第131話 河賊退治とロヴァンテル神聖国
「そろそろ頃合いか」
「引き揚げますか?」
「監視は続けなければならないから一班は残す。残りは一旦帰還して次の任地へ移動だ。だがその前にもうひと仕事するぞ。荷を運んでいる商船を数隻沈める。追ってくる警備船もだ」
そう言った男はニヤリと酷薄な笑みを浮かべる。
「ようやくですか。いいかげんこんな何もない河でチマチマ動き回るのに飽きてたんで良かったですよ。部下たちも不満が溜まってましたからね。残される連中には少し気の毒ですが」
答える別の男の表情も似たりよったりだ。
男達の見た目は簡素な衣服に腰に短剣を差し髪や髭は手入れされずに粗野な雰囲気を前面に出している。
だがその会話の内容や一見してすぐに分かるほど無駄のない動きから、彼等が訓練を受けた兵士であることは明らかだ。
そして彼等がいる場所はタルパティルとケシャの国境に跨る河の上流域。
周囲は葦に似ているが背が数mほどもある抽水植物(根が水中の土中にあって茎や葉が水面から上に伸びている水生植物)が生い茂っており見通しが非常に悪い。
その中に隠れるようにしてマストも櫂もない船が3隻停泊している。
ここまで説明すればわかるだろうが、彼等はタルパティルの言う”河賊”だ。
「しかし、警備船もとなると危険が大きくありませんか?」
「多少の危険はやむを得ん。少しでも警備船を減らしておかなければ残留する連中が逃げ切れなくなるかもしれんからな。まぁ、タルパティルの旧式魔導船ではこの船に付いてこられないだろうが、念のためだ」
男の言葉には明らかな蔑みの色がある。
それだけタルパティルに対する侮りがあるのだろう。
男は他の者達に指示を出し、魔導船が隠れていた支流から本流へと移動する。
魔導船の動力は船の甲板と船底に刻まれた魔法陣による魔法だ。
とはいえそれほど複雑なものではなく、甲板の魔法陣が周囲の魔力を吸収し、船底の魔法陣がそれを利用して一方向に水の流れを作り出す。
そして通常の船と同じく操舵輪を操作することで船尾に取り付けられた舵を動かして操船する。
天候や風に左右されず、速度も帆船とは比較にならない程速い。
その代わりにその建造は同じ大きさの帆船数隻分もの費用と操船にも高い技術が必要となる。
そしてこの船に装備されているのはそれだけでは無く、望遠鏡のように遠くの景色を映し出す遠見の鏡と呼ばれるものやタルパティルの海軍が所有するのと同じような火球を撃ち出す魔法道具も多数用意されていた。
こういった装備もありこれまで警備船から逃れ続けることができたのだ。
やがて魔導船が下流域に到着すると、すぐに見張りが河を横断している商船を見つけたことを知らされる。
「大型の商船、数は3隻、護衛の船は無し!」
「3方から囲め! 今回は荷の奪取はしない、射程距離まで近づいたらすぐに攻撃する!」
他の2隻にも指示が飛ぶ。
魔導船は速度を上げ、かすかに見えていた商船にぐんぐん近づいていく。
しばらくすると商船の方も魔導船に気付いたらしく、慌てて帆を広げ始めるが当然間に合わないし、そもそも魔導船の速度には敵うわけもない。
あっという間に商船との距離は数百mまで接近する。が、河賊の魔導船が思惑通りに動けたのはそこまでだった。
「な?! ふ、船が、見たことのない船がすごい速さで接近してきます!」
見張りの男が悲鳴に似た叫び声をあげる。
「なんだと?!」
指揮官らしき男が見張りが指さした方向に目を凝らす。
肉眼では小さな点にしか見えない距離だが、確かに魔導船をめがけてどんどん近づいてきているのがわかる。しかも、その速度が尋常ではない。
「ば、馬鹿な、ありえん!」
彼等にとって常識外の速さで接近してくる船に、男達は対処することも忘れて呆然と立ち尽くした。
『パパ、見つけたよ!』
地球最高峰のパワーボート、シガレット46ライダーのシートにもたれながらプカプカとタバコを吹かしていた伊織のインカムにルアからの通信が入る。
パワーボートが停泊している場所は街の港に隣接する警備船が係留されている桟橋だ。
それに対しルアはリゼロッド、ジーヴェトと一緒に街の西側の川縁に駐めたヒューロンAPCの車内で偵察用ドローンを操縦して河賊の探索をおこなっている。
そして今、ルアからの通信はその河賊を見つけたというものだ。
「お! よくやった! 場所はわかるか?」
『えへへぇ。えっと、川のじょーりゅーからこっちにきてる。ふねが3つ』
ルアに訊きながら伊織はドローンの撮影している映像を地図データとともにタブレットに同期させる。
「結構速いな。狙いはさっき出港した対岸行きの商船かねぇ」
「伊織さん、河賊動いたんですか?」
伊織の様子を見て桟橋の上で装備している武器のチェックをしていた英太と香澄も戻ってきた。
「ああ、ルアが見つけた。船の数は3隻みたいだから、おそらく他に隠れてるのは居なさそうだ」
そう答える伊織はまだのんびりしたものだ。
距離から考えて河賊の魔導船が商船に近づくのはもう少し掛かる。
ゼルを通して警備兵との連携も事前に十分打ち合わせをおこなっているから後は魔導船を追い詰めて捕縛するだけで、今更慌てることもない。
ちなみにゼルは警備船に同乗して伊織の後を追ってくることになっているのでここには居ない。
タブレットに送られてくる情報を眺めながらタイミングを見計らっていた伊織がようやく姿勢を戻し、シガレット46ライダーのエンジンを掛ける。
「んじゃ、そろそろ河童退治といきましょうかね」
「河賊っすね。もう河の字をつければ何でも良いとか思ってません?」
「調子に乗って3隻全部沈めたりしないでよ。ゼルさん達が調べたいって言ってたんだから」
つれない高校生コンビに肩をすくめ、二人がシートに座ってベルトを締めたことを確認すると、伊織はパワーボートを発進させる。
「エンジン、うるさいっすね」
「アホみたいなエンジン2基積んでるし、そもそも静粛性とかガン無視した船だからなぁ」
「そのアホみたいな船をこの異世界に引っ張り出すなんて想定してないでしょうね、メーカーも」
会話を交わしながら徐々に速度を上げていく。
このクラスの船になると、下手に急加速をすると船はあっさりひっくり返ってしまうほどパワーが過剰なのだ。
そして速度が上がるにつれ英太たちでも会話が困難なほどの騒音と、船尾部分しか水につかずほとんど飛んでいるような姿勢で水面を上下する振動がシートを揺らす。英太も香澄も舌を噛まないようにするのに精一杯だ。
最高速度210km/hは伊達じゃない。
「ちょ、これ、船の、スピードじゃ、ないって!」
「と、飛んでる、飛んでるから! きゃぁ!!」
波のほとんどない川面だからこの程度で済んでいるが、まるで水面を跳ねる水切り石のように猛スピードで疾走するボートの揺れは尋常なものではない。
とはいえ、遊園地のアトラクションなど裸足で逃げ出すほどのスリルを味わった甲斐あってあっという間に川幅の半ばまで到達し、すぐ目の前に河賊の魔導船を捉えることができた。
魔導船は商船を3方から行く手を塞ごうとしており、もう少し遅れていれば攻撃を受けていたかもしれないのでちょうどいいタイミングだったと言える。
「英太! とりあえず先頭の船に近づいたら飛び込んで制圧よろ。皆殺しと船を沈めるのはナシで」
「ちょ、マジ?!」
あまりに雑な指令に英太が慌ててシートベルトを外して太刀、ではなく脇差しを手に取る。
「んじゃ、行ってこ~い!」
「ざけんな~!!」
商船の前に突出していた魔導船に激突する寸前にパワーボートを反転させる伊織。
水面に対してほとんど直角になるほど船体をバンクさせ、船べりに足を掛けていた英太を慣性の法則に従って放り出す。
恨みを込めた英太の絶叫が聞こえてきたがもちろんオッサンは気にしない。
空中に放り出された英太はといえば、勢いが強すぎて魔導船の上空を通り過ぎそうになったのを、大慌てで懐から取り出した鈎付きのロープを投げて魔導船に引っ掛け、なんとかギリギリ魔導船の甲板に着地することができていた。
「マジ信じらんねぇ! 死ぬかと思ったわ! いつか絶対伊織さん泣かす!」
冷静になったら絶対無理だと自分でも思うようなことを愚痴りながら英太が怒りを向ける矛先を探す。少しばかり涙が滲んでいるのは内緒だ。
が、探すまでもなく、唖然とした表情で立ち尽くす数人の男が目の前にいた。
「あ~、個人的にはアンタ達には恨みはないけどさ、盗賊紛いを放っておくわけにいかないし、なにより今俺って猛烈に八つ当たりしたい気分なんだよね。だから、抵抗しても良いよ。ってか、ひと暴れさせてもらうから」
英太が脇差しをスラリと抜きながらそう宣言すると、甲板に居た河賊の男達がようやく我に返る。
「き、貴様、何者だ!」
「チッ! 囲め! 殺せ!」
放心から回復すれば河賊達の動きは速い。
すぐに数人が英太の動きを抑えるように囲み、声を聞きつけた、というか、パワーボート接近からこっちの混乱を収めるために船内からも10人ほどの武装した男達がワラワラ出てきた。
服装こそ野盗めいた粗末なものだがその動きは練度の高さを伺わせる軍人のものだ。
が、長いこと性根の曲がったオッサンに鍛えられまくってきた少年がその程度のことで怯むわけもない。
それどころか、溜まりに溜まった不満をぶつける先ができたことを喜ぶように口元を歪めながら周囲を囲む男達を睥睨する。
「残りの船ふたつは香澄と伊織さんに任せとけば良いか。多分俺みたいに乗り込んでいったりはしないだろうし。んじゃ、そういうわけで、タルパティルの警備船が追いついてくる前に片付けるから、死にたくない人は川に飛び込んでもいいよ。まぁ? こんなガキがひとり侵入したからって逃げるような頭の良い人は最初からこんなことしないだろうけど?」
相変わらず下手くそな挑発で煽る英太だったが、そんな言葉など関係なく河賊達はやる気満々である。
「クソが! テメェひとりでなにができる!」
「問答は無用! 殺せ!」
男達は湾曲した短剣を抜き放ち一斉に英太に襲いかかる。
囲んだ状況で3人による一斉攻撃。更にすぐ後ろにはすでに次の河賊が剣を振り上げ、その後ろには火球の魔法具を構えた魔法兵らしき男も見えた。
「ご苦労さん。ホイッと!」
同時に攻撃するとはいってもそこには僅かなズレがある。
英太は正面からの攻撃をわずかに身体を右に動かして躱しつつその膝にローキックを叩き込んでへし折ると、そのままの勢いで右にいた男の顎を脇差しの柄でぶん殴った。と同時にその男の胸ぐらを掴んで次の攻撃を加えようとしていた2列目の男達に向けて投げ飛ばす。
身体強化の魔法を身体に巡らせたその力は、男の体を軽々と放り投げ、二人の男を巻き込んで船外まで弾き飛ばした。
「おっと!」
一瞬動きの止まった英太に向けて今度は魔法兵が火球を飛ばす。
だがそれを英太は別の男の腕を引っ張って身体ごと盾にしてやり過ごすと、服に燃え移った男をまた船から叩き落とす。
「な、なんなんだ、コイツは!?」
ここにきてようやく乗り込んできたのがとんでもないバケモノだと気付いた河賊たちだったが、それがわかったところでもはやどうすることもできず、ただ蹂躙されるのを待つだけの存在と成り果てたのだった。
一方、残りのメンバーはというと、
「伊織さん、やり過ぎ! 英太が川に落ちたらどうするのよ!」
伊織が香澄からめちゃくちゃ怒鳴られていた。
さすがに伊織も調子に乗って英太を放り出したのはやり過ぎだったのは自覚があるのか、額から汗を垂らして肩をすくめている。
「あ~、悪かったって。英太ならこのくらい大丈夫だろうという信頼の証っていうか、な? ……その、すまんかった。反省してます、はい」
これ以上混ぜっ返すと本気でファイブセブンの銃口を向けられそうなので素直に謝る伊織。
「と、とにかく、説教は後でちゃんと聞くから、次の船、香澄ちゃんに任せる」
まだ言い足りない様子の香澄も、不満そうな表情のままながら魔導船に目を向ける。
英太を放り出した1隻目を追い抜いた後、パワーボートは大きく弧を描きながら旋回して最後尾の魔導船に向かっている。
さすがに今度は呆然としたままというわけではなく、なんとしても伊織達を近づけさせるものかとばかりに魔導船から火球が浴びせられる。
だがそれもパワーボートの動きにまったく対応できておらずほとんどが見当違いの方向に虚しく消えていった。
「伊織さん、揺れを抑えて! まず向こうの魔法道具を狙撃するから!」
「イエス マム!」
完全に立場が逆転してしまったようだ。
とはいえ伊織は速度を少し落とし、その分パワーボートが滑るような動きに変わる。もちろんこれは単に速度が落ちたからではなく伊織の操船技術の為せる技である。
というか、これでも魔導船よりも遙かに速いのだから、できるのなら最初からすれば良いはずなのだが。
上下動の揺れが少なくなり、香澄はベルトを外してシートから立ち上がると、シート横に固定してあったセミオートマチックライフル、M110SASSを構える。
これはかつて光神教本部に突入する際、伊織が使用した7.62mm弾を用いる狙撃銃である。
香澄は力むこと無く自然体で構えると、魔導船に向けて一発、二発と引き金を引いていく。無論単発撃ちだ。
そのたびに魔導船から撃ち出される火球は減っていき、マガジンの交換を挟んだ10発目の銃声が鳴り終えると完全に沈黙する。
香澄は銃器をミニミ軽機関銃に持ち替え、予備にH&K MP7サブマシンガンを肩から下げると油断すること無く伊織に魔導船に接舷するように指示を出した。
「それじゃ伊織さん、この船は私に任せてね。万が一の時は川に飛び込んで逃げるけど、多分大丈夫だから」
「了解。まぁ、なんだ、ほどほどに、な?」
「……この船に乗っている河賊には、恨むなら伊織さんを恨むように言っておくわね」
「怖い怖い! 今どきの女子高生って、現代教育どうなってんの? 将来英太なんて絶対尻に敷かれるじゃん! って、待て! 銃口はこっちじゃなくてあっちだから!」
ホールドアップで許しを請う伊織と、顔を赤くしながら睨む香澄。
ちなみに問題なのは現代教育ではなく不良中年の日頃の行いなのは間違いない。
そんなこんなで香澄が魔導船に跳び移る。
チラリとタルパティル側の方向に目を移すと、警備船がかなり近くまで来ていることが確認できた。
これならば万が一の事態があっても大丈夫だろう。
そうして最後の魔導船だが、2隻があっという間に沈黙させられたことで逃げに転じていた。
方向は下流側。
おそらく海に出るつもりなのだろう。
魔導船とパワーボートの速度差で今更上流に逃げても追い詰められるのがわかっているのだ。海なら波もあるしさすがに河ほど速度差は影響しないという読みだろう。
狙いとしては悪くない。だがそれでもやはり速度が違いすぎた。
伊織が再び加速して魔導船を追うと、わずか数分で追いついてしまう。
狂ったように火球を撃ち込んでくるがそれも先程と結果は同じ。
多少パワーボートに近い位置に撃ったところで当たらなければ意味がない。
それに現代兵器と違い、ひっきりなしに撃つことのできない魔法道具では攻撃も散発的なものにならざるをえない。
伊織は魔導船に追いつくと、速度を落とすこと無く船べりギリギリを追い抜く。
そのついでに胸元にぶら下げた球形の物を引きちぎるように取り出すと魔導船に向けて放り投げた。
ドンッ!
魔導船の甲板から爆発音と爆煙が上がる。
M67破片手榴弾、通称アップルグレネードと呼ばれる武器の威力だ。
魔導船を追い抜いた伊織はパワーボートを旋回させ、今度は正面から舐めるように接近し、再びM67を投擲。
再度上がる爆煙。
破片手榴弾なので船を破壊するほどの威力はないが、甲板に居た河賊はほぼ全滅だろう。少なくとも無傷ではいられないはずだ。
その証拠に、魔導船は完全に停止し、やがて数人の男が両手を上げて船の甲板に立つ姿が確認された。
豪奢な広間。
大陸南西部の雄、グローバニエ王国やオルスト王国の謁見の間にも劣らない絢爛な装飾が施された部屋で、ひときわ過剰に飾り立てられた玉座で一人の男が満足そうな笑みを浮かべていた。
そこに部屋の入口を守る騎士が来客を告げ、玉座の男が鷹揚に頷く。
扉が開かれると、二人の男が入ってきて跪く。
「神聖王陛下。お呼びとうかがい参上しました」
「うむ。先程アバルからの使者が来た。我がロヴァンテル神聖国と同盟を結びたいとな」
その言葉に男達が笑みをこぼす。
「なるほど、タルパティルにちょっかいを掛けて失敗したのが痛かったようですな。もはや我が国に頼るしかないと理解したのでしょう」
「同盟とは、ずいぶんと増長したものですがすぐに立場をわきまえることでしょうな。彼の国の造船技術はなかなかのもの。利用し甲斐がありそうです」
口々に評する男達の言葉に深く頷く玉座の男。
「自ら我が国の下に就こうというのだ、その決断には報いてやらねばな。せいぜい役に立ってもらおう。春になればケシャとタルパティルを併合するのだ、それまでは、な」
「いよいよ、ですな」
「そうだ。かつての栄華を取り戻す。それこそが魔法王国の後継者たる我らの最大の使命。もうすぐその悲願が叶う」
そう言って立ち上がった男のその顔は、熱に浮かされたように紅潮し、そして、狂気を感じさせるものだった。
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