第130話 河賊退治はおまかせを

 タルパティルの北東約250海里(463km)に、東西300km、南北180kmの、日本の四国とほぼ同等の大きさを持つ島を中心にその周囲の大小60の島からなる専制君主国家アバル。

 その最大の島の東側にある入り江を中心に広がっているのが王都アロであり、その名はそのまま島の名にもなっている。

 王城は入江の街を望む小高い丘に建てられているが街の規模からすると割とこぢんまりしている。おそらくはタルパティルと同じく王宮と行政府が分けられているのだろう。

 

 その王城の一室で若い男が壮年の男からの報告を聞いて大きく溜息を吐いた。

「大陸南部から来た異国人、か」

「はい。キジェルで工作員が行った火付けも広がり切る前に鎮火され、その時に轟音を上げて空を飛びながら水を撒く乗り物や、水魔法の魔法具のような道具を水兵達に使わせていたとか。そのさなか、火を吹きながら海に向かって飛び去る巨大な矢のようなものを使ったのも確認されています。我が国の船団を壊滅させたものは間違いなくそれでしょう」

 その言葉に若い男は顔をしかめる。

「その異国人達はタルパティルの議会でも騒動を起こしたようです。国王は賓客として扱うとしていますが議会は納得しないでしょうし、タルパティルに味方して我が国に報復する可能性は低いかと」

 

「そう願いたいものだな。まさか見えないほど離れた場所から攻撃できるような武器があるなど信じたくないが、それが敵となれば対抗することなどできん。それに受けた損害が大きすぎる」

 今回のキジェル侵攻に投入された船舶は52隻。

 それがキジェルにたどり着くこともできずに攻撃され、15隻が修復不能なほど破損あるいは沈没した。さらに12隻が大幅な修理が必要な損害を受けている。

 もともと今回の作戦はキジェルを占領することを目的としたものではない。

 火災によって生じた混乱に乗じて街を急襲し、停泊している海軍の船舶をできるだけ多く破壊するために起こしたものだ。

 

 街の各所で同時多発的に火災を起こせば海軍は多数の水兵を消火活動に投入するだろう。

 当然海への警戒は薄くなるしすぐに対応することもできないと考えていた。

 キジェルの街から船を視認できるのは港からで約5km、一番高い建物である物見の塔からでもせいぜい10kmでしかない。

 そこまで近ければ発見されてもキジェルの海軍が対応の準備が整う前に港を急襲することができる。

 ところが実際には魔導船が大陸の岸を見るよりも前に攻撃を受け、半数以上が戦闘不能とさせられてしまったのだ。

 幸いアバルの水兵達は大半が無事だった船に救助されたものの被害は小さなものではない。軍船、それも魔導船ともなれば失われたからといってそう簡単に補充できるものではない。

 単純に同じ大きさの船を造るだけでも何ヶ月も掛かるし、魔導船としてなら希少な素材を大量に使用する。

 期間も費用もとても無視できるような損害ではないのだ。

 

「こうなってはタルパティルに侵攻して大陸に橋頭堡を作るという従来の計画を見直さなければならん」

 ただでさえ国力はタルパティルと互角であり、あの国と違って同盟国も無い。

 利害が一致するいくつかの国と密約を交わしているとはいえ今回の損害で海軍力に差が出てしまった以上領土を切り取るのは難しい。

「その異国人がどういう思惑でタルパティルに助力したのかがわかれば引き込むこともできるかもしれんが」

「それはまったく不明ですが、当初はタルパティルの海軍と小競り合いのようなものをしたようです。キジェルの火災で消火には率先して協力しましたがそれ以降は議会とも対立したという話ですので、権力には迎合せず、民間人が犠牲になるような事態にだけ手を貸すということかもしれません」


「大した英雄だな。だがそうであれば我が国に対しても敵対したという感覚は持っていないかもしれん」

 青年が皮肉げに唇を歪めながらそうこぼす。

「そうかも知れませんが、逆に言えばこちらの思惑にも乗ってくれそうにありません」

「分かっている。だがその異国人達の動向は注視しておけ。盤を元からひっくり返されてはかなわんからな。

 ……それから、ロヴァンテル神聖国に使者を送れ」

「っ?! そ、それは……」

 驚く男に、青年は小さく頷いた。

 

 

 

 大陸北東部。

 季節は冬に差し掛かり、建物の中に居ても暖を取らなければ手足が冷えてしまうほどだ。

 緯度としてはおそらく日本の東北地方か北海道南部くらいだろう。まだ雪がふるほどではないが朝晩は息が白くなるくらい冷え込む日が続いている。

 もう一月もすれば雪が降り積もる季節になる。内陸部にあるこの都は特に冬が厳しい。

 大河の畔に築かれた巨大な都市。

 その中心部にはどことなくモスクに似た印象を受ける聖堂がある。

 

 聖堂の中、奥にある祭壇の前で跪いて祈りを捧げているのは女性だ。

 年の頃は40歳くらいだろうか、色白で彫りが深く整った顔立ちをしている。

 ただ真剣な表情で祈るその姿は美しさよりも苦悩と厳しさを滲ませたものだ。

 広い聖堂の中はすっかり冷え込み、むき出しになっている足や手は寒さのせいで青白く、まるで蝋細工のようにも見える。

 どのくらいそうしていたのだろうか、長い祈りをようやく終えて立ち上がった女性に文官風の女性が恭しく頭を下げて封書を手渡した。

 

 女性が封を切り入っていた手紙に目を通す。

「そう、ですか。やはりロヴァンテルは動きますか」

「で、では……」

「すぐというわけではないでしょう。ロヴァンテルと同盟を結んでいるセシルは冬の間霧に閉ざされるので兵が出せません。セシル以外の属国は情勢次第でいつ裏切るかわかりませんからロヴァンテルの動きようがありません。ですが春になれば」

 大陸東部は冬になると度々濃霧が発生する。

 特に内陸部にあり、湖や川が多いセシルという国は一日の大半が霧に閉ざされるために人の移動が困難になる。

 商人が行き交う街道には方向や道がわかるように目印などが設置されているのだが軍が人を運ぶのは主に河川を利用してなのでそうそう動くことができないのだ。

 逆に霧が防壁となって攻め込まれる恐れもないのだが。

 

「愚かなことです。魔法王国の末裔が示すのは大いなる罪の証でしかないというのに。魔法王国を復活させれば今度こそ完全なる滅びの道を辿ることになるでしょう。なんとしても止めねばなりません」

 憂いの中に決意を秘めた目で文官の女にそう告げた。

 そこへ別の声が投げかけられる。

「恐れながら猊下、我が国も、彼の国も、すべての計画は無意味になるやもしれませんぞ」

 驚いたように声の方を向くふたりの視線の先には白髪に数多くの歳を刻んだ皺、思慮深そうな穏やかな目の老人がゆったりとした仕草で歩み寄る姿があった。

 

「ルバ様!」

「老師殿、わざわざここまで来てくださらなくとも呼んでいただければ伺いますよ」

「いやいや、ナセラを統べる聖王猊下を呼びつけるなど。儂など無駄に歳を重ねているだけの老人ですからな」

 そう言葉を交わす聖王と老師の間には親娘のような穏やかな空気があるようだった。

「しかし、老師殿が塔を降りてまでとは、なにかあったのですか?」

「うむ。星見ほしみの結果を猊下に知らせねばと思いましてな」

「人伝ではなく自らが足を運ばれるとは、それほど重大な内容なのですね」


「そう判断しました。数日前、突如として強大な星が現れ、ナセラを含む周辺全てに影響を与え始めました。さらに占術をおこなったところ、暴虐な力を持つ慈悲深い魔神が降り立ち罪過を正す、と」

「暴虐な力と慈悲深いでは真逆な気がしますが、そうですか」

「占術とはそのようなものですからな。はっきりしたことは実際に降り掛かってみなければわかりません」

 老師の言葉に苦笑いを浮かべる聖王。

 結局は役に立ちそうで立たない。ただ心の準備だけはしておく。占いとはそういったものなのだろう。

 

「いずれにせよ、これから我々を取り巻く環境が大きく変わることになるのは間違いないでしょう。早急にどのような事態が訪れても対応できるよう準備を整えましょう」

「承知いたしました」

「儂も微力ながら骨を折りましょう」

 文官と老師が聖王の言葉に深く頷いた。

 

 

 

 そして、その暴虐で慈悲深い魔神はといえば、タルパティルの北側、国境近くの港街で海鮮料理に舌鼓を打っていた。

「美味い! うーまーいーぞー!!」

「いや、他の作品からネタ引っ張ってきても世代的に理解してもらえるんすかね?」

 そんな事を言い合いながら子供の腕ほどもある蟹の足にかぶりつく伊織と英太。

 ルアは伊織の隣で大振りなエビに伊織のマネをしてハムハムとかじりついている。

 リゼロッドとジーヴェトはカニの一夜干しをつまみに、名物だという桃に似た果実で作ったという酒を飲んでご満悦だ。

 その様子を頭痛を堪えるようにコメカミを抑えながらゼルが見ている。

 

「あれだけの騒動を引き起こしておきながらよくもまぁ気楽にはしゃげるものだな。箝口令を敷かれたわけじゃないから間違いなく近隣の国にも伝わっているぞ」

 ゼルがそんな事を言う理由は当然タルパティル議会での騒動だ。

 伊織達を呼び出した挙げ句、意味のない罵声を浴びせる議員たちの対応が面倒になった伊織は、あろうことか議場のど真ん中で閃光手榴弾を爆発させた。

 もちろん事前に察した英太達は耳栓とゴーグルを急いで装備し、ルアは伊織がイヤープロテクターを着けた上で光が目に入らないようにしっかりと抱きしめていたので無事。

 ゼルも英太に促されながら同様の装備をしたために事なきを得たのだが、当然目の前で100万カンデラの閃光と180デシベルの轟音を食らった議員たちがただで済むわけがない。

 数分間もの間、絶叫と混乱の大パニック状態を引き起こした。

 

 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した議員達だったが、さすがに国家の権威である議会でこうまで傍若無人な事をしでかす伊織に恐れをなしたのか、情けなくもできるだけ早めに国外へ退去してほしいと要望するに留まったのだ。

 当然轟音は議会の外まで響き渡り、議場の周囲に居た衛兵達も大挙して押しかけたのだが、事前に国王が伊織達を賓客として遇すると宣言していたことと、その彼等に議員達が礼を失する言動をしていたこともあり伊織達が咎められることはなかった。

 というか、咎めてさらにタルパティルに滞在する期間が長くなる方が困るという判断だったのかもしれない。

 

 そんなわけで伊織達はその後数日掛けて近隣諸国の情報を仕入れてから王都を出立し、隣国であるケシャに向けて街道を北上してきたというわけだ。

 もちろんゼルも同行している。

 彼の任務は伊織達がタルパティルから出国するまでの間の監視および制止役であり、それが終わればようやく任地に戻ることができるのだ。

 だから彼としてはこんなところで油を売ってないでさっさと国境を超えてほしいというのが本音なのだが、どうにもそうはいかないらしく、しばらくのあいだこの街で足止めを食らうことが確定しているのだ。

 

「にしても、河賊、ねぇ。烏賊なら美味いんだけどなぁ」

 イカの姿焼きを豪快にかじりながら伊織がこぼす。

「賊の字が一緒なだけで読み方も違うし! ってか、日本語じゃないと通じないっすよ」

「でも結構シャレになってないみたいよ。橋まで落とされてるらしいし、海軍も手を焼いているんだって」

「ゼルさんよぉ、こりゃアンタらの領分だろ、なんとかなんねぇのか? 正直、足止めでやることがなくなった旦那達が退屈すると何するかわかんねぇぞ」

「……ジーさん、当分晩飯はビール抜きだ」

「ちょ、そりゃねぇって!」

 

 今の会話にあった”河賊”、これもゼルが頭を痛める原因である。

 以前から近海や河川を活動範囲とする盗賊は存在しており、個人や小規模な商会の交易船などが狙われることはあった。

 もちろん海軍が近隣水域は厳しく取り締まっているために規模は小さく、被害も積荷の一部や金銭、稀に商人が殺されるなどがあったもののその頻度は陸上に出没する盗賊とさほど変わらない程度だった。

 しかし、数ヶ月前からこのタルパティルとケシャの国境に跨る河川水域に複数の魔導船を持っている盗賊が出没するようになったらしい。

 本来魔導船は軍や貴族以外に所有は認められていない。

 動力となる魔法を組み込むための魔法陣に大量の希少素材を必要とするためで、タルパティルだけでなく、大陸東部のほとんどの国でも同じく個人が所有することは許されないはずだ。

 

 にもかかわらず、この水域の河賊は入手出来ない筈の魔導船を、それも複数所持しているということだった。

 その魔導船の性能も高く、沿岸を警備している兵士が魔導船を使って追っても追いつくことができず、河の支流が入り組んだ地帯で撒かれてしまうそうだ。

 挙げ句につい先日、数年の歳月をかけて築いたタルパティルとケシャを繋ぐ全長数百mにも及ぶ橋が燃やされてしまい、陸路での行き来ができなくなった。

 そして船で対岸まで行こうにも度々河賊が襲撃してくるので、荷を運ぶのも命がけの大事業になってしまっている。

 そのため、街の住人や交易商人が海軍兵士に向ける視線は非常に厳しいものになっていたのだ。

 

「……無理を言わないでくれ。ここから上流に行くと複数の支流が入り組んだ湿地帯になるんだ。連中はそこを熟知していて海軍でも追いきれていない。地形的に大軍を投入もできないから地道に警備艇で取り締まるしかできない」

 苦虫を噛み潰したようにゼルが言う。

 ゼルの任地から離れているとはいっても同じ海軍の状況はある程度聞いている。橋が燃やされるなど、ここまで酷い状況とは思わなかったが手を出しあぐねているのにも理由があるのだ。

 もちろん軍が総力を上げれば河賊などひとたまりもないだろうが、そもそも普通の盗賊が魔導船など手に入れられるわけがなく、どこかの国が後ろで糸を引いているのは間違いない。

 それも軍が力を入れられない理由のひとつだ。

 どこかが手薄になれば先日のキジェルの火災と同じ状況になりかねない。

 

 となると、当然この場にいる面々の視線が集まるのはひとりしか居ない。

「ん~、とりあえず海軍には世話になったからなぁ。別に借りがあるわけじゃないから必要は無いっちゃぁ無いんだが、どっちみちその河賊だか河豚だかをなんとかしないとここから動けないからな。海から行ってまた沿岸警備と揉めるのも面倒だし」

 伊織がそこまで言うと、英太も香澄も諦めたように肩をすくめ、ジーヴェトは大きな溜息を吐く。

 

「で、どうします?」

「やっぱりルアちゃんにドローン飛ばしてもらいながら捜索するのが早いんじゃない?」

「だよな。問題は見つけてからだけど」

「潰すだけなら上からズドンが手っ取り早いけどな。それだと海軍の面子が立たないだろ。大まかにはこっちで片付けて捕縛は軍に任せよう。ってことで、魔導船が見つかったら逃げる暇もなく追いついて戦闘不能にする。OK?」

 伊織の指示に英太達が頷く。

 が、話についていけないゼルが声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待て! 話が見えん」

「ん? とにかく盗賊を見つけてボコるのはこっちでするから後はヨロシクってことだ。んじゃ準備しようか」

「ま、待て! 説明しろ!」

「あ~、ああなったら旦那に何言っても無駄だぜ? とにかく街の警備兵に話を通しておこうや。な!」

 結局貧乏くじを引くのは苦労性なふたりなのだった。

 

 

「空からじゃないとすると、やっぱり使うのはウェーブランナーっすか?」

「それも悪くないが、航続距離が短いからな。それに装備も積めないから別のを使う」

 そう言って川縁で異空間倉庫から伊織が出してきたのは槍のように先端が尖った流線型のモーターボート。

 形はボートレースに使われるようなものだがそれよりも大きく、シートは5人分ある。

「今更驚かないけど、これ、何?」

「パワーボート。これなら魔導船がどれほど早くても追いつけるだろ」

「伊織さんさぁ、そろそろ自重とか手加減って言葉覚えない?」

「チートもここまで行くとそのうち飽きられるわよ」

 

 高校生コンビがげんなりとした表情で肩を落とす。

 無理もない。

 伊織が出してきたパワーボート。

 アメリカのシガレットレーシング社がメルセデスベンツと共同開発したシガレット46ライダー。

 9045ccツインターボを2基搭載し、最大出力は2700馬力。最高速度210km/hを超えるモンスターマシンである。

 

 


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いつも感想を寄せていただきありがとうございます。

返信ができず申し訳なく思いつつ、ありがたく読ませていただいております。

書籍版の『実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました』を「買ったよ」という声もいただき、感謝に耐えません。

本当にありがとうございました。


これからも頑張って更新を続けていきますので、どうかよろしくお願いいたします。

感想やレビューもお寄せいただけると執筆の励みになります。


それでは、また次週までお待ち下さい。

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