第137話 最強?の暗殺部隊
「ってなわけで、どうやらロヴァンテルがヤバい連中を送り込んでくるらしい」
伊織が言葉とは裏腹にまったく緊張感のない口調で言う。
この場に居るのは聖王セリス、魔術顧問のルバの二人に加えて英太、香澄、リゼロッド、ジーヴェト、ルアという伊織一行のフルメンバーである。
そして伊織の言葉に対する反応はといえば、セリスとルバは口をぽかんと開けて呆けている。
かたや聖王という重責にありながら貴婦人のような美しさを誇り、かたやナセラ輝光聖国最高の賢者と呼ばれる人物とは思えない、少々情けなくすら思える表情だ。
「ん? どうかしたか?」
「あ、あの、イオリ様、今の光景はいったい」
ルアとゲームに興じた時にも使っていた大きなテレビから目を離さずセリスが微かに震える声で訊く。
ルバも同じ事を思っていたのか、その言葉に何度も大きく頷いた。老人なのだからあまり首を振らない方が良いと思うのだが。
「言わなかったっけ? ロヴァンテルの王宮の、これは国王が使っている執務室の映像だな。映っていたのは王と宰相、筆頭魔術師で間違いないと思うぞ」
何か問題でも? と言わんばかりに伊織は平然としているが、セリスとルバにとっては到底軽く流せるものではない。
「いったいどうやって……」
「儂も信じられん。ロヴァンテルの王宮は強力な魔法結界と魔法による厳重な警戒態勢が敷かれているはず」
ルバの疑問に、伊織はわざとらしく呆れたと言わんばかりに首を振る。
「魔法に頼りすぎなんだよ。確かに結界も探知も魔法の強度や精度は見事なもんだが、魔力を抑えれば何の役にも立たないぞ。過信してロクに人も配置してなかったから、この世界に来てから一番侵入しやすかったくらいだ」
その言葉が衝撃的だったのだろう、言葉を失って呆然とするナセラの首脳陣。
「そんなにダメだったんすか?」
「はっきり言ってザルもいいところだな。なにせ3日も掛けて王宮の屋根の上にソーラーパネル取り付けて電源確保してから主要な場所にカメラとマイク仕込んで、配線して、送信アンテナまで立てたってのに一度も気付かれなかったくらいだ。それだけ魔法による防御や防諜に自信をもってるんだろうが、魔法は万能じゃないってことを理解していないみたいだからな」
気づかれないことをいいことに、相当好き勝手やってきたらしい伊織が容赦なくダメ出しする。
「我が国も抜本的な見直しを早急にしなければならないようですな」
「イオリ様と同じ真似ができる者がそれほど居るとは思えませんが、すぐに衛兵の増員と態勢の見直しを指示しましょう」
ルバとセリスがどんよりと落ち込みながら言い合う。
にわかには信じられなくても目の前で見せられれば理解するしかない。
そして理解した以上はそれに備えないという選択はあり得ないのだ。
「でもロヴァンテルの王都からここまでかなり距離あるけど、屋根に取り付けられる程度のパネルで電力足りるの?」
「途中で何カ所か中継アンテナ立ててあるから大丈夫だ。もちろん急拵えだから耐久性はそれほど無いが、それほど時間掛けるつもりはないから問題ないだろ」
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべつつ言う伊織。
おおかたロヴァンテルが気づいても大丈夫なように何か仕掛けでもしているのだろう。
「で、その暗殺部隊とやらをどうするんだ? 言っておくが多分俺じゃ大して役に立てねぇぞ」
ジーヴェトは渋い顔だ。
どうやらロヴァンテルの魔術師に追い回されたのが結構ショックだったらしい。戦闘能力はそれなりに高いのだが魔法を使われると対応しきれないようだ。
「ジーさんは先に頑張ってたから今回はお留守番だ。そうだな、秘蔵の日本酒を出してやるからルアと一緒にのんびりしててくれ」
その言葉にジーヴェトの目が輝く。
「ジュンマイダイギンジョーか?」
「山形県は楯の川酒造の最高級全量純米大吟醸蔵“百光”なんてどうだ? 上品な香りと瑞々しい甘みが特徴の高級酒だぞ」
「さすが旦那! これだから無茶振りされても逃げらんねぇんだよなぁ」
先ほどまでのどこか憮然とした態度もどこへやら、リゼロッドの影響ですっかり日本酒にはまった元光神教聖騎士は揉み手せんばかりに愛想笑いを浮かべている。
「なんだかんだでジーさんも伊織さんに染まってるよな」
「毒されてるとも言えるわよね。完全にいいように操縦されてるし」
「百光……私も飲みたいんだけど」
若干一名別のことに気をとられているようだ。
「それで、結局どうすんですか? 暗殺部隊のこと」
「そりゃもちろん、雪も降り始めた厳しい季節にわざわざ遠路はるばる来てくれるっていうんだから盛大に歓迎しなきゃな」
冗談めかして笑う伊織だがその目はゾッとするほど冷徹な狩人のそれだ。
「当然よね。けど、相手の手の内がわからないのは懸念材料じゃない?」
「そうでもないぞ。あの筆頭魔術師とかが言ってただろ? 最強の魔法兵士って。だったら魔法でできることできないことを考えりゃいい。とはいえ、光神教の例もあるから改造人間対策も必要だけどな」
「あの連中の中身も光神教の総大主教とあんまり変わらないっぽいっすよね。子供を人形にするところとか」
傲慢が行き着くところまでいけば考えることなどが似てくるのだろう。少なくとも他人の命をただの道具としか見ていない部分は同じだ。
「それでどう迎え撃つの? 私にも出番くれるんでしょうね」
リゼロッドも実にイイ笑顔で伊織に詰め寄る。
彼女も古代魔法時代の非道な人体実験に思うところがあるらしく、それを踏襲するようなロヴァンテルの行いに憤っているのだ。
「とりあえず想定される侵入ルートを検証してみましょう」
「相手の人数によっていくつか案を考えないとダメじゃね?」
端から見ると和気藹々と、目つきと内容はこの上なく物騒な話し合いが始まる。
あまりに教育に悪いのでジーヴェトがルアの両耳を塞ぎつつ変顔しながら意識を逸らす。なにげに良いオジサンをしているようだ。
「……つくづく、敵に回さなくて良かったですな」
「そうですね。ロヴァンテルの魔法兵を知ってなおあの余裕、恐ろしさしかありません」
ルバとセリスが盛大に顔を引きつらせながら頷き合っていた。
ナセラ輝光聖国の王都を望む小高い丘の麓に厨二病感満載の漆黒ローブをまとった一団が身を潜めていた。
「思ったヨリ時間がかかりまシタね」
奇妙に篭もったような声を上げた男に別の男が目を向ける。
「身の程知らずにも我が神聖国と張り合っているというだけのことはある」
筆頭魔術師であるジグルが最強の魔法兵士と呼んでいたロヴァンテルの暗殺部隊“黒蛇”が命令を受けてからすでに半月以上が経過している。
それだけ時間がかかった理由はひとえにナセラ王都までの距離と魔法による守りが厳重なものだったからだ。
国境までは魔導車を使ったものの、発見されるリスクを考えるとそこからは徒歩になる。
さらに国境を越えるときも、街道から外れて移動しているときも魔法による探知や障壁、結界などで幾度となく移動が阻まれ、察知されないように対処するのに手間取ったのだ。
魔法技術でいえばロヴァンテル神聖国と同等に近く、国力もほぼ拮抗している。
ただロヴァンテルが極端に軍事に寄っているため兵力そのものはかなり差があるが。
「ナセラ王都には各隊で分散して侵入する。王宮近くでいったん合流した後で2隊に分かれるぞ」
先ほど発言したリーダーらしき男がそう指示を出すと、他の者達は小さく頷いた。
無駄な声を上げることなく気配を殺しながら最小限の反応だけ返すところに練度が表れている。
部隊の規模は30名。軍編成でいえば小隊規模だが、それぞれが一騎当千という自負をもつ手練れの魔導師達だ。
それが5班に分かれて夕闇に沈み始めた王都に向かって移動を始めた。
「……妙だな」
すっかり暗くなった路地を進みながら黒蛇のリーダーが小さく呟いた。
すぐ傍らの兵士はリーダの言葉が聞こえていないのか何ら反応を見せることなく歩みを進めている。
王都に入るときはかなり厳重な侵入者防止措置があり、精鋭といえどかなり神経を消耗させられた。
それでも狙い通り誰にも気づかれることなく城壁を越えて街に紛れ込んだのだが、どうにも王都の様子に違和感を覚えずにいられなかったのだ。
黒蛇の兵士達にとってナセラ王都は初めての場所である。だが、当然のことながらロヴァンテルも周辺各国に数多くの諜報員を送り込んでおり、詳細な地図もあるので迷うようなことはない。
だが、王都に入って感じたのは、一国の、それもロヴァンテルと肩を並べるほどの大国にしては人通りの少なさだ。
すでに日はとっぷりと暮れ、露店はおろか多くの店も閉まりはじめた時間ではある。だが王都内は魔法灯による明かりがいたるところで灯され、大通りにはそれなりの人が行き交っている。
にもかかわらず通りから少し入っただけの路地にはほとんど人の姿を見ることができない。それどころか周囲の家からも人の気配がしないのだ。
かといって黒蛇の侵入が気づかれたという形跡はない。衛兵の動きも逐一確認しているが特に目立った動きはないからだ。
(気のせい、か?)
考えても結論の出ない事を意識から閉め出す。
彼等はロヴァンテル以外の国に行ったことはあるがナセラの王都に来たことはない。普段の様子を知らない以上、比較できないので安易に方針を変えるわけにはいかなかった。
それでも念のため、警戒を一段階引き上げる。
油断さえしなければ、たとえ敵が待ち構えていたとしても罠ごと食い破る自信はあるのだ。
部下達にも注意を促し、少し速度を落としながら王宮の後ろ側に回り込んだところで待機すると、しばらくして他の班も集まってきた。
「アインとログの班は正門近くから侵入しろ。状況によっては気づかれても構わんが、その場合は攪乱に専念しろ。セトとベッジは裏門側からだ。獲物の優先順位は異国人の大人、次に子供、ナセラの聖王、塔の魔術師だ。ナセラの連中は異国人の始末を終えて余力が無ければ一度王都から待避して仕切り直す」
リーダーの男はそう言いながらも夜が明ける前までには全てを完了させるつもりだ。
他の兵士達も作戦の成功を疑っている者は一人もいない。
黒蛇の兵士が二手に分かれる。
基本的に正門側の2班は陽動を担当し、裏門の3班が獲物を狩ることになるがリーダーの率いる班は後詰めとして少し距離を置いてついて行く。
兵士が自分の魔力を限界まで弱く、薄くしていくと、途端にその存在感が希薄になる。これができるからこそ最強の暗殺部隊などと称されるのだろう。
基本的に魔法による探知や結界は魔力に反応する。それも一定以上の魔力を持つ者に対してだ。
魔力は微生物や無生物も含めて全ての物体が保有している。なので昆虫や小動物に反応しないようにある程度の強さがある魔力のみを対象としているのだが、彼等は自分たちのもつ魔力を小動物レベルにまで低下させることで魔力探知をすり抜けているのだ。
実はこれは伊織が使った手法と同じであり、魔法を過信する者にしてみれば完全に無防備な姿を晒すことになる。
黒蛇のリーダーが絶対の自信を持って見守る中、兵士の一人が王宮を囲む城壁を登りはじめる。
といってもその壁は石造りで手足が掛けられるような凹凸はほとんど無くほぼ垂直のものだ。
にもかかわらずまるで虫かヤモリのように壁に貼り付いてスルスルと苦も無く登っていっている。見ている兵士も驚いた様子は無く、兵士にとって当たり前の技能のようだ。
やがて高さ20mはあろうかという城壁を登り切った兵士がロープを落とし、それを伝って残りの者達も音を立てることなく後に続いた。
2班が先に城壁の向こう側に消えてからしばらく間を置き、リーダーが率いる最後の班が別の場所から城壁を越えた。
超えた先、王宮の建物を囲む庭園は綺麗に整えられており、所々に魔法灯が点在しているだけでほとんどが闇に沈んでいる。
人の腰より少し高い程度の植え込みが通路のように続いているため身を屈めれば見咎められることなく建物の近くまで行けそうだ。
全員が庭に降りたことを確認し、侵入したことが露見しないようにロープを回収する。
そして移動をはじめようとした瞬間、リーダーが違和感を覚えて動きを止める。
(なんだ? 静かすぎる?)
改めて王宮の庭を見渡すとその違和感の正体が分かった。
巡回の衛兵はおろか、見通せる限りの範囲で人の姿がないのだ。
夜とはいえまだ深夜には届かない時間、それに彼等は仕事柄かなり夜目が利く。
頼りない明かりだけとはいえ数百mの距離ならば細部までしっかりと見ることができる。なのにその目は人の姿をひとつも捉えられなかった。
いくら魔法による防御に自信があろうと、聖王の居城である王宮に警備の兵を配置していないなどあり得ない。
(罠? だがどうやって我等の侵入に気づいた?)
少なくとも王宮の城壁を越えてからでは警備兵を待避させる時間は無いはず。罠を張ることを考えると王都に侵入したときでも間に合わないだろう。
想定外の事態に、リーダーは引くべきかどうか逡巡する。
(いや、ここで引き返せば再度の侵入はさらに厳しくなる)
今撤退するのは任務の失敗を意味する。
部隊が損害を受けるのはいい。だが何の成果も上げることなく撤退することだけはできない。プライド的にも命令的にも、だ。
ジワリと脳裏を侵食する不吉な予感を押し殺し、部下に最大限に警戒するよう合図を送る。
そして素早く呪文を詠唱して印を結ぶと探査魔法を放った。
罠だとすれば身を隠している意味はほとんど無いし、黒蛇の兵士がこの魔法を感知すれば異常事態を知って対処することができるはずだ。
(たとえ誘い込まれたのだとしてもナセラの兵程度、我等の敵ではない。王宮の中に入れたことを後悔するがいい)
不可思議な道具を使う異世界人のことも頭に浮かぶが、わずか数人ではできることなど知れているし、砦を壊滅させたという兵器も王宮では使えないだろうと踏んで作戦遂行に支障は無いと判断する。
問題となるのは獲物がすでに王宮から逃亡している場合だけだ。
(む?!)
男がそう思い至った直後、探査魔法にいくつもの反応があった。
それも、突然、複数の場所で、ほぼ同時に、だ。
わずかな間を置き、今度は先行している2班、次いで正門側から侵入した2班が隠蔽を解いて高速で移動をはじめたのを察知する。
その動きから各所で戦闘が始まったのが分かった。
だが、
(なんだ? 敵は、3人、だと?)
探査の反応は三つだけ、正門側にひとつ、先行した2班の左右にひとつずつ。それも部隊ではなく単独で。
黒蛇の部隊がそれぞれの敵を包囲するように動く。
一騎当千の魔術師が一人の人間を取り囲む。
絶対に逃げられることも負けることもあり得ない展開。
だが、数秒ごとに反応が消えていくのは黒蛇の兵士だった。
(馬鹿な! 何が起こっている?!)
慌てて再び探査魔法を放つ。今度は出力を高めた、より精度の高いものだ。
だが結局何が起こったのかを男が理解することはなかった。
その時にはすでに魔法に応える反応は各班の隊長のみだったということもあるが、男の背後から何かを擦る音が響き、それ以上考えることができなくなったからだ。
シュッ、ボッ、ジジジ……
「ふぅ~、ご大層な格好で、ご苦労なこった。少し休んだらどうだい?」
振り向いた男のわずか20mほど先に、ニヤニヤと笑みを浮かべる無精ひげの男が立っていた。
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