第136話 魔法王国の後継者

 ロヴァンテル神聖国の反政府組織であるオーブルのメンバーの国外脱出を支援してナセラ輝光聖国にやってきた英太、香澄、リゼロッドの3人。

 首都である聖都に到着し、オーブルのリーダーであるベンと仲介者のカセルと一緒に王宮へとやってきたらどういうわけかトップである聖王と面談することになった。

 そうして案内された部屋に入ったのだが、目に飛び込んできたのは100インチの大型テレビとそこに映るゲーム画面。

 素直に喜びを表している少女と項垂れる美熟女、それを楽しそうに見つめている無精ひげのオッサンである。


「……なにしてんすか?」

 しばし唖然としていた英太だったが、なんとか気を取り直して固い声で訊ねる。

「お~、来たか。いや、待ってる間にセリス陛下にゲームを教えたらすっかり気に入ったみたいでなぁ。対戦でするなら格ゲーが良いかと思って、やっぱりス○Ⅱが一番だな」

「ゲームのタイトル聞いてんじゃないわ! ってか、国のトップに何やらしてんだアンタは! だいたい、伊織さんはいつの間にこの国に来てたんだよ!」

 英太が絶叫のごとく声を張り上げて至極もっともなツッコミを入れる。もちろん隣に居る香澄とリゼロッドも心はひとつだ。


「ルアちゃんの安全を確保しつつロヴァンテルの内情を調べるんじゃなかったの? そのために私達が囮として引きつけることになってたじゃない」

 リゼロッドも不満そうにそう文句を言うし、香澄にいたっては剣呑な目を向けつつレッグホルスターに刺さったままの機関拳銃のグリップを弄っていたりする。

 これにはさすがに伊織も顔を引きつらせる。


「あ~、まずは落ち着け。こっちも遊んでたわけじゃないぞ、いや、マジで」

 伊織の言い訳を疑わしそうに見つめる3対の目。つくづく日頃の行いというものは大切である。

 そのやりとりを止めたのは凜とした女性の声だ。

「イオリ様、お話に割り込んでしまい申し訳ありません。そちらの方々に名乗らせていただいてもよろしいでしょうか」

 その言葉に、この場に居るのが伊織とルアだけではないことを思い出した英太達が慌てて居住まいを正す。

 先ほどの伊織の言葉を考えればこの女性がこのナセラ輝光聖国の聖王であることは明らかで、その目の前で言い合いして良いわけがない。


「あなた方がイオリ様のお仲間のエイタ殿、カスミ殿、リゼロッド殿ですね。わたくしはナセラ輝光聖国の王、セリス・アール・シェティルです」

 先ほどの格ゲーでルアにコンボ技を決められて凹みまくっていたのが嘘のように威厳に満ちた声音に、英太達も思わず腰をかがめて名乗る。

「それからカセル、困難な任務をよくぞ成し遂げてくれました。そなたがロヴァンテルで反乱軍をまとめていたベン・ハーグ殿ですね。話は聞いています、よく来てくれました。我が国は祖国を案じ誇りをもって戦ってきた貴公等を歓迎します。詳しい話は後ほど行政官と話をしてもらうことにしましょう」

 

 突然話を振られたベンがその言葉に焦りながら頭を下げる。

「わ、私達を受け入れてくださり感謝いたします」

 ベンはここに来るまでに問いただそうと考えていた内容、ロヴァンテルの反乱軍を受け入れた理由や自分たちに何をさせようとしているのかなどは一瞬で頭から飛んでしまい、ただセリスの威厳に圧倒されて言葉が続かない。

 その様子を見て聖王セリスが微かに笑みを見せる。

「そう堅くならずとも良い。我らは今の段階で貴公等をどうこうするつもりはない。無論思惑はあるが、それはロヴァンテルが他国への侵攻を諦めた後の話だ。それに、それとて貴公やロヴァンテルの民衆にとって悪いことではない」

 言葉の真偽はわからない。

 だが他にベン達がとれる選択肢はなかったし、眼前の聖王は信じるに値する相手のようにしか見えなかった。


「その言葉、ありがたく」

 ベンはそう言って再度頭を下げると、カセルに促されて部屋を出て行った。

 たったそれだけのやりとりだったが聖王が自ら声を掛けたことに意味があったのだろう。ベン達に不満の色はなく、むしろホッとした表情を見せていた。

 その後ろ姿を見送り、セリスは改めて英太達に向き直る。

「お待たせいたしました。改めてお話をさせていただけますか?」

「え、ええ、はい」

 リゼロッドがそう返事をしたものの、セリスの口調と態度に戸惑っていた。

 先ほど臣下らしいカセルや反乱軍リーダーのベンに対する態度も、君主としては異例なほど丁寧だったがそれでも威厳に満ちたものだった。

 ところが同じく初見であるはずのリゼロッド達に対しては同格、いやむしろ目上の人に対するかのような口調で接してくる。

 おおかたどこぞのオッサンがまたなにかやらかした結果だろうが、だからといって困惑が消えるわけではない。


 とはいえこの場で伊織を問い詰めるわけにもいかず、とりあえずはセリスに促されて近くに用意されたテーブルに着く。

 体面にはセリス、ひとつ分空けて伊織とルアも席に座る。

 その後すぐに温かい飲み物が配られた。比較的寒い地域柄だろうか、カップは木製で冷めづらい工夫がありがたい。

 ホットミルクティーに似た飲み物を口に含むとじんわりと身体が温かくなり、少しばかり緊張が解ける。


「とりあえず俺達がこの国にいる理由を説明した方が良いだろうな。

 話してあったとおり俺とルアはロヴァンテル国内に身を隠しながら情報収集することにしたんだが、これがなかなか骨が折れてな」

 まずは伊織がこの国に来た経緯を説明する。

 それによると、当初は予定通りロヴァンテル国内を移動しながら地方の街や村で情報の聞き取りをしようとしていたらしい。

 もちろんルアを連れてだと目立つ可能性があるため、それは主にジーヴェトが担当した。

 大柄で鍛えられているとはいえ、ロヴァンテルの人と外見的な違いが少なく、人当たりの良いジーヴェトはこれまでも街に潜入して情報収集や情報操作などを何度もしていたために慣れているから、なのだが、わかったことといえば大多数の民衆が周辺国への侵攻を当然だと考えていること、それから魔術師と呼ばれる連中がかなり幅をきかせているということくらいだった。


 そして何度目かの情報収集の際にジーヴェトが見とがめられ、捕縛されそうになったのをなんとか逃れて伊織と合流し、それ以上ロヴァンテル国内で動くことを諦めたとのことだ。

「だから古代魔法王国の後継者を名乗るもう一つの国に来てみたってわけだ」

「で、そのジーヴェトはどうしてるの?」

「ロヴァンテルの魔術師に囲まれたときに逃げようとして少しばかり怪我してな」

「怪我?!」

 あっけらかんと言う伊織に、リゼロッドが驚いて身を乗り出す。

「っても、火魔法の直撃食らって少しばかり火傷したのと、露店のおばちゃんにフライパン投げつけられて肋骨にヒビが入ったくらいだ。すっかり回復してるよ。といってもここんとこ扱き使ってたからしばらく休みをやった。昨夜飲み過ぎたらしくて二日酔いで今も寝てるんじゃないか?」

 それを聞いてリゼロッドが安堵の溜め息を吐く。

 なんだかんだとアシスタントとして一緒に居ることが多く時折ふたりで酒を飲んだりしているのでそれなりに親しいのだ。


「それで、この国に来た理由はわかったけど、なんでまた聖王陛下のところにいるの? それだけじゃなくてルアちゃんの目も隠してないし」

 香澄が言うように伊織の隣でニコニコしながらジュースを飲んでいるルアは虹彩異色症ヘテロクロミアを露わにしている。この大陸東部で特別な目で見られているのにだ。

「それについては儂から説明させていただこう」

 そう言葉を割り込ませたのは、つい先ほど部屋に入ってきた老人だった。

「爺さん、遅かったな」

「申し訳ない。イオリ殿に教えてもらった魔法理論の実験に夢中になりすぎてつい、な。うむ、そう考えると責任はむしろイオリ殿にあると言えるだろう。反省してもらいたい」

 突然入ってきた老人と伊織が親しげに軽口を叩き合うのを香澄達は胡乱げに見る。


「む、失礼。儂はナセラ輝光聖国で魔術顧問を務めているルバと申す。といっても大した権限は持っておらんでな、日がな一日魔法の研究に明け暮れるだけの、イオリ殿曰く“魔法オタク”のジジイじゃ」

「また変な言葉教えてるし」

「話が全然進まないからいちいちツッコまないの! それで?」

 香澄が疲れた声で続きを促すと、ルバが笑みを浮かべたまま頷く。

「ひと月ほど前になるが、星見に大陸東部の変調の兆しが見えたのだ。それには動乱と巨大な災い、それから外より大いなる力を持つ者がやってくることが表れていた」

「暴虐な力を持つ慈悲深い魔神が降り立ち罪過を正す、でしたわね」

 ルバの説明にセリスが言葉を加える。


「暴虐な」

「魔神」

「「「ぶっ!」」」

 君主と高位魔術師の前だというのに思わず吹き出す3人。

「いや、むしろ破壊神とか大魔王とか」

「自分のやりたいことを好き勝手してるだけだし」

「キミたち、酷くね?!」

 自分たちが苦労している間にさっさと安全な場所に避難してのほほんとしていた恨みがこもっているのか、ここぞとばかりに皮肉を連発する英太達に伊織も苦笑いを浮かべるしかない。


「とにかく、俺達がこの国に入るとすぐにこの爺さんが出迎えてくれてな。いくつかの条件を呑んでもらう代わりにロヴァンテル神聖国への対応に協力するってことになったんだよ」

「大陸東部の勢力争いに首を突っ込むのは気が進まないわね」

 リゼロッドが渋い顔をするが、それに聖王であるセリスが首を振った。

「我が国に領土的野心はありません。我々が守らなければならないのは古代の英知と大いなる罪の記憶であり、二度とかつての悲劇を繰り返さないためにもロヴァンテルの暴走を止めなければならないのです」


「それは、魔法王国を含む、その時代の魔法文明が滅んだことと関係があるのかしら」

「はい。イオリ様に伺いましたが、皆様は古代魔法王国、クルーシュセの首都で闇に閉ざされた空間をご覧になったとか。まさしくあれこそがクルーシュセと当時の魔術師が犯した許されざる罪の証しです」

 セリスが語ったクルーシュセというのが古代魔法時代で最大の勢力と技術を誇った国の名だ。以前、砂漠の都市で見つけた王の手記を読んだ時とは少々発音が違うがそれはどうでもいい。

 続いてルバが語った内容は以前に伊織が推測したものとほぼ同じであり、永遠の繁栄と幸福を実現させるために行使した魔法の代償として、大陸西部の地脈から全ての魔力が消え去り、一定以上の魔力を持つ人間も巻き込まれて死んだという。


 魔法が行使されるより前に袂を分かった王弟は多くの魔術師や民衆を引き連れて大陸東部に移り住み、それがやがて国になった。

 その国の名はロザリア。

 クルーシュセの王弟が初代の国王に就き、その意志を継いだ二代目の王はかつてのクルーシュセがどうなったのか使節を送った。

 その頃にはすでに砂漠は今と変わらないほど広がっており、移動には相当な困難が伴ったが、それでもなんとかたどり着いたところで見つけたのがあの真っ黒な壁だ。


「この国が魔法王国の後継を名乗ってるのは、そのロゼリアがナセラ輝光聖国になったってことなんですか?」

 後継者を名乗る国は二つある。

 その疑問を香澄がルバにぶつけると、老人は頷いた。

「正確にはロゼリア第四代王の時代に王家で争いが起きて二つに分かれたのじゃよ。だからナセラとロヴァンテル、どちらも後継者と名乗ったとて嘘ではない」

 まぁ、よくある歴史である。


「それで、伊織さんはどんな交換条件出したんすか?」

「一つは古代の魔法に関する資料の閲覧だ。正統な後継を名乗るだけあってここには古代魔法に関する資料がかなりある。それからルアの身の安全を保証すること。あとは俺達の行動の自由とロヴァンテルに対する作戦への口出しだ」

「でもなんで聖王陛下は伊織さんの条件を呑んだんですか?」

 気になるのはそこだ。

 確かに伊織の持つ現代兵器はこの世界にとって脅威だろう。だがそれでも多の地域とは隔絶する魔法技術を持つこの国が、それだけのためにこんな無茶な要求を呑むとは思えない。


「いくつか理由があります。一つは情けない話ですが我が国だけではロヴァンテルの侵攻を阻むことが難しいのです。この国自体を守ることはできますが、近隣に援軍を送るほどの余力はありません。二つ目は神霊眼をもつルア様の存在です。左右の瞳の色が異なる者は豊富な魔力と高い魔法適性があります。ロゼリアが最も発展した時代、時の国王がそういう瞳をもっていたこともあって、神聖な瞳と言われているのです。三つ目、最大の理由ですが、あなた方を敵に回さないためですね」

 最後の言葉を聞いて、やっぱり伊織がなにかやらかしたかと思った英太達は一斉に顔を引きつらせるが、ルバが笑ってそれを否定した。


「儂には人のもつ魔力を見る能力がある。量だけでなく練度も魔力を見ればわかるのだが、イオリ殿は強大な魔力を宿しながらもその全てを完璧に制御しておった。そのような事ができるのは並外れた能力を持つ魔術師だけ。少なくとも我が国にいる魔術師達には無理な芸当だ。そのうような者を相手にすればこちらもただでは済まぬからな。儂から陛下に進言したのだ。そして貴公等を見ればその判断が正しかったのだと改めて確信した」

 なにげに英太達も伊織と同列の人外扱いされたらしい。

 目標としてきただけに成果が出てると喜ぶべきだろうが、人としては間違った方向に行っている気もする。


「まぁ、なんにせよ今はこの国と協力して情報を集めてるところだ。地形や気候の関係でロヴァンテルが動くのは春になってからってのは確かみたいだからしばらくはのんびりするとしようや」

 伊織がそう言い、話し合いが終わったと知ったルアがセリスに今度は落ちものゲームに誘ったことでようやく3人の肩から力が抜けるのだった。




 絢爛な王宮の最奥に一際豪奢な広間がある。いや広間というよりはサロンと言ったほうが近いかもしれない。

 広さは学校の教室二つ分ほどで、分厚く華やかな絨毯が敷き詰められ壁を覆わんばかりの調度品や家具が置かれている。

 その部屋の中央に置かれたド派手な一人掛けのソファーにふんぞり返った男の前で、ロヴァンテルの宰相が跪いていた。


「……よく聞こえなかったな。もう一度聞こう」

 そう言って宰相に向かって熱のない声を掛ける男に、跪いたままものすごい勢いで噴き出す汗を滴らせる。

「はっ、い、いまだに神霊眼を持つ子供は捕まえられておらず、そ、その異国人の攻撃により南部の砦3つが壊滅しました」

 一息に言って床に張り付くように平伏する宰相。

「貴様、自分が何を言っているのか理解しているのだろうな」

「…………」

 冷徹な視線が突き刺さるが、今は何を言っても言い訳にもならないのは宰相が一番理解している。それだけの権限を与えられているのだから当然それに伴う結果が問われるのだ。


「ふん、まあ良い。この件に関しては貴様の落ち度とは言えんだろうからな」

 思いがけない言葉に、宰相の男は驚いて顔を上げる。

 だが言葉とは裏腹に向けられた視線は鋭い刃のようだ。

「魔術師の要請を聞いて出し惜しむことなく兵と装備を送ったこと、神霊眼を持つ者を確保しようとしたこと、反乱軍に3騎士団を差し向けたこと。どれも判断としては間違っておらん。結果には到底納得できぬがな」

「はっ、我が力が及ばず、陛下の貴重な兵を損なった責任を痛感しております」

 再び床に額を擦りつける。


「神聖王陛下、宰相殿は充分な働きをしてくれていますよ。今回は相手が異常だっただけですな」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、宰相の男と幾度もやりとりをしていた魔術師の男だ。

 王のサロンに入ってくるというのに挨拶すらろくにせず不敬極まりないが、王がそれを咎める様子は無い。

 そのことが面白くない宰相だったが王の御前でそれを口にすることはできなかった。

(陛下は魔術師を甘やかしすぎる! いくら陛下自身が魔術師であるとしても、昨今の連中の増長ぶりは目に余る)

 宰相がそれとなく進言してもまるで聞く耳を持たない王に溜め息を吐きたくなる。

 そもそもが国王自体が魔術師以外を低く見ている様子があるので迂闊なことも言えないのだ。


「ジグルか。遅かったな」

「申し訳ありません。連中の居所を突き止めるのに手間取りまして」

 王の言葉に悪びれる様子も無く、ジグルと呼ばれた男は笑みを浮かべたまま頭を下げた。

「ふん、ということは見つけたのだろうな?」

「ええ、もっとも予想の通りでしたがね。異国人はナセラの王都に逃げ込んだようです。反乱軍も連れていたようですが、そっちは国境に近い街に監視付きで滞在しているみたいですな」

 ジグルの報告に王は不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「余に逆らった者をそのままにしておけぬ」

「承知していますよ。それに陛下の悲願を邪魔されては困りますからな。ですので、“黒蛇”を動かす許可をいただければと」

 ジグルの言葉に息を呑む宰相。

 黒蛇と呼ばれた者達。

 それは暗殺や破壊工作のために異能を持った魔術師を集めた特殊部隊だ。いや、すでに魔術師という枠を超えた人ならざる魔人と言ってもいい。


「……良いだろう。どれほど必要だ?」

「異国人共は我らにすら理解できないほどの高度な技術を用いた武器を所有していますから過小評価できません。ここは全ての力を注ぎ込むべきでしょう。それに、いっそのことナセラの愚王と身の程知らずにも賢者などと自称する塔の住人も消してしまうのがよろしいかと」

 その言葉に王はようやくニヤリと笑みを浮かべる。

「あの、魔法王国の末裔は罪を背負っているなどとふざけた事を放言する愚者か。どちらにせよ我等が大望を成すには邪魔になる存在だ。この機に消えてもらうのも悪くないな。良いだろう、委細貴様に任せる。あの者共なら失敗することはなかろうが、つまらぬ報告は聞くつもりはないぞ」


「わかっておりますよ。それと、陛下にお目に掛けたい者が居るのですが、ここに連れてきても?」

「ほう? よかろう」

 王の返事を聞き、ジグルが部屋の扉を開けて一人の少年を中に招き入れた。

「?! これは!」

「神霊眼の持ち主をいちいちナセラから連れ帰るのも面倒ですからな。ならばいっそ作ってしまえば良いのです」

 そう言って自慢げに王の前に引っ張り出した10歳くらいの少年は、右目が金、左が青の虹彩異色症ヘテロクロミア。ただし、ルアとは違い、どこか無機質で人形めいた瞳だ。

 そして少年自体、ぼんやりとして自我がほとんど感じられない。


「先天の色違いではありませんので魔力は並程度でしかありませんが、民衆の前に出すときだけ魔力を飽和させれば良いでしょう。要は象徴としての神霊眼さえあれば事は足ります」

 実際に神霊眼の持ち主が現れたのはずっと昔の話であり、見たことのある者など誰もいない。

 だからこそ逆に見た目の神秘性やあふれ出る常人を遥に超える魔力などの演出が民衆には必要だろう。そのための見せ札としての少年である。

 魔法によって無理矢理瞳の色を変え、扱いやすいように自我を壊してある。多少の知能は残っているので言われたとおりの行動はとれるし教えた言葉も喋ることはできるが、言い換えればそれしかできない。生きてはいるが実態はただの人形だ。

 それに、この状態の人間に無理に外から魔力を溢れるほど注ぎ込むようなことをすれば数回で身体が耐えられなくなる。

 文字通り使い捨ての人形。

 それがこの少年に与えられた役目なのだ。


「確かに、どこで育ったのかもわからぬ下賎な者を神霊眼として迎えるよりは利用価値が高いかも知れぬな。アゼ・ガリルよ」

 不意に王が宰相に呼びかけた。

「は、はい!」

「ジグルに感謝するがいい。黒い蛇が余に逆らう異国人を殺し、取り逃がした神霊眼の代わりも用意された。よって貴様の非は無かったことになる。これからも余に忠義を尽くせ」

「はっ! ご恩情感謝に堪えません。今後も職務に励みます。ジグル・ベンデ殿、此度の件、力添えに礼を申し上げる」

「く、くくく、宰相殿のその言葉だけで骨を折った甲斐があったというもの。これからも手を取り合っていきたいものですな」

 その皮肉めいた言いようにわずかに眉を跳ね上げたもののそれ以上は感情を見せずに一礼し、アゼは退出していった。


「やれやれ、怒らせてしまいましたかな」

「奴は魔術師が優遇されるのが気に入らんようだからな。それでもああいった者も国には必要だ」

「いえいえ、彼は優秀ですよ。予算に渋いのが困りものですが、陛下に忠実で能力も高い。我々が魔法研究に没頭できるのは彼のような文官がいるからこそですから」

 どうやらアゼはそれなりに王にも魔術師にも評価はされているらしい。だからこそ今回も特に処分されることなく許されたのだろう。


「それで、邪魔をする異国人の処理は本当に大丈夫なのだろうな?」

「もちろんです。我等が創り上げた最強の魔法兵士がしくじる事などあり得ません」

 ジグルの言葉に満足そうに頷く神聖王を僭称する男。

 大陸随一を自認する高度な魔法技術と歪なほど整備された軍。

 長く大陸東部という限られた地域で覇を競ってきた古代の亡霊。

 だがその野心も、自信も、積み上げてきたものさえが、神ならぬ男の掌の中から逃れることは容易ではないのを彼らが知るのはもう少し先。

 そして今この場所のやりとりですらその男に見られていることも。

 

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