第134話 レジスタンス

「居たわよ。正面方向に5km!」

「了解!」

 砲手席でモニターを睨みつけていた香澄からの報告に、英太がパトリアのアクセルを思いっきり踏み込む。

 運転しているのはパトリアAMVだが、先日までのものとは別の車体だ。

 装輪式なのは同じだが、兵員輸送車としての特徴が濃い通常バージョンとは異なり、車体上部には戦車のような全周旋回式砲塔を備えている。

 オーストラリア陸軍向けに開発されたAMV35歩兵戦闘車。

 主武装にブッシュマスターⅢ35mm機関砲、副武装に7.62mm機関銃を備えるこの車両はもはや装輪式の戦車といってもいい代物だ。もちろん水上移動できるところもこれまでと同じ。その上装軌式のCV9030よりも機動性が高い。


 AMV35が速度を上げて街道を進むとほどなく木人形の団体様が出迎える。

 が、英太は構うことなくそのまま数千は居そうなその群れに突っ込んだ。

 当然相手からも攻撃を受けるのだが、これまでの戦闘から木人形の撃ち出す魔法ではパトリアの装甲を貫くことも車輪に重大な損害を被ることもないのがわかっている。

 なのでむしろ人形達を追い立てながらどんどん集団の中に入っていく。だがヒューロンとは違い、人の背丈よりも小柄な木人形程度に囲まれてもパトリアは悠々と踏み潰しつつ人形を木片に変えていった。

 弾薬がもったいないのでもはや木人形程度に銃弾は使わない。


 乗っている人間の三半規管に重大なダメージを与えそうに思えるほど縦横無尽、というか暴走族も真っ青な蛇行運転で木人形を磨り潰し、残りも半数を切ろうとしていたとき一際巨大な人型のモノが地響きを立てながら向かってくるのに気づく。

「うぉ! アレもゴーレムなのか?」

「そうみたいねぇ、胸の部分から魔法の波動が漏れてるわ。全身を鉄の鎧で覆ってるみたいだしあの重さで動けるんだからかなり強力な魔法が掛けられてるようね。普通の戦場なら無敵なんじゃない?」

 そう、この中近世然とした、弓と槍、剣と魔法の世界であれだけ頑丈そうな巨大ロボ(ゴーレムだが)が暴れ出したら騎士や兵士では手も付けられないだろう。

 ただし、あくまで普通なら、の話である。


「んじゃサクッと殺っちゃうから」

「JKが殺っちゃうって、元の世界に帰ったら香澄の母ちゃんに俺が怒られそう」

 朗らかに、明らかに状況にそぐわない表情で言ってのける香澄に英太がなんともいえない顔でこぼすが、そんなことに構わず香澄が機関砲の照準を巨大ゴーレムに向ける。

 ドンッ!!

 たった一発の35mmの砲弾が初速1,300mでゴーレムの胸、その中央で炸裂して胴体が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 切り札として登場したはずの5mを超える巨体は、何一つ戦果を上げることなく瓦礫と化した。


 さすがにこれには人形兵、いや操っている術者は相当動揺したらしく、人形兵の動きが目に見えて鈍くなる。

 そこに追い打ちを掛けたのはリゼロッドだ。

「準備できたわよ。下がって!」

「イエッサー!」

 どこまでも緊迫感からほど遠いのはどこぞのオッサンの教育が行き届いているのか。


 リゼロッドが砲塔の後部ハッチを開けて身を乗り出し、意味も無く派手なポーズを決めながら魔法名を叫ぶ。

火炎嵐ファイアーストーム

 もちろんポーズも魔法名も魔法の発動にこれっぽっちも影響しない。リゼロッドがやりたいからしてるだけである。

 喜劇のような仕草とは裏腹に、発動した魔法の効果はかなり凶悪なものだ。

 突如として人形兵の集団のど真ん中に直径2mほどの火球が現れたかと思えば、それを中心に炎が渦を巻き始める。そしてその炎は徐々に大きくなり上方へと伸びていった。

 炎の竜巻である。

 後進して距離をとったAMV35の見ている前で火の渦が次々に木人形を飲み込んでいき、さらに大きな炎になっていく。

 なにしろ見るからによく燃えそうな木の人形達である。自動的に燃料を追加していっているようなもので、どんどん大きくなっていく火柱に慌ててバックする速度を上げる。


「コレ大丈夫なんすか?!」

「だ、大丈夫よ……多分。ほ、ほら、周りに木は少ないし」

 引きつった顔ではなはだ頼りない返答をするリゼロッドだったが、幸運なことに人形兵達を燃やし尽くした炎の竜巻はほどなく小さくなって消えていった。

 その途中で、火と煙を上げるローブ姿で逃げ惑う数人の人影を見たような気がするがその後どうなったのかまではわからないし、いちいち確認もしていない。

周囲に動くものがなくなった。

 戦果としては充分なので、英太達は悠々とその場を後にしたのだった。

 

「伊織さん達、今頃どこに行ってるんすかね」

 AMV35の周囲にセンサーを設置し、カップラーメンと菓子パンで食事をしながら英太がこぼす。食事の場所は車内だ。

「ルアちゃんの安全を確保しながら情報収集するって言ってたから、まだロヴァンテル神聖国内には居ると思うんだけど」

「あっちにはジーヴェトも居るし、イオリだからねぇ。心配いらないわよ」

「いや、心配はまったく、これっぽっちもしてませんけど?」

 酷い言い草ではあるが、まぁこれまでの行いを考えれば当然ともいえる。


 英太達の会話からわかるように、英太、香澄、リゼロッドの3人と、伊織、ルア、ジーヴェトの3人は現在別行動を取っている。

 どれほど周到に対策を立てたとしても物事に絶対などありはしない。

 ルアの虹彩異色症ヘテロクロミアが、左右の瞳の色が異なる人間を神聖視しているこの国にばれた以上、向こうがどんな手を使ってくるかわからない。

 だから用心のためにメンバーを二つに分けて、ルアは伊織と一緒に潜伏することになったのだ。

 英太達はおとりとしてロヴァンテル神聖国内を移動しながら襲撃を受けては撃退するということを繰り返していた。すでに戦闘は二桁に達する回数こなしている。


 英太や香澄にしてもルアに危害が及ぶのは容認できないのでその事自体に不満はないのだが、見えないところで伊織が動き回っていることがとてつもなく不安だったりする。

 とはいえロヴァンテルの注意を引いておくことが必要なのは確かなので、あえて偽装することもせずに軍事車両を使ってあちこちを移動しつつ、襲撃を受けたり軍事拠点とおぼしき場所を見つけると殴り込みを掛けたりしているというわけだ。

 おかげで今ではすっかりお尋ね者となっていて、街に入るどころか近づくだけで衛兵や先ほどのような人形兵が大挙して襲ってくるようになってしまったのである。

 最初の頃は英太達の車両を取り囲んで「神霊眼を持つ子供を引き渡せ!」などと喚いていたのだが、一切無視して攻撃しているうちに何も言ってこなくなった。


 そんなこんなでとりあえず休もうと野営地に見定めた街道近くの荒れ地が闇に閉ざされようとしていると、いきなり耳障りな警報ブザーが鳴り響いた。

「あ~、ヤレヤレ、今日もかよ」

「おとりは良いけど、睡眠不足になりそうなのが嫌ね」

「はいはい、愚痴らないの! ルアちゃんを護るためにも頑張って殲滅するわよ!」

 苦笑い交じりに言うリゼロッドに、二人は頷いてそれぞれの持ち場に就くために立ち上がったのだった。



 水盆を前に、男が今にも血管から血が吹き出そうなほどの青筋を浮かび上がらせて拳を握りしめた。

「……言ったはずだぞ。二度と失敗したなどという報告を聞く気は無いと」

 静かで、かえってその怒りの深さを感じさせるような押し殺した声に、水盆に浮かんでいる男はといえば神妙な表情を作ってはいるもののさほど気にしている様子は見えない。むしろ逆に不満を浮かべているとさえ思えるほど口元を歪めていた。

「お言葉を返すようですが、強大な敵には初手で全兵力をぶつけるのが定石なのではありませんか? 私は人形兵を1万お願いしましたがこちらに回されたのは半分の5000。後から追加されたとはいえ先行した人形兵が全滅してからでは意味がありませんな。それに、そもそも我々は異国人があれほどの能力を持つなど聞いておりません。調べたところ、反乱勢力を捜索していた人形使いの部隊を全滅させたのもあの連中だったそうですが、事前にそれがわかっていれば無駄に人形兵を使い捨てることは無かったものを」


 水盆の向こうから嫌みったらしくそう言われ、男は怒りを向けることができなくなる。

 無論男の方にも言い分はある。

 最初の人形部隊では生き残りがおらず、全滅していたのを把握できたのは伊織達が最初の街から逃亡した後のことだ。それも、当初は反乱勢力の仕業だと考えていたために、痕跡を調べた調査官の報告を聞いたのはすでに水盆の男の方に人形部隊を送り出してからのことだった。

 加えて男自身も伊織達の戦力を過小評価しており、人形部隊と魔導師達で充分に対応出来ると考えていたのだ。

 ところが結果は見事な惨敗。

 貴重な人形部隊1万と数十名の優秀な魔導師を失った。特に、再生産できる人形はともかく魔導師を失ったのはかなりの痛手である。

 十分な国土と多くの人口を抱えるロヴァンテル神聖国であるため予定されている侵攻計画に支障をきたすほどではないにしても痛いのには変わりない。


「巨人兵でも通用しなかったというのか?」

「アレはさすがに驚きました。鉄の鎧をまとわせた人形がたった一度の攻撃で粉砕されてしまったのですからな。報告では雷のような轟音と共に攻撃を受けてなにもできずに瓦礫になってしまったそうです。魔法を使った痕跡もありませんでした。さらにその直後、こちらは魔法による攻撃ですさまじい炎の柱を生み出してことごとく焼き尽くされました」

「むぅ!」

「魔法に関しては多少の準備とある程度の触媒を使えば同じことはできるでしょうが、連中の魔法技術は我々に匹敵するほど高いのは間違いないでしょう」

 言いながらどんどん饒舌になってくる水盆の男。


「魔法も我々の知らないものがあるかもしれませんし、なにより奴らの持つ兵器は常識を大きく外れるほど強力です。閣下は関心が無いようですが、我々の技術水準も充分に高いですからもしかしたら模倣できるかもしれません。なんとしても手に入れて解析したいものですな」

 それがどれほど困難なことなのかわかっていながらも、未知の技術に対する興味は先ほどまでの不機嫌さを吹き飛ばすほどのものらしい。

「調べれば調べるほど未知の技術! 奴らにはなにかとてつもない秘密があるはずです! それを調べることができれば我々はさらなる高みに至ることができるはず。それこそ古代王国を凌駕するほどの!」

 まるで熱に浮かされているような恍惚とした表情を浮かべて喚き立てる水盆の男を、苦々しげに睨めつけながら舌打ちする閣下と呼ばれた男。


「とにかく、手強いのは理解したがやはり神霊眼の持ち主はなんとしても手に入れたい。ナセラ輝光聖国へロヴァンテル神聖国こそが古代王国の正統な後継者だという事実を突きつけるためにも必要な駒となるのだからな。そのために必要な手は全て打つつもりだ。必要な物資や人員を申請しておけ」

「ええ、ええ、今度こそ連中を捕らえることができるように綿密に計画しますとも。く、ふふふ、絶対に、ねぇ」

 その言葉を最後に水盆から男の姿が消える。

 無礼極まりない態度だが今更そんなことに目くじらを立てたところで意味が無い。

 元々あの連中、魔導師達は様々な技術や魔法にしか興味が無い異常者達ばかりだ。

 逆に言えば満足できる環境さえ与えてやれば寝食を忘れて国に貢献してくれる。要は使いようである。

とはいえ使いづらいことこの上ないのも確かだ。

 男は盛大に溜息を吐きながら水盆の部屋を後にした。

 

「宰相閣下」

 執務室に戻ってすぐ、軍部の官吏を取り纏めている軍務官が入ってきた。手には数枚の報告書が握られている。

「どうした、重大な要件か?」

 できれば後回しにできるような要件は報告すらも聞きたくない。

「逆賊共の拠点が判明しました!」

「……聞こう」

 さすがに聞かないわけにはいかない内容に、宰相の男は眉をひそめて報告書を受け取る。


「我が国の北西部、カラセバ渓谷の近くに砦を築いています。推定される勢力はおよそ2000程度。魔導師も多数含まれるようです」

 冬が終わればいよいよ周辺国への侵攻を企図するするロヴァンテル神聖国にとって、早急に片付けなければならない懸案は正体不明の異国人のことだけではない。

 神聖国の正統性に疑義を叫び民衆を扇動しようとしている逆賊も面倒な存在だった。

 無論反乱勢力といっても戦えば苦も無く踏み潰すことはできる。

 だが狡猾な逆賊達は軍事拠点を奇襲したり流通を混乱させることで軍の行動を妨害し続け侵攻を頓挫させようと幾度となく損害を加えていた。

 もちろん強大なロヴァンテル神聖国にとっては微々たる損害ではあるが、放置すれば本格的な侵攻に支障をきたす可能性もゼロでは無い。とても放置しておけるような存在では無い。


「第5から第7までの神聖騎士団に逆賊の討伐を命じる。圧倒的な戦力で全ての痕跡を消し去るように。必要なら魔導兵器の使用も認める。可能であれば指導者や幹部を拘束し背後を調べさせろ。……どうせナセラが後ろで糸を引いているのだろうが」

「承知いたしました!」

 宰相が手早く命令書を作成して渡すと、軍務官は足早に部屋を出て行った。

「ようやく全ての準備が整ったのだ。全てを聖王陛下の下へ返さねばならぬ。そして再び我らが世界の頂点に君臨する、栄光ある魔法王国を復活させるのだ」

 連綿と受け継がれてきた果てしない野望。

 それがうたかたの夢に過ぎないことを当事者が知るのは全てが手遅れになってからだろう。



 難しい顔を突き合わせているのは神聖国の宰相達ばかりではない。

 ロヴァンテル北西部、見通しの悪い複雑な地形と豊かで清浄な水が流れる渓谷の谷間に周囲の景色に溶け込むように偽装された砦が築かれている。

 規模としてはそれほど大きいわけではないが、少し離れた場所には畑も作られており自給自足がなんとか成り立つ程度には整っているといえるだろう。

 砦のそばには十数台の魔導車が駐められており、木の枝や枯れ草などで見えないように隠されている。

 そんな砦の内部の一室で10名ほどの男達が重苦しい沈黙の中で景気の悪そうな顔を揃えていた。

 

「やはり春までに間に合いそうにない、か」

「難しいですな。思った以上に民衆への啓蒙が進んでいません。逆に日を追うごとにかつての栄光を取り戻すべきだという声が大きくなっているようです」

 その言葉を聞いた男は思わず溜息が出そうになり慌てて押し殺した。

 冬が終わると同時にロヴァンテル神聖国が近隣諸国に対して兵を挙げるというのは国内ではすでに一部の耳の早い商人達を中心に噂が広がり始めている。

 それほど大規模な侵攻計画ともなれば兵糧ひとつとっても尋常な量では無く、数年前から準備が必要となる。

 当然食料やその他の資材を集めるのに目端の利く商人が気付かないはずがなく、いくら口止めをしたところで完全に情報を漏らさないようにするのは不可能だ。


 古代魔法王国の復権。

 その末裔と言われている大陸東部の者であっても当然ながら全ての人がそれを望んでいるわけではない。

 大陸の他の地域と比べても高度な魔法技術があり概ね生活は豊かだ。

 さすがに北部の冬は厳しいが代わりに豊かで多様な実りと滋養に富んだ海産物も運んでくれる。

 ロヴァンテル神聖国やナセラ輝光聖国ほどの国力と技術力をもってすれば侵略を警戒する必要すら無い。

 わざわざ膨大な資源と人員を投じてまで他国を侵略する必要性などどこにもないのだ。

それに加えてこの国の魔導師達は自らが選ばれた者として自尊心が高く、民衆の生命や財産など歯牙にも掛けぬ振る舞いが常態化しているのだ。


 そんな国の状況を憂い、他国への侵略の中止や魔導師への過剰な優遇政策の廃止、貴族への法の適用を求めて活動してきたのがこの反乱勢力の始まりだ。

 当初はまっとうな方法で陳情やデモ、民衆への演説を行っていたのだが弾圧が酷くなると同時により過激な方法で抵抗するようになった。

 ここ数年は侵略戦争の準備を始めたことを察知して軍の施設や移動する部隊、兵站などへ奇襲を繰り返し消耗させようとしてきたのだが効果は乏しいのが実情となっている。

そうなると頼みの綱は一般民衆の厭戦感情なのだが、先の報告の通りそちらも思惑とかけ離れた結果に終わっている。


「ベン、もはやロヴァンテルを内側から変えるのは諦めた方が良いのでは無いか?」

「カセル! っ、いや、しかし」

 男達の中心に座っていたベンと呼ばれた青年が反論しようとするが、それを手で制して言葉を続ける。

「なにも侵攻を止めるのを諦めろというわけじゃない。これ以上ロヴァンテルで動いても皆を危険にさらすだけだ。それならばナセラ輝光聖国に拠点を移して光聖王の支援を受けてはどうかと言っているんだ」

「…………」

 

「ベンが警戒するのもわかるが、これまでにもナセラの支援は受けているし、反乱軍にもナセラの諜報員が何人も居ることには気づいているだろう?」

 実際、人を監視する“目”と呼ばれる魔法や索敵魔法の類いをこれまでくぐり抜けてこられたのはナセラ輝光聖国がそれらに対抗するための魔法具を提供してくれたおかげだ。

 他にも食料や物資の何割かはナセラの商人達から買い付けている。国内では十分な量を集められないからだ。

「それは、わかっているのだが」

「何度も言っているが光聖王陛下に領土的野心はない。それどころか古代王国時代の魔法の大部分は復活させるべきではないという考えだ。だからこそロヴァンテルの野心を挫くためならば協力を惜しまない」


 口調からしてナセラ輝光聖国の諜報員とはこのカセルと呼ばれた男も含まれるのだろう。

 そもそも監視魔法などという代物が存在する国で反政府組織など普通なら維持することはできない。それができるのは他からの支援があるからこそだ。

 ベンもそれはわかっている。

 だがそれでも自分の国の行く末を他国に委ねる決断などそう簡単にできるものではない。

 とはいえ、いつまでも悩んでいることが許されるほど反乱軍の置かれた状況は余裕があるわけではない。その決断はすぐに迫られることになった。


「大変だ! 新聖王の騎士団がこっちに向かってくる! 北方師団の3~5番までの騎士団だ」

「なんだと?! この砦が見つかったのか?」

 というか、こんな辺境の、それも人里離れた場所にめったなことでは動かないはずの神聖騎士団が来るなど反乱軍を目的とするしか考えられない。

「哨戒に出ている部隊を呼び戻せ! 砦を放棄するぞ!」

 この砦にいる反乱軍の総数はおよそ2500名。

 騎士団3隊となれば数だけでも1万近い。しかも直接戦闘だけで無く魔法も使える騎士で構成されているのが神聖騎士団だ。どう考えても勝ち目はない。

 砦に籠城したところで援軍の当てがあるわけじゃない彼らとしては砦を放棄して逃げるしかない。

 もちろんこういうときのために退路は確保しているが、それでも逃げ切れるかどうかは賭けだ。


「哨戒部隊から連絡! 騎士団の先発隊が魔導車で接近中! あと4半刻で砦に接近する見込み。 本体も砦まで1刻の距離です!」

「くそっ! 速すぎる! 迎撃の態勢を取りながら離脱準備を急げ! 持ち出すのは最小限で良い。先発隊に一撃を加えた後すぐに裏手から北に抜けるぞ!」

 そう指示を出しながらベンも他の者達と共に建物を飛び出す。

 甲冑など身につけている暇はない。剣と魔法武器だけを身につけて準備を急がせるべく声を張り上げた。


 その直後、砦の街壁の一部が音を立てて崩れ落ちる。

 まだ石造りの壁の上部が少し壊れた程度で外から侵入できるほどではないが、たった一撃で壁を崩すことができるとは、ロヴァンテルは今回の反乱軍制圧にかなり本気でかかってきているのがわかる。

「攻城魔法具まで持ち出すとは! すぐに砦を……」

「ダメだ! 裏手にも別働隊が!」

 悲鳴にも似た報告に、ベンが舌打ちするもそれで状況が変わるわけではない。

「裏門側に全員集まれ! 魔導車を先頭に別働隊に突撃する!」

 裏手に回った別働隊だけなら反乱軍の方が数で押し切ることができる。

 そう判断して戦力を集中させる。

 そして、砦の北側の脱出路に一気に躍り出ようと門を開けた直後、背後からすさまじい早さで何かが飛来し、ロヴァンテル騎士団の別働隊に突っ込んだ。


 とどろく爆音、吹き飛ばされる魔導車と騎士達。

 爆発を免れた騎士も、そしてそれを見ていた反乱軍も、どちらも愕然と固まる中聞いたことのない奇妙な風切り音が砦に近づいてきていた。

  

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