ひとつ撃ってくることはなかった。


『あ~、えっと、カスリの街の者達に告ぐ! ロヴァンテル神聖国の民は古代王国の遺産である魔法を信奉するあまり驕り高ぶり、愚かにも他国を我が物としようとした。故に古代王国と同じ滅びの道を辿ることになる』

 英太が通信機のマイクに向かって事前に考えた、いや、香澄に作ってもらった台詞を、精一杯威厳を込めたつもりで口にすると、ほぼ同時に街の各所に設置された大型スピーカーからそれが大音量で流される。

 それはロヴァンテルの軍が集結した街と同じ状況だが、それもそのはず、あの街だけでなく、このカスリの街もこの後英太が向かう予定の街も全て建物の屋根の上に目立たないようにスピーカーと受信機が設置されているのである。

 とはいえケシャとの国境に近い街は事前に伊織が爆薬を仕掛けていたが、他の街はそこまでしていない。なのでここから先は英太の手で仕上げをしなければならない。


『命を惜しむ者は直ちに街の外に出ろ!』

 その言葉を合図に、英太は街を囲んでいる城壁に向けてハイドラ70ロケット弾を一発発射する。

 通りから見え、かつ、周囲に人がほとんどいない所を慎重に見極めて位置を決めたので大丈夫だろうが、それでも容赦ないミサイル攻撃で石造りの城壁に穴が空き、その衝撃と重みで一部の壁が崩落する。

 凄まじい爆音に驚いた住民達がその壁を目にすると、当然のごとくパニックが起きる。

 それを強制的に正気に戻したのが続いてスピーカーから流れる英太の言葉だ。

『繰り返す。死にたくない者は街から避難せよ! 半刻後、街に対する攻撃を開始する!』


 明確に敵意を示す声に愕然とする街の住人達。

 彼等は確かにロヴァンテルが周辺国に対して侵攻することが当然の権利のように考えていた。

 自分達は古代魔法王国の末裔であり、かつて先祖達が持っていた繁栄を取り戻すことは使命であり、約束された未来なのだと本気でそう思っていた。

 それが他国からどう思われるのか、他国の住民を蹂躙しその生活を破壊するものだということなど欠片も考えていなかったのだ。

 だから自分達が敵意を向けられることも恨まれることすら実感が伴っていない。

 実際に戦うのは兵士達であり、それ以外の者達はただ恩恵を受けるだけ。

 当事者からすればとんでもないことだが、戦争を引き起こした側の国民意識などそんなものでしかない。

 人間は目の前に銃口やら剣先やらが突きつけられない限り戦争というものを実感することはできない生き物なのだ。


 瓦礫と化した壁を見つめたまま、受け入れがたい現実に立ち尽くす住民達のすぐ頭上をA-10が通過する。

 その轟音が否応なしに恐怖を呼び起こし、誰しもが慌てて駆けだしていく。おそらくは自宅に帰り急いで荷物をまとめるのだろう。

 住民達とは別に、衛兵達は敵意を向けられたことでようやく自分達の職務を思い出したらしい。

 慌てて長弓を取りに行ったり魔法を撃ち込んだりしてくるが、そうそう当たるわけもないし、23mm口径の徹甲弾や榴弾の直撃に耐える堅牢な攻撃機なので命中したところで塗装が傷つくのがせいぜいだ。


 破壊された壁を直接見ていない住人達も、逃げ惑う人や状況を叫びながら避難を呼びかける声、なにより上空を幾度も通過する戦闘機の威容に次々に街から逃げ始めた。

 英太は予告した半刻をさらに30分ほど待ち、住民が粗方避難し終えたのを確認する。

 職務のため、逃げたいのを必死に我慢しているだろう衛兵はあえて考えないことにして、街の中心に立っている行政府の建物に向け、搭載したMk77焼夷爆弾を撃ち込んだ。

 内蔵された400Lの燃料が周囲にまき散らされ炎を上げる。

 さらに街の各所にある大きな建物に向けてAGM-114ヘルファイアやハイドラ70ロケット弾を発射し、街に大きな傷痕を残して離れていった。

 街の外で爆煙と炎が上がる様子を何もできずに呆然と見つめる住人や兵士。

 つい1刻前まで、これまでと同じ日常が、いや、さらに豊かになる未来を信じていた者達は、嘆くこともできぬまま、ただ飛び去っていくA-10を見送っていた。



 街の中心に近い場所から煙が上がるのは沿岸部の海上に整列したロヴァンテルの魔道船からも見えていた。

 ただ距離があるため何が起きたのかは分からないし、位置的に街から多くの人が逃げ出し始めているのも見ることができていなかった。

 むしろ逆に煙は出陣に際して魔術師が派手なパフォーマンスでもしているのだろうとのんきなことを考えている艦隊司令官だ。

 魔法の発達した大陸東部、特にロヴァンテルでは魔法道具による通信手段が確立している。他の地域では考えられないほど画期的なものではあるのだが、それなりに準備が必要で現代地球のようにいつでもどこでもとはいかない。なにより通信を繋げる相手がそこに居なければどうにもできないのだ。


 故に、数百隻からからなるロヴァンテル艦隊の司令官は海上に整然と並んだ武装船を見回しながらこれから自分達が起こす圧倒的な戦力による他国の蹂躙を高揚感をもって待ち望んでいた。

 長い時間を掛けて揃えられたロヴァンテルが誇る武装船は木製の船体の周囲を鉄板で覆い、帆を必要としない。

 船足も他国の魔道船や帆船など比較にならないほど速く、長弓が放つ矢の射程外から攻撃できる魔法兵器を多数搭載している最新鋭の船ばかりだ。

 さらには魔術師や魔導車、魔法兵器による最強の地上部隊がいる。

 彼等の感覚では勝利を微塵も疑う余地がなかった。はずだった。


「なんだ、アレは!」

 艦橋に設置された物見櫓から見張りの兵士の声が響く。

 その手にあるのは遠見の鏡と呼ばれる魔法道具で、その名の通り離れた場所の景色を拡大して投影させるものだ。

 その声に、司令官の男もすぐに遠見の鏡を持ってこさせて覗き込む。

「鳥、か?」

 最初に見た時の印象は鳥。

 確かに翼を広げた鳥のように見えるシルエットが映し出されている。だがそれにしては大きい。いや、大きすぎる。

 しかもそれはどんどんと近づいてくる。かなりの速度であることが分かるが、彼等の常識からは考えられないほどの早さだ。


 やがて聞いたことのない轟音と共に頭上を通り過ぎた影でそれが鳥や生き物などではなく巨大な人工物であることを理解する。

 だがそれが分かったところで何ができるわけでもない。

 低空で通過した得体の知れないモノが離れていくのを安堵したのもつかの間、ソレが大きく旋回しながら戻ってくるのを見て船上は半ばパニックのような喧噪に包まれる。

「こ、攻撃しろぉ!!」

 司令官が悲鳴のような声で命令を下す。

 もはや相手が敵かどうかなど考える余裕はなく、ただ恐怖に駆られてそう叫ぶだけしかできない。


「む、無理です!」

 そう叫び返したのは比較的冷静さを保っていた優秀な武官なのだろう。

 多くの船は命じられるよりも早く、ただやみくもに魔法兵器を精一杯空に向けて撃ちまくっている。

 だが空からの攻撃が当たり前の現代地球の軍艦とは異なり、この国の船は大航海時代と同じく船体備え付けの兵器の仰角は水平方向よりほんの少し上までしかあがらない。

 結果としてあちこちで同士討ちが起こるばかりで上空を旋回する伊織のAC-130Jにはかすりもしない。


「船外用の魔導砲を持ってこい!」

「撃つな! 味方に当たるぞ!」

 混乱の中でも訓練された兵士はなんとか迎撃を試みる。

 しかしそれもAC-130Jが本格的な攻撃を始めるまでのことだった。

 ドッドッドッドッド!

 機体を大きく傾け、左側を水面に向けたAC-130Jから鈍い音が響く。

 Mk44ブッシュマスター IIの30mm砲から放たれた機関砲弾がロヴァンテルの魔道船を貫き、その勢いのまま船体に穴を開ける。

 当然ながら外側を覆っている薄い鉄板など欠片も役に立たず、甲板から船底まで突き抜けた穴から容赦なく海水が浸入してくる。

 兵士達が慌てるが排水など間に合うわけもなく、被弾した船がゆっくりと沈んでいくのを止めることができない。


「ば、馬鹿な、そんなことが……」

 ドンッ!

「ぎゃぁ?!」

「ひぃぃぃっ!」

 信じられない光景に呆然と呟く司令官のすぐ側に着弾した105mm榴弾が破裂し、周囲を巻き込んで猛威を振るう。

 たちまち旗艦の艦橋は阿鼻叫喚の地獄と化し、もはや統制どころではない。


 艦隊が伊織達のAC-130Jを発見してからわずか30分。

 数百隻の魔道船は逃げることも一矢報いることもできず、ことごとく船体に大穴を開けられて沈没した。

 ほとんどの兵士達は海に投げ出され、多くが岸に向かって必死に泳ぎ始める。

 まだ冬が終わったばかり。

 水温は低く、わずか数kmしか離れていない陸地が遠く感じられる。ましてや予期しない沈没だ。腰に佩いた小剣だけでなく身につけた服や靴さえも泳ぐのを妨げる。

 数千人は居るであろう兵士のうち、何人が岸にたどり着けるだろうか。

 しかも泳ぎ切ったとしても街は避難しようとする住人達であふれかえり、救護など望めるわけもない。

 こうしてロヴァンテル神聖国が誇る魔導艦隊は何一つ戦果を残すことなく歴史から消えることになった。



「伊織さん、魔道船の方は片付いたわよ」

「ご苦労さん。弾薬の補充は大丈夫か?」

「なんとかやってるよ! っつうか、発射音で耳がおかしくなりそうだ。耳栓しててもキーンって残ってるよ」

 眼下の惨状とは裏腹に機内で交わされる会話はのんびりとしたものだ。

 そのことがどのくらいこの戦いに登っている両者のステージが違うのかを表している。

 今回の目的は大陸北部の国、シャルール王国の防衛戦とは違い、伊織達がするのはロヴァンテル軍が進軍する前に大きな打撃を与えることだ。

 ケシャとナセラの連合軍に対して圧倒的なほどの戦力差があるわけではなく、魔道船や魔導車、大型の魔法兵器にある程度の損害を与えればそれで良い。

 後は戦況に応じて支援をすればナセラとレジスタンスの連中が戦後体制をどうするか決めるだろう。


「んじゃ、地上部隊もさっさと終わらせて英太の手伝いに回るとするかぁ」

「そうね。弾薬も大して使ってないし、ミサイルも残ってるからこのまヤッちゃうわよ」

「あ~、ほんとにロヴァンテルの連中に同情するわ」

「早く終わらせて研究に戻りたいわ」

「ルアはおわったら、じょーおーさまとゲームするやくそくなの」

 伊織は魔道船の残骸にチラリと目をやると、機首をロヴァンテルの地上部隊が集まっている街郊外に向けた。


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