第132話 神聖国の洗礼と古代魔法

 ダダダダ、ダダダ!!

 香澄がヒューロンAPCのルーフから身を乗り出して前方に向けてミニミ軽機関銃を撃ちまくる。

「ダメっ! 効いてない! なによアレ!?」

「伊織さん、突っ切ります?」

「いや、数が多すぎる。ヒューロンAPCこいつじゃ囲まれたら抜けられなくなるかもしれないから一旦下がって距離を取ろう」

 車内は常にない緊張した空気が漂い、伊織の口調すらどことなく硬く感じられる。

 

 弾を撃ち尽くした香澄はミニミの弾帯を交換しつつヒューロンを追ってくるモノを睨む。

 伊織達の車から200mほどにまで迫ってきているソレは、一言でいうなら首のない平たい頭部が胴体に直接くっ付いた、超有名なロボットアニメ、ガン○ムに登場するズ○ックのような姿をした異形だった。

 ミニミの5.56mm弾に撃ち抜かれても胴体の中央部分に弾丸が命中したものだけがその場に倒れ、その他の部分が抉れても前進を止めようとはしない。

 香澄は射撃を3点バーストに切り替えて確実に胴体を破壊するようにしたが、見える範囲だけでその異形は1000体を超える数がいるようでほとんど意味がない状況だ。

 

「伊織さん、アレ、なに?」

「どうやら魔法で動くゴーレムの一種みたいだな。見たところ材質は木みたいだが数が多いからな。小銃じゃ埒が明かん。とりあえず逃げるぞ」

 ヒューロンAPCは軍や法執行機関向けに開発されたとはいっても純粋な戦闘車両ではない。あくまで低強度紛争地帯での使用しか想定されておらず不整地での走破性や装甲の強度は軍用戦闘車両ほどではないのだ。

 小柄な人間ほどの木製ゴーレムに押し寄せられては脱出することもできなくなりかねない。

「うわっと!」

 木製ゴーレムから火球が撃たれ、ヒューロンのフロントに直撃する。

 が、その威力は装甲を貫くほどではないようで、ぶつかった直後四散して大した衝撃もなかった。

 

 その後も散発的に火球が撃ち込まれるも直撃することはなく、徐々に木製ゴーレムとの距離が離れていき、しばらくすると攻撃を受けることはなくなった。

 ゴーレムは人間と同等、あるいはそれ以上の速度で移動できるようだが、正面を向いたままのバックでの走行とはいえさすがに速度は比較にならない。

 ほとんど見えなくなるほど距離が開いた頃には向こうも追うのを諦めたようだった。

「一体何だったんすかね、アレ」

「最初から敵意全開で攻撃してきたし、近づいたら容赦なくって感じよね」

 ゴーレム達の姿が見えなくなってからヒューロンを転回させて来た道を引き返し始めると、ようやく英太と香澄が大きく息を吐きながら肩の力を抜いた。

 

 伊織達はタルパティルを出てケシャという国に入ったのだが、いくつかの街で大陸東部の情報を収拾しただけで長居することなくそのまま北上した。

 ケシャは北側の国境を接するロヴァンテル神聖国から再三にわたって帰順を要求されており、タルパティルや内陸の国々と同盟を結んで対抗していたがここ数年はさらに強硬な圧力を加えられているらしい。

 当然国境はかなり厳重に警戒されており、さすがに伊織もケシャやロヴァンテル神聖国を悪戯に刺激することを避け、ヘリを使って空路で入国した。

 ロヴァンテルの西部で人里からは離れた場所に降り立ち、ヒューロンに乗り換えて1刻(2時間)ほど進んだところで先程の木製ゴーレムの襲撃を受けたのだ。

 誰何されることも、警告されることもなく、ヒューロンに向かっていきなり火球を撃ち込まれ、囲まれそうになったためにやむなく応戦したというのが先程までの経緯なのである。

 

「とにかく、車は替えたほうが良さそうだな。CV9030を出そう」

 砂漠の中央で人造ドラゴンを蹂躙した装軌式歩兵戦闘車だ。

 不整地走破性が高く装甲もヒューロンより分厚い。そしてなにより主武装に30mm機関砲ブッシュマスターⅡと副武装として7.62mm機関銃MG3を装備しており火力が桁違いだ。

「まだ行くつもりっすか?」

「まぁ、正直なところ別にそこまで関わる理由は無いっちゃぁ無いんだが、古代魔法王国の復権ってのが引っかかっててなぁ。王国の後継者を名乗るもう一方の、ナセラ輝光聖国だっけか、そっちは勢力を広げようってつもりがなさそうだから放っておいてかまわないだろうけど」

 

 伊織の言葉にピンとこなかったらしい英太と香澄は顔を見合わせる。

 そこにリゼロッドが口を挟んだ。

「イオリはこの国がまた他国を巻き込んだ滅亡の道を進むと思ってる、そういうこと?」

「……ずっと考えてたんだけどな、あの砂漠の中心にあった時間の止まった空間。あれが本当にあの国に集められた触媒と周囲の魔力だけで作られたとは思えない、っていうか、それだけではまったく魔力が足りないはずなんだよ。

 それに、ほぼ同じ時期に大陸の他の地域で栄えていたはずのいくつもの王国が財宝を運ぶことも隠すこともせずに消失しているってのがどうにも不自然なんでなぁ」

 

「まさか、召喚魔法と同じようにそこに住んでいた人達の魔力を根こそぎ奪って、それを魔法に使ったってこと?」

 香澄が心底嫌そうな表情で聞き返す。

 英太達や伊織を別世界から召喚した魔法は数百数千の奴隷を犠牲にして魔力を抽出し行使した。空間を超えて人間を呼び寄せるにはそれだけの魔力が必要だったのだ。

 砂漠の王国に残されたあの黒い空間の大きさを考えればそれすら比較にならない程膨大な魔力が必要となったとしても不思議ではない。

 そしてその際に、国を離れた同胞が巻き込まれないように離れた地域の住人をターゲットにすることもありえるだろう。

 

「多分、それ正解よ。イオリ達を召喚した魔法も、光神教の大主教が不死身に近い身体になったのも人間から魔力を吸い出して利用するって方法だったし、古代魔法の史料にも同じような魔法が数多く記述されていたわ。それに厳格な身分制度もあったみたいだし、当時の魔法は他人を犠牲にするのを前提にしてるものが多いから。さすがにそれで住民が全滅したとは考えられないけど、魔力の高い人間だけが犠牲になったのだとしても、そのことが魔法が大きく衰退した理由にはなるでしょうね」

「その手の魔法がどのくらいこの国に継承されているかはわからん。何百年もの間大陸東部から勢力を伸ばしていないところをみると大部分が失伝しているとは思うんだが、都合の良い部分だけを復活させて同じことをしでかさないとは限らないからな。これまで関わった連中に対する義理もあるしな」

 

 伊織の言葉に、英太達の脳裏に砂漠の民達や北部の至宝と呼ばれた美姫の姿が浮かぶ。仲睦まじく夫婦で国政に励んでいるであろう帝国王子やメタモルフォーゼした豚王子も。

 嫌な思いも沢山したが、それでもこの世界の人々が古代の亡霊の犠牲になるのを傍観などできない。

「そう、っすね。でも、この先さっきみたいなのがウジャウジャ出てきたらどうします?」

「とりあえずは魔力を奪うみたいな悪辣な魔法の対策はしておくとして、戦闘車両と銃火器でゴリ押しだな。どうしても手に余るようならA-10と高射砲使って爆弾落としまくろう」

「無茶苦茶ね! どうして一足飛びに絨毯爆撃って発想になるのよ!」

 

 ツッコみながらも香澄もこの国に介入すること自体を咎めるつもりはないようだ。

 ヒューロンが停車した途端にそそくさと異空間倉庫を開く準備を始める。

「ルアは長距離偵察用ドローンを高度500mで先行させてくれ。攻撃された場合は高度を上げて術者を探すんだ」

「うん!」

「リゼは魔法防御を頼む。素材は好きに使ってかまわないから、装甲をすり抜けて直接作用するような魔法を防いでほしい。ジーヴェトはその手伝いだ」

「はいよ。さすがに今度ばかりは俺も他人事じゃなさそうだからな。幸せな老後のためにもこき使われるさ」

「素材は何でも使って良いの? ”賢者の石”も?」

「……少しなら、な」

 

「ちょ、賢者の石って、え? 伊織さん、できてたんですか?!」

 聞き捨てならない台詞に、英太がすかさず反応する。

「いや、俺だってリゼ任せじゃなくてちゃんと頑張ってるってばよ。光神教の本部から回収した素材にベリク精石が結構な量あったし、ジュバ族から手に入れた紅石もあったから材料は揃ってたしな。と言っても完成したのはつい最近だけど」

 遊んでばかりだと思われていたのが心外だったのか伊織が不貞腐れたように唇を尖らせる。

 無精髭のオッサンがやると普通にキモイ。

 

 香澄がCV9030を出してくると、早速リゼロッドは車内に魔法陣を描き始め、ルアもジーヴェトに手伝わせてドローンを準備する。

 その間にヒューロンを異空間倉庫に戻した英太が香澄に賢者の石の事を伝え、二人にジト目で睨まれるという奇妙な状況を経て、ようやく再出発となった。

「このまま同じルートを行くの?」

「ああ、どっちにしてもあの木製ゴーレムを片付けておかないと落ち着いて野営もできそうにない。それに、準備不足で負けっぱなしってのは性に合わないからな」

 この世界で初めての撤退。

 オッサンは結構根に持っているらしい。

 

 しばらく進むと再び多数のゴーレムが前方に立ちふさがっているのが見えてくる。

 ルアが上空から確認したところ、その数はおよそ5000体にもおよぶ。

「おしっ、香澄ちゃん、機関砲ぶっ放そう。前方に水平射撃で」

「うわぁ、容赦ないわね。作り物のゴーレムなら気に病まないで済むから良いけど」

 苦笑いで応じた香澄が正面の一番ゴーレムが密集しているところに砲身を向ける。

 ドンッ!!

 装甲車の前進が一瞬止まり、むしろ後ろに下がるほどの反動が車体に伝わり、ゴーレムの列に30mmの口径から撃ち出された徹甲弾が衝撃波で周囲を巻き込みながら数百mにわたって細い道を作る。

 現代地球の主力戦車の側面装甲すら貫通する威力に木製のゴーレムが耐えられるはずもなく直撃を免れたものすら衝撃で魔法陣を破壊されて動きを停止していた。

 直撃を食らったゴーレムなどは粉々に砕け散り、それは徐々に速度を落とした弾頭が地面に落ちるまで繰り返される。

 たった一撃で百体以上のゴーレムが無力化されてしまっていた。

 

 だがそこは生命のないゴーレム。

 当然恐怖心もないので何事もなかったかのように隊列を整えてこちらへ向かってくる。

 だが、伊織たちの方も先ほどまでの4輪駆動の軽装甲車ではない。

 押し寄せるゴーレムに一切かまうことなくそのまま進み、撃ち込まれる火球も意に介さずに踏み潰していく。

 人間よりもはるかに頑丈なゴーレムとはいえ素材としては所詮木製でしかない。

 重量20tを優に超える装軌式装甲車を止めるどころかあっさりと踏みつけられ潰されてしまう。

 当然胴体部に刻まれた魔方陣も破損し、CV9030が通った後に残るのは粉砕された木片だけだ。

 

「パパ! 右がわの丘の上、変な人がいる。左がわの木の上にも!」

 ヘッドマウントディスプレイを着けたルアがそう言うと、伊織はすぐにドローンの映像が映し出されているモニターに目を向ける。

 画像を拡大すると、確かにゴーレムとは異なる動きをした人影が映っているのだが、ほぼ真上からの画像ですぐに見つけることができたのはカメラ越しにでも人の気配を察することのできるルアだからだろう。

 伊織はスコープ付きのM16A2を持って車体後部にある上部ハッチを開く。

 そして、ゴーレムに乗り上げて激しく上下する車体にかまわず砲台の上に立つと、一瞬で狙いを定めて撃った。続けて2発。

 

「あ、あれ? ゴーレムの動きが止まった」

「ってことは、今伊織さんが撃ったのが術者だったのね」

 英太の言葉通り、それまで恐れることなく装甲車の前に群がり火球を撃ち込んできていたゴーレムが全てその動きを止めてただの人形と化している。

「ってことは、とりあえずの危険は去ったってことか。んで、旦那、どうすんだ?」

「再利用されても面倒だからな。ついでに全部のゴーレム壊しちまおう。ジーさんと俺が外に出て集めるから英太はそれを踏み潰していってくれ」

 ジーヴェトからの質問に、伊織は少し考えてからそう指示を出した。

 

 

 

 そんな一連の伊織達の暴虐を、遠くから見届けていた一団がある。

「……すさまじい、な」

「どうする? 接触するか?」

 タルパティルの海軍が持っていたのと同じような形状の鏡、遠くの景色を映し出す”遠見の鏡”を食い入るように見つめていた男二人が顔を見合わせていた。

「いや、おそらくアレが情報にあった大陸南部から流れてきた異国人達だろう。タルパティルでの騒動を考えると相当な曲者の可能性が高いから不用意に接触するのは避けた方がいい」

「だが先に聖王の手の者が接触したら困ったことになるぞ」

「監視は付ける。とにかく報告をして指示を仰ごう」

 男達は頷き合い、少し離れていた別の男に何事か指示を出す。

 するとその男は椅子の前後に車輪を付けたような、奇妙なオートバイに乗り込むと、音もなく街道に向けて走って行った。

 

 二人の男も遠見の鏡を抱えて別の車両に乗り込み、そちらは街道とは逆の、森に向かって移動する。

 先ほどの2輪もそうだったのだが、この荷車も車輪が地面に接地する音以外に聞こえるのは車軸が軋むような音だけである。

 よく見ると車体の中央部に魔方陣が描かれており、うっすらと魔力が光を放っているようだった。

 構造から考えるに、この車両もタルパティルで見た魔導船と同じ魔法で駆動する構造なのだろう。いわば魔導車というわけだ。

 

 二人の男が乗った車両が森の中を進むこと4半刻(約30分)。

 森が少しばかり切り開かれ、奥には洞窟を利用した砦のようなものが築かれている場所に出る。

 丸木で簡易的に作られた柵の入り口で一度止められたものの、すぐに魔導車のまま中に入っていった。

「戻ったか。連中の動きはどうだ?」

 砦の前に魔導車を駐め、降りた二人に声がかけられる。

「人形兵が5000。操者は二人で、ここから半刻ほど東の街道まで捜索の輪を広げてきました」


 ザワッ。

 声をかけてきた男だけでなく、いつの間に集まってきていた周囲の者達も緊張に息をのむ音が響く。

「いよいよ聖王も本腰入れてきたということか。5000もの人形兵を操るとなればその二人は相当高位の魔導師だろう。それで、どのくらい時間が稼げそうだ?」

 その問いに、男はそろって首を横に振った・

「その必要はなさそうです。少なくともこのあたりの捜索が再開されるのは一月はかかるでしょう」

「どういうことだ?」

「例の、タルパティルで騒動を起こしたという異国人と人形兵がかち合いました。完全に出会い頭だったようで、一度は異国人達が逃走し、しばらくして戻ってきたのですが、その、あっさりと人形兵を蹴散らして操者の二人も殺害されたようです」

 

「……本当、なのだな? 信じがたいが」

 頷く二人。

「その異国人達の目的を調べなければならないな。できれば敵に回したくはないが」

 その言葉が彼ら全ての気持ちを代弁しているようだった。

 

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