第138話 それぞれの戦い
ナセラ輝光聖国の王宮は日が落ちると共に門が閉じられる。
無論、大門は閉められたとしても、その脇にある通用門には門兵が常に待機し、必要があれば通れるようにはなっている。
門の周囲は魔法を利用した明かりが灯され、王宮を囲む壁も等間隔に設置された魔導灯に照らされている。
そんな王宮正門ではあるが、さすがに壁伝いに少し離れると魔導灯から魔導灯までの中間地点は薄暗く、周囲に植えられた木々もあって見通しが悪い場所もある、
そんな暗がりの一角。
光が届かない闇が蠢いたように見えた直後、漆黒の塊がいくつも王宮の城壁に滲み出たかのように浮かぶと、ほんの一瞬の間にスルスルと壁を滑るように登っていく。
その姿はとある生き物を連想させる。
そう、おそらくは近代日本で最も多くの女性に悲鳴を上げさせたであろう、黒いアイツだ。
そんなゴ○○リじみた影はあっという間に壁の一番上まで行くと、その向こうに消えていった。
もちろん聖王の住まう王宮である。
王都に入るときとは比べものにならないほど厳重な魔法防御措置が幾重にも張り巡らされているのだが、影達、つまりロヴァンテル神聖国の暗殺部隊“黒蛇”の部隊は難なくすり抜けていってしまったようだ。
だがそれが彼等にとって幸運あるいは実力の賜だとしても、それが彼等の望みにかなうかどうかは別の問題だ。
壁を越えた王宮の中。
整えられた植え込みの脇に漆黒のローブを纏った人影。
その数は12名。
互いに異常がないかを確認していたのか、しばらくその場に留まった後、小さく合図をして植え込みの陰伝いに中央にある建物を目指す。
王宮の敷地は広い。
黒蛇のメンバー達は慎重に、しかし素早く中庭を駆け抜けていく。
そして、門から建物までの半ばを過ぎ、植え込みが途切れて芝が敷き詰められた場所に差し掛かった瞬間、突然昼間になったかのように周囲が眩い光に満たされた。
当然先ほどまで闇に溶け込んでいた漆黒の姿も、明るくなれば逆に恐ろしく目立つ格好となる。
幾人かはローブで顔が隠れているために表情が分からないが、それ以外の者は驚愕に目を見開いているのが分かる。
当然だろう。
ロヴァンテル随一の暗殺部隊であり、隠密行動には絶対の自信があったはずだ。
現に、今も魔力も気配もほとんど感じられないし、微かな息づかいすら漏れてはいないのだ。
「はい、ごくろうさん。びっくりしてるところ悪いけど、あんた達が王都に侵入した時点でバレバレだったからね」
驚く男達に向かって声が掛けられる。
照明の向こう側からゆっくりと歩み寄ってくるのはまだ若い青年。
先頭にいた男が憎々しげに青年、英太を睨むが、彼はむしろ同情するかのような目を向けていた。
それはそうだろう。
英太の目から見ても黒蛇の隠形術は相当なレベルだ。彼ですら油断しているところに不意を突かれれば不覚をとるかもしれないし、並の人間ならすぐ目の前に居ても気づかない内に殺されるだろう。
だが、気配だの魔力だのをいくら抑えたとしても、赤外線センサーには何の意味もない。
走査線を何かが遮れば相手が生き物だろうが物体だろうが反応し、同時にサーモグラフィーで生体かどうかのチェックが機械的に行われる。気温も低いので感度が高いし。
今も前庭を横切った黒蛇の姿は全てセンサーに捉えられており、タイミングを見計らって英太が照明のスイッチを押しただけだ。
「チッ! やむを得ん」
すでに動揺から回復していたらしい他の兵士もすぐに周囲の気配を探り、この場には英太しかいないと判断したのだろう、即座に戦闘態勢に入る。
元々発見されるのも想定されている。その場合は彼等は陽動として動くことになっているため、ここで戦闘になっても構わないのだ。
英太も兵士達の気配が変わったのを感じ、わずかに腰を落とす。
英太の装備はアラミド繊維で作られたカーゴパンツと同じ素材の長袖ジャケット、その上から防刃防弾ベストに特殊部隊が使う暗視ゴーグル付きの防弾ヘルメット、腰にはいつもの2本差しだ。
たったひとりで暗殺部隊を迎え撃とうとしていることでそれなりの力量だというのは感じているのだろう、黒蛇の兵士達はゆっくりと左右に広がりながら英太を半包囲するように足を進める。
そして、彼我の距離が10mを切ろうとしたとき、英太の右腕が動き刀の柄に手を、伸ばさずにおもむろにポケットに手を突っ込んだ。
「っ!」
バチバチバチッ!
「ぐわぁっ!」
「ぎゃぁっ!」
刹那ともいえるわずかな時間で、危険を察知して跳びし退ったのは8人。
4人は気づいたときにはすでに遅く、100万ボルトを超える電圧をくらった兵士はその場で痛みにのたうち回る。
しかもその間も放電は続いていて、高電圧をあびた身体は筋肉が強制的に収縮し、いくら訓練を受けた兵士や魔導師であってもどうにもできない。
そして電圧は高くても電流量はそれほどでもないので、このために敷設された小型の電源でも一晩は流し続けることができるという省エネ具合である。
「できれば半分くらいは削りたかったんだけど、やっぱそう上手くはいかないか、なっ!」
英太はそう言いながら、驚くほどの跳躍を見せて飛びかかってきた兵士に向かって、右手の親指で直径10mmほどの鉄球を弾く。
「っぐ!」
鉄球が兵士の額に命中し、もんどり打ちながら落下する。
その位置が絶賛放電中のスタンガンエリアだったために感電パーティーの参加者がひとり増えることになった。
「う~ん、指弾って格好いいんだけど威力はイマイチだよなぁ。せめて24口径の弾丸くらいあれば良いんだけど、牽制くらいにしか使えないか。結構練習したんだけどなぁ」
ぼやきながら英太は指弾を使うのは諦めたらしい。
代わりに人差し指ほどの長さの釘状鉄棒を数本背中側の腰から取り出して手で弄ぶ。今度はそれを投げるつもりらしい。どことなく英太の厨二病が悪化している気がしてならない。
黒蛇の兵士が左右に広がり、電撃地帯を迂回するように英太の背後に回り込む。
そしてひとりが片手をかざして魔法を放とうとした瞬間、英太の姿が掻き消すように見えなくなったとほぼ同時にその男の上半身が下半身から離れて落ちる。
崩れ落ちる男の後ろには太刀を振り抜いた状態で佇む英太の姿。
一見すると時代劇の剣豪のように見えなくもないが、見事に決まった改心の一撃にニマニマしているのが非常に残念である。
「チッ!」
あっという間に半数に減ったことで警戒を引き上げたのだろう、距離を詰めるのを諦めて即座に魔法による攻撃に切り替えた黒蛇兵達。火球を同時に英太に向けて撃ち出した。
その内のふたつを太刀の一振りで打ち消し、
「うおっと!」
太刀を振り抜いた一瞬の隙を狙われ、再び火球が英太を襲う。
とっさに飛び退くが、時間差で放たれた火球を躱しきれずに肩を擦る。
「あ~ぁ、少人数で王宮に侵入しようってだけはあるってことか。伊織さんに知られたら鬼メニュー増やされそうだし、黙っとこ」
後手に回ったとはいえ攻撃を食らったのがショックのようで、英太が溜め息交じりに肩を落とす。
ちなみに擦っただけとはいえ命中した火球のダメージはまったくない。
元々火球の魔法は命中しても衝撃はほとんどない。高速で飛来するだけの火の玉であり、対象を燃やすためのものだ。
だが英太の着ている衣服は防刃防弾だけでなく耐火性能も高く燃えないので躱す必要すらなかったりする。
ちなみに絶縁素材の軍用ブーツも履いているので地面を覆っているスタンガンエリアもへっちゃらである。
「ごっ?!」
「ぐふっ!」
ひとりは英太の投げた釘、というか棒手裏剣を膝に受け体勢を崩したところを斬られ、もうひとりは喉に棒手裏剣が命中した。
直後、左右から黒蛇兵が短剣を突き出す。
それを英太は飛び退いて躱すが、それを追うように短剣を持つ手が伸びて不自然な軌道で襲いかかってくる。
「うえっ?!」
とっさに脇差しで払って短剣をはじき返すが、その剣の刃は毒なのか、どろりとした粘液で塗れているようだ。
どういう仕組みなのか、重力や間合いを無視した動きをするふたりの黒蛇兵の腕を、躱しざま切り落とし、ひるんだ隙を逃さずに棒手裏剣でとどめを刺した。
「さてと、もう残ってるのはアンタ達ふたりだけだけど、降参したらどう?」
さすがに短時間とはいえ複数の手練れを相手にするのは厳しかったらしく、英太の口から白く煙った荒い息が漏れる。
相手が受けるわけのない降伏勧告を口にしたのも一息入れたかったからだ。
残ったふたりの黒蛇兵は、自分たち以外が全滅したというのに顔色ひとつ変えることなく冷たい目をたたえたままだ。もちろん英太の言葉にも反応しない。
ただ、英太の実力を目の当たりにしたことで迂闊に動けなくなったのだろう、わずかずつ距離を取りながら英太を中心に円を描くように移動していく。
「……名を、聞いておきたい」
不意に英太の正面側の男が口を開く。
注意を引くためかと考えた英太が身体の向きを変えてふたりが視界に入るようにしながら律儀にそれに答えた。
「英太、佐々木英太だよ。俺が答えたんだからそっちも教えてくれるんでしょ?」
「アイン」
「ログだ」
意外にも素直に応じる黒蛇のふたり。
このやりとりが彼等にとってどんな意味があるのか英太には分からない。
英太の実力を認めたのだろうが、これから死にゆく強者への手向けのつもりなのか。あるいは死を覚悟したのか。
名を聞いたからといって何かが変わることはなく、再び3人の戦意が周囲の空気を震わせ始める。
「シッ!」
短く息を吐くと同時に英太がアインに向かって走り出し、数m進んだところで急停止し、さらに勢いをつけて逆側に向かう。
近くで見ていた者が居たなら姿が消えたようにしか見えなかっただろう、それほどの速度だ。
反対側に居たログは、英太の動きを追うように飛び出してしまっており、英太の太刀を短剣で逸らすのが精一杯となった。
すぐに追撃に備えて体勢を立て直したログだったが、英太はすれ違ったまま速度を落とさず大きく弧を描くように迂回して今度はアインに対峙する。
ログが英太を追うために一歩踏み出そうとした瞬間、足許で凄まじい爆音が響き、彼がその餌食となった。
英太が太刀を振るったのは躱されるのを想定したもの。本命は注意を逸らしつつログの足許に転がしたMk3手榴弾だ。
破片をまき散らす防御手榴弾と異なり、火薬の衝撃波でごく限られた範囲の対象を破壊・殺傷する攻撃手榴弾によって下半身を吹き飛ばされたログがそれ以上動くことはなかった。
「……見事なものだ。我等は傲っていたのだろうな。だがすべきことは変わらぬ!」
初めて感情を露わにしてアインが英太に魔法を放つ。
火球ではない。拳大の石が十数個、高速で飛来する。それも軌道とタイミングがずらされているので英太も太刀で弾いたり躱したりするのが精一杯でなかなか反撃の隙を見いだすことができない。
間違いなく正門側から侵入した黒蛇兵の中では随一の技量を持っている。
「このっ!」
石礫が一瞬途切れた隙に英太が釘を投げる。
が、アインはそれを躱しながらさらに魔法を放ってくる。
「避けたってかよ。どんな反射神経してるんだ?」
次から次へと飛んでくる石礫を太刀で叩き落としながら英太がぼやくが、それも無理はない。
伊織に鍛えられ、魔力で身体強化までしている英太の投擲は速度も威力も弾丸に近い。
少なくとも見て躱すのは不可能に近く、ましてや照明で明るくなっているとはいえ薄暗がりの中ではなおさらだ。
(見えてるってわけじゃないだろうな。こっちが放った瞬間に軌道を予測して躱してるのか)
英太がそう判断し、投げる瞬間に軌道を変えてもアインは惑わされることなく対応している。
完全に投擲の軌道とタイミングを読まれてしまっているようだ。
しかし強引に距離を詰めようとしてもアインは素早く間合いを取り直して魔法を放ってくるので追い切れない。
(ってか、なんであんなに魔法の発動が早いんだよ。身体に魔方陣でも埋め込んでるのか?)
本来魔法の発動には触媒で魔方陣を描いたり、魔力を込めた呪文を詠唱したりとそれなりの準備が必要だ。
大陸東部の国で使われている魔法を放つ道具は、その魔法具に特殊な魔方陣を描くことで発動させることができるのだが、それを身体に埋め込んでいるのだとすれば納得できる。
伊織の身体を覆っている無数の入れ墨も同じ理由だと英太も知っている。
ただ、このままでは埒があかないのも確か。
いつかはアインも魔力が尽きるだろうが、いつまでも時間が掛かっていたらそのうち香澄か伊織に乱入されるかも知れないし。
想い人に格好悪い姿を見せたくない青少年としてはできるだけ早く決着をつけたいのである。
と、とある考えが英太の頭に閃く。
両手で振るっていた太刀を左手に持ち替え、石礫を最小の動きで逸らしながらジャケットの内側に右手を差し込む。
そして取り出したのは伊織にもらって以来使う機会のなかった無骨なリボルバー式の拳銃だ。
コルトパイソン357マグナム。
新宿の種馬という異名をもつ、とあるマンガの主人公が愛用するものと同じ拳銃で、44マグナムと並んで厨二少年の心を捕らえるアイテムである。
英太はセーフティーを外し、その銃口をアインに向ける。
この男の洞察力と反射神経ならば、もしかしたら熟練の軍人が撃ったとしても躱してみせるかも知れない。
だが、
ドパンッ!
銃声と同時に身体ひとつ分、素早く右に動いたアインの顔が驚愕に歪んだ。
「ば、かな……」
腹部から血を流しながら信じられないといった顔で呻いて膝を付く。
「散々馬鹿にされたノーコンが役に立つとは思わなかったよ」
思惑通りに運んだにもかかわらず落ち込んだ様子の英太。
そう、過去に散々伊織に指導されたのに、どういうわけか一度も的に命中させることができず、撃った本人ですらどこに飛んでいくか分からないほど射撃の適性がなかった英太である。
その原因不明のノーコンぶりに伊織も匙を投げ、以来お守り代わりに物騒なアクセサリーとして持ち歩いていた銃なのだ。
当然銃口の向きと英太の挙動で弾道を予測したアインに躱せるわけがなく、しかも運が悪いことに避けたところに弾が来たのである。
「なんとか役目は果たしたけど、納得いかねぇ~!」
残念なことにその叫びを聞く者は居なかった。
英太が正門側の黒蛇兵の鎮圧(殲滅)を完了させる少し前。
王宮の裏側でも香澄とリゼロッドのガールズユニットが黒蛇兵を迎え撃っていた。
こちら側の黒蛇兵はふたつの班が左右に展開して王宮に接近しようとしていたために彼女たちもそれぞれで応戦することにした。
戦いの口火を切ったのは正門側と同じく唐突に点された照明と、なにげに伊織達の中で一番手が早いような気がする現役JK、香澄が放った40×46mmグレネード弾の一撃だ。
M4カービンに取り付けられたM203グレネードランチャーから発射されたM381擲弾は射程が50~200m、加害範囲は10mという、歩兵にとっては悪夢のような砲弾である。
防弾装備に身を包んだ現代地球の軍隊でも被害は免れないのに、隠密行動のために軽装の防具しか身につけていない黒蛇兵ではひとたまりもない。
香澄が担当した6名の黒蛇兵の半数が逃げ損ねてひとりが爆散、ふたりが戦闘不能な重傷となった。
残りの半数かろうじて危険を察知して距離をとって被害は免れたものの、あまりの理不尽な威力に反撃に移ることすらできていない。
そこに今度は香澄が銃撃を加える。
それでも精鋭と呼ばれる黒蛇の兵士、理解できないまでも射線から外れるように咄嗟に2mほど横に飛ぶ。が、
「ぐぅっ?!」
銃撃を躱したはずの黒蛇兵は太股から血を流して地面を転がる。
致命ではない。だが理解できない攻撃であることには変わりなく、その表情には暗殺部隊に似つかわしくない恐怖が浮かんでいた。
躱したはずの兵士が負傷した理由。
それは香澄が構えている銃を見ればよく分かる。
いつの間に持ち替えたのか、その手にあるのはレミントンM870。ポンプアクション式ショットガンだ。
込められているのは
残っていた兵士が苦し紛れに魔法を使って火球を撃ち込むが、迎え撃つ側の香澄の方は当然防御のための準備も万端である。
魔法は事前に構築しておいた防御魔法によって全て防がれ、反撃の糸口すら掴めないままほどなく全員が戦闘不能となった。
結局、黒蛇兵の戦闘力も特殊能力もろくに発揮することができず、非常に哀れである。
そしてもう一方のリゼロッドの側はというと、こちらは盛大な魔法合戦の様相を呈していた。
リゼロッドは魔法使いであり、魔法研究者と錬金術師でもある。
伊織達と行動を共にするまでは、ある程度自衛できるだけの攻撃的な魔法は使えたが熟練兵を相手にできるほどではなかった。
の、だが、ロヴァンテル最強の暗殺部隊と呼ばれる6人を相手に一歩も引かない戦いを見せている。
6対1。
黒蛇兵の全員が魔法を使って火球や石礫、水刃などを次々に放つ。
本来であれば圧倒的な手数の差に、良くても防戦一方となっているはずだ。
だが実際に放たれる魔法の数は拮抗、いや、リゼロッドの方が多いくらいだった。
その最大の理由が彼女が両手に持っている魔法具である。
見た目はゴツくて銃身の短いリボルバー拳銃で、弾倉ひとつがショットガンの10番ゲージよりも太く、単2乾電池ほどだ。弾倉の数は4。
銃身に銃口はなく、金属を埋め込む形で魔方陣が描かれている。
リゼロッドが引き金を引くと、銃口部分から火球に似た炎の塊が発射され、高速で黒蛇兵に撃ち込まれる。
黒蛇兵も驚くほどの反射神経で躱すものの、わずかでも掠めればその部分が勢いよく燃え上がっていた。
慌てて地面に擦りつけて消そうとするが、炎は広がるばかりで消える気配はなく、燃え広がったローブを脱ぎ捨てるのが精一杯だ。
明らかに普通の火球ではなく、強燃性の液体、粘りのあるガソリンに近い性質の液体がそこに加えられている。
粘性があるため地面に落ちても大きく燃え広がることはないが、液体が燃え尽きるまで消えることはなく、それがさらに黒蛇兵達の行動を阻害していた。
ついにローブを脱ぎ捨てていた黒蛇兵ひとりの身体に炎が命中し、あっという間に全身が燃え上がる。
つんざくような悲鳴を上げながら転げ回っていた兵士は10数秒後に動かなくなる。
痛みに対する訓練は充分に受けているのだろうが、それでも生きたまま全身を焼かれる苦痛には耐えられなかったのだろう。かなり凄惨な光景である。
「実戦で使うのは初めてだけど、我ながら会心の出来だわ」
左右それぞれを乱射しながらご機嫌な様子のリゼロッド。
いやここまでくるとトリガーハッピー気味ですらあるようだ。
数十発は撃っただろうか、不意に引き金を引いても魔法が出なくなる。
その機を逃さず、 4人が地を滑るように距離を詰め、ふたりは飛び上がって上から、ふたりがそのまま地面を駆けてリゼロッドに肉薄しようとした瞬間、走っていたふたりが掻き消すように
古典的だが場所と状況を選べば現代でも十分な脅威となるもので、当然穴の下には槍が据えられている。
直後に響いたふたつの悲鳴に動揺する間もなく、弾倉を回転させた銃型魔法具が空中のふたりに向けられた。
容赦なく撃たれた炎を、飛んだ姿勢では躱すことができず正面からくらった黒蛇兵が、炎上する。
顔面に命中したことでほぼ即死状態だったのか、今度はほとんど暴れることはなかったのが救いかも知れない。
見ての通り、弾倉を回転させることで再び連射が可能になるという構造は、リゼロッドが銃火器と伊織の作った賢者の石から着想したものだ。これには大陸東部で初めて見た火球を撃ち出す魔法兵器もヒントになっている。
賢者の石は膨大な魔力を溜め込み、それに指向性を持たせて魔法を具現化させることができる。
リゼロッドは賢者の石を弾倉に仕込むことによって引き金を引くだけで魔法を発動させることができる魔法具を作ったのだ。
最後に残ったひとり。
リゼロッドと視線が合うと、どこか諦めたように薄く笑みを浮かべる。
そして、両腕をクロスすると顔を守りながら一気に走り寄ってくる。
勝てないまでもせめて一撃だけでも、ということなのだろう。
毒が塗られていると思われる濁った刃身の短剣を手に飛びかかってきた男。
リゼロッドは魔法具の攻撃では止められないと即座に判断して投げ捨てると、腰に手を回し、手に掴んだ得物を横殴りに叩き付けた。
ゴシャッ、ドサッ。
結局、魔術師同士の戦いの最後はらしくない決着となった。
振り抜いた長柄の戦鎚が黒蛇兵の胴体を穿ち、その場で崩れ落ちる。
「はぁ~、疲れたぁ。やっぱり私は研究の方が性に合ってるわ。なんか、後味悪いし」
軽い口調ながら、リゼロッドは物言わぬ骸を晒す黒蛇兵に、悲しげな目を向けていた。
「馬鹿な……」
背後にいきなり現れた伊織に、暗殺部隊の指揮官が呆然と呟く。
つい先ほど魔法による探査を行ったときには何も感じなかった。
だが現実に自分たちをいつでも殺せるような位置に伊織が佇んでいる。それに、今も数秒ごとに消えていく黒蛇兵の気配。
何が起きたのか、どうしてこうなったのか、指揮官の頭の中に浮かぶ疑問や考えがまとまりなく渦巻くばかり。
「ひ、引……」
本能に従い、男が口を開こうとした瞬間、炸裂音が響く。
男に見えたのは両手それぞれに銃を持ち、撃ち抜いたあとの残心だけ。
目の前に居たのに、伊織の動きも気配も何も分からなかった。
なのに部隊の兵士4人がその一瞬で眉間を撃ち抜かれ、何もできないまま倒れた。
勝てない、勝てるわけがない。
そう悟ったものの逃げることも許しを請うこともできない。
「とりあえず、
そう聞こえたような気がしたが、確かめることはできずに指揮官の男の意識は闇に墜ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます