第133話 監視の目
ロヴァンテル神聖国の街並みは西洋風とも東洋風とも異なる独特な建築様式だった。
土台は石造りだが地上部分は木造で、漆喰のような壁材が塗られている。
壁にも柱にも精細な彫刻が施されていて文化的な歴史を感じさせる。地球で言えばバロック建築のような雰囲気を漂わせるエキゾチックなものだ。
そんな街並みを伊織達6人がのんびりと散策していた。
「なんか、意外っすね」
「そうよね。入国した途端に襲撃されたくらいだから街になんて入れないかもとか思ってたんだけど」
高校生コンビが言うように奇妙な木人形兵士の集団に襲撃された伊織達だったが、とにかくロヴァンテル神聖国の内情を知らなければ行動方針を立てようがないので十分に装備を調えた上で国内の街を訪れることにした。
襲撃された場所から街道に出ると、綺麗に切り揃えられた石畳が敷き詰められ、動物が牽いていない荷車、魔導車が行き来している。点在している村々も綺麗に整備されておりみすぼらしさはまるで無い。
そしてたどり着いたのが神聖国の南部に位置するこの街だ。
南側の国境を接するケシャからはおよそ300kmほどの距離があり、この周辺では最も大きな街らしい。
5m近い高さの街壁に囲まれ、出入りするための門は4方にそれぞれ設けられている。
伊織達は装甲車に乗ってやってきたのだが、街道の石畳を壊さないよう装軌式のCV9030ではなく装輪式のパトリアAMVに乗り換えている。
とはいえ明らかにこの国で使われている魔導車とは違う、見るからに戦闘向きな装甲車を見ても、門兵は少し驚いたような表情をしただけで他の国のように騒ぎ立てることもなく平然と対応を返していた。
「事前に許可を受けた者以外は街の中に魔導車を乗り入れることはできん。向こうに置く場所があるからそちらに移動してくれ。一応守備兵が巡回しているが盗まれても補償はしない。それから武器を中に持ち込む場合は必ずすぐには取り出せないように包むことだ。往来で出した時点で捕縛されるからな」
門兵の対応もごく普通のもの。
とても入国後いきなり襲撃してきた国とは思えない。
伊織もことさらトラブルを起こしたいと思っているわけではない。あくまで向こうからやってくるトラブルに対処しているだけ、と、本人の談である。
とりあえずは大人しく指示に従いパトリアAMVを門近くの空きスペースに駐めて装備を調えてから施錠し、街に足を踏み入れたのだった。
街の中は清潔でいわゆる貧民街のような場所も見える範囲では無さそうだ。
前述したように建築物には様々な装飾が施され文化的水準も高い。
文明という点では大陸の他の地域のどこよりも発展していると言えるだろう。
他の地域が古代魔法王国時代にほぼ完全に滅んだのに対し、大陸東部は魔法王国を出た人々が築いたのが差となっていると思われる。
街に入ってすぐの場所にあった両替商でいくつかの宝石を買い取ってもらってこの国の通貨を手に入れた伊織達は散策がてら食事をしようと通りを歩いていた。
「まぁ、表面だけは普通の街って感じだな」
伊織の言葉に英太と香澄の表情が真剣なものに変わる。
「なんかある、ってことっすよね」
「そういえば、ルアちゃんが伊織さんから離れようとしないわね」
この街に入ったときからルアは伊織の腕に抱えられ、その手はしっかりと服を掴んだままだ。
いつもなら初めての街に来れば興味深げにはしゃいでいるはずなのだが今は不安そうに周囲を見回している。
「へんなの。まちの中に入ったら、きもちわるくなって、ドロドロしたきたないのが体にくっついてるみたい」
伊織に抱きついたままそう言うと、ルアは伊織のジャケットのファスナーを開けて身体を潜り込ませる。
「えへへ~、パパのふくの中にいたらだいじょうぶ!」
まるで母親の袋に入って顔だけ出しているカンガルーのようだ。
「緊迫感がなくなる光景ねぇ」
「まぁ、これなら落ちる心配もないし良いか。んで、リゼはわかるか?」
いきなり話を振られたリゼロッドだったが、伊織が何を言いたいのかはすぐに分かったらしい。
「結界、じゃなさそうね。街に入ってからっていうより、車を置いてもう一度門兵と話をしてから妙な感じなのよ。多分魔法、だと思うんだけど」
その言葉に香澄が驚いた顔を見せる。
知識は無理でも素養だけならリゼロッドにも劣っていないと思っていた魔法の感知で香澄はまったく気づかなかったからだ。
「リゼは遺跡で魔法の痕跡を調べるのに慣れているからな。こういった微細な魔法の探知はまだ香澄ちゃんだと難しいだろうさ」
「むぅぅ、最近魔法の練習サボり気味だったし、リゼさん頼りじゃマズいわよね。それで、結局その魔法ってなんなの?」
「正確にはわからん。けどまぁ、多分探知系の魔法だろうよ。タルパティルでの騒動もそれなりに広まってるみたいだし、俺達のことをこの国が知ってても不思議じゃないから、見たことのない荷車に乗ってきた異国人ってことで監視対象になったんだろうさ。だから門兵が報告して魔法を掛けた、ってことだ。有効範囲はそれほど広いとは思えないから術者はこの街にいるだろう」
伊織がそう言うと英太とジーヴェトがうへぇと顔を顰める。
「街の中にいる限りずっと監視されるのかよ。ゾッとしねぇな」
ジーヴェトの言葉に英太も頷いて同意する。
「監視なのかどこに居るかを把握するためなのかはわからんけど、どっちにしろ対策は必要だろう。それほど難しいものじゃないから後で用意するさ」
それだけ言うと伊織はいつもの飄々とした表情に戻るとルアをジャケットの中に抱えたまま、美味しそうな匂いを漂わせている露店に向かっていった。
「相変わらず余裕綽々ねぇ」
リゼロッドが呆れたように伊織の背中を見送るが、英太は首を振って否定する。
「そうでもないみたいっすよ。気の巡らせ方が戦闘態勢に入ってますから」
だてに毎日のように伊織と戦闘訓練を重ねていない。
英太は伊織の視線や足運びの変化にすぐに気づき、自分も普段通りを装いながら周囲の気配を探る。太刀も脇差しも布で巻いて背嚢に入れたままだが、こういうときのために伊織から暗器の扱いも手ほどきされており、懐にはダガーや分銅鎖を仕込んでいたりする。
そして香澄もすぐショルダーホルスターの
伊織達をしてここまで警戒するのは古代魔法の多くが術式も効果も不明なためだ。
「見たことのない果物が売ってるな。ルア、食べてみるか?」
「……パパも一緒?」
「もちろん一緒に食うぞ。ただ、街を出て野営するときだけどな」
「じゃあ食べる! あぅ?!」
ルアの返事を聞いた伊織が露店の女に金を払おうとした瞬間、通りを風が吹き抜けた。
といっても別に不自然なものでも強い風でもなく、多少服がはためく程度のものだったのだが、どうやらそれが砂を舞いあげたらしくルアが小さくうめき声を上げる。
「大丈夫か?」
「うぅ~、目にはいったぁ。ゴロゴロするぅ」
ルアが無意識に目をこする。
子供ならごく当たり前の行動。だがそれが悪かった。
「あ゛!」
ポロリ、と。
ルアの目から薄くて小さなものがこぼれ落ちる。
その瞬間、透き通ったヴァイオレットの左目が顕わになった。
伊織がすぐにルアにフードを被せ、ジャケットの襟に隠す。
幸い露店の女からは見えていなかったようだが、伊織は素早くきびすを返すと英太達に小声で指示を出した。
「すぐに街を出るぞ。英太とジーさん、リゼは先行してパトリアを東側の門の前に回してくれ。妨害があったら排除ってことでヨロシク。香澄ちゃんは俺と一緒にその門に向かう」
英太達はごく小さく首を縦に振ると、さもリゼロッドが何かを見つけたかのような演技をしながら自然な仕草で伊織と香澄から離れていく。
そして十分に距離をとってから一目散に門に向かって駆け出す。自然な仕草はどこいった?
「パパ、ごめんなさい」
伊織の急な方針転換は自分がカラーコンタクトを落としたせいだということを理解しているルアが泣きそうな顔で謝るが、伊織はニヤリと不適な笑みを見せながらグリグリとことさら乱暴に頭を撫でる。
「気にすんな。っていうか、これはこれで相手の出方や動きの早さが計れて都合が良い」
「そうよ。今回のは伊織さんが油断したってだけだからルアちゃんはこれっぽっちも悪くないわ。それに、私たちが揃ってるんだから何があっても問題ないわよ」
二人の声音からそれが嘘ではないことを察したルアは、それでももう一度ごめんなさいと小さく言ってからしがみつく指に力を込めた。
それなりに大きな街とはいえ、中心部から4半刻(約30分)ほども歩けば門にたどり着く。
しかし普通なら昼間は開け放たれているはずの門は半分以上閉じられており、外側に居るはずの門兵も内側に、それも10名近く門を塞ぐように立ちはだかっている。
そして伊織達の姿を見つけると、互いに目配せで合図を送ると手にした槍を構えて行く手を遮った。
「待て! どこへ行く?」
「見るものは見たんでな。街を出て王都に向かうつもりだ」
門兵達の態度を気にしていない風に返すが、その言葉にも門兵は道を空けようとはしない。
「残念だがそれは延期してもらおう。少々聞きたいことがあるから詰め所に来てもらいたい」
「悪いがこっちも予定が立て込んでるんでな。街に入ってから俺達がしたことといえば通りを歩いたことだけだが、それが罪になるってわけじゃないだろう?」
「要件は貴様が連れている子供に関することだ。それと貴様には西南部で連絡を絶った魔導師を害した嫌疑もかかっている。大人しく同行してもらおう」
そう言う男達の表情にはなんの感情も浮かんでいない。
並の警邏が罪人を捕縛するときのような優越感や侮蔑の色は見せず、伊織のからかうような言葉にも眉ひとつ動かすことなく、淡々とした態度を崩さない。
単に職務に忠実なのか、それともなにか別の命令を受けているのか。
伊織はこれ以上の問答をあっさりと諦め、隣の香澄にチラリと目を向ける。
何度も一緒に戦ってきたのだ。意思の疎通としてはそれだけで充分。
伊織が一歩前に出た瞬間、スルッとその背後に香澄が回り込む。
そしてことさら大げさに息を吸って何事かを口にする様子を伊織がして見せた直後、香澄が大きめのジャケットの裾に手を入れて腰にぶら下げていた音響手榴弾を二つ引き抜いて門兵達の足許に転がした。
それとほぼ同時に伊織の方も肩に引っかけたバッグに手を突っ込んで手榴弾を取り出す。
こちらは破片ではなく衝撃波で加害する攻撃手榴弾であるMK3手榴弾だ。
破片手榴弾よりも攻撃範囲が狭く近隣への被害が抑えられる上に加害範囲ならば障害物があっても効果がある。
伊織はそれを半開きになっている門に投げつけた。
閉じられるのを防ぐためだ。
門兵達はもしかしたら伊織達に関するある程度の情報は知っていたのかもしれない。他の国に比べれば魔法も発達しているし防御手段も攻撃手段もあるのだろう。
しかし、音と光で行動不能にする兵器や衝撃波で加害する兵器などというものは完全に理解の範囲外だったようで、立ち塞がっていた門兵達はスタングレネードで大きく行動を阻害され、門を守っていた者もMK3の衝撃波で吹っ飛ばされてしまっていた。
伊織と香澄は互いに声を掛け合う必要もなく即座に走り出し門をすり抜ける。
堀と跳ね橋によって隔たれている訳でもない街門は通ってしまえば遮るものはない。
二人(+抱えられたままのルア)が街の外に出ると、英太達がパトリアの後部ハッチを開けて待ち構えており、わずかも速度を落とすことなく乗り込むと同時に走り出した。
体制を立て直した門兵達が門から出てきたときにはすでにパトリアの車体は豆粒ほどにしか見えないほど遠ざかった後だった。
「逃げられた、だと?」
王宮の一角に設けられた部屋で一人の男がタライのような大きさの水盆に向かって不機嫌そうな声を上げる。
『奇妙な武器を使って衛兵を振り切ったそうです。兵士の損害は軽傷者が数名だけで軽微ですが、魔導車の性能は残念ながら異国人達の物の方が上のようで追いつけなかったとか』
こもったような聞き取りづらい声が答える。
「“目”は残してあるのだろうな?」
『それも無駄になりました。あの者どもが魔導車に乗り込んだ途端に“目”が掻き消されましたから。どうやら道具だけでなく魔法知識も持っているようです。急いで魔導車に対して“目”を行使しようと試みましたが速すぎて無理でした』
まるで道端の小石の数でも報告するような感情のこもらない報告に、水盆の前の男は舌打ちをこらえている。
だが、続けられた言葉はそれまでとは異なり興奮したような色を帯びていた。
『ですが、ひとつだけ朗報がありますよ』
「言いたいことがあるのならさっさと言え!」
からかうような、もったいつけた言い方に男は苛つきを抑えきれずに先を促した。
『神霊眼を持つ者が件の異国人達と共におります』
「な、なんだと?! それは本当か!」
左右の瞳の色が異なる神霊眼と呼ばれる目は大陸東部、特に古代魔法王国の末裔を自称するロヴァンテル神聖国とナセラ輝光聖国にとっては特別な意味を持っている。
古代魔法王国では優れた魔導師の中でも特に秀でた能力を持つ者の多くが神霊眼を持っていたと伝えられている。
神に愛されていたとしか思えないほどの力で王国の魔法の発展に大きな貢献をしていたらしい。
それ故に神霊眼の持ち主は選ばれた者として特別な地位を約束されるという伝統が今に残っているのだ。
実際に、魔法王国が滅んだ後も度々神霊眼の持ち主は現れていくつもの古代魔法を復活させたと記録に残っている。
もっとも、最後に神霊眼の持ち主が大陸東部に生まれたのは数百年も前の話でありどこまで本当のことなのかは知りようもない。
ただ、もしかしたら大陸西部で光神教がヘテロクロミアを敵視していたのは古代の魔法によって多くの国が滅びたのに起因した伝承を組み込んだからなのかもしれない。
『確認できたのは左目だけですが、それまでは目に色を変える道具をはめ込んでいたからのようです』
「すぐに確保せねばならん! どんな手を使ってでも探し出して捕らえろ! 他の異国人どもは抵抗するなら殺せ」
『国境を閉鎖してください。あれほど目立つ連中ですから国外に逃げられなければほどなく見つかるでしょう。それからⅠ万の人形兵も送ってください。術者は5人は必要ですな』
「ちっ! やむをえんか。だが今度は全滅させられましたなどという報告はしてくるなよ」
『善処しますよ。しかし異国人達は取り込まなくてよろしいのですか? 彼らが持っている道具は相当優れているようですが』
「かまわん。異なる技術だというのなら模倣するのは難しいだろう。一つや二つ我らの魔法具を超えるものがあろうが新たに作れないのなら手に入れる意味などないからな」
『承知しましたよ。ただ、手に入れた物は解析したいので私達が回収しても良いでしょう?』
男が無言で頷くと、水盆に浮かび上がっていた人影は揺らぎながら消えていった。
「チッ! 魔法狂い共が」
男は吐き捨てるように言うと、部屋を後にするのだった。
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